悩んだ時は、欲望に身を任せるべし
何とかクースから生還した俺は次の日に組合所へ説明に行くか、それとも今日は一日中疲れを癒す為にだらけるかで悩んだ。
ただやはり組合に説明するなら早い方が良いと判断し、奥で何やらラビィ相手に教えを説いている里津さんに声を掛けてから家を出た。
今の俺は武鮫は取り外している、ずっと着けてたから中から凄い臭いがしたよ。最悪だね、水洗いとかしていいのかな?
家に帰ってから鏡を見たのだが、やはり体や顔に薄く痣が出来ていた。
まぁ高性能らしい百式と殴り合ってこの位なら安い物だろうて。
ただ、戦闘でボロボロになったローブと顔の痣が目立つのかチラチラ道行く人に見られてる気がする。
目立つと言えば武鮫を早速行使するとはな。でもまぁ色んな人達の前で披露してしまった以上、もう隠す必要も無いから気が楽だわ。とは言え一日も持たずにってのは予想外である。
人生上手くいかないぜ、まぁUFOに攫われてる時点で終わってるか。
ヤッカミはあるかもだが、まぁしゃーない。百式と戦った以上の困難は無いだろう。
俺がこの先の事を気楽に考えながら、のほほんと鼻歌を歌って歩いてるとようやく組合所の前に着く。
太陽は真上にあり、丁度昼ごろと言った具合だろうか。
だからであろうか、この時間は仕事に出かけてる同業者が多いのか組合所の周りには車や戦車も前来た時より少なく、たむろっていた連中もいない。送迎トラックもえー……昨日か? に出発したんだからそれも当然か。
こうして考えると昨日出掛けた俺は病院で死闘を繰り広げた次の日に、百式の部品とラビィを持って帰ってきたんだよな……? ビギナーズラックってレベルじゃねぇよ。不正を疑われるレベルだわ。
やっぱり、上手く誤魔化すしかないな。
ラビィの事を話すのは勿論無しだから弦さん達に話したシナリオは不可能。次に百式も里津さんに渡した以上『ラッキーパンチで倒しましたぁ♪』作戦も無理だろうし。どうするかね……ってか、誰も見てないんだから普通に逃げたと言えばいいのか?? そうだよ、弾も切れてたし別に不自然でも無いよな? 地下のアイツの残骸見られても、別に証拠があるわけでもないし問い詰められても無視できるはず。
うーん……でもアイツの速さを知ってる人達が居たら怪しまれるかなぁ。凄かったもんなぁ、アイツ。
良し! 入り口近くでバトルしてたから、殴られて外に叩き出された作戦でいこうかな。
警備ロボは中から出れない様設定されてるらしいしな、壊れてない限りはだが。
んで俺は気絶してしまい、トラックが帰ってたと……。俺の乏しい脳じゃこれが限界かな? 悲しいけど、これ以上良い案浮かばないわ。
俺は穴だらけのアイデアを抱え、組合所の扉を潜った。
クーラーの冷風がローブを揺らし、次に中の人々が行き交う喧騒が耳に飛び込んでくる。
やはり組合所の中も人気が少ない。
人はそこそこいるようだが、それは制服を着込んだ此処の社員の人達ばかりであり、私服姿が目立つ俺の同業者らしき人達は殆ど見当たらない。やっぱり皆探索に行ったのかな?
どうするかと周りを見渡して、俺は直に安堵した。
登録した日の様に、左のフロントで田中さんが座っていたからだ。
とりあえず彼女に話を通そうと小走りで近寄っていく。
彼女は近寄ってくる俺に気付くと眉を顰め、次に椅子から盛大に音を立てて転げ落ちた。
俺は慌ててフロントの中に入って彼女を抱き起こす。
「だ、大丈夫ですか!? 田中さん!」
「きっききききき木津君!? な、なんで!? 私を恨んでたの!?」
おーけー、田中さんがすんごい混乱してるって事は分かったぞ。俺の名前が『キツツキ』って感じで聞こえてきたもん。
ラビィがこの場に居たら『脳波と心拍数に異常が』とか言うに違いない。
俺は彼女を落ち着かせる様に笑顔を浮かべながら話しかける。
「お、落ち着いてください。俺はクースから一日中歩いて帰ってきたんです。家で休息を取ってきたので来るのに遅れてすみません。そ、それに何を聞いたか知らないけど、俺は生きてますよ?」
「そ、そうなの!? だだだだって、ひゃ、百式と遭遇したんでしょ?! よ、よく無事でいられたわね!?」
田中さんはフロントの端を掴んで、顎にクリーンヒットを貰ったボクサーの様に足を震わせている。
その混乱っぷりにどうしたもんかと悩んでいると、今度は背後から鋭い警告が飛んできた。
「動くな!! 受付嬢を口説く根性は認めてやる。だがルール違反でな! そのままゆっくりと其処から出てライセンスを提示しろ!! 妙な真似はするなよ?」
後ろを振り向くと、白人の警備員が俺にショットガンを突きつけているではないか。
俺は思わず天を仰ぎたくなったが、そのまま黙って彼の誘導に従ってフロントから出る。
まぁ撃たれないだけマシだな。二度目は誤魔化せなさそうだし。
リュックの脇のファスナーをゆっくりと下ろし、ライセンスを取り出して彼に向けて放り投げる。
「……何だ新米じゃないか。ん、どっかで見たか……?? いや、まぁいい。少し待ってろ」
白人の警備員は俺にショットガンを向けたまま、近くにあった壁の備え付け端末にそれを翳した。
すると耳を劈く様なブザーが鳴り響いて、機械音声がフロアに鳴り響く。
《エラー!! このライセンス所持者は死亡。又は登録を抹消されています》
「あぁ!? なんだ、壊れたのか??」
彼は苛立った様に何回も俺のライセンスを翳すが、結果は変わらない。
俺も機械の反応に戸惑っていると、異変を嗅ぎ付けた警備員が一斉に集まってきた。
俺は反論する気も起きず、ただ疲れ切った顔で全てを受け入れる覚悟を決めた。
「……もういいさ、好きにしてくれぃ!」
今度は床に大の字で倒れて無抵抗アピールを披露して見せる。
これまた俺の神速的な無抵抗っぷりに戸惑う様子が見られたが、彼等は俺を包囲してジリジリとにじり寄って来る。
このまま俺が別室行きを覚悟していると、突然彼等の間を掻き分けて俺の腹の上に田中さんが縋る様にして見せた。彼女はそのまま周りを睨みつける様に視線を一周させると、普段の穏やかな様子とは一変して鋭い口調で怒鳴りつけた。
「下がりなさい!! 彼に対する無礼は許さないわ!!!」
「た、田中さん……」
俺はとても感動した。全米NO:1くらいには。そう聞くと安っぽいな、何でだろ?
まさかの掩護に俺が胸を打たれていると、戸惑いを見せる警備員の間を掻き分けて何時かの役員眼鏡が姿を表した。
「な、何事かね!? 田中君……状況を説明してくれないか?!」
俺と前に話した時の冷静さはどこへやら、役員眼鏡は泡を食っている様に俺と田中さんを見つめている。
「――クースから、スカベンジャーが帰還しました」
田中さんがそう告げると、周囲の喧騒が止んでフロアが静寂に包まれた。
俺は何となくこのシリアスな空気が苦手だったので、左手を掲げて苦笑いを浮かべた。
「ご紹介に預かりました……それが俺です!!」
――ただし、当然笑いは起こらなかった。別にいいけどさ。
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俺は今別室に居る。
ただし登録した日の様な、長時間居たら精神が病みそうな白い部屋ではない。
今居る広さは学校の教室くらいだが、中身は教室とは違って高価な物で溢れている。
天井の光を反射する程輝いた皮作りのソファーが対面に一つずつ置かれ、その間にはこの世界に来て初めて見た貴重であろう木のテーブルがドンと置かれている。
だって俺この世界に来てから木を見てないぞ?? 空気とか大丈夫なの? 割れた道路の端に生えてる雑草だけじゃ無理があるだろ。
そしてその貴重な木製のテーブルの上には銀色に鈍く輝く皿が置かれ、中には袋に包まれたお菓子っぽいのが幾つかある。
見た感じクッキーかな? 食べていいのかな? でもでも料金とか取られたらどうしよう? 庶民気質な俺には判断が下せない。ファック。
ガキの頃の俺だったならば、まずクッキーを袋の上から砕いて粉状にした後で食べるぐらいの無謀さはあったのに、大人しくなったもんだぜ。
まぁこの歳でそんなんしてたら社会で生きていけないからな、今は手に持ってサワサワする位で勘弁してやろう。むっ、袋に良い素材使ってやがる。
適当に見渡せば磨き上げられた銃やら、日本刀っぽいのが飾られたりしているし、此処は応接室か何かだと思うのだが……。あの時と一緒なのは、放り込まれてから既に数十分が経っている事位かな……。
少なくとも今回はジャック・バ○アーが飛び込んできそうには無い雰囲気だから安心だな。あの人好きだけど、敵対すると怖いからね。
『失礼します!!』
すりすりとクッキーの袋を擦りながらそんなくだらない事を考えていると、突然扉の外から野太い大声が聞こえて来た。
唐突の奇襲に俺はビクッとしてしまい、摘んでいたクッキーが俺のピュアハートを表すかの如く袋の中で砕け散った。まるで残機が減ったみたいである。
扉を開けて入ってきたのは田中さんと前も居た役員眼鏡、そして宮木……伍長だっけ? クースであった気の良い中年兵士の三人だ。
部屋に先頭で入ってきたのはその宮木伍長だった。と、言う事は彼等が部屋に入る前に聞こえて来た野太い声は彼の物だったっぽい。彼はブーツを使ってツカツカと小気味のいい足音を立てながら、早足で俺の座っていたソファーの端近くに立った。宮木伍長はベースキャンプで見せてくれたフレンドリーな雰囲気は無く、表情を引き締めて真剣な様子だ。劇場版ジャイ○ン位の変貌振りである。
俺が彼のそんな様子に戸惑っていると、突然彼は九十度に腰を曲げて頭を下げ謝罪を口にした。
「大変申し訳ございませんでしたっ!! この度はクースでの私の判断ミスで、危うく木津殿の命が失われる所でありました!! 心よりお詫び申し上げます!!」
ハキハキと謝罪を口にする宮木伍長。
俺はと言えば彼の言ってる事は分かるが、理解はできずちんぷんかんぷんである。百式に殴られすぎたのかな??
俺が自分の頭を擦りながら正気を疑っていると、今度は役員眼鏡が少し腰を低くしながら俺に話し掛けてくる。
「この度はこの宮木伍長のミスで、木津殿には大変ご迷惑をお掛けしました。彼の処分は追って通達させていただきます。それとこのミスによる賠償なのですが……。心苦しい事なのですが、組合の決まりでボタは直接お渡しできません……。ですが木津殿のランクでご利用できる、組合五階までのショップにある武器や服、食料品等の中から好きな物資を一つ選んで頂けたら、それを無料で進呈させて頂きます。さらにはGクラスの昇級に必要なポイントの半分、つまりは500Pを免除させて頂きます。最後に……組合一同を代表いたしまして、私――《五階長》の御川 啓もこの通りお詫び申し上げます」
御川と名乗った役員眼鏡は、さり気に眼鏡がずり落ちない様に調整してから頭を深く下げた。
頼むからさ、日本語で話してくれよ。オラには彼等の言ってる事が難しすぎてよくわかんねぇだ。
てっきり俺は色々と彼等に事情を聞かれると覚悟してたのに、予想外の展開だよ。
唯一俺の戸惑った様子を田中さんだけが気付いたらしい、彼女は一歩前に出て説明してくれる。
「あのね、怪我人が出て撤退する時は残った人達の為にテントや食料を残していくの。でも……木津君や他の皆が死亡したと断定して、宮木伍長は物資を全部持って撤退したでしょ? その謝罪を彼等はしてるの、どうか受け取ってやって頂戴……」
なるほど。確かに弓さん達も組合のミスだ~なんて言ってたが、こんな真摯な対応をしてくれるとは思ってなかった。 でも俺は百式の部品やラビィの事を黙ってるから、とんでもない罪悪感だよ。百式に与えられた痛みとは別に心が痛いよ。
ただ俺としては宮木さんの判断ミスに文句つける気は無いのだが……。そりゃ困ったけど、結果的に生きてるしね。
それに怪我人の面倒を見たり、色々混乱してただろうし仕方の無い事と思うのだよ。
そして此処で宮木さんの処罰をそのまま受け入れてしまったら後味が悪い。俺も隠してる事があるし、取り止めてくれないかなぁ?
俺はとりあえず砕けたクッキーをこっそり懐に隠しながらソファーから腰を上げて、両手を前に出して二人に顔を上げる様に諭す。
「ま、まぁまぁ。とりあえず顔を上げて下さい宮木さん、御川さん。それに処罰だなんて大袈裟ですよぉ! 怪我人二人も居て大変だったんだし。むしろその素早い判断が功を成したと言うか……。そ、それに俺は助かったんだし、遺恨を残す様な後味の悪い事はやめませんか?」
「確かに、怪我人二名は無事に一命を取り留めましたが……。よろしいので?」
御川さんはゆっくりと頭を上げると、戸惑った様子で聞いてくる。
俺としてはファン一号でもある宮木さんをこんな形で失いたくないので、勿論大きく頷いてみせる。
組合所としてもこれ以上事を大きくしたくないのか、御川さんは俺の許可を得ると未だに頭を下げ続けている宮木さんの肩を叩いて耳元で何か囁いた。
『……ぁ……下が…………長』
相変わらず中途半端に耳がいいな俺は。まぁこれ以上良くなったら日常生活に支障をきたしそうだからいいけどさ。
そして御川さんが耳元から離れた所でようやく宮木さんは顔を上げた。
彼は最後に俺を見つめて申し訳無さそうに瞼を閉じ、もう一度謝罪を述べると部屋から素早い動作で出て行った。
御川さんはそれを見届けると、俺にまた深く頭を下げた。
「木津殿の寛大なお心に感謝します。ただいま組合所では、木津殿のライセンス情報の復旧も行っております。後数十分程でそれも終わると思いますが、なにぶん手間取る作業でして……。宜しければこちらに居る田中の案内を受け、賠償品の品定めでもしてお時間をお過し下さいませ」
そう言って御川さんは田中さんに目配せし、彼女の頷きを確認した後に部屋から頭を下げつつ出て行った。
前回とは打って変わって丁重な仕事ぶりである。いや、前も悪くは無いか、ただ俺が気にしすぎただけで……。
俺が過去の回想に思いを馳せていると、田中さんがニンマリと笑いかけてきた。
「きゃ~~!! もう!! 心配したんだからね、木津君!! 私って君の事登録したばかりでしょ?? だから罪悪感と言うか、責任感があって……。凄く心配したのよ?」
最初こそ女子高生並の猛テンションだったが、最後には此方を諭す様に落ち着きをみせる田中さん。相変わらず喜怒哀楽が激しい人だ。
とは言え心配してくれたと言うのは勿論嬉しい、俺は気恥ずかしそうに頬を掻きながら返事をする。
「すみません、せっかく忠告してくれたのに……。あ、あの怪我をした人達はどうです? 怪我の度合いは……」
「えっと、男性は肩に銃創と片足を複雑骨折で重症ね。女性は血を失いすぎて、右腕の血管に傷がついてたんだけど何とか縫合できたわ。今は二人とも安定してる」
「そうですかぁ……良かった」
俺はそれを聞いて安堵の溜め息を零し、ソファーに大きく背中を預ける。
ようやく全てが終わったって感じだ。初探索がこんな手間取るだなんて想像不足だったよ。
まぁ百式と言う隠しボスがいなければもう少し楽だったんだろうが、それを嘆いても仕方が無い。
田中さんは周りを見渡すように視線を彷徨わせた後、俺に小声で話しかけてきた。
『ねぇ、木津君ってどうやって病院から脱出したの?? 一部装着型HAを装備してたんでしょ? まさか百式を倒しちゃったりしたとか?!』
これまたラビィがいたら俺の健康状態を警告してくる様な鋭い質問である。
俺は驚きの余り一瞬電気ショックを受けた感じで体を大きく揺らすと、慌てて考えていた穴だらけのアイデアを口に出す。
「いやいやいや! ほ、ほら聞いたかもしれないですが、俺が百式と相対したのって病院の入り口近くだったんですよ!! 俺は奴が弾切れしてたからって無謀にも殴りかかったら、良い様にしばらくやられちゃって……。ほ、ほら痣があるでしょ?? で、最後に病院の外へ弾け飛ばされて気絶してたら……ねぇ?」
俺は予定通り服を捲ったり、顔の痣を見せながら身振り手振りで話す。
後は分かるでしょ? みたいな感じで目配せすると、田中さんは後ろ頭を掻きながら恥ずかしそうに笑った。
「そ、そうよねぇ。ごめんね、辛い事聞いちゃって! それじゃショップを見て回って賠償品の品定めに参りましょうか」
聞いてきたのが田中さんで良かったよ。正直動揺しまくりだったし、嘘発見器とか使われたら質問される前に二秒でばれる自信があるわ。
俺はその後田中さんの案内を受けて組合所の五階にある全てのショップを見て周った。
元々タダの企業ビルであったせいか、デパートの様に階の全部が吹抜けとかになっている訳ではなく、一室一室の扉の前に《銃》やら《防弾ベスト》等の文字を掲げた小さい看板が置いてあり、地味に一部屋ずつ見て回るのに時間が掛かった。
その途中御川さんの《五階長》と言う役職が気になったので田中さんに聞いてみると、組合所はランク別に利用できる階が分けられてるらしい。
そして階級別で利用できる階層で売られてるショップの中身が違うらしい、勿論質の差と言う意味で。
俺の様なGからF+が利用できるのが五階までで、そこで起きたトラブルやそのランク者が問題が起こすと彼の様な役職が責任者として対応するらしい。
まぁ一々最高責任者が対応してたら、こんなデンジャーな職では身が持たないだろうしな。
GからF+の五階までは五階長が。
EからD+の六階から十階までは十階長が。
CからB+の十一階から十五階までは十五階長が。
AからA+の十六階から二十階までは二十階長が、それぞれ問題に対処するらしい。当然高い階の人ほど役職としては上だそうだ。
ただ行き来するだけならランクによる問題はないが、ショップは利用できないとの事。ライセンスによる確認もあるので誤魔化すのは無理ですな。
ふと、何で大体的に装備を外の人達等に売りに出さないのか疑問に思ったので、これも田中さんに聞いてみた。どうやら金に物を言わせた部外者に装備を売るより、スカベンジャーやハンターだけに十分な装備を売って、過去の遺物を掻き集めて貰った方が長い目で見ればお得らしい。
生産できる装備にも限りがあるそうだし、それで良いと思うよ俺は。
ただショップを利用できるランクを分けてるのは、多分ボタを組合に寄付して貰う為だろうなぁ……。上手いやり方ですわ。
ちなみに二十階から上はここの社員達が働く所だそうで、行くのは問題ないが仕事の邪魔したらポイントを減らされたりするので注意だそうだ。そもそも誰が行くんだよ、制服フェチか?
「うーん、色々あって悩みますねぇ」
「そうねぇ、ゆっくり考えていいわよ。私も仕事の時間潰せるし」
そうこうしている内に全てのショップを見回り、俺は五階にある備え付けの長椅子に田中さんと一緒に座って頭を悩ませている。
田中さんのこういう発言も慣れたもんだな、相変わらずの平常運転だよ。
装備はやはり初級であるから精々高くて三百ボタとかそんな物だった。ドラ○エで言う銅の剣みたいな感じだな、ブーメランは次のランクかな?俺としては武器は怪力とDFもあるしそんなに困ってはいない。みんなの反応を見る限り、DFも結構いい銃みたいだしな。
となれば防具なのだが……なんつーか、防弾ベストにしたって精々ピストル程度くらいしか防げそうな物しかなかった。それとも未来の物だし、あの薄さで絶大な効力が……? いや、ねぇな。プロテクター系も打撃に強い俺にはむしろ邪魔だし……うーん。
服や俺が欲しかった水筒とかも置いてたが、それだと安すぎるだろ? 使いたい懐中電灯は無くて、でかいカンテラくらいしか無かったし。
こうして考えると、ランクが上がった時に賠償して貰うとかできないかな……? いやいや、図々しすぎるか。
となれば後俺に残された物は一つしかないのである。
いやぁ、仕方ないなぁ。俺が欲しい訳じゃないけど、教会のみんなにもお土産持って帰るって言ったしなぁ。
「俺は決めましたよ、田中さん。……鶏肉十キロでお願いします!!!」
ちなみに嗜好品は高いのか、鶏肉十キロの値段は地味に五百ボタもした。
わーぃ、肉だ肉だぁ。
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俺は鶏肉が入った小さいダンボールと新調されたライセンスを受け取るとそそくさと帰路についた。
ちなみに帰る時に御川さんから今回のミスの口止めをお願いされた。
俺としても隠し事があるのですぐさま了承して見せたよ。面倒事は俺も嫌だからね。
そうそう弾薬のポイントも追加されてたよ、80Pだね。部品より高いのかよ、今後の参考にせねば。
今の俺のポイントは組合のお詫びの500Pも入れれば、580Pである。次のランクまで残り420Pだな。
一応人目につかない様に早足で里津さんの家へ向かう。
今は武鮫装備してないし、絡まれたら逃げの一手しかないからね。
ただそれでも鶏肉に手を出されたら怪力で○っちゃうかもしんない。
とは言ってもヤウラの治安もそんなに悪くはないのだがな。ただ夜中になるとよく銃声が聞こえるんだよね、恐ろしいわ。 ……あれ? それって滅茶苦茶治安悪くね?? 感覚が徐々に此処に慣れてきたようだな、悲しいのか嬉しいのかわかんねーわ。
俺は里津さんの家に着くと正面から入ろうとして扉に鍵が掛かってる事に気付いた。
今日はもう閉めた事をすっかりと忘れてたな。組合所でドタバタしたし、俺の記憶力が悪い訳じゃないんだからね。誤解しないでよねっ。
俺は脳内で言い訳をしつつ、家の裏口の戸を開け放った。しかし……。
「いらっしゃいませぇ♪ ミス里津が経営するヨロズ屋『不屈』にようこそ!! ゆっくりして行ってくださいね♪」
俺は一瞬目の前にいる輩が誰か分からなかった。
整った顔立ちは笑顔溢れ、長い銀髪をポニーテールに纏め、タンクトップとジーンズを装備し、最後に小奇麗なエプロンを装備したその人物は……!
「……ぅぇぇぇぇぇ? ら、ラビィ?? ど、どうしたの? 里津さんに何をされたんだ?! じ、人格が変化しすぎだろ!!」
何なのこのNTRエロゲー的な展開は?? 父さんの部屋にあったエロゲーに手を出して深いトラウマ抱えてんだぞ俺は!! は、吐きそうだよぉ……。
俺が思わず不意打ちトラウマ直撃ダメージによって涙目になっていると、先程までのにこやかな表情を打ち消してラビィが小首を傾げた。
「こうすれば男性客が喜ばれると里津に聞いたのですが……。おかしいですね。沿矢様の心拍数が大きく乱れております。いや……つまり成功なのでしょうか?」
俺は何時ものラビィに戻った事に大きく安堵する。
離れてたった数時間でどれだけ仕込んだらこうなるの? ポケ○ンの育て屋さんもビックリだよ!!
「何を聞いたか知らんが、俺の前ではそのままのラビィでいてくれ……。とてもじゃないが耐えられない」
俺は心までは改造されてないからね、ねん○きとか食らったら大ダメージですわ。もしダブルピ○スとかされたら即死だから。 流石に里津さんの商売方針に口を出す訳にもいくまいし、表情もにこやかの方がヒューマノイドだって気付かれないだろうから仕方ないか。
俺がそう無理矢理自分を納得させていると、里津さんが奥から悪人の様にニヤニヤしながら現れてきた。うっ、またトラウマが刺激されそう。
思わず口を押さえてしゃがんでいる俺を見下ろしながら、里津さんは腕を組んで得意気に言い放つ。
「どう?? キュンとしたでしょ? 男ってのは単純だからね~。これは今後の売り上げも期待できるわ。それ次第じゃラビィの給料も上げちゃうかもね」
「キュンっていうか、心臓がギュン! ってなりましたよ」
俺は溜め息を吐きつつラビィを見上げる。
たしかに服装が整ったラビィはとても綺麗で、美しい。
俺が買い物客なら弾を一発買っては外に出て、またすぐ戻って買うぐらいはしそうな程である。直に出禁だろうがな。
ラビィは俺の視線に気付くと、柔らかに微笑を浮かべた。
「沿矢様。ラビィは見事に任務を遂行して見せます」
――俺もそこでようやく疲れた笑みを返して、頷く事が出来た。
セクハラとか無いよね?? やっぱり不安だわ……。




