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俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第一章 目覚めた世界は……
20/105

荒野のお姫様

今回からディフェンダー=DFに略称します。

手が開いたら前の話でも修正するかもしれません。

瞼を僅かに刺激する光を受け、俺は腕を顔に翳しながら徐々に瞼を開いた。

割れた窓から差し込む朝日、それを受けて室内に漂う光り輝く塵、そして所々板が外れているフローリングの床。

これ等を眼にして何故か俺は一瞬《我が家》と勘違いしてしまった。


慌てて身を起こすと直に勘違いだと気付き、苦笑しながら右手で顔を擦る。

全然似てないはずなのに、何故か凄く懐かしい感じがしてしまった。


――まだ、この世界に来てから二週間も経ってないはずなのに。


俺がそんな切ない思いを抱えつつ、まるでドラマ俳優の様に髪をかきあげながら一息吐いているとラビィの声が聞こえて来た。



「お目覚めになりましたね、沿矢様。朝日が出てから54分19秒、20秒が経過しました」



声が掛かった方向に眼を向けると、ラビィが廊下で差し込む朝日を浴びながら仁王立ちしており玄関先を眺めていた。



「な、何してるん?」



似たような光景を映画で見たが……もしや。



「此処で外敵が来ないかを見張っておりました」



予想通りであった。

ショットガン持たせたらまさにあの名シーンですわ。


頼もしいけどさ、男として少し情けない感じがしちゃう。



「……そうなんだ。うん、ありがとね……」



俺はラビィの献身的な行為に感謝しつつ、ふと思い出してジーパンのポッケからグローブを取り出して武鮫に装着しなおした。

次にベルトポーチから部品を掻き分けて予備のマガジンとDE弾を取り出す。

そういや昨日は弾を込めなおすのをすっかり忘れていた。

病院内では一回リロードしただけで済んで良かったものの危ないな、オイ。

次にDFに装填していたマガジンを取り出して残弾数を確認すると、残り二発と危うい状態であった。


くそ、通路で弾を装填しとくべきだろ俺!? 混乱していたとは言え自分の迂闊さに腹が立つ。


新米だから、等と言い訳は出来ない。

既にドンパチをやらかしてしまったのだ。気を引き締めないと廃病院で命を落とした彼等の後を追う事になる。


予備のマガジンとDF内に装填するマガジンにも弾を込め終えて、DF内に決意を一つ改める様にマガジンを装填しなおす。

スライドを引いた後、少し悩んで安全装置は戻しておいた。

基本的には荒野に居た様な外をうろつく警備ロボは少ないようだし、暴発も怖いからね。


ホルスターにDFを戻し、体の痛んでいた部分に触れていくと既に全然気にならない位には治っていた。

押すと痛いが、それは当然の事と見ておこう。骨に異常があったら一気に重症だからな、助かった。


代わりに口の中が少し染みる、どうやら少し切っていた事に気付かなかった様だ。

まぁこの世界の食べ物で、口内炎に染みるようなソースとか使った食べ物にはまだありつけてないし平気だろ。言ってて悲しくなってきた……。


自分の状態を確認し終えて床に置いていた部品を抱えようとした所で、何時の間にか近くに来ていたラビィが俺の目の前でそれを取り上げた。



「ラビィが持ちます」


「あ……頼むね」



まるで子供が他人の玩具を取り上げた様に、部品を体で隠しながらラビィが宣言する。

俺は彼女のクールな見た目にそぐわない可愛い態度に、思わず頬が緩んでしまうのであった。


ふと、ラビィのむき出しの足が薄汚れてしまっているのに気付いた。

俺はそれをどうにかしたいと思い、周りを見渡すとボロボロになっていたカーテンを窓際に見つけたので、近寄ってそれを引き千切った。

此方を見て首を傾げている彼女に近づくと、ソファーに座るよう促す。

それには素直に従ったが、俺がカーテンの切れ端をラビィの足に巻きつけ始めると戸惑った様に彼女が話しかけてくる。



「――何をしているのですか?」


「何って、あのままじゃ汚れるし、怪我もするかもしれないだろ? ヤウラに帰ったら靴と……服も買わなきゃな、今はこれで我慢してくれ」



多分ボスLG式の部品と、リュックにある部品でそれなりのボタは手に入るだろう。

半分は借金返済して、後は色々と他に使う感じでいこうと思う。


こんな変態ちっくなピッチリ黒スーツを着たラビィを連れ回してたら、俺はもう世間に顔向けできなくなるし。


布を巻き終えると、ラビィから少し離れ様子を伺う。

彼女は部品を脇に置くと、ゆっくりと足を包む布を撫でながら立ち上がろうとはしない。

俺は苦笑しつつ、彼女に話しかけた。



「多分大丈夫とは思うけど……。どう? 解けそうになったりしてない?」


「……えぇ、大丈夫です。沿矢様、ラビィは感謝します」



ラビィは一つ大きく頭を下げると、素早く部品を抱えて立ち上がった。

俺も彼女に頷きを返すと、そのまま玄関へと足を向けた。


準備を終え、住宅から外に出ると太陽の眩い光がクースに降り注いでいた。

瞼を細めながらも、その光がもたらす安らぎに心を落ち着かせながら一歩を踏み出した。


朝日で照らされた住宅街を行く。

こう聞けば学校を通っていた時の事を思い出すが、周りの風景はそれとは段違いだ。

崩壊した住居が所狭しと並び、昨日寝泊りした住宅の様な比較的損傷が低い場所はあまり見当たらない。


住宅街を抜け、少し広い道路に出て周りを見渡すと昨日死闘を繰り広げた廃病院が眼に入った。

廃病院はもう当然静かであり、警報も銃声も悲鳴も聞こえてこない。

俺にはその様子がまるで獲物を食べ終えて満足し終えた獣の様子に見えて、苛立ちを隠さずに眉を寄せて少し睨みつける。


俺のそんな様子を見て、横に居たラビィが声を掛けてくる。



「沿矢様、どうされましたか? 心拍数が乱れ始めましたが……」



さらっとラビィが自分の機能をまた披露しつつ、首を傾げながら心配してくる。

迫田が着ていたHAみたいなロケットパンチ機能とか無いだろうな? 地味にあれトラウマなんだが。


俺は彼女に向き直り、首を振って答えた。



「いや……もう終わった事だから。行こうか、ラビィ」


「はい、沿矢様」



あの病院で俺はこの職業の危険性を嫌と言う程に思い知らされた。

だがそれでこの職を辞めはしない、俺はこの経験を次に生かして精進してみせるだけである。


廃病院を見つけた事で自分が何処にいるかは大体分かった。

ベースキャンプが何処にあるかの目安を付けて、俺は歩み始めた。







▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼







――田中 恵の朝は早い。

目覚ましはキッチリ六時にセットし、起きたら直に弱火で暖めたフライパンに卵の中身を放り込んで顔を洗う。

歯を磨きながら棚から皿を取り出してフライパンの中を覗けば、大体何時もいい感じになってる事に気付いた日からこの行動は固定された物となった。


皿に目玉焼きを乗せて、洗面所に戻り口をゆすぐ。

一つの行動をキッチリやるのでは時間が勿体無い。

田中はそんな几帳面さと、だらしなさが合わさった様な性格の持ち主であった。



朝食を素早く済ませ、組合所で初めて貰った給料で手に入れた状態の良い化粧台に向かう。

唇を薄く塗り、化粧を施し、髪をセットし、服に皺がないか確認し、最後に自衛用の銃をホルスターに収める。

とは言え組合所の制服を着てれば手を出すような愚か者はいないだろう。

その事は、この銃の弾を最後に込めたのが何時だったかすら定かに思い出せない事も証明している。


田中が皹の入ったアパートの一室から出た所で、同じ所に住んでいる受付の同僚とバッタリ出くわした。

しかし、彼女は今から部屋に戻ろうとしていた様なのだ。


田中は眉を顰め、予定が狂うのも構わずに好奇心に身を任せて小走りで近づいた。



「おはよう!! どうしたの? 元気ないね、ヘレー」



声を掛けられた同僚の女性ヘレーは田中に気付き、力無く笑みを浮かべるとドアに寄りかかる様にしながら言葉を返す。



「おはよう……。昨日ね、夜中に送迎トラックが戻って来たのよ。しかも送り込んだスカベンジャーが十一名だったのに対し七名が死亡。戻って来た怪我人二人も重症で、もう大変だったんだからね。身内や彼等の仲間に死亡通知出さないといけないから、住所やチームに所属してないか確認してー……掲示板に情報張り出してー……何があったか尋ねてくる無神経の馬鹿共の相手してー……ファック!!」



ヘレーが最後に閉じられかけていた瞼を開け放って怒りをぶちまける。

田中は彼女のその様子に尻込みしつつも、驚きの声を上げる。



「は、半数以上が死亡!? 一大事じゃない……!」



スカベンジャーはハンターとは違い戦闘を極力避ける集団だ。

とは言えやはり危険な職なので死亡する者が多発するが、それは向かった都市や町で大体一名や二名程が亡くなる事の方が多い。

今回の様な七名等と言う、一つのチームが全滅したかの様な事態には遭遇する事が珍しいのである。



「うん……。だから疲れてるのよ、もう寝るわ。後は組合所で聞いて頂戴」


「あ、うん。ごめんね。お疲れ様」



ヘレーは田中の返事を背に受けながら部屋へと潜り込んだ。

耳を澄ませば、直に部屋の中から何か大きな物が落ちた様な音が聞こえてきて田中は苦笑する。


貴重な情報を伝えてくれたヘレーに感謝しつつ、田中は顔を押さえて気合を入れた。

恐らく組合所に行けばその件で忙しい事になるのは明白だからだ。心構えが出来た事はそれ等を乗り越える為の良いアドバンテージとなった。


田中は一つ頷くと直に失った時間を取り戻すべく小走りで駆け出した。


とはいえ、組合所は田中が住んでいるアパートから直の所にある。

歩けば十分、走れば五分掛かるかどうかの良い物件なのだ。


そんな短い距離でも走れば少し疲れ、汗が浮かんでしまう。

田中は胸を押さえ、自動ドアが開いて吹き付けてくる冷風に瞼を細めながら一つ息を吐いた。


そのまま仕事に向かっても良かったが、ふと掲示板に張り出された情報に目を通しておこうと思い至り足を向けた。

早朝とは言え掲示板の前にはちょっとした人だかりができており、田中は上手く小さい体を巧みに利用して間をするすると抜けていく。


掲示板には死亡者の顔写真と向かった町の名前が貼られており、田中はまず町の名前を眼にして唖然とした。



「クース……!? また病院に行った人達がいたの!? もう、だから……えっ」



――封鎖指定地域にすればいいのに。



その言葉は途切れ、田中はある一つの顔写真で視線を止めた。

まだ幼さが残るその男の子は先日自分が登録した人物であった。試験成績が優秀だった事もあり、これからの活躍に彼女は期待していた。


田中は悲しそうに瞼を閉じると、その顔写真にそっと手を当てた。



「無茶しちゃ駄目って、言ったじゃない……」



木津 沿矢と記載されたそれに触れながら、田中は呟いた。

別れはいつも唐突で、そして何時までも慣れる物ではない。

自分が登録したスカベンジャーの死亡を確認する度に、田中はこの職を辞めたくなる。


だが、それをすれば自分が生きていけなくなる。

辛い現実だが耐えるしかない。田中は悲しみに沸く気持ちを抑え掲示板から離れていった。






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼







――無茶するんじゃなかった。


何とか辿り着いたベースキャンプ跡地を見て俺が思ったのがまずそれだ。

いやさ、ヤウラへ戻っていいとは言ったよ? 言いましたけどさ。



「何で俺のテント無くなってるん……?」



俺はどこぞの某蛍○墓に出てくる少女の様にしょぼくれた声で呟いた。


そうなんですよ! なんとですね!! 僕のテントが綺麗に無くなってるんですね~~しゅご~ぉい。

これが売れないマジシャンの悪戯とかだったら、お礼に武鮫を叩き込んでやるからな。


僕は場所を間違えてないはずだもん。だって杭を打ち込んだ跡があるもん。ぷんぷんだもん。

これが新種のアリの巣か、モグラの掘った穴でも無い限り間違いないはずであるのだ。


周りを見渡せばトラックが去った跡もある。

俺は乾いた笑みを浮かべながらその場に座り込んだ。



「ははははは……やっちまった。予定表もリュックに入れてたから、次にトラックが此処へ来る日がわかんねーや……」



これからの計画がパァだよ!!

テントで豆缶食ってから予定表を見て、留まって待つか徒歩で帰るかを悩もうとしたのに。

ちなみに水分は豆汁を啜る予定でした。糞不味いが命を繋ぐ為だ。

そんな計画は全て水の泡であり、俺は絶望の余りDFを使って頭パァァァン!! しそうだよ。



「沿矢様。大丈夫ですか? 脳波が乱れておりますが……」


「うん、それを聞いてさらに乱れそう」



どうやら俺はすんごい動揺している様だ。脳波って相当やばない? 精神崩壊直前じゃね?

無理も無いか、この絶望的な景色を見た瞬間冷や汗がブワッて出たもん。

ジ○リの主人公だったら毛が逆立ってたシーンだよ。


正直、ボスLG式と相対した時より参ってるわ。俺の力じゃ対処できない事態だからね。

一発逆転を狙って、無理矢理穴を掘って水脈を掘り当てるくらいしか俺の能力を生かせるアイデアが浮かばない。

問題があるとすれば、絶対に不可能だろうって事かな。ふふっ、困ったな♪



「沿矢様、これを」



ラビィが絶望の余り座り込んでいた俺に彼女が着ていたローブを差し出してくる。

俺はそれを受け取って、彼女の気遣いに驚きながらも素直にそれを纏う。


日差しを受け続けるのは確かにヤバイ、既に喉の渇きも感じているのだから。

此処に留まる事は恐らく死を意味する。俺は覚悟を決めると立ち上がってラビィに頷いた。



「ありがとう、ラビィ。……ヤウラに徒歩で戻るけど、着いて来てくれるか?」


「勿論です。ラビィは沿矢様から離れません」



ラビィがキッパリとそう答えてくれて、俺は何だか救われた気分になった。

俺一人でこの事態に遭遇していたら、耐え切れなかったかもしれないな。


俺はトラックのタイヤの跡に沿って歩き始めた。

幸いと言うか、早朝という事も合わさってか気温はそれ程でもないから助かった。

季節が秋か春前かは知らないが、それともこの世界では季節なんて無いのかもしれないな。とにかく助かった。


ラビィを伴いながら荒野を横断してる内に、俺はふと自分の状況に笑いが込み上げてきた。

この世界に来てからこれで二度目か? いや、ボスLG式との対決も入れれば三度目の命の危機だ。


宇宙生物共に改造されてなければ、俺はタダのガキにすぎない。

最初は突然の事で知らなかったから仕方ないとは言え、二度目は散々注意を受けていたのに無謀な事をしてしまった。


だけど胸の内はスッキリとした思いで溢れている。

あそこで病院をただ眺めている方が、きっと俺には耐え難い事だったのだろう。

何時からこんな正義感を持ち合わせていたのだろうか? 俺自身も驚きで一杯である。


その内相対したロボの手足とか武装だけを破壊して、悦に入ったりしないだろうな?

俺は自分の行動に不安を抱えつつ、ただ歩くのみ。


たまに確かめる様に背後を見るが、クースが何時までも視界から消えない事に焦りを覚える。

額に浮かんだ汗を拭いながら、俺はラビィに向けて話しかけた。



「やばいな……。ラビィ、もし俺が死んだら……ヤウラの不屈って店に居る里津さんって人の所に行ってさ、その人をマスターにしてくれない?」



それで借金をチャラとまではいかないかもだが、俺にできる事はこれくらいしか無いだろう。

正直、助かる気が全くしない。来る時は遭遇しなかったが、無人兵器とかもいるらしいし。

当然諦める気は毛頭ないが、念の為に俺の意識と安全がハッキリしている内にそれだけは告げておきたかった。


しかし、何時までもラビィからは了承の返事が返ってこない。

俺がクースに向けていた視線を外して彼女に向けると、瞬き一つせず俺を凝視する彼女の紅い視線とかち合った。



「――死にません」


「ぅえ?」



ラビィが小さく呟くと、彼女は突然今まで大切に扱っていた部品を地面に投げ落として俺に詰め寄ってきた。



「ちょお!! ぶ、部品が!!」


「沿矢様は死にません。ラビィが死なせません。……私が沿矢様を抱えてヤウラと言う場所に向かえば問題ありません!」



ラビィがそうどこぞの人気アニメキャラの様な宣言をすると、突然俺を無理矢理肩に担ぎ上げて勢いよく走り出した。

ローブが激しく揺れ動き、その度にバタバタと大きな音を立てる。

遠ざかっていく部品を眼にしながら、俺は慌ててラビィに下ろす様に必死で伝える。



「待って待って!! ストップ!! 抱えていい!! 抱えていいから部品を置いてかないでぇええええええええ!!」



その後何とかラビィの暴走を止め、俺は元居た場所に戻り部品を前に熱考した。

しかし――悲しいかな。部品を抱え、かつ俺も運べる体勢と言えば一つしかないんですね。はい。



――女の子が一度は夢見る《お姫様抱っこ》である。



厳密には俺も夢見た事はあるよ? する方をだがな。

背に腹は変えられん。俺は悲痛な覚悟を決め、部品を腹に抱えてラビィに小さく頷いてみせるのであった――。






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼







「弦爺の馬鹿、弦爺の馬鹿、弦爺の馬鹿、弦爺の馬鹿……」



車内に響く膝を抱えた弓の口から出る小言に、弦はウンザリした表情を浮かべていた。

何故そんな事になってしまったのかと言うと、あの後燃料を補給したのはいいが夜にクースへ向かう事を頑なに弦は譲らなかったからである。


自分達でさえ持っているのは大型の懐中電灯くらいであり、暗視ゴーグルの様な高価な装備を持ってはいないからだ。

そんな状態で夜の荒野を渡っている途中で、無人兵器と出くわせば此方の不利は明白だ。


――生きているかどうかも定かではない奴の為に、命は掛けない。そう弓にハッキリと弦は告げた。


弓にたとえ馬鹿と言われようと、アホと言われようと、禿と言われようと、体臭がキツイ等と言われようと弦は必死にただ耐えた。

可愛い孫の為を思えばこその所業ではあるが、こうも機嫌を損ねてしまうとは思わなかった。


太陽が地平線から顔を出した瞬間にトラックをクースへ向け走らせたのはいいが、その間ずっと弓はこの調子である。



「弦爺の……馬鹿ぁ!! 沿矢君がもし病院から逃げ出せてても、怪我でもしてたらどうしようもないのにぃ……!!」



そう唸る様に言葉を吐き、己の横顔を睨みつける孫の普段とは違う変貌振りに心中で嘆きながら弦は口を開いた。



「いい加減にしないか! 弓よ、お前も……百式と戦った奴等を見た事があるだろう。あの時何人が亡くなった!? まさか忘れた訳じゃあるめぇな!?」



弦の怒号を受けて弓は身を縮こまらせると、思い出す様に瞼を閉じて呟いた。



「五人で挑んで、二人が……死んじゃった」


「しかも全員が中級スカベンジャーだった。……弓、お前には悪いが引き返した方がいい。態々自分から傷付きに行くような真似は止そうじゃねぇか」



弦とて知り合って間もない沿矢の身を案じる気持ちは確かにある。

だが、それよりも弓の方が大事なのだ。

彼女がクースに着いた時に浮かべる表情を思えば、今すぐに引き返すべきなのだ。


だが、弓は小言を吐くのを止めたが帰ろうとは言わない。

また膝を抱えて前に視線を向けるだけだ。


弦は小さく息を吐いて、運転に集中する。


その瞬間、アクセルペダルから足を退けてブレーキを掛ける。

トラックが急激な速度低下にミシミシと鈍い音を立てたが、隣に居た弓はその突然の行動に非難の声を上げずに素早くライフルを手にしていた。


何故なら、荒野の先から砂塵を巻き上げて此方に向かってくる何かが見えたからだ。

トラックが完全に動きを止めると、弓は窓から身を乗り出してライフルを構えてスコープを覗き込んだ。


この一連の動作は二人が行う狩りの時の基本動作であり、弓が獲物の正体を確認して自分達で相手が出来る奴なら倒し、そうでないなら直に撤退する。

何度も繰り返し、身に染み付いた動作は二人の仲が険悪であっても失われる事はない。


複雑な感情を抱えたまま狩りへ挑むのは自殺行為だからだ。

その証拠に、既に二人の脳内は先程のやり取りを隅に追いやっている。


弦はトラックのギアをいつでも変えられるように手を添えながら弓に問いかける。



「どうだ?! どんな相手だ?」


「待って、よく見えないの。小さいから……兵器系じゃないとは思うけど」



弓は冷静に言葉を返しながらスコープに目を通す、砂塵の大きさで目標を視認できない。

ふと、弓は一旦スコープから眼を離してしまった。

何時もは見せないその仕草に弦が訝しげに問いを投げかける。



「どうした!? 撤退するのか!?」



弦がそう声を荒げたのも無理はない。砂塵の大きさを見ると、厄介な相手なら既に敵の射程に入っててもおかしくない距離だからだ。

弓は何回もスコープを覗いては止めると言う仕草を繰り返し、弦の問いに答えない。


――もういい、撤退しよう。


弦がそうギアを変えようと手に力を込めた時に弓が呟いた。



「沿矢君が……銀髪美人にお姫様抱っこされてる」


「………………ぁあ!?」



唖然とした弓の言葉を聞き、何時もは素早く指示を出す筈の弦でさえそう答えるまで数秒掛かった。

車内に戻って来た弓が呆然とした表情で弦に向き直る。

弦はその弓のただならぬ様子に困惑を強めるだけだった――。





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