俺と兎
「マスター。私に名をお与え下さい」
ちなみにこれ、もう数十回目の台詞だからね?
俺は彼女が跪いてから慌てて何がどうなってるかを聞くが、彼女はこれを繰り返すばかりである。
何なの? そういう性癖なの? 首輪とか着けるタイプなの? ……興奮してきた。
俺はまた妄想で自爆しかけ、鼻を押さえながら彼女に問いかける。
「名前付けたら……それやめてくれます?」
「マスター。私に名をお与え下さい」
貴様はRPGの村人か、最近では三パターンぐらい用意されてたりするもんだぞ。
俺はいい加減思わずイラッとして口端を引くつかせる。
と、俺の中に突然ナイスアイデアが浮かんで来た!
この人の台詞を止める事もできるし、意地気返しもできるアイデアだ。
「よーし、分かりました。……あなたの名前は『私は犬です』……だ!」
完璧だ。
俺は恋愛ゲームに良くあるボイスで名前を呼んでくれる機能を使って、本編より何倍も遊んでたからね。
スタッフが想定してない禁止ワードとか見つけた時は雄叫びとか上げちゃうから。
父さんと盛り上がってて背後に居た母さんに気付かなかったぐらい熱中したからね。
俺は彼女がどんな反応をしてくれるのかとワクワクしていると、彼女はゆらりと立ち上がってまた俺を冷たい眼差しで見下ろしてきた。
「本当にそれでいいんですね?」
「ぅえ!? ぇ、いや……あのう」
な、なんだよぅ……そこは素直に呼ぶ所じゃん。ムキになるなよぅ。
俺は彼女の視線から逃れるように身を縮こまらせて否定の言葉を口にする。
「いや、冗談です。オーダーはキャンセルで……えーと……そうだ『ラビィ・フルト』とかどうでしょう? あ、それとも日本語で付けた方が良かったですか?」
彼女の長い銀髪や真紅の目等の容姿を見ると兎を思い出したので、兎の足の英訳をもじった名を付けた。
そのままだと余りにもアレだからね、見た感じ日本人じゃないしこれで良いとは思うが……。
「了解しました。これより私の名前は『ラビィ・フルト』と呼称します」
「あ、今度は良いかどうか聞いてこないんだ……」
明らかに選り好みしているが、これで終わるなら俺的には問題ない。
俺は一息吐いて安堵していると、彼女はその巨体に似合わず可愛らしく首を傾げて問いかけてくる。
「では、ラビィに貴方の名前を教えてください」
自分を名前で呼ぶ人って初めて見たわ。でも美人だと許せる! 不思議!!
「あ、俺は木津沿矢と言います。新米ですが、スカベンジャーやってます」
「沿矢様……分かりました。では沿矢様、ラビィにご命令を」
俺はようやくこの変態プレイが終わると安堵していたのに、彼女の口から青少年を惑わせる衝撃発言が飛び出して驚きを露にする。
「ぅええええ?!! まだ続けるの!? なんなんですか貴方はぁ!」
「私は多目的任務遂行用ヒューマノイド。通称MMHシリーズ開発の為に調整されたプロトタイプで型番は01です」
「は……? え、いや……人間じゃないの?」
思わず彼女の裸体を見ないように背けてた視線を前に戻し、俺は確認する様に隅々まで見渡してしまう。
と、とてもじゃないが精巧すぎるというか……凄すぎて機械には見えないですよ? 何とは言わないよ、何とは。
彼女は俺の問いに頷くとテキパキと喋りだした。
「私は敵地に潜入して破壊工作を行う。もしくは敵方の要人を排除する等の裏工作を主とした、多目的撹乱行為の為に生み出されたのです。敵方の目を欺く為に生体パーツを惜しみなく使い、機械部分は最小限に留められています。沿矢様が戸惑われるのも無理はありません」
「そ、そうなんだ……。え、じゃあさっきのマスターどうこうは冗談じゃなかったって事ですかい?!」
俺はてっきりこの人の危ない性癖に付き合わされていると思って適当に答えてしまった。
呆然としている俺を他所に、彼女は今更何を言ってるんだと言わんばかりにハッキリと答えた。
「はい、沿矢様はラビィのマスターと成られたのですよ」
まるで逃がさねぇぞ? と言わんばかりの言葉の内容に俺は頭を抱えてしまった。
疲れる事が多すぎてもう限界が近いが、とりあえず此処を出た後に考えよう。
その前にいい加減俺はラビィの裸体に色々と耐え切れずそれをどうにかして貰えないかと頼み込むと、ラビィは部屋の隅に置いてあった金属の箱に手を置くと、箱が開いて彼女が中から何かを取り出した。
その取り出された物を着る様なので、しばらく後ろを向いているとすぐに着終わったとの報告が届く。
ようやく落ち着けると安堵したのに彼女が着ていたのがこれまた肌に吸い付くようなエッチィ黒のピッチリスーツだったので、俺は自分のローブを投げてそれを巻いててくれる様懇願するのであった。
色々と限界なんだよ俺は、若いからね。正常なんだよ!! Hなイベントで反応しないラブコメの主人公とは違うんだよぉ!!
その後、しばらく部屋の中を隈なく探索したが別段何も見つからなかった。
彼女とこの施設の関係性が分からないので、とりあえず機械を壊して部品を確保するという考えはやめた。
それにもう持てないしな、ラビィに頼んでも人型だし多く持てないだろうし、何より俺はさっさと此処から出たいのだ。これ重要。
廊下を歩く俺の足音と、ピッチリスーツからは足首から下が、手首から先が出ていた為にラビィのペタペタとした吸いつくような足音が響く。
俺としては機械とは言え女性に素足で歩かせるなんて一端の大和の男として許せない事だが、俺の靴は合わないしどうしようもない。
それにまぁ、この施設は上の廃墟と違って物が散乱してたりしてないから平気だろう。
代わりに永遠と廊下が続くのはどうかと思うけどな。
とりあえず先程とは違い、今は一人ではないので俺の精神的には安定してる。
俺はふと隣を歩くラビィに疑問を問いかける。
「あのさ、何で俺をマスターに? 俺と此処には何の関係もないと思うが」
彼女は俺の問いに顔を此方に向けつつ、キッチリと此方の歩幅に合わせたまま言葉をハッキリ放つ。
「ラビィはコールドスリープする前、次に目覚めた時は部屋に居た者をマスターにせよとのコマンドをインプットされました」
「えぇ……? ちょっと無用心すぎじゃあ……。あ、俺が扉を破壊したんだった……」
そうだよ、明らかに隠されてたっぽいこの施設に侵入してしまい、ロックされていた扉を破壊したのは俺だわ。
にしてもそんなアヒルの子供だっけ? が最初に見た奴を親と思うみたいな命令するなよ。
「沿矢様。ラビィからも質問がございます」
「ぅえ!? お、ぉお! どうぞどうぞ!!」
まさかラビィにそのような自由意志があるとは思わず俺は歓喜する。
話しかけるまで話してくれないってのは寂しいからね。
ラビィは其処で初めて僅かに表情を変え、瞼を細めつつ口を開いた。
「衛星との通信が繋がらず、今の最新情報をダウンロードできません。宜しければ、沿矢様に現状の説明をして頂きたいのです」
なるほど。これは長くなりそうだ。
俺は苦笑しながらも、自分が知ってる情報を拙い説明でラビィに話し始めた。
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「壊し屋が死んだぁ!?」
廃都市近くのベースキャンプで闇夜を切り裂く様に驚愕の声が上がった。
ヤウラだけではなく北にあるハタシロや、北東に位置する《ミシヅ》等の中間にある廃都市であり、他の町のスカベンジャーと顔を合わせる事が多くなる。
ドノールは主にC、D、E等の中級スカベンジャーが多く集う場所だ。
このランクになってくると彼等は一端のスカベンジャーとなり、ようやく自分だけの家を買えたり、メイン居住区に遊びに出かけたり、装備の一新等の余裕が出てくる頃だ。
余裕が出てくると色々の情報にボタを多額に支払いこんで慎重に行動する輩も居る。
今日もそんな情報通がヤウラから来た、たった一人のスカベンジャーが面白い情報を持っていると聞いたので、態々100ボタも気前よく払って聞き出していた。
「ばっ!! こ、声がデケェよ!! お前が戻って神妙な顔してりゃあ、他に買う奴いるかもしれねぇのによ!!」
ベースキャンプから少し離れた位置の岩の影で、情報を売った男が周りを心配そうに見渡す。
「あ、ああ。すまない……。だけど本当なのか? 迫田 甲だよな? 騙したらすぐに分かるぞ?」
情報を買った男はどことなく脅しを含む口調で話しかけながら情報を売った男を睨む。
しかし、男は何処吹く風と言わんばかりにその視線を受け流して大きく頷いてみせる。
「軍から開示された情報だ、まず間違いない。面白いのは此処からでよ、死んだってのは発表されたのはいいが何時、何処で、誰に? ってのが載ってないんだ」
「は……? つまり死因も分からないのか? もしかしたら病死かもしれねーのか?」
途端に情報を買った男の顔が曇る。
確かに迫田は過去の影響で未だにビッグネームに連なってはいたが、今の時代彼を越える大物は何人も居る。
死因も原因も分からないのでは、この話を他人にした所で良い反応を得られないではないか。
情報を売った男はそんな相手の内心を見透かすように言葉を紡いだ。
「へへっ、まぁ聞けよ。俺は軍に知り合いが居てな、迫田が何処で死んでたか秘密裏に教えてもらった。でな、何とヤウラにあるゴミ山で埋まる様にして死んでたんだと!」
「埋まる様に……? なんだそれ、事故って事か?」
話が読めず苛立ちを見せる男の態度を見て、勿体つけるように男はさらに話を進める。
「実は迫田の死亡が発表される数日前、ゴミ山で奇妙な事があってよ。ゴミ山の一つが空に鉄屑をぶちまけて消滅したんだよ。勿論俺も最初は何なのか予想できなかったさ。けど迫田の死亡と、軍の知り合いからの情報を聞いてピンときたのさ。迫田はあそこで誰かと戦って殺されたんだよ……!!」
「ゴミ山が一つ消えただぁ!? おいおい、本当に正しい情報なのかよ……。もう良いよ、俺はさっさと寝る」
「っな!? おいおい……ったく毎度あり」
急に去っていた男の態度に情報屋としてのプライドが刺激されたが、ああなってしまった人間に追い縋っても不信感を煽る事を知っており、ただボタが入ったホルダーを掲げる様にして見送るだけで済ます。
確かに突拍子もない話ではあるが、もしあの男が他のヤウラから来たスカベンジャーと話す事があれば信じるだろう。
情報とは一つからではなく、複数の視点から見たモノが組み合わさってできる物だからだ。
あの男に与えたのはパズルの大きな欠片であり、あとは細かい欠片を集めるだけである。
男がそう自分を納得させ他の同業者に話を持ち掛けようとした瞬間、背後から物音が聞こえ素早くサブアームとして所持していたハンドガンを抜き放った。
直に背後に構え、胸元に着けて置いたペンライトが音が聞こえた場所を照らし出すが誰も居ない。
男は眉を潜め、次にベースキャンプを襲う馬鹿な輩がいるはずないかと苦笑して、銃をホルスターに戻してキャンプへ向かおうと視線を戻した。
「先程の情報は、確かな物なのですか……?」
視線を戻した男の目の前に《巨砲》が突きつけられていた。
連なった銃口を携え一度引き金を引けば数秒にして数百の弾丸を放つそれは、人の《鼻先》へ簡単に突きつけられる様な重さではないはずだ。
M-545と呼ばれるそのガトリングを軽々と持ち上げてみせ、穏やかかな表情を浮かべている女性が居た。
ふわりとした茶色のロングヘアーは緩やかな波を描き、彼女の表情と同じ落ち着きを見せている。
しかし、その女性の金の眼差しは男のペンライトの明かりを弾き返すかのように強く爛々と輝いている。
彼女はしかも《左手》のみでM-545を支えていた、右手は首を傾げた彼女の柔らかな頬に当てられている。
歳は三十前半くらいだろうが、自身の背より少し短いだけのM-545を普通の女性ならば抱えられるはずがない。
男が驚きで眼をこれでもかと言わんばかりに剥いた、その女性の行動にではなく彼女を知っていたからだ。
「て、《鉄雨の貴婦人》……!!」
「あらまぁ。私を知ってくれてるのなら《これ》は必要ないですわね。失礼しました……」
男が彼女の異名を吐くと、鉄雨の貴婦人と呼ばれた彼女は申し訳無さそうに瞼を伏せてM-545の銃口を下ろし、探索には向かないであろう白いロングスカートの片端を右手で掴んで男に謝罪をした。
男が何事かを口にしようとした途端、また彼女は頬に右手を当て穏やかな笑みを浮かべて男に問う。
「それで……壊し屋、迫田 甲が死んだと言うのは……?」
「あ、ああ! 本当だとも、ヤウラの軍が公表したんだ!! 間違いねぇよ!! 奴はヤウラで死んだよ!!」
男は情報料を取ろう等とは考えず、先程とは打って変わって他の誰かに聞かれても構わないかのように大声で喚く。
彼女はそれを聞くと溜め息を吐いて悲しそうに瞼を閉じ、頬に当てていた右手でM-545を支えている左腕を撫でながら呟いた。
「そうですか、ヤウラで死にましたか……。遂に私の手で仇は討てずじまい、か……」
「お、俺が知ってるのはそれだけだ!! 奴を殺した奴はまだ分かってねぇ!! も、もう行っていいか?!」
男がそう問うと、彼女はまるで男に初めて気付いたかの様に少し驚いた様子で頷いた。
「ええ、情報どうもありがとう。これはお礼よ受け取っ……」
「ひっ、ひいいいいいいいいい!!」
彼女がスカートのポケットを弄っていると男は一目散にキャンプへ逃げていった。
ゆっくりと取り出したホルダーを手に持って、彼女は困った様に首を傾げる。
「あらあら……情けない男ですこと」
彼女は不満そうに溜め息を吐き、ヤウラがある方向に視線を向けた。
その彼女の表情に先程までの穏やかな笑みは無く、無表情で静かに佇むだけであった。
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「なるほど。世界は崩壊、国家も無く、僅かに残った都市や町別で独自の法を抱え、人類は少数に分かれあって暮らしているのですね」
「うむ、とは言っても俺もそんなに詳しいわけじゃないからさ。帰ったら詳しい人に聞くといいよ」
ラビィは俺の拙い説明でも大体は理解してくれた様だ。
ただ、彼女は少し考え込む様にして視線を下げて歩き続けている。
俺にはその様子を見て彼女がまだ何か聞きたそうな表情に見えたので、促してみる。
「ラビィ? まだ何か聞きたい事があるんじゃ?」
するとラビィはそこで初めて悠然としていた歩みを止めた。
俺は慌てて背後で止まってしまった彼女の方を振り向く、すると彼女は少し眼を見開いて驚きを露にしていた。
「――どうして分かったのですか?」
「どうしてって……顔に出てたよ。今も驚いてるし」
するとラビィはそれを確かめる様に両手で顔を押さえてムニムニしだした。
俺は突然の彼女の奇行に思わず笑みを押さえられず問いかける。
「どうした? ってかめっちゃ柔らかそうなんだけど」
「本来の私は表情等と言う、敵地での不安定要素を増幅させる機能は無いはずなんですが」
「いやでも、今もメッチャ眉顰めてるし……。それに無表情のままの方が目立つから、寝てる間に調整が施されたんじゃない?」
「そうでしょうか……ログには何も無いのですが」
ラビィは眉を潜めて納得がいかない様に呟いた。
俺としては、やはりそんな彼女の様子を見ていると未だに機械なのか疑ってしまう。
色々と大変だな今日は……デパートで物資を手に入れた時はそこそこやって行けそうな気がしてたが、毎回こんなんじゃ体がもたんぞ。
里津さんに何て言おう、初探索でこんな結果だとしれたら眼鏡割れる程驚くんじゃねーかな。
俺が帰った時の事を考え始めていると、ラビィは意を決した様に問いかけてきた。
「沿矢様――世界が崩壊した今となっては、ラビィが本来の用途で使用されるケースはもはや無いのかもしれません。ラビィはこれからどうすればいいのでしょう?」
「え? いや……俺に着いてくればいいんじゃない?」
今更何を言ってるのだこやつは、明らかにそういう流れだったでしょう?
だと言うにラビィは眼を見開いてこれまた見事に驚いてみせる。
オーバーリアクションすぎるわ、雛壇芸人かお前は。
「――よろしいのですか?」
「よろしいのですよ、ラビィさん。ほら、さっさと行こう」
「……はい、マスター」
俺はそう言うと前を向いて歩みを再開させ、この果てしない道を進み始めたのだ。
眠気とか感じないし、気絶した時に数時間ぐらい経ったのかもしれないな。
早くキャンプに戻って、彼等がどうなったか確認せねばならん。
最悪町に戻ってたら徒歩で帰るか、テントの中にジッと隠れて次の送迎トラックが来るまで待たねばならん。
トラックで障害物の無い荒野を二、三時間程の距離だから……丸一日歩けば着くかな?
いや、でも俺持久力はそんなに上がってないっぽいんだよなぁ。
救出に向かった時はルザード先輩に置いていかれないくらいのタフネスは確認したが、普通に呼吸も苦しくなってきてたしな。
そもそもヤウラがどっちにあるか分からないわ。でもタイヤの跡とかあるかな……無ければ待ちの一手しかないな。
俺が本格的に地上に戻った時の事を考えていると、ようやく通路の終わりが見えてきた。
突き当たりに両開きの扉があり、そこが終着地点である事は明白だ。
しかし、今度もまた扉の横に四角形のガラスっぽいボタンがあって嫌な予感がする。
とりあえず指を置いて試してみるが、これまた先程と同じ声と同じ内容で拒否されてしまった。
俺は仕方なく部品を脇に置き、武鮫を前に構える。
すると突然俺の脇を抜いてラビィが今度はそれに触れた。
《DNA承認》
短い言葉と共に、扉が素早く両方に分かれて開かれる。
仲は狭い一室で明らかにエレベーターである事が分かった。
「開きました。沿矢様」
「うん……ありがと」
どことなくドヤ顔で俺を見つめるラビィ。
俺は彼女のそんな子供っぽい様子に苦笑しつつ部品をまた抱えなおす。
エレベーターの中に入ると、矢印が上と下を向いたボタンしか無かった。
部品を抱えていた俺はそれをラビィに押してもらい、エレベーターが動き出した事に盛大な安堵の溜め息を吐いた。
「うっわ~~良かったぁ。これで動かなかったら大変な事になってたぞ」
最悪エレベーターシャフトの壁を腕で突き刺しながら登る破目になってたかもしれん。
部品を抱えたまま壁に背を当て、ずるずると腰を下ろして休憩する。
ラビィはそんな俺を見下ろして首を傾げた後、すぐに何か思いついた様に素早く腰を下ろして俺に顔を近づけてきた。
「ぅえ、な、なに?」
彼女の整った顔立ちを間近で見てしまうと、先程の口付けを思い出してしまい動揺してしまう。
思わずカ~ッと聞こえてきそうな程、顔に血液が集まってきているのが自分でも分かる程だ。
俺がドギマギしていると、突然ラビィがガッ! と部品を掴んできた。
「ラビィが持ちます」
「え? あ……うん。どうもね」
遅くね? と言う言葉は飲み込んでおこう。
それに別に疲れる様な重さじゃなかったし、廃車だって重たい文庫本を片手で持ってる様なもんだったしな。
俺から部品を受け取ると、満足そうに口角の端を少し上げてラビィは立ち上がった。
マジで感情表現が豊かすぎないか? 既にターミ○ーター2に出てきたT-8○0型の最終形態くらいの感情は兼ね備えておるぞ。
その内学習しすぎて『人間共は滅ぼす、今日が審判の日だ』とか言い出さないだろうな。
まぁ、もう審判の日は過ぎてるからどうでもいいか。
俺がラビィの考察をしていると、違和感を覚えるほどエレベーターのスピードが急激に遅くなっている事に気付いた。
思わず中腰になってエレベーターの壁に手を着いて耐えていると扉が開いた。
外は暗闇で包まれており、一瞬どこか分からなかった。
エレベーターの中からラビィと抜け出し、エレベーターの中の明かりが僅かに周囲を照らしてくれていたお陰でそこが住宅地っぽいどこかである事が分かった。クースだよね??
俺がそこまで確認し終えた所でエレベーターの扉は閉まり、道路に埋まる様にして姿を消していった。
すると周りを暗闇が包みこみ、僅かな月明かりのみが近くの建物の外観を薄っすらと照らしているだけなので俺は途方にくれた。
「どうするか……近くの建物で朝になるまで待つかな」
「了解しました。では、あちらの建物が損傷も少ないので向かいましょう」
ラビィが突然俺の独り言に反応して暗闇に指差した。
俺はラビィが何処を見ているのか分からず、眉を寄せて疑問を言葉にする。
「俺には何も見えんが……。ラビィには見えてるの?」
「はい、暗視装置機能も備えておりますから」
それは便利だ。
俺は暗闇の中をラビィの手を掴んで彼女の案内を受ける。
部品は今ラビィと半分に分けて片手で胸に当てる様にして抱えている。
そうしないと手を繋げないからね。
彼女は俺を気遣うように暗闇の中をゆっくりと進み、たまに障害物があれば足で退けている様にも見えた。
俺もようやく彼女が発見した建物の外観が眼に見える位置まで来た、恐らく普通の二階建ての住宅っぽいと思う。
ラビィは入り口に近寄って扉に片足を添えると、それを無造作に中へ蹴り倒した。
埃と大きな音が立ち上る中俺は一瞬呆然としたが、そもそも機械なのだから当然と言えば当然である。
ただラビィと話してると普通に女性と話してる感じだから違和感が酷いのだ。
そのまま家の中に入り、暫く歩を進めると部屋の中に足を踏み入れたのが分かった。
と、突然ラビィが俺の手を引っ張るようにしてある場所に俺を座らせた。
座った場所を手で触ると、どうやらソファーである様だ。
俺はラビィの気遣いに感心し、感謝の言葉を述べる。
「ありがとう、ラビィ。俺は朝まで寝るから……ラビィも休んでていいよ」
「感謝は不要です。ラビィの存在意義は沿矢様しかありませんから」
傍から聞いたらとんでもなく病んでそうな発言だが、まぁ彼女はこれが普通なのだろう。
部品を近くの床に置いて、手で確かめるようにしながら徐々に体をソファーに倒す。
先程まではあまり感じていなかったのだがソファーに横になると余計に体の節々にある痛みが気になり、脳が急激に睡眠を欲してくる。
当然俺はそれに抗うことはせずに、素直にその要求に従った。
「マジで疲れた……」
この世界に来てからというもの、一日が長い日が多すぎる。
そういや初体験の刺激が時間の感覚を増徴させるとは聞いた事があるな。
だから歳を取ると刺激が足りなくなって時間の経過が早いのだとか。
――だったら、これから先の日々も暫く長く感じるだろうなぁ。
その考えを最後に、俺の意識は途切れていった。