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俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第一章 目覚めた世界は……
16/105

悪夢

8/27 誤字や脱字修正を行いました。



検査が終わった後、俺は宮木さん達に頭を下げながらそそくさと組み立てていたテントに潜り込んだ。

リュックを下ろし、武鮫を外して一息を吐く、別段腹も減ってはいなかったがやる事も無かったので豆缶を食べる事にする。


豆缶はこう引っ張る所があって開くのに苦労しないタイプだ。なんて名前だこれ? 素晴らしい発明だよな。


まぁ、俺はいざとなったら缶詰の一部を握りつぶして食えそうだから無くてもいいけど。


その前に喉を潤したいなと思った所でテントを抜け出し、兵士達が立てていたパイプテントに向かう。

ここには無料で飲める給水場や、ボタを払えば買える肉の缶詰とかもある。

ただ何の肉かは分からんがな、ワクワクして買って鼠の姿煮とか出てきたらトラウマもんだぞ。


そう言えば肉を食ってないな~。

米やじゃが芋などは食えてるのだが、肉は全くである。

里津さんは店を一人で切り盛りしてて、普通に客も来てるし、色々な物とか扱ってるからボタは持ってると思うのだがなぁ。


いや、まぁ居候の身で『肉を寄越せ』なんて言わないけどさ、単純に気になるのよね。


水を確保し、そういえばスプーン等の生活用品を持ってきてない事を思い出して慌てて尋ねると、普通に鉄のスプーンを貸してくれた。親切やね。


テントに戻って豆缶を無心に食べた所で、やる事は無くなってしまった。


だからと言って夜に探索等はしない。

上級スカベンジャーとかなら暗視ゴーグルくらい持ってるかも知れないが、こちとらカンテラの乏しい灯りに頼るしかないのだ。


小さい懐中電灯くらいなら稼げば手に入れられそうだが……。

こうして考えていると、自分には足り無い物が沢山あると気付かされるばかりだ。


うわ、そう言えば水筒とかも持ってない。

とはいえボタが無くなって来たから、あれ以上は買えなかったけどな。

帰ったら色々と買う物があるな……。


ただスカベンジャーとして初めて稼いだボタで、お世話になった皆に何かしらのお礼をしたいと思ってるんだよなぁ。


けど借金してる身でそれはちょっと能天気だろうか……。

いや、俺が此処でバーンと稼げば良いだけだ!! 今日はちょっと心が落ち込んだが、大体の流れは掴めたしな、明日からが本番だぜ!!


俺が一人でボーっと色々と考え事している内に、外は大分日が落ちてきたようである。

とはいえまだ眠気は全然無いので、折角だから宮木さん達と何か話そうかと思い至り、一応武鮫を装着しなおしてテントから這い出る。


テントから這い出して立ち上がった所で、宮木さんを含む兵士達がクースの方向に小走りで向かっていくのが見えた。


俺もそれに習い慌てて後を追うと、何と血塗れの男性に肩を貸して歩いてくるルザード先輩の姿が見えた。


兵士達はルザード先輩から男を抱え受け取ると、地面に寝かして緊急手当てを開始し始めた。

俺は突然の事態にただ呆然と遠巻きに眺めていると、ふとルザード先輩がまたクースに向けて歩き始めたのを見て慌てて駆け寄った。


ルザード先輩は男の血を大分被っており、近づくと鉄臭さが鼻についた。



「る、ルザード先輩!! 何があったんです!? そ、それにもうすぐ夜ですよ!? 町には行かない方が……」



ルザード先輩は義務的に此方に向き直ると、病院に視線を向けて指差した。

そして、まるで近所に買い物へ行くかのようにアッサリと言葉を漏らした。



「彼等はトラップに引っ掛かり、あそこで多数のLG式と警備システムの襲撃を受けている。……私は念の為病院の外で待機していたのだが、命辛々逃げ延びてきたこの男だけは確保した。もう終わってるかもしれないが、一応また生存者が外に逃げ延びてないか確認してくる。一応入る前に彼等の前に姿を現して警告したのだがな……」



ルザード先輩は最後にそう言ってゆっくり瞼を閉じると軽く息を吐いた。

俺は色々と聞きたい事があったが、とりあえず彼女が彼等を助けに向かうと言う事だけは理解できた。

俺は一つ頷くと、彼女に同伴しようと声を掛ける。



「わ、わかりました! 助けに向かうんですね!? なら、俺も行きます! 二人なら怪我人を運べる人数も、運ぶスピードも上がるはずです!」



ルザード先輩は俺がそう言うと眉を潜めた。

恐らく、足手まといになるかもしれないと思ってるのだろう。

だから俺は彼女が断りの言葉を舌に乗せる前に畳み掛けるようにして言葉を放つと、彼女の前を小走りで駆け抜いてから後ろを向いて催促する。



「足手まといにはなりません!! それに今は一刻も早く急がないと!! 逃げ延びてても時間が経ったら台無しですよ!! ほら! ハリー! ハリー! ハリー!!」


「君は……まぁいい。分かった、行こう」



ルザード先輩は何かを言おうとしたが、瞼を閉じてその思いを掻き消すようにすると、風にならんが如く一気に走り出した。


俺もそれに習う様に全力で駆け出すと、最後に夕日が赤く染め上げたクースの町が浮かび上がって見える。


俺にはその光景がまるで、新たな生贄を飲み込もうと大きく口を開けた怪物の様に見えた。







▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼







こんな筈ではなかった。

江野田 拓也はライフルを抱きかかえる様にして震えていた。

耳を澄ますと、遠くから銃声と怒号が聞こえ、そして悲鳴が聞こえるとそれ等が徐々に消えていく。


事の発端はドン・クレースと言う男に声を掛けられた事からだった。

Eクラスであるドン曰く、この廃病院は初心者達が手を出さないことは勿論知っており。

次に上級スカベンジャー達も、態々この一つの施設の為だけにクースまで足を運ばないと言う事だった。

自分達のクラスに見合う町なら、ここと同じ位には稼げる施設が複数あるのだから、それも当然の事だ。


結果として既に発見から大分経っているが、この病院は誰にも見向きもされず探索されていなかった。

――無謀な愚か者以外は。

ドンはこの病院を惜しい物として見ていた。

しかし、彼もソコソコの経験は積んでいた為、勿論手は出さない。

ただ焦げ付くような焦れた思いを胸に抱きながら過ごしていたのだと言う。


ただ、ある時この病院の近くで一人の男が死んでいるのが発見された。

男の死体は回収され、着ていた服や装備は有効活用される為に軽い検査を受けた後、組合所の店で商品として並んでいた。


馬鹿な男だと、ドンは品物を眺めていた時にふと男の履いていた靴に切れ目を見つける。

とは言え店員の前でそれを調べ上げる訳にもいかず、そのサイズも合わない靴の為にボタを支払った。


何か確信に近い思いが胸を満たしつつ家に帰ると、ドンはまるで初めてプレゼントを貰った子供の様な興奮に身を任せ、靴を取り出してナイフで靴を切り開く。


そして出てきた一枚の包まった紙切れを見てドンは高笑いした。

はずれを引かされたのか? 傍から見たらそう思うだろうが、だがそれこそがドンが最も欲していた物だったのだ。


そこには死んだ男が命を賭して、廃病院を駆けずり回り手に入れた情報が記されていた。

警報トラップの配置、ライフガード型『LG-61式』の巡回ルート、銃を装備した警備システムの射程、そして――それ等全てを無効化する警備室の位置が載っていた。


ドンは早速廃病院の攻略準備を開始すべく、行動を起こす。

まず重要なのが、どれだけ万全で挑んでも、全ての障害を乗り越えられないと言う事だ。

緻密に計算されたLG-61式の巡回ルート、それをカバーする警備システムの射程、そして死角に設置された警報トラップ等を挙げれば切りが無い。


あの病院のシステムを組んだ奴は相当に性根が悪いか、正義感を胸に抱いてたかのどちらかだろう。

ドンは詰まらなそうに鼻で笑い、考え込んだ。


一人ではまず無理だ。それは分かってる。そこまで馬鹿じゃない。


ただ――囮さえいれば全て解決する。


とは言え、一人だけ生き残っても大量の物資は運びきれない。

だが数人居れば、細かい物はともかく、生体義手やナノマシン等の大物は十分に確保できるはずだ。

ドンが江野田にその話を持ちかけた時、最初は江野田もそれを断ろうとした。


――他の同業者を囮にするなんて発想は考えた事も無いし、これからもするつもりも無い。


そうドンを侮蔑した目で睨みつけてその場を去ろうとした。


ただドンは江野田に難病を抱えた妹が居る事を知っていた。

ドンは楽しそうに語りかける。


――廃病院の物資を売って手に入れたボタで、妹さんはメイン居住区にある病院で治療を受けられるかもしれない。


――いや、もしくはその難病を回復するナノマシンがあそこにあるかもしれない。


背後から聞こえたその声を受け、江野田の歩みは徐々に遅くなり……止まってしまった。

江野田は結果的にそれを受け入れてしまった。

ただ、自分の仲間には最低限の情報だけ与えて事の詳細を教えず、結果としてそうなった様に振舞って欲しいと頼み込んだ。

ドンはそれに眉を顰めたが、結果として罪を知る者が減るのならそれで構わないとした。


後はクースに行く時に、十分な人数が居た場合サクラを演じるだけだ。


江野田は其処でふと疑問に思った。


『何故普通に仲間を集めないのか? 囮として使うにしても、ただ少しハプニングを演じて中で別れてしまえば疑われないないだろう? 上級スカベンジャーはともかくとして、中級スカベンジャー位は誘ったら上手い話に乗ってくるかもしれないのに』


江野田の問いを聞いて、ドンは不思議そうに問い返した。


『何故? ――そこそこ腕の立つを奴を囮にして、もし生き残られでもしたら分け前が減るじゃないか』


それを聞いた時、江野田は全てを白紙に戻したい気持ちで一杯だったが、妹の事を思うとその思いは塵となって消えてしまった。


ただいくら初級とは言え、あの病院の事は大抵知られている。

普通に誘っても乗ってはこない。


ただ、彼等は様々な理由はあれど結局として一攫千金を夢見た者達だ。

目の前で宝の山に向かって行く者達がいたとしたら――彼等は夢に魅せられて、背中を押される様にして飛びついてくるはずだ。


ドンはそう確信していた、何故なら自分がそうだからだ。


この数週間の間。数回無意味にクースに行き来を繰り返した。

仲間達は最初は廃病院を攻略するのに乗り気だったが、何故組合所で人集めないのか? そもそも本当に警備室などあるのか? 焦れた思いと、自分達のランクより下の場所をうろつく事で、ウスタゴの仲間達に不審な思いを抱かれ始めた時にそれは訪れた。訪れてしまった。


ドンの合図を受け、江野田は震える手を押さえて声を張り上げた時に、何かが自分の中から抜け落ちた感覚に襲われる。

しかし、それでも打ち合わせ通りの台詞を吐き終え、ドンの名乗りを受けて大袈裟に喜びを表す。

ただ、既にウスタゴの二人は既に冷めた思いでそれ等を眺め、既に演技の事など頭から抜け落ちていた。

ドンの睨みと江野田に焦りに気付かないまま、ウスタゴの仲間は憮然としていたが、何とか予定通りの人数は確保できた。


江野田はここまでやってしまえば、後はもうどうにでもなれと言う思いで後の残った二人に声を掛けたが断られてしまった。


あの女が此方の演技には気付いていたのが、少し予想外だったが何とか上手くはいった。


あとはただ無心で事を運ぶしかない――。

江野田は妹の事を思い、決意を胸に秘めた。




ただ、最後までドンと江野田が疑問にすら思わなかった事がある。


――あれほどの情報を持ちながら男は死んでしまっていたと言う矛盾に、彼等は宝を前にしてすっかり我を忘れてしまっていたのだ。



街中で彼等の前にルザードが現れ、警告した時が最後のターニングポイントだった。

しかし、ドンはその説得を打ち消す様にルザードを大声で罵倒して蔑み、戸惑いを見せた仲間達を促して廃病院に突き進んでいった。


ルザードは彼等を最後まで見送った、その後姿を記憶へと存分に焼き付ける様に瞼を細めながら。



廃病院に入りまず彼等は互いをカバーできるよう、銃身がぶつからない様に少し距離を開けながら、慎重にウスタゴのメンバーを先頭にして進んでいった。


江野田は記憶に叩きこんだ情報を思い返しながら、確実に歩みを進めていった。


時折ドンに視線を向け、それが合ってるかの確認をアイコンタクトで済ませながら、囮として別れる予定の通路までゆっくりと近寄っていった。


そしてその時がやってきた。

通路の左に寄りながら、江野田はウスタゴのメンバーに普段通り自分の背後に来るように促す、そしてドンもゆっくりとそれに続く。


残ったメンバーに手を向けて、通路の右側を行く様に指示を出すと、これまで順調に進んできた事もあってか彼等はあっさり従った。


そのままT字路に突き当たり、右と左の一体どちらに行くのかで視線が江野田に集まるが、彼は壁から通路の様子を伺おうともせずに動きを止めたままだ。


そして江野田は待った――巡回ルートに従ってこの通路の背後からやってくるLG-61式を。


暫く動きを見せない江野田に全員が眉を顰め始めた時に、突然背後から警告の声が飛んできてドンと江野田以外は背後を向こうとした。


全員が背後に銃を向けようとした刹那――江野田はT字路の左に勢いよく曲がって駆け出した。

戸惑うウスタゴのメンバー二人を、ドンは肩から勢いよく当たってT字路突き当たりの壁に吹き飛ばす。


メンバー二人が憤怒の声を上げようとした所で、囮として集められていたメンバーの一人が警告が終わる前にと、LG-61式に向けてライフルの引き金を引いた。


その瞬間、眩いマズルフラッシュと破裂音が響き渡った。


しかし、それを掻き消す様にドンとメンバー二人の前でシャッターが勢いよく、まるでギロチンの様に風切り音を伴いながら下りてきた。


彼等と分断され、痛い程の静寂が数秒彼等を包んだ。


ウスタゴの二人が立ち上がりドンを睨み付けた所で、シャッターが揺れ動いた。

まるで助けを求める様に乱雑な動きでシャッターは不快な音を立てる。

しかし次の瞬間、それを正すかの様に細かく激しくシャッターが揺れ動き……動きを止めた。


シャッターの向こうで残された誰かが、激しい銃撃を受けたのだと明らかに分かったウスタゴの二人は顔を青く染め上げる。


そんな二人をドンは怒鳴りつける。


――今から急いで警備室に向かうしかない!! 彼等はまだ生きてるかもしれん!!


その怒号を聞き、二人はドンに吹き飛ばされた事など追求する事せずに駆け出すしかなかった。

彼等が立てる足音を警報が打ち消し、そしてその警報を打ち消す様に遠くで銃声が鳴り響く。

ウスタゴの二人は江野田が何処にもいない事に泡を食ったが、ドンは彼が先に警備室へ向かっている事を分かりきっていたので落ち着いていた。


ただ――予定では既にもう警備室に着いているはずなのだ。

なのに彼方此方で聞こえる侵入者に降伏を促す機械音声は鳴り止まない。


ドンの中で徐々に不安が沸き起こってきた。

そしてそれを打ち消すかのように盛大に足音を立てながら通路を駆ける。


そして――ついに警備室に続く通路に入った所で彼等は足を止めた。

止めた理由は疲れからでも、ましてや安堵からでもない、深い――絶望だった。


目が零れる程に見開かれた視線の先で、警備室があったと思われる場所は建物が崩れ落ちて完全に埋まっていた。


そしてその前で江野田はただライフルを抱え、体を震わせて子供の様に泣きじゃくっていたのだった。



――ああ、遠くから何かが此方にやってくる音が聞こえる。

なのに、彼等はただ呆然と立ち尽くすしかできなかった。







▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼








視界が暗く染まってゆく中で、時折廃病院から劈くような音が聞こえ、眩い光が覗き見える。

どうやらまだ生存者は居るようだが、徐々にそれ等が収まっていくのが見え、焦りが浮かぶ俺とは逆にルザード先輩は落ち着きを払っている。


冷たい、等とは思わない。

彼女は彼等に警告して無視されても、廃病院の前で待機して生存者を抱えて戻って来たのだ。

むしろ彼女のその落ち着いた様子が俺に深い安心感と、焦りを打ち消す清涼剤の様な役目を果たしてくれた。


廃病院に向かう際に一つ注意しないと行けない事がある。

それはこれから向かう先が病院と言う、ライフラインであった場所と言う事だ。


本で読んだのだが警備ロボは幾つか種類があって、先程のデパートにいた奴や企業等で使われていたのが、オフィスガード型と言う比較的に前世界で広範囲に普及していた物だ。


ただ今回のような病院やガスのパイプライン、発電施設等の重要な場所に配置されていたのがライフガード型と言ってOG型の上位版みたいな奴らしい。


田中さんが近づくなと言った訳だ。

装甲や搭載弾薬量も火器の威力も恐らく上なのだろう、初級スカベンジャーでは少し無理がある。


俺はこの職の事をまだ分かっていなかったし、人数も多かったので大丈夫だろうなどと、病院に向かった彼等に警告をする何て発想は微塵も湧いて出てこなかった。


ただ俺よりランクが上のルザード先輩が警告したのなら、恐らく相当不味い事のようだ。


目的の場所に辿り着いたのは喉が渇いて、吸い込んだ空気が痛みを伴う頃であった。

廃病院の駐車場に入り、俺とルザード先輩は滑り込む様にして幾つかある内の一つの廃車の陰に隠れる。

顔を出して様子を伺うも、既に銃声やマズルフラッシュが発生していない。


だが病院内から聞こえてくる警報や、機械音声が促す降伏勧告が止まってない所を見ると、まだ生存者はいるのだろうか?


いや、俺の判断なんぞ当てにはならない。

俺は隣に居るルザード先輩に小声で語りかける。



「どうしましょう? さっきの人はどこから出てきたんですか?」


「あそこだ、彼は良い判断をした。あのままでは確実に死ぬだけだったからな」



ルザード先輩が先程の怪我人を褒め称えながら指し示した場所は、病院の三階にある窓辺だった。

よくよく眼を凝らすと、その真下に血痕がある。


それは怪我をしていたから出来た物なのか、それとも落下の際に出来た物なのか、あるいは両方だろうか……彼は助かるのだろうか?


俺が先程の彼の心配をしていた、まさにその時だった。

突如としてまた銃声と、それに伴う眩い光が病院二階の窓辺から放たれた。

だがそれは数回程繰り返した所で止んでしまう。

思わず身を乗り出したところで、先程のソレを凌駕する激しい銃声と光が大きく周辺に広がりを見せた。


生存者が攻撃を受けている。

経験が乏しい俺でもそんな事は余裕で気付けた。

思わず中腰になってしまった俺を、ルザード先輩が肩を掴んで無理矢理押し留めてくる。



「何をする気だ? 彼等のお陰で警備システムはフル稼働している。中に入ろうものなら直にガードが飛んでくるぞ」


「いや、でも……せめて彼等を援護しないと助かりっこないですよ!?」



俺がそう言うと、彼女は困った様に眉を顰めて真っ直ぐ見つめてくる。



「それは彼等の責任だ。私達が命を賭す理由にはならない。それに助けるとしてもだ、今回私はLG型に通じる様な武装をしていない。この装備では奴等の装甲は貫けない……君とてそうだろう? 《新米》」



ルザード先輩がローブをずらして腰に掛けてあった、サブマシンガンに似た銃を見せながら冷静に言う。

特に最後に放った言葉は、俺に冷や水を浴びせる様に辛辣な響きだった。

だが、それは俺を思っての事であるってのは馬鹿な俺でも分かる。


しかし、俺はそんな気遣いを打ち砕くように武鮫の拳を強く握り締めると、ローブからゆっくりと出して見せた。


瞬間、今まで何の感情の色が見られなかった彼女の瞳に始めて動揺が浮かんだ。

だけどそれはほんの一瞬の事で、すぐさま彼女は冷静さを取り戻して語りかけてくる。



「……HAか? だが、それでどうする気だ? 警報が鳴ってしまってる以上、近づくまでガードはもう待ってくれないぞ」



どこまでもルザード先輩は的確だ。

それが頼もしくもあり、少し煩わしくもあった。


俺は武鮫に装着していたグローブを外してジーンズのポケットに捻じ込み、覚悟を決める様に一つ息を吐いた。


俺は苛立ちをぶつける様に廃車の下に武鮫を装備している左腕を突っ込んで、勢いよく持ち上げて廃車を横に倒した。すると廃病院の中の喧騒を大きく上回る盛大な音が響き渡る、そして俺はそれを打ち消すかの様に廃車の下部に左腕を突き入れた。


金属質な耳障りな音が鼓膜を強く打ち、一瞬聴力を損なわせる。

あまりにも突然な俺の暴走に、ルザード先輩は唖然として此方を見上げている。


俺は廃車を左腕だけで持ち上げて、彼女にハッキリと意志の強さを表すように宣言した。



「――無理矢理近づきます」






▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼







馬鹿な事をするんじゃなかった。


そんな思いを抱え――藤宮 静は涙を流しながら予備として持っていたハンドガンの引き金を引き絞った。


それは幸運にも此方に徐々に迫ってきていた、LG-61式の膝部分を打ち抜いて転倒させる。


装甲を貫いたのは、長年の劣化によるものかどうかは分からない。

ただ、このチャンスを逃さないよう藤宮は背後の仲間に向けて金切り声で叫んだ。



「今よ!! さっさと階段を下りるの!!」



その声に従って、背後に居た女性――里菜 久美は苦しそうに息を吐きながら壁から背を離した。

彼女は右腕の上腕を左腕で押さえていて、そこからは真紅の血が滴り落ち、薄汚れた廊下を綺麗な鮮血で色付けした。


あの窮地から何とか抜け出せたのはいいが、あの場に居た五人中もはや二人までに減っていた。

T字路のシャッターが下りた時、四人は近くにあった部屋に素早く身を隠せた。


だが残りの一人は最初の攻撃でLG-61式を仕留めきれずに反撃を受け、蹈鞴を踏むようにしてシャッターに背を当てて倒れこんでしまった。


その後、部屋の外を正確にリズムをとった銃撃音が響き渡り、その一人は確実に助からなかったであろう事は理解できた。


さらに一人は逃げる途中階段で強襲を受けた際、逃げ場の無い上に走り去ってしまった。

そして一人は曲がり角で銃装備型警備システムの射程に迂闊に飛び込んでしまい、目の前で蜂の巣になった。


今居るのは二人だけ、しかも一人は銃撃を上腕に受けてしまい、とてもじゃないが戦えない。

傷を押さえなければ最悪数十分も持たない深い傷であったのだ、動脈を傷付けたかもしれない。


彼女を見捨てる事ができないのは何でだろう。

ふと、藤宮は里菜に肩を貸しながら階段を下りる途中で脳裏を過ぎった考えに思いを馳せる。



――彼女とは今回が初対面ではなかったのか?


―――いや、見知らぬ人間とはいえ、見捨てる事などできはしない。


――――そもそも、彼女を見捨てた所で自分は助かる事ができるのか?


―――――いや……どれも違う。自分は一人になる事を恐れているのだ、その瞬間にこの歩みは止まってしまうだろうから。



階段の踊り場を過ぎ、ようやく一階が見えてきて安堵した瞬間、一階の十字路の奥から並んで此方に向かってくる二機のLG-61式が見えて彼女達の呼吸と足が止まる。


いや、正確には二人の足は細かく震えていた。

これから自分達に降り注ぐ恐怖を考えてか、それとも辛い現実から逃れる為か二人は強く瞼を閉じた。


そうすれば――この悪夢から目覚める事が出来るかもしれないから。


視線が遮られ研ぎ澄まされた聴覚は、此処に来てから聞き慣れてしまった銃撃音を大きく捉えた。

浅く呼吸を繰り返しその時が訪れるのを待っていた二人は、徐々にそれとは別の音が聞こえた事に気付いてゆっくりと瞼を開いた。


十字路の真ん中にいた二機のLG-61式は、右横の通路に向けて両腕を交互に切り替えながら規則正しく攻撃を行っている。


それが行われる度に、どこからか聞こえてくる不快な金属音が徐々に大きく鳴っている。

長らく数十秒にわたって攻撃を繰り返し弾が尽きたLG-61式は、素早く腕を下ろすと攻撃を繰り返していた通路に向かって二機並んで駆け出していった。


視界の先から二機が消え、呆然としていた二人はハッと気付くと歩みを再開させて一階に降り立った。

その時であった、大きな激突音と何かを引っかく様な大音量が聞こえて、思わず二人は顔を顰めてしまう。


その正体を探ろうと目線を十字路に向けた瞬間、二機のLG-61式を床に押しつぶす様にして錆び付いた廃車が右から左に《駆けて》行った。


しかし、廃車にタイヤは装備されていなかった。

それどころか、あの廃車は《浮いて》いなかったか?


藤宮と里菜は、今起こった現実が本当かどうかを確かめ合う様に目線を合わせた。

その瞬間十字路の先から乾いた音が聞こえて、慌てて里菜に貸していた肩を外して藤宮は震える手でハンドガンを構えた。


引き金に指を乗せ、フロントサイトに乗せた視線の先で十字路の右側から一人の男が現われた。

男は右手でハンドガンを構えながら、LG-61式が消えた方向を睨みつけていた。

ふと、男が此方を見つけると先程の険しい表情を打ち消し、安堵の顔を覗かせながら左腕で大手を振った。


――その男の左腕には《鉄腕》が装着されていた。


藤宮達はその鉄腕の放つ鈍い輝きが、天から差し込んだか細い希望の光の様に思えた。








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