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俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第一章 目覚めた世界は……
13/105

纏いしは鉄腕なりて

朝一番とは聞いてたが、まさか食事も摂らずに向かう事になるとは……。

俺は今正に朝特有の靄が立ち込める街中を、里津さんが乗ったリヤカーを引きながら、ぺネロさん達の所に向かっている最中である。


正直何をするかはわからないが、俺もクースに向かう前に教会の皆に挨拶しておきたかったので丁度よかった。

ベニーの様子も気になるし、ロイ先生にナノマシンの件でのお礼も言いたい、ぺネロさんとも仲直りしたいしな。



「ちょっと~、もう少し早くできないの? 昼になっちゃうわよ」


「あのですね、俺が昨日相談した事を覚えてます? それともその胸に俺の悩みは吸収されちゃったんですか?」



里津さんが不満げにリヤカーから乗り出してきて俺の後ろ頭を小突くと、俺は仕返しに里津さんのタンクトップから覗き見える豊満な谷間を凝視した。

すると里津さんは俺の頭をボコスカ叩いて視界を揺らしてくる。



「馬鹿、アホ、間抜け、エロガキ! ってアンタ本当に何とも無いのね……。HAも顔負けね」



俺が里津さんの妨害を無視してると気になる単語が聞こえて来た。

暇潰しがてら、その言葉に反応する。



「HAってなんですか? 組合でも聞いた言葉ですが、聞き逃しちゃって……」


「Human Attachmentの略称よ。前世界の遺物である強化外骨格や精巧義手を指す言葉でね。それ等を探し当てる事が出来たら、借金も一気に返せるわよ」



強化外骨格。それを聞いて、瞬時に俺の脳裏を過ぎる迫田の顔。

リヤカーを引きながらも、思わずゴミ山の方角に目線が向かってしまう。

迫田を殺した事を後悔してはいない。

あの時の事は忘れられないし、忘れてはいけないのだ。

それにあの時の事をもし後悔でもしようものならば、あの男は怒り出しそうな気がして……。そんな確信に近い想いが俺の中にある。


俺の身勝手な妄想かもしれないが、それが迫田に抱く俺の想いだ。

不思議だが、怒りや憎しみという感情を俺は奴に抱いてはいない。

そりゃベニーとかに手を出されてたら話は変わってくるだろうが、何というか奇妙な感覚だ。


俺がセンチメンタルな気分に浸ってリヤカーを引くこと数十分程だろうか、教会を行く時に通る瓦礫の山にようやく到着した。

しかし、その前にトラックが一台停まっているではないか、しかも見た感じ……軍用トラックっぽい。

その周りを銃を持って格好が統一された集団が警備している、明らかに兵士だ。

俺はリヤカーを引くスピードを緩め、リヤカーに寝転んでいる里津さんに向けて小さく声を掛ける。



『里津さん、里津さん!! どうしましょう、軍属っぽい奴等がいるんですが』


「は? 軍? ゴミ山から撤退したって聞いてたんだけど……。うわ、本当だ」



里津さんは頭に手を置いて天を仰ぐと、大きく溜め息を吐いた。



「どうしましょうかねぇ……。迂回してもいいけど、時間が勿体ないのよねぇ」


「ってか普通に通してくれないんですか? まさか撃ってきたりしないでしょ」



俺がそう問うも、里津さんは分かってないと言いたげに頭を振った。



「あいつ等に一度捕まって御覧なさい? 身体検査やらなんやらで体触れられて、しかも所持品まで持っていく輩が混じってる集団よ? そりゃ全部がそうじゃないだろうけど、基本あいつ等には逆らえないから関わりたくないの! 分かった?!」


「い、イエス・マム」



里津さんは俺に顔を押し付ける勢いで主張してきた。

どうやら、そうとう嫌な目にあった事があるようだ。

そりゃあ里津さんの体に触れたくなるのも分かるが、一度一夜を同じ部屋で過ごせばそんな気は無くなる。

イビキやら寝相やらでイヤラシイ気持ちどころか、どす黒い感情が湧き出しそうだったもん。今では借りた耳栓が手放せないよ。


とは言ったものの、どうするか……。

俺は周囲に視線を向けると、ある廃墟を見つけて閃いた。

瓦礫の山からその建物に進路を変えて、そのまま廃墟の中にリヤカーごと入り込む。

当然と言うか、里津さんの疑問の声が廃墟の中に響き渡る。



「ちょっとー……ここからじゃ抜けられないわよ? このビルに隣のビルが寄りかかる様に倒れてるせいで、向こうの一階は崩落してるし。こっちの一階も教会に通る時の瓦礫の山が邪魔してるの」


「まぁ、そうっぽいですよね。けど何階か上から向こうのビルに飛び移って、そこから飛び降りれば抜けられそうですよ」



俺がそう提案すると里津さんは顔を青くした。

そして次の瞬間には俺に食い掛かるようにして抗議の声を上げる。



「あ、アンタねぇ! なんて事を考えるのよ! 馬鹿じゃないの?! アンタはともかく、私は大怪我するわよ!!」


「いえ……。ですから、用件を教えてくれれば俺が教会の人達に伝えてきますよ」



俺がそう提案すると、その発想は無かったと言わんばかりに里津さんは顔を赤くした。



「た、確かにそうした方が早いわね。分かったわ。ぺネに子供達を数人ゴミ山に寄越すよう伝えて頂戴。少し材料を探すのに人手がいるのよ、ボタも出すってね」


「え? あ、はい。わかりました」



何か貴重な物でも探すのだろうか、俺の悩みを解決する為にボタまで出すとは思ってなかった。

はぁ……さっさと俺も稼がないとなぁ。でないと里津さんに養われたまま暮らす事になりそうだ、そしたら一生扱き使われそう。


とりあえずビルを慎重に数階ゆっくり上がって行く。

途中、酒ビンっぽいのが落ちてたりしたので誰か居た形跡もある。

そして、こちら側のビルに向こう側のビルが接触してる箇所で、窓辺に足を掛けて向こうの様子を伺う。

床が抜け落ちたりはしてないっぽい。それよりいくら俺が頑丈とはいえ、この高さから落ちたりしても大丈夫かな……?


いかん、ここに来て怖気つくとは。

迫田戦を思い出せ……。大丈夫、俺の耐久力は証明済みだ。


一つ息を吐いて覚悟を決めると、勢いをつけてビルとビルの間を飛び越える!

一瞬体が反応して心臓が高鳴ったが、慌てず体を丸める様にしてガラスが全部割れ落ちた窓枠を潜る事に成功する。

斜めの地面に少し蹈鞴を踏んだが、何とか無事に向こうのビルに飛び移る事ができた。


足と指に力を込めながら踏ん張る様にして、教会の方角にある窓枠に近づいていく。

何とか窓枠に辿り着き、手を使って体を乗り越えるように潜って外側の斜めになった外壁に降り立つ。


なるほど、スパイダー○ンって偉大だわ。俺はビル一つ越えるのに苦労しまくりだよ。


外壁で一息吐いて周りを見渡していると、教会から兵士の一団が歩いてくるのが見えた。

予想外の展開に慌てつつも、なんとか体をビルに押し倒すようにして様子を伺う。



「えぇ……? まさか、あれが借金を吹っ掛けた奴等か?」



兵士の集団は一人の白髪のお偉いさんっぽい人を円陣で護衛しつつ、瓦礫の山を互いに上手くカバーしながら素早く駆け上がっていく。

白髪のお偉いさんっぽい人も兵士に支えられながらも、しっかりとした足取りで瓦礫の山の向こう側に姿を消していった。


しばらく周囲に誰も居ないか警戒していると、トラックの大きなエンジン音が聞こえてきてそれが遠ざかっていくのが聞こえた。



「何だよ……完全に無駄足ですわ」



俺は深い溜め息を吐くと、ビルの下に視線を向けた。

態々戻るのも面倒くさいし、さっさと飛び降りるか。

高さは二十メートル位か? なら大丈夫なはずだ。俺は迫田の攻撃に耐えたんだ。


俺は妙な自信を抱えながら、覚悟を決めるとビルの外壁からジャンプした。

浮遊感の気持ち悪さと、あまりの速さに吹き付けてくる風の強さに眼を閉じそうになるが、何とか片目を開きながら着地のタイミングを計る。


ドン! とまず重い響きが聞こえ、次に着地の衝撃で上下の歯がぶつかって頭の中で不快な音を立てる。

足に痺れはあるが、それは何と言うか……ブランコから勢いよく飛んだ時の様な感じであり、ぶっちゃけ大した事ない。

だが、俺は激しく呼吸をして心臓の高鳴りを押さえるのに必死だった。


頭では理解しても、心は今の無茶に少しびびった様だ。

なんとか心を落ち着かせ額の汗を拭うと、先ほどの兵士達が教会に何かしたのではないかと気になったので、さっさとその場から走り出した。



すぐに俺が教会の前に辿り着くと、其処はお祭り騒ぎになっていた。

子供達はロイ先生やぺネロさんの周りを駆け回ったり、抱きついたりで忙しない。

ロイ先生も満面の笑みでそれ受け入れて止める気配は無いし、ぺネロさんは顔を真っ赤にして泣き笑いを浮かべている。


何となく近づき辛いと言うか、疎外感を感じたので思わず足を止めて眺めていると、ロイ先生が此方に気付いて大きく手を振った。



「おお! 木津さん!! 丁度いい所に! ささ、此方に来てください!」



ロイ先生、キャラ変わってませんか?

雑誌の裏に載ってる、怪しい幸運グッズを買った人のビフォーアフター並に変わってるよ。

まぁ、あいつ等は確実に別人の写真使ってるがな。


俺は頭を下げつつ一歩を踏み出したところで、こちらを見ているベニーに気がついた。

ふと、ゴミ山で俺を見た彼の視線を思い出して足が竦む。

あの時は緊急事態だったので気にする暇は無かったが、俺は彼の前でゴロツキ共を脅したりして大分怖がらせてしまった。

どうしたもんかと悩んでいると、子供達やロイ先生とぺネロさんの戸惑う様子が見えた。


しかし、ベニーは下唇を噛み締める様にして表情を引き締めると、此方に向かって歩き出した。

そして俺の前で立ち止まると、勢いよく頭を下げた。



「あ、ありがとう! お、俺を助けてくれて……っ! そして、ごめんなさいっ」



俺は一瞬自分が何を言われたのか理解できなかった。

何とか理解しようと、その言葉を何回も頭の中で繰り返す。


すると目の奥が痺れた様な感覚に襲われている事に気付いて眼を擦ると、水気を帯びた音が聞こえてきて、そこで初めて自分が涙を流している事に気付いた。

俺は震える頬を何とか笑顔に形作って、ベニーに目線を合わせる様に腰を下ろす。



「そ、そういやさ、あの時ゴミ山にまた行こうって言ったよなぁ? 丁度、里津さんの用事でゴミ山に行こうと何人か誘いに来たんだ……。一緒に来てくれるか?」



震える声でそう言うと、ベニーは涙を溜めた眼を瞼で強く閉じながら何度も頷いた。

それが嬉しくて堪らなくなって、ベニーの頭にゆっくりと手を乗せた。

俺は次々に涙を流しながらガシガシとベニーの頭を撫でてると、近くに歩み寄ってきたルイが心配そうに問いかけてくる。



「ソーヤぁ、どうして泣きながら笑ってるの?」


「ん……明日も晴れたらいいなって。そう、思うからだよ」



――あの日から降り続いていた俺の中の雨が、この日ようやく止んだ気がした。







▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼








あの後何とか泣き止んで、とりあえずロイ先生達に何があったのかを聞くと驚くべき答えが返ってきた。

先ほどこの教会を訪れていた軍人達は、実はロイ先生達に謝罪に来ていたとの事。

とりあえず結論から言うが、ロイ先生達に借金を背負わせた軍人は逮捕されたのだと言う。


次に順を追って話すと、ロイ先生達が借金をしていた軍人は食料を違法な手段で入手し、それをロイ先生達に与えて借金を背負わせたのだと言う。

しかもそれだけならまだしも、その男の目的は初めから子供達を徴兵することであり、借金は口実に過ぎなかったのだ。

しかし、ロイ先生達が借金を返せそうになると予測し――何とゴミ山にいたゴロツキ共、つまりは迫田達を雇って資源回収を妨害してそれを阻止しようとしたのだ。

その男は極めて優秀で、そんな不審な行動を軍は一切感知できずにいたが、悪名を轟かせていた迫田が町に来たと聞きつけ、危険視して送り込んだ監視員が彼と迫田が接触しているのを目撃し、ようやく彼の行動に疑問が持たれて捜査のメスが入る事になったのだ。


男は数日前に逮捕され、重い刑罰が科されるらしい。

ロイ先生達の借金は無くなり、当然支払ったボタは返ってきた。

さらに何と、お詫びにこれから一年間無料で軍が毎日食料を届けてくれるとの事。

資源集めを妨害していたゴロツキ共も捕まり、そして――迫田の死亡が確認されたとも聞いた。


つまり全て終わったのだ。

ロイ先生のキャラが変わるわけだ。

いや、むしろあの明るさが本来のロイ先生なのかもしれない。


つまり、残ったのは俺の借金のみだ。

里津さんは気長に待ってくれるらしいし、俺も教会の事を聞いて安堵した。これでクースに行く時に後ろ髪を引かれる思いを抱かなくて済むな。



「いやぁ、良かったです。これで一安心ですね」



俺が心の底から賛辞を述べると、ロイ先生は大きく頷いた。



「ええ。正直、軍の方達には良い感情を持ってはいませんでしたが。魅竹というお偉い方が真摯に謝ってくれて……感心しました」


「ふふふ、そうですね……。あ、そうですわお父様! 木津さんの怪我は逮捕された方達に負わせられたんですし、その事も話しておくべきだったのでは?!」


「え?」



ぺネロさんの提案に、俺は唖然としてしまった。

そういや俺あいつ等に口止めとか何もしてないわ。

いや、HAを着た迫田と生身の俺が戦ったなんて誰も信じないと思うけどさ、不安だわ。



「お、おお! そうですよ、木津さん! 軍の方に言えば治療費を払って貰えるのでは?!」


「ぅえ!? いやぁ、どうでしょう……俺はぽっと出の部外者だし。それに十万ボタの大金を要求するには証拠が無いと言うか……。怪我も治ってナノマシンも全部排出されましたし」



そうなのだ、軍は俺の事なんて全く知らないだろうし。

突然俺が出向いて怪我の事を語ったとしてもだ。

彼等には『うっす、あんた等の不祥事で大怪我してナノマシン使ったんで~。まぁ、十万寄越せ? みたいな?』

等と舐めた口を聞いた、当たり屋に似た詐欺行為を働いてるだけと思われるのがオチだろう。



「そ、そうですね……。しかし、安心して下さい! 我々が木津さんの治療費を返すお手伝いをしますから! なーに! これから一年食費がタダなので、一万ボタぐらいはあっという間に溜まりますよ! はははははは!」



ロイ先生のテンションがマッハでやばい。

なんだか違う意味で心配になってきたよ。


俺は先生のテンションに合わせて乾いた笑みを浮かべつつも、鞄の中からライセンスを取り出して見せた。



「借金の事はそんなに心配しないで下さい。俺、組合に所属したんです。三日後には既にクースと言う場所に行く予定もあるんです」


「ま、まぁ!! そんな、お怪我が治ったばかりですのに……!」



ぺネロさんは縋る様に俺の肩に手を置くと、顔を近づけてきて涙を浮かべる。

俺はぺネロさんの突然の行動に胸をドキドキさせつつも、照れ笑いを浮かべて答える



「大丈夫です。行く所は初心者向けの場所みたいで……。それに俺試験で新記録とか出したんですよ? 心配しないで待っていて下さい、帰ってきたらお土産持ってきますから」


「ぁ……そうですか。でも……どうか無茶はなさらないで下さいね?」



ぺネロさんは自分の大胆な行動に気付いたのか、顔を赤く染めながら俺から離れて忠告してくれた。


お、おお。何か良い雰囲気じゃん? ま、まさか俺に春が来たと言うのか? 毎年謎の人物一号からしかバレンタインチョコを貰ってなかった俺に!!


いや、なんか誰かが毎年チョコをくれるんだけどさ、ハート型のチョコと『好きです』の一言だけが書かれた手紙が下駄箱に入ってるんだよね。誰が入れているのか、その謎を解明しようと一回だけバレンタインの日に学校を休んで、授業中に下駄箱を確認してから外から夜まで下駄箱を監視してたら誰も来なくてさ、次の日朝早くに学校行ったら、チョコと手紙が入ってて腰を抜かすほどビビッてしまった苦い思い出があるんだよね。


あれは多分霊の仕業だと俺は思っている。だけど毎年美味しく頂いておりました。

そういや、此処に居るからには流石にもう貰えないよな……よな?


と、俺が過去の思い出を振り返っていると突然大きな足音が聞こえて来た。

視線をその音が聞こえて来た方向に向けると、俺は驚きで口を開いた。



「……き~~~づぅぅぅぅぅぅ!! アンタねぇ! 遅いのよぉぉぉぉぉ!!」



里津さんが汗まみれで此方に直進して来ながら激怒している。

その必死な形相を見て、俺はもうまもなく新たなトラウマが生まれるであろう事を覚悟した。







▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼







武市 詩江は困惑しきっていた。

数日前に調査隊はゴミ山から迫田の死体を回収し、今日ようやく検死が終わり結果が出たのだ。

そして――なんと兵器によるものではないとの結論が下った。


弾痕無し、火薬の付着も無し、レーザー類による融解も見られない。

唯一、迫田の顔に斜めに走っていた傷は僅かに金属物質が内部に付着しており、鋭利な刃物による物と推定された。

しかしマトモな診断結果はそれだけであり、他に様々な検証がなされたが、どれも今一説得力が無い。

一つだけ可能性があるとすれば……迫田は――撲殺された可能性が極めて高い。



馬鹿な、あり得ない。

詩江は検死をしたチームの無能を疑ったが、他のチームも同じ結論に達した。


と、するならばHA装着者同士の戦闘が起こったのだろうか?

しかし、HA等と言う貴重な装備を持った輩はこのヤウラに数名しかいない。

だが彼らは有名であり、目撃情報は多発し、誰もがアリバイがある。


推理に暫く頭を悩ませていた詩江だが、迫田に纏わり着いていた舎弟が捕まったと聞き、すぐさま自身で尋問すべく留置所に向かった。

そして彼等を徹底的に尋問して、さらに混乱した。

口裏でも合わせていたのか、誰もが同じ言葉を口にした。

『迫田は、見慣れない服装をした男と戦った』と――。

彼等が言うには、ゴミ山を崩壊させたのもその男だと言う。


しかも、生身でだ。


あり得ない。そんな事があっていいはずが無い。


その男は歳若く見え、名乗りもしたそうだが、彼等は遠くに居て聞き取れなかったらしい。


――役立たずめ!


そんな思いが自分の中に生まれた事に、彼女は困惑した。

まさか、自分は彼等の証言を信じ始めているのか?

だが、他に可能性が無いのも事実。

馬鹿らしいが、その線でしばらく調べてみるしかない様だ。


一日中彼方此方を駆け回り、部屋に戻って来た詩江は疲れを吐き出す様に溜め息を零して、部屋の窓からゴミ山の方を見つめた。


――そう言えば、ただ一人だけが自信が無さそうに、名前らしき言葉を口にしたのが詩江は気になっていた。



「き……ず、か? ふっ、変な名前だ……」



自虐的に疲れた笑みを浮かべると、詩江は汗を流そうとシャワールームへと足を向けた。










▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼










あの後俺は里津さんに『アンタの急所の耐久度を試してみない?』等と笑顔で言われ恐怖した。

何とかその実験を回避する為に平謝りして、阻止する事に成功した。

あの人凄い発想するよな、俺もサ○ヤ人の急所の耐久度が気になってきたよ。


その後子供達を何人か連れてゴミ山へ行き、リヤカーに必要な部品を里津さんの指示を聞いて拾い集めた。

子供達はテキパキと手際が良かったのだが、俺は部品の名前なんて分からないし、オロオロしていると里津さんに呆れられた。

スカベンジャーにはそういう知識も必要だそうで、帰ったら本を貸すから勉強しろとの事だ。


本当に俺は借りてばっかで情けないですわ……。

しかし、クースに行く前にやれる事はやるのだと気合を新たにするのだった。


何とか部品を集め終え、昼前には子供達を教会に送り届けて、また少し先生達と話すと帰路についた。

家に帰るとまず里津さんは俺の体の彼方此方をメジャー等で丹念に調べ上げると、店の工房で何やら作業を開始し始めた。


見学したい気持ちもあったが、それより勉強をする方が大事だ。

俺は工房から聞こえる音を遮断して集中する為に、耳栓を装着して勉学に励んでいるのであった。



『うーん……軍事兵器の部分にはまだ眼を通さなくていいよな? クースは住宅地らしいし。今はやっぱりこっちの警備ロボに使われている核電池とか……核電池ぃ!?』



部屋を染め上げる明かりの色が真っ赤になる頃には、大体の知識には触り程度に触れたが驚きの連続ばかりだ。

核電池ってなに? 警備ロボでこれなら、軍事ロボとかどうなってるの? 核融合でもしてるの? うわー気になってきた。

どうしよう、少しだけ、そう少しだけ見てみようかな……。


俺がまるでいけない雑誌に触れる様に、ゆっくりと借りた本のページを捲っていると、突然耳栓が引き抜かれた。



「わっ!!!!」


「ぅええええええええええええ!!!??」



驚きのあまり思わず布団からベッドの上に飛び上がり、構えを取りながら振り向くと里津さんが腹を抱えて爆笑している。

な、なんなのこの人。これで二十代後半らしいから驚きだわ。



「ぅええええええ~ってなによ! あはははは! わかったわ! アンタを懲らしめたいなら驚かせばいいのね!? くくくく……」


「俺はもう十分アナタの生態に驚いてますよ……」



俺は大きく溜め息を吐くとベッドに腰掛ける。


しかし、確かに里津さんの言う事は真実を言い当てている。

俺は今日ビルから飛び移ったり、飛び降りたりした時にかなりの隙ができてしまっていた。

あれがもし、何かから追われていた時とかだったら致命的な事だったではなかろうか?


俺に足りないのは覚悟と度胸だ。

俺はまだこの宇宙生物共に植えつけられた力を、最大限に生かせていない。

その事に気付けたのは大きなアドバンテージである。クースに行く前で良かった。



「それで……どうです? 何かできましたか?」


「んー? とりあえず一つはね。もう一つは材料も足りなくなったし、仕事もあるし、クースに行くまでには無理ね。まぁ、何とかなるでしょ……見てみる?」


「はい、お願いします」



悪戯っぽく笑う里津さんに。俺も笑い返して素直に頷く。

すると満足そうに鼻を鳴らすと、里津さんは手招きして部屋から出て行く。

一階に下りて、工房の扉を潜るとすぐに作業台の上に置かれてある異物に気付いた。


全体的に黒と茶色が混ざりあったそれを一言で言い表すならば――それは《鉄腕》だった。

肩口から装着する為か大きな穴が開いており、さらに固定を確実にする為か肩口と上腕の間の近くに三本の細いベルトが装着されている。


指部分は細かい作業を出来る様にか、キチンと俺の手に合わせてサイズが均一化されており、一分のズレも無い様に思える。


手の甲はナックルを模した形状で、手首の上は広くカバーする様に西洋の籠手に似た形状を模して作られている。


前腕部分は凧形に似た形の装甲板を幾つも用いて重ねており、耐久性と動きやすさも重ねている工夫が伺える。


上腕部分は肩口近くに突き出た分厚い一つの装甲があり、それ以外は脇近くには装甲が無かったりでスマートに作られて動きやすさを最重視しているのが分かる。



「これを着けてれば一部装着型HAと勘違いされると思うわ。 右手は銃を扱うかもしれないし、とりあえず左だけ作ったの」


「な、なるほど。これを着て殴れば確かに俺の異常性はばれないとは思いますが……。別の意味で目立ちませんか?」



そうなのだ、初心者スカベンジャーがいきなりこんなの着けてきたら注目の的だろう。

HAという物は大変高価な物だと聞くし、やっかみを買うかもしれん。まぁ、これは偽者だけどさ。

だがそうだと分からない者達には初心者部屋にいきなり課金装備で乱入してきた、上級ネトゲプレイヤー並に空気が読めてない奴だと思われるだろう。

しかも現実だからキック機能とか無いしな、物理的に排除されるかもしれん。



「平気平気。ローブ着けて、グローブでも嵌めてれば案外ばれないわよ。それにそれを着けるのはあくまで保険。疑われた時に見せればいいのよ」



あー、そう言えばキリエさんもローブは装備を隠す為とか言ってたなぁ……。

まぁいいか、それにこういう物を装着するとなると男心が擽られると言うものだ。



「あの、里津さん。ありがとうございます。早速試しに着けてみてもいいですか?」


「そうね、もしかしたらサイズが合ってない可能性が……。私に限ってそれはないわね。まっ、着けてみれば?」



凄い自信だが、彼女は数時間でゴミ山の部品を使ってこんな物を作って見せたのだ。

茶化す気は当然起きないし、感謝の気持ちで一杯である。


恐る恐る腕を通したが、先端部分までスムーズに入っていく。

だからと言ってガバガバとかじゃなく、肌に吸い付くようにして何らかの鉄とは違う物が裏に取り付けてあるのが分かった。

布か? スポンジか? まぁいいや。

確か西洋の鎧とかを着る時も、肌との間の接触面をカバーする為に専用の服を着るとか聞いた事があるし、それに似た何かかな。

左腕が全て入り、指先を動かすと何か妙な感動が沸き起こってきた。

暫く無心で指先を動かしたり、肘を曲げて前腕にある複数の装甲坂の連動した動きを眺めたり、まるで新しい玩具を貰った子供ような童心が沸き起こる。



「うんうん、問題はないみたいね。そしてここの細いベルトは上腕の裏側から通す様にして……前の方で締めるの、よっと! ほらやり方分かったでしょ? 右手でやってごらん」



里津さんは俺に近寄ってきてベルトを一つだけ締めて見せると、残りは自分でやってみるように促してきた。

見よう見まねでベルトを二つ締めてはみたが、何の苦もなくできてしまった。

完全に装着できた状態になり、腕を完全に持ち上げて捻ったり曲げたりして異常が無いか確かめる。

と、そこで初めて動かした時に生じる音もかなり小さい事に気付く、動かした時にこれなら歩くだけなら全く聞こえないかもしれない。


正に完璧である。

まず歓喜が浮かび、次に里津さんへの感謝の念が沸き起こってくる。

すぐさま左腕の全体を見せる様にして、里津さんに向けて大きく頭を下げる。



「ありがとうございます!! 里津さん。俺はコイツでやって見せますよ!!」



勢いよく頭を上げると、里津さんは複雑そうな顔をしていた。


え? まさか土下座の方がよかったかな? 等と頭の中で検討していると里津さんはポツリと語りだした。



「……アンタの馬鹿力を見ても正直の所、迫田の事はまだ疑ってたの。けど誰も知らなかった筈の……奴の死亡は私もロイやぺネから聞いたわ。だから、ベニーを助ける為に迫田と戦って大怪我したアンタは凄い奴よ。だから……私はアンタ…………いや、いい?! 一度しか言わないわよ?!」



小さく語っていた里津さんがいきなり大声を出して来たので、覚悟も度胸もまだ身につけてなかった俺は体をビクつかせながらも何とか頷いた。


夕日が差し込む工房の中でも、里津さんの顔を赤く染めているのは別の物であると気付けた。

里津さんは何回か口を震わせつつ、開けては閉じてを繰り返していたが、一つ覚悟を決めた様に大きく息を吸うと、眼鏡の罅割れたレンズ越しでも瞼を強く閉じたのが分かった。



「アンタを尊敬してるのっ!! だから、これは代金とかそういうのいいからねっ? 分かった!? さっさと稼いで借金返しなさいよ!?」



里津さんは盛大に言い放った最初の言葉を、後から早口にその言葉を隠す様に言い終えると、此方を睨み付けてきた。


だけど、正直、なんというか……。顔を赤くして此方を睨む里津さんは何だか大変可愛く見えてしまった。



「は、はい。どうも……ありがとうございます。里津さん」



思わず此方も顔が赤く染まっていくのが自分でも分かった。


だけど、何だろう……嬉しくて堪らない。

自分が《尊敬》などと言う事を言われたのは初めてだ。

俺に言わせればみんな尊敬に値する人達だ。

ハンターとして成功し、優しさを持ち合わせている弓さんと弦さんは勿論の事。

こんな荒廃した世の中で子供達を保護するブレナン親子。

そして里津さんも俺の面倒を見てくれるし、こんな素敵な物を短時間で作り上げる腕の良さを見れば、尊敬できないはずが無い。


俺は此方を睨む里津さんに視線を合わせると、鉄腕の前腕を右手で掴んで見せ、俺の新たな決意を宣言してみせる。



「俺も、里津さんの事を尊敬してます。だから、俺の事を見てて下さい。この鉄腕が本物のHAみたいに活躍する様にがんがん稼いでやりますよ!!」



しかし、里津さんは突然動きを止めて何も答えてくれない。

あ、完璧に外したかも……と思い始めた時に、ようやく里津さんはぎこちなく動き始めて反応してくれた。



「あ、アンタの事を見てろって……。し、知らないわよ! 大体偽装の為じゃなかったの?! わ、訳わかんない!」



俺の熱い宣言は、何故か里津さんは怒らせてしまった。

俺が止める間もなく、里津さんは大きな足音を立てて工房から勢いよく出て行った。

一人残された俺は訳が分からないまま、完全にテンションを落とし寂しく鉄腕を外し部屋へ戻る。

すると何故か俺の寝ていた布団が部屋の前の廊下に敷かれ、その上に俺の私物と借りた本が置かれていた。

どうやら俺は念願の一人部屋を手に入れる事ができたようだ。

やったね!! 畜生……どこで選択を間違えた。




里津さんはそもそも主人公の事を異性として見てもいなかったので、ヒロインレースに参加すらしていませんでした。

だから一緒の部屋で寝泊りしてましたが、徐々に主人公の事を理解した所為で、ようやく自分がどれだけ恥ずかしい事をしてたか自覚した訳ですね。

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