最強との邂逅
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あの後、俺は田中さんと上に戻ってライセンスを作る為に写真を撮られたり、試験で使った弾を補充してくれたり、個室に案内されて組合所の決まり事の説明なんかを受けた。
まず俺は武器も少ないし、スカベンジャーとして行動した方がいいとの事だ。
ヤウラ周辺には此処よりさらに大きく破壊されて、完全に放棄された町や都市が幾つかあるらしい。
そして組合所ではそれらの場所を幾つかマークしているとの事で、決まった日時と時間にトラックやバスで送り迎えしてくれるらしい。
これには俺も驚いた、中々にサポートが心強い。
町や都市の近くに着くとベースキャンプを張り、そこから期日になるまで数日を掛けて各自自由に探索するのだそうだ。勿論協力するのも何の問題も無い。
探し当てた物資は放射能、または爆発物が内部に混入してないか等の検査を受け、安全を確かめた後に持ち帰る事を許可される。
しかし、その中の幾つかは決まりで寄付しなければならないとの事。
勿論、一番良い物を持っていかれたりしたら此方としても損なので、組合所が本気で欲しい物には多額のボタが支払われる。
途中で誰かが大怪我した時なんかは、個人の為にバスやトラックを勝手に動かす訳にも行かないので、もしそうなってしまったら多額のボタを払って町に送って貰うらしい。
ボタがないと借金になるらしい。他のスカベンジャーにも迷惑が掛かるし、仕方ないね。
個人が所有している車や戦車を使って勝手に町や都市に行った場合はなんと何のデメリットもない。寄付もしなくていいし、物資も全部自分達の物にしていいとの事。彼等はただここで補給される燃料や弾薬費のみを払えばいいらしい。
何故そんな事が許されているのかと言うと、そもそもが車や戦車持ちなど殆どいないからだそうだ。
そういう連中がいれば『いつか自分も!』なんて美味い餌に釣られて奮起する人達も沢山湧くわけだな。
徒歩で向かっても同じ扱いだが、車両がないと物資の運べる量が限られるから、結果的にはあまり儲からないそうだ。
時間も掛かるし、無人兵器に襲われたら逃げ切れないしで何の良いことも無い。悲しいね。
あと組合所はヤウラの壁《玄甲》とやらの向こう側に住む住民と、外側の住民から依頼を請け負う事もあるらしい。
何かの部品が欲しいとか、武器が欲しいとかが主だが、たまに人探し等の細かい仕事も請け負うらしい。
ロイ先生があの時に組合がどうとか言ってたのはこういう事か。
あれ……そういえば弓さん達も車で移動してて、ハンターとか言ってたな……雲の上の人達だったのか。
うーむ、流石俺が尊敬する人達だ。
俺の眼に狂いは無かったな。
一通りの説明を終えた所で、田中さんが質問はないか聞いてきた。
俺は別段聞くことも無いので、素直に感想を口にする。
「結構しっかりしてるんですね。なんかイメージと違っちゃいました」
「でしょ? さて……これが今月の予定表で、こっちの束は色んな説明が載ってる用紙ね。移動の時間を確認するのも大事だけど、自分の身の丈にあった場所に行かないと命取りになるわよ」
真剣な表情を見せ、田中さんが数枚の紙を手渡してきた。
恐縮しつつ受け取って、紙面をざっと確認する。
ふと、ある文字が気になって田中さんにそこを指差しながら確認を取る。
「あの、ここに書いてある『ランクC以上優先』とかってなんですか?」
カレンダーに似た紙面の所々にそれに似た文字が記されている。
すると田中さんは、両手を合わせて頭を下げた。
「ぁ……ごめん! 大事な事を忘れてたわ。組合所に寄付した物資やボタの量でランクが上がっていくの、上がるにつれて寄付される弾薬の量や質が向上したり。そのランクに適した武器が無料で支給されたりもするわ。ランクがD辺りになってくるとここの食堂なんかは無料よ? バスやトラックも定員があるから、ランクが高いと優先されるし、低かったら席を確保できない場合もあるから注意してね。まぁ、要するに頑張ったらそれだけ組合所から受けられる支援が向上するの」
すんごい重要だった。
うーん、でも借金もあるしあんまりランク上がらなそうだな。
とは言え、こういうサポートは大歓迎だ。
無料大好き。子供の頃は近所にある複数のスーパーで試食コーナー食べ歩いて、出禁食らった事もあるからな。
そして顔を真っ赤にした母さんに滅茶苦茶怒られた。
恥ずかしくてもう外に出ない! とか言うし、父さんと宥めるのに苦労したなぁ。
しばらく父さんが食料を買ってくる破目になって、申し訳なかった記憶がある。
それはさておき、俺は素直に驚きを露にして田中さんに質問する。
「めっちゃ良いじゃないですかぁ! ランクはどれくらいあるんですか?」
「Gから始まってAまでね。とは言ってもGからG+、G+からFって具合に、一つのランクで二段階の昇級を得ないと次のランクには行けないの。特例としてSとか用意されるかもしれないけど、滅多になれるものでもないから君は気にしなくていいわ」
田中さんってしれっと人の心にダメージを与えてくるよな、本人も気付いてないから質が悪い。
なんか何時もテンション上がって来た所を落としてくる。
何となく、そういうのが積み重なって恋人とかと突然別れたりしてそう。
俺は田中さんのプライベートを心配しつつ、とりあえずお勧めスポットを聞いてみる。
「田中さん、お勧めの場所とかってあります? 初心者向きの」
「ん~~……この《クース》行きがいいと思うよ。十数年前に見つかった小さい町でね。大半が住宅地だからトラップは少ないし、大企業があった形跡もないから 警備ロボも少ないし、デパートやスーパーが主だった探索区域かなぁ……。病院もあるけど、ここは都市部のと同じくらい広くて一番危険だから 絶対近づかない様にね? 調子に乗った初心者の死者も出てるからね? 射撃が上手いからって慢心しちゃ駄目よ?」
一言一言強調して、此方の顔を覗き込むようにして田中さんは忠告してくる。
まるで母親みたいに口煩いが、この職業は超絶ハードだからそうもなってしまうのだろう。
俺は真剣な表情で一つ頷いてみせると、そのまま頭を下げた。
「色々とありがとうございます。すごく分かりやすくて、助かりました。田中さんが居て良かったです」
「や、や~ねぇ。いいのよ? そんなに言ってくれなくて……。はぁ、皆が君みたいに礼儀正しかったらなぁ」
田中さんは嬉しそうに表情を緩めたと思ったら、すぐに暗い顔になって溜め息を吐いた。
ふむ、俺も来て直に問題を起こしたわけだが、既に忘れている様だ。
こんな職業だと登録する奴は気の強い奴が多いんだろうな、入り口で変なオッサンに絡まれたりもしたし。
鞄に貰った紙を折り畳んで入れて、視線を上げたところで窓の外が見えてもう大分日が傾いて来た事に気付いた。
俺ってばすぐに登録が終わると思ってカンテラ置いてきたわ、俺が問題を起こさなかったら余裕だったんだろうが。
「あの、ライセンスは何時受け取れます?」
「ん? あ、もう出来てる頃かな? ライセンスさえ貰えばもうここの一員よ。他に言う事もないし……もう案内は終了かな。先に入り口で待ってていいわよ。私が受け取って来るから、そしたらもう帰ってオッケーよ」
「分かりました。じゃあ、お願いします」
頭を下げて席を立ち、田中さんと一緒に部屋から出て分かれた後に一人で入り口に向かう。
うーん、何かすれ違う社員っぽい制服着た人達にジロジロ見られてるな。監視カメラどうこう言ってたし、騒ぎで顔が知られたのかも……。
何となくブルーな気分になりつつ、入り口に戻る。
すると先程の若い警備員がまだ立っていたので会釈しつつ、フロント近くに設置された長椅子に腰を下ろす。
彼も俺に気付くと気恥ずかしそうに頷いて見せた。
する事もないので、行き交う人々を眺める。
制服を着ているのはこのビルで働く人達として……私服姿の人達が俺の同業者かな?
意外にも女性が結構いる、それと彼等は何かローブを着ている人が多い。
何だろう、俺もああいうの着たほうがいいのかな? 売店とかあればいいけど。
俺が今後の服装を模索していると、ふと目立つ人物が眼に入った。
他の人がローブを纏ったり、銃とか背負ったりしている中、その女性だけは何も持たず普通に小奇麗な私服姿でウロウロしている。
キャミソールにショートパンツと言うこの町では極めて珍しいイケイケな組み合わせだ。少なくとも俺ははじめて見た。
肌を大胆に露出し彼氏の悩殺でも狙ってるのだろうか、まるでデートの待ち合わせをしてる一般人みたい。
じーっと見ているとその女性と思いっきり眼があった。
彼女は俺に気付くと、ニコリと微笑んで真っ直ぐ此方に歩いて来た。
歩く度に揺れ動く赤いロングのポニーテールが、何となく尻尾を振って近づいてくる犬みたいだ。
垂れ眼気味の瞼から此方を見つめる瞳は、髪とは正反対の澄み切った蒼が僅かに覗き見えた。
健康的な褐色の肌とピンク色の唇が綺麗にマッチして、何となくエロティックに見える。
背は俺より少し高く、歳は二十台前半くらいか? その割にはニコニコして子供っぽい雰囲気を漂わせている。
彼女は近くまで来ると、何と大胆にも俺の隣に腰を下ろして顔を覗き込んできた。
「ねぇ、何してるの?」
まるで子供が親に物事を聞くような気軽さ、だからだろうか俺も気兼ねなく答える事が出来た。
「あそこに居る人達の服装を見て、今此処ではローブでお洒落するのが流行ってるのかなぁ? とか思ってました。そしたら服装とか考えなくて楽そうですよね」
Tシャツにジーパンだけでも、上からローブ羽織ってればカッコよく見えるだろう。
彼女は瞼を何回かパチパチさせると、急に手を叩いて笑い出した。
「あっはははは! なるほどねぇ! 考えた事も無かったなぁ、そんな事……。んーとね、アレは荒野を横断する時に日差しを防いだり、相手から装備を見え難くする意味合いもあるの、寝る時とかも便利だしね」
なんてこったい、すんげー実用的。
そうだよ、そう言われれば弓さん達も着てたじゃないか、何で俺忘れてるの?
俺が如何に間抜けであるかが、その説明で証明されてしまった。
俺は視線を下げて、気恥ずかしさで乾いた笑いを浮かべる事しかできない。
「はははは……はぁ~恥ずかしいぃ! 俺これからやってけるのかなぁ」
「お、君は今日組合に登録したの? あれ……、じゃあ君が警備員に襲い掛かったって言う噂の人?」
ジーザス、神よ。どうやら噂になってしまっていたらしい。
先程の視線で大体気付いてたけどさ、こうして言われると一気に実感が湧いてくる。
「そうですね。襲い掛かって二十秒ほどで包囲された所に飛び込んで、アザラシポーズで降伏したのはなんと俺です」
「あははははははは!! そうなの?! 君って無謀すぎるよ~~!」
自虐的に言葉を返しつつ思ったが、こう聞くとすんげー間抜けだわ。
彼女は可笑しそうにしばらく笑うと、眼に浮かんだ涙を手で払いながら手を差し出してきた。
何となくさっきのオッサンが脳裏に過ぎるが、すぐにそれを脳内から消去して俺から手をとる。
「あ……どうも。木津 沿矢です。よろしくお願いします」
俺が軽く上下に手を振って離そうとするが、またもや離れない。
何なの? ここでは握手を離すタイミングがあったりするの?
この世界の握手事情に俺が思いを馳せていると、彼女はニヤリと可愛らしく笑ってみせた。
「ふふふ~。えいっ…………ん?」
彼女が手元を見て可愛らしく小首を傾げる。
だから傾げたいのは俺だよ。何なのこの人達。
「んん? ……よし」
「らっ、ラドホルトさん!! やめてあげて下さいぃ~~!!」
彼女が何やら呟いた所で、俺と彼女の間に突然田中さんが突っ込んできた。
まるでゴールテープを切るかの如く勢いだったが、握手している手は解けず、田中さんの腹部にめり込む。
その勢いの余り、長椅子が少しずれ動いた。
俺は慌てて腕ごと引く様にして握手を無理矢理振り解き、左手で田中さんを支えながら床に降ろす。
「ちょ!! 何してるんですか?! だ、大丈夫ですか?」
「き、木津君! 大丈夫?! 怪我は無い?!」
「ぅえ!? えっ、俺の台詞じゃないですか? それ」
田中さんは俺に縋る様にしながら、何かを確認する様にペタペタと体を触ってくる。
な、何? セクハラ? よく分からんが、とりあえずされるがままにしておこう。
俺が田中さんの奇行に恐れおののいていると、俺と握手していた彼女は席を立って床に落ちていたカードの様な物を拾い上げた。
「木津 沿矢…………ね。はい、これは君のだよ」
彼女が差し伸べた物を受け取ると、俺の顔写真が記されたライセンスだった。
おー、なんか新鮮だ。この町に来てから撮った最初の写真だな。
俺は頭を軽く下げて感謝の意を表す、そして顔を上げて驚いた。
先程までにこやかだった彼女の顔は無表情で、此方をじっと見下ろしていたからだ。
しかし、それはほんの一瞬の事ですぐにまた花のような笑顔を浮かべると、此方に手を振った。
「それじゃ私は行くね。あと、私の名前はキリエ・ラドホルトだよ……忘れないでね?」
「はぁ……」
最後に念を押すように言うと、キリエさんは軽やかな足取りで去っていく。
何だろう、さっきから握手をした途端別れがやってくるな。もうしない方がいいのかも。
俺が握手廃止論を脳内で議論していると、田中さんが大きく溜め息を吐いて安堵した様子でようやく俺から離れた。
「あ、危ない所だったわね、木津君。彼女はA+の超一流のハンターよ。Sがどうこう何て言う、ランク上限解放の話が持ち上がったのは彼女の所為でもあるんだからね」
「へ、へぇ……そうなんだ。でもいい人でしたよ? 何も無礼を働いたからって殺されたり……する……訳……」
俺がおどけて例え話を持ち出すも、田中さんは真剣な眼差しを崩さなかった。
思わずキリエさんが去った方向に目を向けるが、既にその姿は確認できなかった。
「彼女はね、組合所にとってもヤウラにとっても重要な人物なの。彼女にちょっかい出して彼女自身か、ヤウラの手によって消された馬鹿な奴も多いの」
「……あ、握手はセーフですよね? それとも握手した手を切り落とせとか言われませんよね?」
「大丈夫よ、ここは監視カメラの範囲に入ってないし。多分目を付けられてないわ、良かったわね」
え? 範囲に入ってたらアウトだったの? それともそれは冗談か何かですか?
笑顔でそう告げる田中さんに答えを聞く事を、なんとなく俺は躊躇ってしまいできなかった。
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紳士絶滅事件、銃撃事件、包囲からの監禁事件、そして最後にキリエさん来襲事件と、この短時間で様々な初体験をした俺は憔悴しきっていた。
ふらつく足取りではあったが、何とか夕日が沈む前に里津さんの家兼店の近くまでようやく辿り着けた。
しかし、その場所の前に荷台に大砲を乗せた見覚えのある軽トラが停めてあるではないか。
思わず早足で駆け寄り、それが弓さん達が乗っていた物である事を確信する。
今日の疲れも何のその、俺は慌てて入り口の扉を開けて中に入る。
中に入ると俺が扉を開けた音が強すぎたのか、店内に居た全員の目線が俺に突き刺さった。
里津さん、弦さん、そして弓さん。
ふと、最初にこの世界に来た日が頭を過ぎり懐かしい気分が湧く。
まだあれから一週間程しか経ってないのにだ。
そんな風に俺が物思いに耽っていると、弓さんが驚いた表情を徐々に崩して笑顔になる。
俺も気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべると、後ろ頭を掻きつつ歩み寄る。
「お久しぶりです! 弓さんに弦さ……し、志菜木さんも」
思わず俺が弦さんを下の名前で呼んでしまうも、弦さんは構わんと一言小さく呟いた。
何を話そうか迷っていると、里津さんがワクワクした表情で立ち上がり、カウンターに両手を着いて問いかけてくる。
「それで? 試験は合格した? アンタならディフェンダーを上手く扱えると思ったのよ?! 命中率が低い銃は当てる回数が少なくていいから」
「ぅえ!? そ、そうですよ! 試験の事を知ってたなら何で教えてくれなかったんですか?! 俺もう本当に焦っちゃって……まぁ合格しましたけど」
「ばっかね~、これから組合で働こうって奴がそれくらいの事で焦らないの。現場はもっと突然に危険が襲ってくるのよ?」
うん。銃で撃たれたり、監禁されたり、重要人物に突然会うとかでしょ? ぼくしってるよ、とってもこわかったの。
俺が今日あった事を思い返し幼児退行を起こしかけていると、弓さんが俺と里津さんを交互に見つめて忙しない動きを見せる。
「え? え? 試験? 沿矢君……組合所に所属してなかったの?」
弓さんが責める口調ではないが、そう言葉を漏らすと俺は慌てて弁解をしようと身振り手振りで答える。
「え、えぇ! 俺はあの時この町に来る最中でして。田舎から来たもんだから、組合所とか何にも知らなくて適当に答えてしまい、混乱させてすみません。あ、あと……この右腕も義手とかじゃないんです。なんとなく言い出すタイミングが無くて……申し訳ないです。組合所も、今さっき登録して来た所で……」
すっかり俺のテンションは崩落してしまった。
そうだよ、色々と勘違いさせたままだったのだ俺は。
これは殴られても文句は言えん。弦さんに至っては俺を貫通しそうな程睨んでますがな。
里津さんにビンタされても『うっす……』って感じだが。
弓さんにビンタされようものなら涙目で『ふぇぇ……』って感じだよ。
心に通じるダメージの差がでかいんだよね。
「そっか……。でも、沿矢君があの時交渉に応じてくれた事に変わりはないし。義手は私の勘違い。それに組合所に所属したんだから、もう私達の仲間って事だよね? なら何の問題もないよ。これからも宜しくね! 沿矢君!」
弓さんは細かく頷きながら、一つ一つ納得する様に言葉を述べると、最後には笑顔を向けてくれた。
え? えっ? 何? 天使? 天使なの? 慈悲深いってLvじゃねぇぞ!!
弓さんの心優しさに胸を打たれ、思わず鼻の奥にツーンとしたものを感じながら、俺は頷いて返事をする。
「はい……弦さんも本当にスミマセンでした。色々お世話になったのに……」
「それよ。お前さん、宿から何も言わず突然抜け出して一体どうしてたんだ? よければ、話してくれねぇか?」
弦さんは眉を顰めて、訝しげにそう言ってきた。
そうだよ、もう色々やり残した事がありすぎて困っちゃう。
ボタとか足りただろうか? 主人怒ってたかな? もう嫌になってきちゃうわ。
俺は苦笑を浮かべ色々思い返しながらあの日あった事と、どうして組合所に登録する破目になったかを掻い摘んで話し始めた。
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あの後とりあえず話が長くなりそうだからと、里津さんは少し早めに店を閉めてくれて弓さん達を生活スペースに招きいれた。
すっかり定位置となった布団の上に慣れた様子で腰を下ろした俺を、弓さんが驚いた顔で見ていたのが気になったが、まぁソレは話せば分かるだろう。
とりあえず夜中に目を覚ました俺は路地裏の不審な様子に気付き、ルイを助けた事。
助けた事で宿に待ち構えられてるかもしれないので、とりあえずルイを教会に送り届けた事。
その翌日ベニーを助けに向かった事も話したが、当然迫田の事は口にしていない。俺はベニーを逃がし、情けなくリンチされた事にしておいた。
それで大怪我を負った俺を教会の皆が運んでくれて、里津さんが医療用ナノマシンを使って助けてくれたが、それが十万もした事。
そして俺は借金を返す為に、今日組合所に向かった事。
これ等を完全に夕日が沈んでから大分経って、ようやく言い終える事ができた。
勿論撃たれた事とか言ってないよ、けど後で分かるかなぁ……?
「とまぁ……こんな所かな? そんな訳で今は里津さんの家にお世話になりつつ、なんとか借金を返す予定です」
「え? アンタずっと此処にいるつもり? 家賃取るわよ」
「ははははははっ!! ですよねー……。まぁ、そのうち余裕ができたら家を探します。はい」
はたしてそんな日が来るかは分からんがな。家賃かぁ……いくらくらいかなぁ。
まぁ問答無用に追い出されないのは、里津さんの優しさだと十分に分かってる。いい人だよ、本当。
と、弓さん達の反応が返ってこない事に気付く。
弦さんが眉を顰めてるのはいつもの事として、弓さんは俯いたまま何も話そうとしない。
あれ? 馬鹿にしても良いのよ? 里津さんなんか情けない俺の顔を見て、何回爆笑した事やら分かんない程だよ。
と、弓さんの顔から光る物が床に向かって落ちている事に気付いて唖然とした。
そしてキッと音が出そうな勢いで顔を上げると、弓さんは近寄ってきて涙目のまま俺の手をとった。
「偉い! 偉いよ、沿矢君!! 私、感動したよ!! 私にできる事があったら何でも言ってね! 協力するから!!」
「は、はい。ありがとうございます」
弓さんの勢いに飲まれながら、機械的に頷きを返す。
感応性豊かだな、弓さん。俺の拙い説明で涙するなんて。
こういう人が多かったら、この世界も滅ばずに済んだかもしれないのに。
弓さんの愛が世界を救うことを信じて……! ってな感じだよ。
「話を聞くと……お前が怪我を負った日は、ゴミ山が崩壊した日じゃねぇか。お前さん、あそこで何か見なかったのか?」
今まで沈黙を保っていた弦さんは、どことなく探るような目線で俺に問いかける。
当然、そのツッコミは来ると予想してたので予め決めておいた返答をする。
「あ、あー……噂には聞いてますけど。流れ的に俺が気絶した後の事だと思うし、何も見てないです。弦さん達は何か見たんですか」
「……ああ。あの光景は死ぬまで忘れないだろうな。いい死に土産ができた」
そう言って、思い返す様に遠い眼をする弦さん。
その感想はどうなのだろうか、俺は必死に暗闇の中でただ暴れてただけなんだがな。
弦さんにそう言われると俺も見たくなってきた、誰かビデオ撮ってたりしてないの?
「まっ、コイツは無茶な所はあるけど。私は見込みがあると思うわ。いい? せっせと働くのよ」
里津さんはドヤ顔で自慢気に話しかけてくる。
アナタってば事情を話した時俺に『あんたみたいなガキに何ができるの?』とかって言ってなかったですか?
とんだ掌返しだよ、ネット住民か、手首傷めちまえ。
「うっす……。えーと、早速四日後に出るクース行きに乗って行こうと思います」
釈然としない思いを抱えながら、俺は鞄の中から田中さんに貰った予定表を取り出して、日時と出発時間を確認する。
探索予定時間は三日程か、まぁ住宅地がメインみたいだったし探索範囲がそんなに無いのかな。
「クースかぁ。私は行った事ないから、どんな所か説明できないや……ごめんね」
協力すると息巻いてた弓さんは、残念そうに肩を落とした。
しかし、次の瞬間である。
弓さんは顔を勢いよく上げたと思ったら、とんでもない提案をしてきた。
「そうだ!! 明日にでも私達が送ってあげようか!? うん! それがいいよ!!」
「ぅえ!? え、でもクースって初心者が行く場所ですよ? 弓さん達だと旨味が無さそうですし、それに借金返済も気長に待ってくれるそうですから……」
正直、これ以上弓さん達のお世話になるのは心苦しいし。
俺も最初から甘えるのではなく、乗り物に乗る時の手順やキャンプを張る等の一通りの流れを自分で体験したい思いもある。
でないといざって時に分かりません、ではお話にならないだろうしな。
「弓、俺達には自分の仕事もあるだろ? それに、最初から甘やかすと男ってのは弱く育っちまうもんだ」
と、そんな俺の思いをまるで読んだかのように弦さんがサポートしてくれた。ヒュー!!!
流石の弦さんっすわ、男の中の男ですわ。
弓さんは弦さんに諭されると、可愛く唇を尖らせて渋々引き下がった。
「何よ~弦爺の馬鹿……。沿矢君、いざって時は本当に頼ってくれていいんだからね?」
「はい、その時が来たら直に弓さん達に頼らせてもらいます。ありがとう」
俺は微笑みながら弓さんに深く頭を下げた。
久しぶりの再会は、今日の疲れを癒してくれる貴重な時間だった。
その後弓さん達が帰るのを見送って、部屋に戻ってくる。
俺は里津さんと二人きりになると、丁度聞きたい事があったのでそれを問いかける。
「あの、里津さん。俺の力強さって目立たずに活用する方法って無いですかね? 俺、今日早速幾つかやらかしちゃって……隠しきれる自信が無いんです」
そうなのだ。
今日一日を過ごして、俺は己の異常性を如何に隠し通すのが困難か気付いてしまった。
このままでは確実に誰かに気付かれる事間違いなしである。
「ふーん……。そうねぇ、クースに行くのは四日後か……。よし、分かったわ。私が何とかしてあげる」
と、里津さんはアッサリ言い放った。
正直俺は泣き言を吐く感じだったので、問題の解決に全く期待していなかった。
「マジですか……。それで、どうするんですか?」
「とりあえず今日はもう食事をして寝るだけよ。明日は朝一番にリヤカー引いてぺネ達の所に向かうわよ」
そう言って里津さんは食事の用意をし始めた。
その後俺が何をするのか聞いても、不敵に微笑むだけだったのである。
大丈夫か? 本当に……。
オッサンはともかくとして。
彼女は少し脅かして主人公に「私ってすごいんだよ?」と可愛くアピールしたかっただけです。
そもそも、そのアプローチの仕方が大分他人とずれてるんですが気付いてないです。