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俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第二章 荒野を駆ける日々
104/105

異人




『ほ、本当にやるんですか? 控えめに言いますけど、正気じゃないです』


『俺に言わせれば、徒歩で此処を抜ける方が正気じゃねぇよ。トンネルの途中で気付かれた時点で終了だぞ? 大人しく準備して、俺に任せとけ!』


『ぅう……常識が通じないよぉ』


『なーに、こんなの荒野では日常だぜ!』


『ここは地下ですよぉ……』



メソメソと愚痴を零して車両に戻るサリアを見届け、沿矢は一人線路に降りた。

彼は車両の後部に回り、両手を突き出して車体に添える。


沿矢が考えた案は至って単純。

即ち、訓練兵達を全員車両に乗せ、自身の膂力を用いてソレを"走らせる"と言う案である。


別の商業施設に続くトンネルの長さは不明だが、今現在自分達が闊歩してきた商業施設の広さを考えれば、其処に辿り着くまでの距離は間違っても短くない筈だ。その距離を数多居る異人の隙を突き、十八名全員が無事に通り抜けられるとは思えない。


沿矢はそう考え、地下トンネルを強行的に突破する事を決めた。

此処で退いてしまえば、これまで苦労して築き上げた訓練兵達の気構えが崩壊するかもしれないと彼は恐れたのだ。


今の状況は孤立無援、且つ救助が来るかも分からない。

そんな状態で悠長としていられる程に、沿矢は現状を甘く見ていなかった。


そもそもとして言うと、テラノ住民の保護を目的とした今作戦の重要度を思えば、最悪として軍にもう見捨てられている可能性もある。無論、彼が従えるラビィ・フルトに限って言えばその選択肢は無いが、彼女一人が助けに来てこの現状を満遍なく打破できるかと問われれば、それは怪しい。


武市が受け持つ訓練兵達の面倒を任せられた沿矢としては、そんな慈悲を見せた彼女が彼等を見捨てる可能性は低いとも見ている。だが、時間が過ぎれば過ぎるだけ彼女のそんな考えも変わるかもしれない。何より軍人として、そして今では指揮官でもある彼女がそんな私情を何時まで覗かせてくれるかも怪しい。


故に、この様な強行策を用いる事を沿矢は決意した。

仮に軍が救助の為に地上で待ってくれているとしても、そう長くは持たないであろうからだ。


無論、他の面々はあまりに現実離れしたその考えに難色を示したのだが、周囲に異人が居る状況ではまともに抗議もできなかった。


結果として、こうして沿矢の現実離れしたその案が実行される事と相成った。



『ふぅー……行くか』



息を一つ零し、沿矢は覚悟を決めた。

彼は両足に力を込め、車両をゆっくりと"前進"させる。



――ギ、ギギギ……。



しかし、数世紀もメンテナンスされてない車輪は錆付いており、地下に金属音を響かせた。

むしろ錆び付くだけで済み、ちゃんと回ったその車輪の強度は驚きに値する。

これだけでも、前世界で発展した金属関連の技術力の高さが伺えた。


だが、そんな金属音を響かせた結果として、寝床に居た異人達はすぐさま目を覚ます。



『エぅ……?』


『あわわ、起きましたよ!?』


「分かってる!! 此処からは全力だ!!」



サリアが車内からそう忠告すると、沿矢は瞬時に全力を出して"駆け出した"。

すると先程まで寝惚けて居た異人達は一斉に異常に気付き、叫びだす。



『エアアああああああああああああ!!』


『き、来てます!! 追ってきてますぅ!!』



まるで白い津波の如く、異人達が駅のホームから地下トンネル内に押し寄せてくる。

サリアは堪らず涙目になりながら、沿矢に警告を飛ばす。



「だろうな!! けど撃つな!! このまま振り切る!!」



沿矢は更に足の回転速度を高め、地下を疾走する。


火花が散り、地下鉄のトンネル内を照らし出す、車両に居た訓練兵はその火花で発せられた光で周囲に蠢く異人達の総数に気が付き、表情を恐怖の色に染め上げた。



「嘘だろぉ!? 何処もかしこも怪物だらけじゃねぇか!!」


「うわあああああ、もう駄目だああああ!?」



そう絶望する彼等であったが、実際には高速で走る車両は次々と異人を轢き殺し、錆びた車体に真紅のカラーリングを施していく。それこそが沿矢の狙いでもあった、相手の戦力を削ぎつつ、脱出を目指す。異人達との戦闘を避けるのが難しいのであれば、少しでもその戦力比を縮める必要もあったのだ。



「ちっ……!」



が、其処で沿矢は段々と足元が"湿り気"を帯びている事に気付き、思わず顔を顰めた。

線路内を踏み締める自身の両足が異人の撒き散らした血や臓物で濡れ、彼の走行速度を僅かながらに落とす。


思わぬ誤算であったと自身を叱咤したかったが、そんな暇は無い。

沿矢はその障害を無視する様に一層と力を込めてトンネル内を駆け抜ける。


地下鉄内に潜んでいた異人の群れは次々と車両に群がり、轢かれていく。

しかし、仲間を踏み台にして何体かが車両の窓に張り付く事に成功する。



『エゥぅううう!』


「く、くそ!! これでも食らえ!!」


「馬鹿!! 止めて!! 窓を割ったら、あいつ等が入ってくる!!」


「じゃあどうするんだよぉ!?」



咄嗟に銃を構え掛けた一人を制止するメアであったが、訓練兵達は既にパニック寸前であった。何せ前世界の古びた電車に乗り、怪物が轟く地下を"人力"頼りで疾走しているのだから、それも無理はない。対するメアの落ち着きぶりときたら相当であり、彼女は冷静に訓練兵達に呼び掛けた。



「ソウヤが言ってたでしょ!? あいつ等は視力が退化してる!! けど、ああして目が残ってるって事は……!!」


『エぅ!?』



メアは言うと、懐中電灯の明かりを窓に張り付く異人の顔面に翳した。

すると異人は嫌がる様にソレから顔を背け、バランスを崩して車両から転げ落ちていく。



「見なさい!! 奴等の目は強い光の刺激に耐えられない!! 張り付く奴はそれで振り落として!!」


『りょ、了解!!』



メアの指示に従い、訓練兵達は懐中電灯の灯りを車内から外へ向かって照らす。

すると次々と異人達は怯み、車両から落ちていく。


一方その頃、沿矢は周囲に群がる異人達の処理に手間取っていた。



「くっ! この……! 離れろ!!」



周囲に群がる異人の総数は相当であり、沿矢目掛けて飛び掛ってくる異人もまた多い。

彼はその度に肘打ちや頭突きを駆使して相手に致命傷を与えるが、そのお陰で疲労が溜まってきていた。


何せ車両を一人で押して走り、その片手間に戦闘もこなしているのだ。

更には周囲の暗さと異人達の叫び声で精神も確実に削られている。


しかし、それでも止まらない、止まれない。

此処で止まれば数に圧倒されて全滅するのは目に見えている。




「ソウヤ!! ねぇ、何人かこっちに来て!! 彼の周りに光を向けるの!!」


「む、無理だよ!? こいつ等は絶え間なく飛び掛ってくる、少しでも油断すれば突破されちゃうよぉ!!」



メアが沿矢の援護を呼び掛けたが、訓練兵達は難色を示す。確かに、異人達は次々と車両に飛び掛っており、その衝突時の勢いで窓に皹が入り始めていた。それでもメアは構わずに続ける。



「ソウヤがやられればその時点でお仕舞いよ!? いいから、援護するの!!」


「わ、私が行きます!」


「俺も行く!!」



サリアとマーケが沿矢の援護に向かうべく、車内を駆けた。

直後、その一瞬の隙を突いて異人が窓を叩き割り、一体が内部に侵入する。



「く、くるなああああああ!!」


「馬鹿!! そんな乱射するんじゃねぇ!!」



パニックに陥った一人が咄嗟にY6を乱射、そして内部に侵入した異人を撃ち殺す。

しかし、その代償として幾つかの窓を打ち破り、一体を始末した代償として数体の浸入を許してしまう。



「ど、どうしたッ!? 中に……入られたのか!?」


「えぇ、そうよ!! 皆、下がりなさい!! 後部へ来るの!!」



ソウヤの問い掛けに答えつつ、メアは訓練兵達に指示を出す。

彼等はそれに素直に従い、後部へと駆け出して彼女の背後に回る。

それを確認すると、メアは沿矢が車内に置いていたM5を床で構え、引き金を引く。



『エゥ……!?』



すると、車内で列となって襲い掛かってきていた異人はM5が放つ12.7x99mm弾に一斉に撃ちぬかれ、断末魔も碌に上げる事も叶わずにダウンしていく。


元々、対兵器用としての装備であるM5の火力は生物相手では過剰とも言える。

その破壊力たるや凄まじく、胴体に当たれば二つに裂け、手足を掠めるだけでそれ等は千切れ飛ぶ。一発で二、三体を纏めて撃ち抜く程の貫通力も有しており、窓から入り込む異人の群れを瞬時にあの世へと送り込んでいく。


だが、その破壊力の高さ故にM5の狙いは一点に集中する事しかできない。

下手にそれを振り回してしまえば、更に車両にダメージが加算されるからだ。

しかし、それでも車両の狭さを考えれば十分であり、M5の攻撃を回避しようとしても訓練兵達の構えるY6の銃弾が飛ぶ。



「ちっ、もう弾切れ!?」



気付けばM5の弾は底を付き、バレルが熱を帯びて僅かに赤みを放つ。

メアは堪らず舌打ちを鳴らし、その場を後ずさろうと腰を上げる。



「メア!!」


「ッ……こいつ!!」



しかし、下がろうと腰を上げた所で真横の窓が割れ、異人がメアに襲い掛かる。

訓練兵達は慌てて銃を向けるも、サリアがそれに待ったを飛ばす。



「だ、駄目よ!! 彼女に当たるわ!!」


「けど、それでも助けないとだろ!?」


「分かってるけど……!!」



マーケはそう主張するが、サリアが向ける視線の先ではメアと異人が取っ組み合い、体の位置を常に揺らしている。


電車も錆びたレールを上を走る事で盛大に揺れ、加えて目標物の位置も定まらない。熟練の兵士でも命中させるのが困難なこの状況において、サリアのその躊躇いは責める事はできないだろう。



「ま、まずいって!! 奥の開いた窓からまた乗り込んできてる!!」



M5の銃撃を警戒して侵入を避けていた異人達であったが、それが途絶えた事を感じ取るとまた侵入を開始する。その侵入を防ごうにも通路の途中でメアと異人が取っ組み合っており、Y6での迎撃ができない。



「……冗談じゃない!」



メアも自身の存在が枷となり、状況が悪化していくのを把握していた。

彼女はテラノで起きた戦闘での自分の行動を思い返し、小さく呟く。



「ごめん、藤宮さん。でも……諦めた訳じゃないの。私はただ……貴方みたいに彼等を助けたい!!」



そう謝罪を口にし、メアは力を一気に振り絞って立ち上がると、その勢いをそのままに異人ごと車内から窓枠を潜って外へ飛び出した。



「メア!? 駄目よ!! いやぁ!!!」


「畜生!! 撃て!! あいつ等を近寄らせるなぁ!!」



サリアは悲鳴を上げ、マーケは一斉射撃の合図を出す。

すると車内はまた銃撃音に包まれて、悲鳴が上がる。



「っ……あ、痛ッ」



加速している車内から飛び出し、転げ落ちたメアの体は強い打撲と擦り傷で損傷を負っていた。


一緒に飛び出した異人は落下時に彼女の下敷きとなり、そのショックで死亡している。


しかし、そんな彼女の周囲には異人が群がりつつあり、彼女は痛みは堪えて腰のホルスターからハンドガンを抜き放ち、スライドを引くと構えた。



「ふざ、けんな……!! あれでも最悪な死に様だと思ってたのに、次はこれ? 笑えないっての……!!」



テラノで起きた仕打ちを思い出しながら、メアは引き金を引く。


陵辱され、体と精神を徹底的に蹂躙されたあの時も最悪だった。

しかしまさか、こんな深い地下の底で人間もどきに食われる事を思えば、まだマシだったかもしれない。


横目で向ける視線の先では車両が遠ざかり、去っていくのが見える。

光源は自身が構えるハンドガンのマズルフラッシュのみになり、それが光を放つ度に自分に群がってくる異人の姿が段々と増えてくるのが分かった。


堪らず、メアはハンドガンを撃つのを止める。

弾が切れた訳ではなく、その絶望的な光景をこれ以上目にしたくはなかったからだ。



「冗談……! アンタ等に食われながら死ぬなんて真っ平だわ……っ!!」



メアは瞼を強く閉じると震える手を持ち上げ、ハンドガンの銃口を自身の頭に向けた。

そのまま意を決して引き金を引こうとして僅かに軋むが、それは寸前で止まる。



――諦めて、死んでしまったら本当に負けだよ。けど、諦めずに必死に抗って死ねたなら……きっと後悔はしない。



藤宮が毅然と告げた何時かのその言葉が脳裏を過ぎった瞬間、メアから恐怖が消えた。



「全く……かなわないなぁ」



彼女は小さく笑い、力強く目を見開くとハンドガンを構えて撃つ。

そこから放たれた弾丸は間近に迫っていた異人を貫き、続けて彼女は懐からナイフを引き抜いた。



「後悔だけはしない……したくない! いいわ、来なさい。あんた等を一体でも多く道連れにしてあげる!!」



獰猛な笑みを浮かべ、メアは孤軍奮闘の決意を抱く。

だが、次の瞬間、トンネル内に奇怪な音が響き渡り始める。

何かが砕ける音が響き、それと同時に僅かな衝撃がトンネル内を揺らし、塵を降らせた。


まるで軽い地震を思わせる様なその不可解な現象。

メアと異人の群れが疑心を抱いて体を膠着させていると、それを打破する歓喜の声が響き渡った。



『いい啖呵だったぞ!! お陰で見つけられたァ!!』



そう叫びながら沿矢がトンネル内の壁を跳躍しながら駆け抜け、メアの前に降り立った。

つまりは一連の不可解な現象は彼がトンネル内を"蹴飛ばし"ながら高速で移動していたのだ。


続けて沿矢は右腕を大きく薙ぎ払い、周囲に居た異人を盛大に吹き飛ばし、背後に居たメアに賞賛を飛ばす。



「はぁはぁ……! よく耐えてたな! 危うく見逃す所だった……っと」



荒い息を吐きながら、沿矢は左手に持っていた懐中電灯を口に咥え、両腕を前に突き出して構える。



『……エゥアアァ!!』



暗闇の中に照らされた異人達は今の沿矢が放った先程の一撃に怯みはしていたが、何とか態勢を整え、次の瞬間には数の優位を利用して瞬く間に沿矢とメアを目掛けて突撃を開始した。白い津波となった異人達の姿、その光景は見るだけで大半の人間の戦意を挫き、絶望へと叩き落すだろう。しかし、今回に限ってはそうはならなかった。



「ぬぁめんじゃぬぇぞ――!!」



沿矢が懐中電灯を咥えたまま怒りの咆哮を飛ばした瞬間、彼の姿が"掻き消える"。


それと同時に周囲では次々に盛大に何かが弾け飛ぶ音が聞こえ、押し寄せていた異人の群れが瞬時にして蹴散らされ、血飛沫を巻き上げる。懐中電灯の灯りだけが目まぐるしくトンネル内を駆け抜け、そしてソレだけが今の状況を確かめる唯一の術であった。


沿矢は自身の感覚をフルに奮い立たせ、トンネル内の彼方此方を飛び跳ねる様にしながら高速で移動する。

壁、床、柱、天井、そのどれもが沿矢が足に力を込めて加速する度に破壊され、細かい破片を飛ばし、罅を刻んでその証を残す。


沿矢の感覚をフルに使用した場合、彼は自身の身体能力を満遍なく発揮できる。

いや、正しく言えば"細かく動く"事ができると表現するべきだろうか。


例えば沿矢が感覚を使わずに全力で今の様に跳ね回れば、彼は自身のスピードを把握できずにトンネルの何処かで衝突し、体勢を崩してしまうだろう。その点、感覚を使用した際には全ての動きが鈍くなり、その中で冷静に彼は動く事が可能になる。で、あるからこそ今起きている様な常識離れの芸当が可能なのだ。


次第に周囲の異人は沿矢が繰り広げるその殺戮の嵐に気圧される様に怯み、後ずさって距離を置く。



「はっ、はっ、はっ……! よし、これでいい……! メア、大丈夫か?」




周囲の異人の大多数を始末すると沿矢はメアの近くへと着地し、そのまま懐中電灯を口から外すと、相手を安堵させる様に笑みを浮かべながら声を掛ける。


荒い息と顔に流れる汗から、その疲労の程も伺えた。

そして――彼は全身が血に濡れており、メアはそれを見て沿矢とテラノで初めて会った時の事を思い返す。




――こんな殺し方したってのに、あんな風に笑って……正直、気持ち悪い。



今の沿矢と過去の彼、その姿は瓜二つ。

そしてそれを見て自身が吐いたその言葉。


今、コープが自身に怒りを抱いた理由を、メアは正しく理解した。

沿矢があの時に笑みを浮かべた理由は自分の姿を誤魔化す為ではなく、ただ相手を安心させたかったからだと。

だからこそ自身の吐いたその言葉が、コープの逆鱗に触れたのだ。それこそ殺意すら抱かせる程に。


そう理解した瞬間、メアは胸の内で溢れる様々な感情に押し潰されそうになった。

生き残った事への安堵、罪悪感、後悔、その一つ一つがどれも重い。

しかし、彼女は今の現状を正しく認識し、その感情に流されない様に自身を律した。


メアは一つ呼吸をして気分を落ち着かせると、沿矢に向かって叫ぶ。



「……馬鹿!! アンタが車両から手を離したら、スピードが保てなくなるでしよう!? なのに、何で……!!」


「よし、その様子だと大丈夫だな。説教は後にしろ」



そう非難を飛ばし始めたメアの言葉を無視し、沿矢はヒョイと彼女を肩に乗せる。

続けて懐中電灯を彼女に渡し、腰を落としながら告げた。



「いいか? 今から車両に追いつく為に飛ばす……と言うか、"飛ぶぞ!" 電車に追い付くまで、俺の前をそれで照らしてろ!!」


「え、えぇ!?」



困惑するメアを尻目に沿矢は一気に跳躍、再度として壁を蹴って其処を粉砕しながらトンネル内を跳ねる様にして前を進む。


そうする理由は単純明快で、そうしないと迅速に先へと進めないからだ。

トンネル内は異人が所狭しと蠢いており、地面を駆けては容易に進めない。



「嘘でしょう!? 力任せもいい加減にしてよ!!」



冗談染みた移動方法にメアが感嘆と呆れを浮かばせた声を上げるも、その移動のお陰で車両は直ぐそこまで見えていた。やはり車両は沿矢が離れた事でその勢いを無くし、スピードを落としつつある。



「着地する、舌噛むなよ!!」



沿矢は車両の近くに降り立つと瞬時に加速し、体当たりするかの如く勢いで左手を前に出して当てると、一気に押し出して再度車両を急加速させる。


メアは其処で堪らずと言った具合に口を開く。



「ちょ、ちょっと! このまま私を抱えたままで行く気なの!?」


「しゃぁねぇだろ?! いいから、黙っ……がッ!!」



瞬間、沿矢は鮮血を口から飛ばす。

前々から彼が想定した最悪の事態が、今こうして現実となって襲う。


力を振るう度に自身の体に変化が起き、その度に血反吐を撒き散らす破目となる。

その流れにようやく気付きつつあった沿矢であったが、それが今またこうして現れた。


地下に落ちてからまもなく数時間、その間ずっと異人とガードを警戒して常時彼は休まる時が無かったのだ。加えて先程メアを救う為に感覚をフルにしてトンネル内を駆け、大多数の異人を屠ってしまった。故にその代償として、こうして鮮血を吐き散らす結果を呼んでしまったのだ。



「ソウ、ヤ……」



メアは突然に吐血した沿矢の姿を見て、それが自身の所為だと直ぐに気付いた。

昨晩に咳き込む彼の姿を思い出し、秘密とやらの一端を事前に垣間見ていたからだ。


堪らず、大声でメアは叫ぶ。



「……もういい!! 今此処で私を捨てて! 足手纏いなんて御免よ!!」


「はぁ? お前の貧相な体の重みで……ッ、ダメージを受けてる訳じゃねぇ……! 勘違いすんなァっ!!」



血と共に強がりを飛ばし、沿矢は尚も駆ける。

しかし、その足取りは目に見えて重くなり、それに比例して車両の速度も低下し始めていた。



「離せ……離せってば!! このままじゃ全員死ぬわよ!? それでもいいの!?」



血を流す沿矢に習うかの様に、メアも瞳から涙を流す。

体を揺らして彼の拘束から抜け出そうとするが、それでも彼は離さない。

むしろ一層と強くメアを拘束し、血を撒き散らしながら沿矢は再度吼えた。



「あのなぁ……悲劇のヒロインぶって諦めてんじゃねぇぞ!! 喚く元気があるならハンドガンでもぶっ放してろォ!!」



その叫びはメアと、何よりも自身を奮い立たせる為のモノであった。

沿矢は力を振り絞って車両を押し、一段と早く加速させる。

メアはその怒号を受けると力なく首を横に振り、呆れた様に小さく呟いた。



「……なによ、なんだってのよぉ! アンタも……藤宮さんも好きに言っちゃってくれてさ。私だって……好きで諦めたいわけじゃない!!」



そう叫ぶと、メアは手に持っていたハンドガンのマグチェンジを行い、背後から追いすがる異人に向けて引き金を引く。異人は既に長く走り続けた事でスタミナをあまり有してはおらず、徐々に群れと車両は距離を離していた。しかし、車両が向かう先からも襲い掛かってくる異人が居る為、その襲撃が途切れる事が無い。


決死の逃避行はそのまま数十秒続いたが、そこでようやく車両の中から朗報が飛んできた。



『ソウヤさん!! ようやく駅が見えてきまし……えぇ!? め、メア!? 無事だったの!?』



後部の窓から視線を向けたサリアはそう驚愕したが、そんな彼女の驚きを受け流し、沿矢は続けて命令を出す。



「駅に入ったら一気に車両を止める!! 衝撃に備えとけよ!!」


『りょ、了解です!! 皆、何かに捕まって!!』



サリアがそう指示を出した数秒後、車両はホームへと滑り込む。

すると沿矢は車両の中に左腕を突き入れ、次に地面に足を擦る様にして急激に速度を落とす。


彼の膂力ならそれこそ文字通り一気に車両を止める事も可能であったが、彼はその時に発生する衝撃の強さを考慮し、できるだけ緩やかな停止を試みる。


駅のホームには先程の駅程ではないが、異人の群れが待ち構えていた。

サリア達は車内で体勢を立て直すと、Y6を撃ちながら中から飛び出し、駅の制圧を試みる。


その動きと判断力の速さは高く、彼等の連携力の高さをも表していた。

戦闘開始から数分も経つと脳から溢れるアドレナリンで戦意が向上し、恐怖も薄れ、ようやくと彼等の日頃の訓練の成果がこの極限下で発揮し始める。



「全員車内から出たか!?」


「え、あ、出ました!!」


「うし、それなら……!! おら……これがお別れの手土産だ!!」



車内に訓練兵達が残っていない事を確認すると、沿矢はそのまま車内に突き入れていた左腕を持ち上げ、それを背後のトンネルに向かって振るう。


少し浮く様にして力任せで投げられた一両の車両は大きく跳ねながらトンネル内に突入し、追い掛けきていた異人の群れの多くを巻き込んでその車体を完全に崩壊させる。



『ギィィ!』



バウンドする度に部品が弾き飛び、その弾き飛んだ部品が散弾の如く異人を貫く。

転がり跳ねる車体は群れる異人達を押し潰し、トンネル内の線路と壁や天井も返り血で染めていく。


それを見届ける暇もなく沿矢はホームに飛び乗り、メアを降ろす。

が、其処で堪らず彼は膝を着いて更に多くの血を吐くと、薄汚れた白い駅のホームを真紅に染めた。



「がッ!! がは……!! や、やべぇ、新記録かも」



吐血した血の量を見ると、思わず沿矢は顔を青くしながらもそう冗談を口にする。

一連の流れで意識が朦朧とし、彼は現実感を失いつつある様だ。

傍から見てもその様子は明らかであり、メアはすぐに彼の手助けを試みる。



「ソウヤ!! ッ……ほら、肩を貸すわ。立ちなさい!!」


「け、怪我をしたんですか!?」


「いいから、黙って撃ち続けて!!」


「りょ、了解!! 皆、あと少しよ!!」



血塗れ且つ、突然に吐血した沿矢に訓練兵達の誰もが度肝を抜かれたが、メアが睨み付ける様にして命令を飛ばす。彼女はそのまま沿矢に肩を貸したまま、ホームの先を目指す。



「階段はこっちよ! 着いて来て!!」


『了解!!』



体勢を整えると、訓練兵達も異人の群れに銃撃を浴びせながらメアの後を追う。

目指すは駅の階段、そして其処は鉄格子が下りている。

損傷も見られず、完全に封鎖が成されていた。


即ち、あの先には異人が居ない可能性が高い。

少なくともあそこを通れば包囲からは免れる。しかし……!



「ソウヤ? ねぇ、ソウヤ!! しっかりして!! アンタじゃないとあの鉄格子をどうにかできない!!」


「……あ、あぁ。大丈夫、大丈…っぶ……だ」



既に沿矢の意識は更に深く朦朧としており、足取りも覚束ないものとなっていた。

しかし、此処で意識を失えば死ぬ事は確定している。

故に彼は最後の一線を越えぬ様に意識を繋ぎ止め、必死に抗っていた。




『弾が切れた!! 畜生!!』


『こっちも……よ!! 最後は頭に当ててやったけどね!!』


『弾が切れたならナイフを使え!! 弾が切れた奴同士で互いに援護し合って隙を埋めろぉ!!』



階段へと歩を進めるメア達の背後からは、状況の悪化を思わせる訓練兵の声が響き渡る。

しかし、その放つ言葉に乗る感情は諦めの響きではなく、戦う者のソレだった。



「ソウヤ、聞こえるでしょ!? あの子達も頑張ってくれてるわ。だからアンタも頑張って――!」



訓練兵達の奮戦する様子に後押しされ、メアは沿矢を抱えたまま確実に前進する。

そして遂に何とか沿矢を連れて鉄格子に辿りつくと、彼女は彼の右手を持って鉄格子へと握らせた。



「ほら、これを曲げて!! 少し、ほんの少し捻じ曲げるだけでいいの!! お願いだから……ソウヤぁ……!!」


「ッ、く……」



メアはそう縋る様に呼び掛け、沿矢の意識を揺らす。

対する沿矢も既に眼差しが虚ろになっており、何とかその声に従って右手に力を入れた。

すると瞬時に鉄格子が圧縮され、沿矢が倒れる様にしながらその手を横にずらすと、素直にそれも従う。



「やった! よく頑張った、よく頑張ったわ……ソウヤ!」



メアは堪らず倒れた沿矢の頭を胸に抱える様にして、賞賛の声を涙ながらに贈った。

しかし、それを彼は聞く事も叶わず、既に意識を失っている。


そうしたのも僅か二、三秒の間だけ。

メアは直ぐに沿矢の脇の下に手を入れ、持ち上げようと試みる。



「っ……! 重いッ!!」



メアは沿矢を引きずる形でその開いた隙間を潜って沿矢を階段に置くと、急いでホームへと戻り大声で指示を出す。



「貴方達、此処を潜りなさい!! ほら、早く!!」


『弾が無い奴から先に行け!! そうでない奴は可能な限り奴等の足を止めろぉ!! 何も殺す必要は無い!! 足か胴体に当てれば奴等は動けなくなる!! 弾薬をできるだけ節約しろ!!』



マーケはそう叫び、衰えかけている訓練兵達の戦意を維持し続ける。

訓練兵達は次々と鉄格子を潜り、転げる様にして階段に辿り着く。

彼等は息も絶え絶えに其処で膝を着き、息を整える。



「や、やった!! 此処まで来ればもう安心ね!!」


「あぁ、助かったぞ。俺達……!」



暫くすると全員が鉄格子を潜る事ができたが、其処でサリアがハッとした様子で顔を上げ、呆然と告げる。



「待って……"どうやって"此処を塞ぐの?」


「え……? あ……」



視線を向けると、沿矢は口から血を流して倒れこんでいる。

その様子を見る限りでは、彼の意識を取り戻させる事は容易ではない。


つまり――この鉄格子の封鎖は不可能だと言う事だった。

その事実に気付いた瞬間、死神が撫でたが如く冷たさと焦りが彼等の背筋を過ぎる。



「く、来るぞ!!」


「糞、近寄らせるな!!」



戸惑っている内に鉄格子の向こう側に異人が群がり、小さく開いた隙間を潜ろうと身を寄せる。

堪らず訓練兵達はY6で迎撃を試みたが、それも十秒と持たずに終わった。

つまりは遂に弾薬が底を尽いたのだ。メアはそれを瞬時に認識し、此処での防衛を諦め、指示を飛ばす。



「駄目、撤退よ!! このまま地上を目指す!! 誰か、彼を運ぶのを手伝って!!」


「任せろ!! くぁ……重っ!? 嘘だろ!? 一体どれ程の……!!」



マーケが意の一番に名乗りを上げて颯爽と沿矢を背負ったが、直ぐに弱音を零す。

沿矢自身の体重だけでなく、彼が身に纏う各種装備の重さを合わせるとそれは想像を絶する。


鉄腕である武鮫だけでも十数キロを有し、グレードVの特殊合金プレートを内部に納める防弾チョッキは二十キロ以上だ。それに大口径であるホルスターに収められているDFや、各種マガジンの総重量を合わせたら軽く三桁の重さを超えるだろう。


日々の訓練で鍛えているとは言えど、その重さは予想以上。

で、あるならばマーケ一人で素早く沿矢を運ぶ事は到底不可能であった。

堪らず、それを見ていた他の訓練兵もマーケの背後に回り、沿矢に手を添えて助太刀を試みる。



「僕達が後ろから支える!! 進めマーケェ!!」


「か、彼の装備を外したらどう?」


「そんな時間はないっての!!」



背後からは鉄格子を潜ろうと異人達が奮闘し続けており、その突破は時間の問題だった。

沿矢が開けた隙間が狭い事が唯一の幸運だったが、その幸運も長くは持たないだろう。


訓練兵達は沿矢を背負ったまま階段を駆け上がり、通路へと飛び出す。



「進め進め!! 今の内に距離を離すんだ!!」



幸いにも、移動の殆どは車両で行っていた為に訓練兵達の体力はまだ十分残っていた。

精神的な負担はそれこそ大きいが、脳内から溢れるアドレナリンで戦意はまだ燃え盛っている。

そのまま通路を暫く進んでいたが、先頭を走る一人が足を止め、背後に手を向けた。



「どうして止ま……る」



非難の声を上げようとして、マーケは咄嗟にそれを鎮める。

向けた視線の先では、暗闇の中に浮かぶ青い光が見えたからだ。



『ガードかよ……どうする!?』


『どうするって……どうしようもないよ』



弾が底を尽きた状態でガードを相手にするのは得策ではない。

しかし、元来た道を戻る選択肢も当然無しだ。

そのままどうするか頭を悩ませたが、メアはハッと沿矢に視線を向けた。



『彼を下ろして……! 彼のYF-6とDFにはまだ弾が残ってる筈だわ!!』


『りょ、了解』



車両を押す事に専念していた沿矢。

当然ながら、彼の弾薬はその時に消費されておらず、まだ残りがあった。

その事に気付いたメアがそう指示を出すと、訓練兵達は素直に従う。


マーケがゆっくりと沿矢を下ろすと、メアは沿矢の装備を剥ぎ取った。

DFのマガジンは四つ、YF-6の残りは五つ、異人の群れを撃退できる程の量は無いが、数が少ないガードを始末するには十分だ。



『よし、これなら……!! っ、拙いわね』



戦闘の準備を終える頃には、背後から異人の叫び声が響き渡ってきていた。


メアは正面の突破を試みようとYF-6を構えたが、ふと何かに気付いた様に表情をハッとさせ、今度はソレを近くの店舗に下ろされた錆びたシャッターに向けると、そのまま迷いなく撃った。



「な、何してるんだ!?」


「これでいいの!! どっちにしろもう逃げられないでしょう?! それなら……!!」



驚く訓練兵達を尻目に、メアは銃撃でダメージを与えたシャッターを蹴破ると、背後を振り向いて訓練兵達に中へ入る様にと促す。



「ほら、中に入って!! ガードと奴等が来るわよ!!」


「ぁあもう、滅茶苦茶だよぉ!!」



メアの言う通り、今の発砲音でガードと異人の両方が異常に気付き、接近してきていた。


しかし、それが彼女の狙いである。

メアは訓練兵達が店舗の中に入ると自身も後を追って中へと入り、直ぐに懐中電灯を翳して周りを確認した。



「これでいい……! ほら、これで開いた穴を塞いだわ!! 他に何か重そうな物をもってきなさい!!」



メアは近くの錆びた金属製のテーブルを倒し、それでシャッターの穴を塞ぐ。

続けて彼女は何か重みになる様な物を持って来る様にとの指示を出し、訓練兵達はそれに従って周囲から様々な物を運んでくる。暫くすると即席の簡易バリケードが完成し、メアは完成を喜ぶ訓練兵を尻目にシャッターに耳を近付け、外の様子を伺う。



『z……接近……止ま……』


『エゥアアァ!!』



ガードの警告が聞こえ、異人の叫びが響き渡る。

次に聞こえたのは銃撃音と、何かを殴りつける肉質的な音だった。

それが聞こえたのか、はたまたデータリンクで助けを呼んだのか、他のガードも駆け付けて外は酷い模様を繰り広げている。



「ガードが勝つ様に祈るしかないわね……。お願い、勝ってよ……!!」



ガードは前世界で人類を守る様にと発明された警備ロボットだった。

前世界の崩壊後、この地下で長年彷徨い続けていたガート達がもうその役目を果たす事はないかと思われたが、今正にその真価が問われようとしている。


外で響き渡る戦闘音は凄まじく、その結果が分かるのは少し先の事になりそうだった。



「彼の様子はどう……?」



メアは外の様子に一旦目を瞑り、店内に戻って沿矢の近くに腰を下ろした。

彼の傍らに居たサリアは沿矢の装備を外しており、その体を眺めながら首を捻っている。



「それが……外傷が何処にも無いんです。あれだけ血に濡れてたし、吐血もしてたから、内臓にダメージを負ってると思ったんですが……」



懐中電灯で照らされた沿矢の肉体は血を失った事で少し肌白くはあったが、外傷は見当たらない。背中を見てもそれは同じであり、お手上げと言った具合でサリアが愚痴を零す。



「彼が血塗れだったのは私を助ける為よ。問題は吐血の方ね……」



メアは罪悪感で顔を歪め、俯いた。

そんな彼女の様子を尻目に、サリアは堪らずと言った具合でソッと沿矢の腹筋に触れた。



「うわ……凄く硬い。気絶してるから、力を込めてない筈よね……?」



触れた部分は鉄が埋められているが如く硬く、生半可な鍛え方で身に付く筋肉ではない事が感じ取れた。


訓練兵は男女混同で宿舎を共にしており、裸で馬鹿騒ぎする男子訓練兵の上半身を何度か目にする機会もあった。

しかし、その時に見た肉体と沿矢の肉体では比較にもならないレベルである事が明白であり、サリアは思わず畏敬の念を漏らす。



「凄いなぁ……どうやって鍛えたのかな?」


「そんなのどうだっていいわ。原因が分からないなら、服を着せるわ。このままじゃ風邪引くでしょう」



メアは何処か苛立たしげに言うと沿矢のシャツを手に持ち、彼に抱き付く様にすると、そのまま背後に体を倒す様にして体重移動させながら身を起こさせる。その流れで一旦彼女は身体を離し、彼の腕をシャツに通そうとしたが……。



「……何してんの?」



呆然とした目付きで、沿矢が自身を見つめていた。

メアはそれこそ驚きはしたが、それよりも歓喜の方が強く、思わずと言った具合で表情を緩ませ……ようとして失敗する。


今のメアは沿矢に馬乗りになり、間近で対面している。

しかも彼女の手には相手のシャツがあるときたもんだ。

この状態で目を覚ませば、その沿矢の混乱も納得できるシチュエーションだった。



「あ、いや……。これは、違う、から……」



カーッと顔を赤く染め上げ、メアはそう告げるだけで精一杯だった。

普段の彼女ならば冷静に取り繕う事もできた筈だが、何故か今の彼女にはそれができないでいる。


沿矢は呆然と瞼を瞬かせながら、夢心地の感覚で無意識に言葉を零す。



「そうか、違うのか……何が?」


「…………分かんない」



暫く互いが間近で見詰め合う妙な時間が続いたが、先に混乱を沈めたのは沿矢であった。



「……ほら、よっと……。なぁ、水あるか? 口の中を洗い流したい」



沿矢はソッとメアを持ち上げて自身の上から彼女を退かすと、早口にそう告げた。

薄暗い中であるが彼の頬も紅潮しているのが見え、それを察すると彼も少しきまずかった様である。



「どうぞ……大丈夫ですか」


「ん、まぁ平気だ……。うげぇ、凄ぇ鉄臭い」



近くの訓練兵から水筒を受け取ると、沿矢はその水を口に含んで一気に飲み込んだ。

顔を顰めつつも息を零し、次に彼は状況を尋ねる。



「それで……どうなった? 此処は何処だ? 随分と埃っぽい場所だから……地下から出れた訳じゃなさそうだ」


「アンタが気絶した後、私達は駅を抜けて通路に出たわ。けど……鉄格子が防げなかったから奴等が溢れ出して来て……堪らず地下街の店舗へ避難したの。今は外でガードと奴等が戦争してるわ」


「はぁ~……そうか。すまん、俺の所為だな」



沿矢は鉄格子を捻じ曲げて異人の侵入を防げなかった自身のミスを悟り、そう謝罪を口にした。


しかし、周囲に居た訓練兵達はそんな彼の謝罪を拒否し、励まそうと声を上げる。



「君の所為じゃないよ!! むしろ此処まで辿り着けたのは君とラダルさんのお陰だ」


「えぇ、本当に……。大丈夫、皆こうして生きてるのよ? 何とかなるわ」


「後は暫く待ってガードが奴等を始末するのを待つだけだ。今は休もうぜ」



気付けば、訓練兵達の浮かべる表情は一端のモノとなっていた。

何処か誇らしげで、自信に満ち溢れるその表情は彼等の成長の証だろう。


沿矢もそれがすぐに分かり、嬉しさと寂しさを織り交ぜた小さい笑みを浮かべた。



「そうだな、後はガードが勝つのを……?」



そこまで口にし、沿矢は違和感を覚えた。

突然言葉を止めた彼を見て、訓練兵達は疑問符を浮かべる。


しかし、それに構う余裕も無く、沿矢は息を止めて耳を済ませた。

すると彼の並外れた聴力が捉えたのは、悲惨な結果であった。



『エ……ゥ』



何かの呻き声と、ペタペタとした足音、荒い息遣い。

気付けば銃撃は止んでおり、壮絶に殴り合う音も途絶えていた。


沿矢はそれに気付くと、それを彼等に伝えるかを一瞬悩んだ。

しかし、隠した所で良い結果を得られる訳もなく、彼は溜め息混じりで告げる。



「ガードは既にやられたみたいだ……。ほら、もう何も聞こえないだろ?」


「ッ、そんな……早すぎる」



メアはそう絶句すると、唇の端を強く噛んだ。

しかし、次に涙を浮かべて目尻を下げると、そのまま彼女は謝罪の言葉を飛ばす。



「ごめん、私が此処に逃げ込む様に指示した所為で、追い詰められたも同然だわ……」


「寧ろファインプレーだ。お陰でこうして態勢が整えられたからな……っと」



言うと、沿矢はシャツを着ると取り外されていた自身の装備を纏っていく。

すると途中で彼は周囲を見回し、呆然とした口調で尋ねる。



「あれ? M5はどうしたっけ?」


「あ……すみません。流石にアレを抱えての撤退はできなくて……車両から引き摺って外に運びはしたんですが、結局は諦めて駅のホームに置き去りです」



五十キロ以上の重量を有するM5を抱える事は難しく、加えて弾も切れていた為に放棄していた。

沿矢はそれを聞いて無念そうにしたが、仕方ないかと未練を断ち切る。



「とりあえず、だ。俺の体調は不安定だけど、少し休めばそれも戻ると思う。そうしたら奴等を蹴散らしてやるから、それまで此処で待機しよう」


「簡単に言うけど……また血を吐くんじゃないの? 今度は助けないわよ」



メアがちくりと刺す様に言うと、沿矢はそれを受けて信じられないと言いたげに目を見開く。



「今度は助けないだぁ? 元はといえば俺が助けたのが先だろうが」


「アンタが勝手にそうしただけでしょう。言っとくけど、その借りはさっきのお守りでチャラだから」


「ふぁああああ? ああ言えばこう言う、おまけにファックユー……!」


「ちょっと……止めてよ。この子達が真似するでしょう」



沿矢はピクピクと頬を引き攣らせつつ、中指を立てた。

するとメアは目敏くその指を掴んでそれを折り曲げて畳ませようとしたが、当然ながらそれは叶わない。



「おらおら、どうした? こっちは指一本だぞ? このまま持ち上げても……ごふっ」


「ば、馬鹿! まだ本調子じゃないのに無理してんじゃないわよ……!」


『はは……』



沿矢が軽く咳き込むと慌ててメアは指を離し、彼の背中を擦る。

そんなやり取りを見ると、思わずと言った具合で訓練兵達は噴出して笑みを浮かべた。

差し迫った状況に反し、僅かに和やかな雰囲気が形成されつつある。



『エゥアアィ!!』



しかし、そんな雰囲気は外から聞こえてきた奇声に吹き飛ばされた。

まさか今のやり取りで気付かれてしまったかと皆が冷や汗を浮かべる。


堪らず沿矢は立ち上がり、両腕を前に出して構えた。



「いいか? 俺が前に出る。お前達は俺が倒し損ねた奴等だけを狙い、冷静に始末するんだ」


『了解……!』



簡易的な作戦でしかなかったが、それ以上に取れる策は無かった。

訓練兵達は懐からナイフを出して構え、メアはYF-6を構える。

各々が浮かべる表情に恐怖はなく、ただ戦いに臨む兵士の気構えが浮かんでいた。



「……? 待て、何か変だぞ」



叫び声は聞こえ、ぺたぺたと走る生々しい音もまた確認できる。

しかし、その音は沿矢達が布陣する場所を通り過ぎ、何処ぞへと去っていく。



「なんだ? ガードがまだ残ってたのか……?」



そう推測を口にするも、沿矢はそれは外れだろうなと直感した。

何故なら外から聞こえる異人の叫び声に混じり、先程とは比較にならない連なった銃撃音もまた聞こえてきている。



「この音……は?」


「まさか…………!!」



その銃撃音を聞き、訓練兵達は表情を輝かせた。

即ち、彼等の脳裏に浮かんだその答えは――。



『おい、本当にこっちで合っているのか!? あんな化け物が居たんだぞ!?』


『無論です。ラビィのセンサーに狂いは生じていません。何度もそう言ってるでしょう』


『だったら何故私の教え子達が居ない!?』


『だから……この先に居ると申しているではありませんか!! 私とて沿矢様の為に先を急ぎたいのは同じです、何度も無駄に質問をして邪魔をしないで下さい!!』


『無駄な質問だと!? 私の教え子達の安否を無駄とほざくか貴様……ッ!!』


『ラビィは"無駄に"と申しました、"無駄な"ではありません!! 即ち、私が無駄と"ほざいた"のは貴方の質問回数です!! 正確に言葉を聞き取って下さい!!』


『ま、まぁまぁ!! 二人とも落ち着けって。武市大尉……じゃなかった、中尉。今はフルトの指示に従いましょうよ』


『そうは言うがな、伍長……! この女の言う事が本当なら、センサーが捉えた今の生存者数は十八名だ。しかし、あのトラックには二十名が搭乗していた筈なんだ!! つまり既に今の時点で二名の死者が出ている!! これで落ち着いていられるか!?』



外から聞こえてきたそのやり取り、それを聞いて訓練兵達は顔を見合わせた。

そして、次の瞬間には高らかに大声を上げて歓喜を露にする。



「やったぁ!! 救助が来たんだ!!」


「良かった、良かったよぉ……!」


「ははは……終わった? そうか、終わったのか」



飛び跳ね、泣き、喜びを噛み締める。

それぞれの感情表現に違いはあれど、その喜びが生じた理由はただ一つ、生き残れた事だ。


しかもこの生存は自らが奮闘して勝ち取ったモノであり、その喜びは今までの生涯で感じた事が無いほどの物だった。



「……っはぁ~疲れたぜ……」



沿矢も静かに息を零し、地面に座ると横に倒れる。

身体に渦巻く違和感はまだ残っており、その状態で敵と戦う決意をしていたのだから、その肩透かしで一気に疲労が押し寄せていた。


メアも彼の傍に腰を下ろすと、YF-6を地面に置きながら小さく笑う。



「私もよ、本当に疲れた……」



しかし、その疲労感は何処か心地良く、清々しいモノが混じっていた。


テラノで無法者達に捕まってからは、そんな感覚をメアは抱く事も無かった。

否、それ以前にもこれ程の感覚を味わった事が無かったかもしれないと、彼女は静かに笑みを強くする。



「まったく……こんなのはもう御免よ」



その後、沿矢達は無事に武市が率いる軍の救出部隊と合流し、脱出に成功した。


彼等はラビィのセンサーを頼りに地下に居る沿矢達の位置を地上で追随し、放棄されていた地下街への入り口を発見したのだと言う。


沿矢は自身の相棒の活躍に感謝し、その苦労を労わった。

訓練兵達と武市は大きく再開を喜び合い、静かに涙を浮かべてその感動を胸に刻んだ。


軍はその後地下で遭遇した未知の生物の遺体を数体確保し、持参したコンテナに保存した。

その後は侵入した入り口を爆破し、其処に居る敵対生物の群れの拡散を阻止する義務を果たす。


その生物の名称は発見者の一人である沿矢の命名に従い、改めて『異人』と正式に呼称され、後日に新たな脅威として荒野を彷徨う敵の一つとして認定された。



――こうして、突如として地下で繰り広げられた不可思議な冒険は幕を閉じた。



しかし、今回の例の様に、荒野にはまだ人々が知らぬ脅威と未知が溢れているのだろう。

そして、それ等は誰かに見つかる時をずっと息を潜めて待っている。



次にソレを見付ける者が手にするのは未知の宝か、それとも脅威か――。





二十一時にもう一話投稿します。

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