表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第二章 荒野を駆ける日々
102/105

暗き先



「脱走だと……?」



テラノ住民保護案、作戦開始後の二日目の朝。

早朝から早速と自身の元へ訪れた兵士から開口一番に告げられたその言葉は、武市に新たな悩みの種を植え付けるモノだった。



「はっ、昨晩に北部方面の見張りに立った二名の兵士が見当たらないとの事で……」


「無法者に襲われた可能性は?」


「態々と、軍が野営してる真横で? 自殺行為ですよ」


「……それは分かっている。だが、一応聞いておく必要があるだろう? それで……争った形跡は?」



軍を相手にする無法者など、そうは居ない。

一度でも軍の恨みを買えば即座に賞金が掛けられ、広大な荒野で逃げ惑う日々が待つのみだからだ。


武市もそれは分かってはいる。

ただ、全ての可能性を模索するのは上官の務め、故に彼女は辛抱強く問いを投げかけた。



「目立った形跡はこれと言って……。ただ、タバコの吸殻が二、三本落ちていただけですね。その位置関係から推測すると、罅割れた道路上に二人は待機していた筈なので、足跡の捜索も難しく……。ただ、荒野方面の捜索はまだです。先にこうして中尉にご報告をするのが筋だと思いまして」


「そうか……装備や車両は持っていかれてないか?」



溜め息混じりで、武市は落ち着いて言葉を返す。

脱走者が出た、その事実はそう驚くべきでもない状況だったからだ。


ヤウラ市の歴史上、類を見ない訓練兵を総動員した住民保護を目的とした撤退作戦。

その達成の困難度合いは昨日の戦闘で早速と思い知らされたばかりなのだ。


盾となった車両には大小を問わずにダメージが蓄積され、死者も出た始末。

テラノへ向かうだけでこれなのだから、護衛対象である市民が増える帰りの道中で更に負担が圧し掛かる事は想像に難くない。


無論、テラノにはヤウラのハンターチームと隊商の私兵戦力が待機してはいる。

しかし、その数十名の戦力増加では焼け石に水である事は確かでもあった。

加えて言えば、彼等はこの数日間ずっと少ない人数でテラノを防衛している筈なのだ。

その疲労と緊張感を思えば、合流した後にその気力が保たれているかも怪しい。


南側を彷徨う無人兵器が増加している事は、昨日の流れで確固たる事実となった。

幾ら大量の車両が巻き上げた砂塵で引き付けられたとは言えど、十機以上の無人兵器と相対する機会など滅多にあるモノでは無かった筈なのに……。


そんな考えを繰り広げて精神的な負担を抱えつつある武市の心中を他所に、兵士はただ淡々と事実を告げるのみだ。



「装備は彼等が持っていた物が無くなっています。ですが、車両や他の物資は手付かずです。一応として食料も確認しましたが、これも無事でした。まぁ、そもそもソレ等を見張っている大勢の兵士や訓練兵が居たのでソレも当然でしょうが……」


「車両が手付かずだと? だとしたら脱走した奴等はどうする気だ? こんな荒野のど真ん中で逃げた所で行く当てもあるまい?」



今現在、ヤウラからテラノまである距離の三分の一を走破した位置に本隊は待機している。

当然ながら其処は既に無法地帯である荒野のど真ん中であり、近くにある集落も数十キロは離れていた。


そんな状況下で車両を奪う事もせずに逃げ出す等、逆に自殺行為である。

これならまだ大人しく作戦を遂行していた方が生き残れる可能性が高い。


脱走兵が出る事は何処となく予期していたはいたが、この様な無謀な逃げ方は流石の武市も想像してはいなかった。銃を振り回し、車両を強行的に奪って逃げてくれていた方がまだ納得できた程である。


その不自然な状況に武市は眉を歪めるも、兵士は早速と指示を急かす。



「それで、どうしましょう? 一応、廃墟街を探索しますか? もしかしたら此処に脱走兵が隠れているのかもしれません」


「馬鹿者、脱走者が出たから探索する……等と言えば訓練兵達に動揺が走る。いや、下手をすれば指導兵や送迎班、更には教官連中にもな。……この事を知っている者は何人居る?」



ただでさえ士気を保つのが難しい今の状況下。

当然ながら、脱走兵が出た事を大々的に広める事は得策ではない。

故に武市は冷静に思考を展開しつつ、兵士に問う。



「私と、見張りの交代をする筈だった二名だけです。彼等から報告を受け、こうして連絡しに来た次第であります」


「その二人は口止めをしろ。無論、お前もこの事を他言する事は禁じる。そして脱走兵の捜索はしない。直ぐに出発するぞ」


「しかし、集められた"マトモな兵士"は送迎班や各教官、並びに指導兵を合わせてようやく百五十名を越した数です。其処から二人も抜けたともなれば、流石に誰か気付くのでは……?」


「だから直ぐに出発するのだ。忙しくもなれば他人の心配をする余裕など無いからな。……報告、ご苦労だった。下がっていいぞ」


「……はっ、失礼します!」



兵士は武市が冷静に指示を出す姿を見て、内心で頼もしく思った。

此処で取り乱す様な指揮官であったならば、彼自身も逃げ出す事を考えたに違いない。

だが、結果的にはそうはならず、彼は静かに武市への尊敬の念を強めた。


兵士がテントから抜け出ていくのを確認し、武市は静かに溜め息を零す。

そのまま無意識に指の爪先を口元に運ぼうとして……ハッと意識を取り戻した。



「……いい加減、この癖もどうにかしたい所なんだが」



ストレスを感じた際に繰り返してしまうその癖。

しかし、今の状況を考えれば、その癖が消えるのはまだ先の事になるだろう。


武市はそう考え、憂鬱気味に後頭部を撫でた。









▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼









テラノ住民保護案、それを実行する為にヤウラを出立してから二日目。

今現在、身を寄せていた探索地跡の廃街を離れ、俺達は荒野を横断中だ。


当初は初日に受けた襲撃の事を脳裏に描いていたから、訓練兵達が浮かべる表情は硬かった。

だけども、それから数時間が経ち、時刻はまもなく昼過ぎになろうとしている。

そうなってくると十代の緊張など容易く切れる訳であり、車内は会話で溢れていた。



「ねぇねぇ、君はどうしてあんな事ができるの? 何処か義体化してるの?」


「……ノーコメントだっつてんだろ。そんなに義体化してぇなら腕の一つでも引っこ抜くぞ」



何度目かのその問い掛けに対し、俺は睨み付ける様にして視線を飛ばしながら言葉を返す。


しかし、そうした脅しが効果を発揮したのは最初の二、三度だけ。

今では俺がこうして言葉を発するだけで、質問を飛ばしてきた相手はわざとらしく肩を抱きしめる様にし、ケラケラと笑いながら両隣の訓練兵と顔を見合わせる。


彼等の見た目は俺と同世代だが、その中身はまるで幼児に等しい。

俺は子供好きではあるが、精神年齢が幼い輩は嫌いなんだよ。


とは言えどもだ、長年軍で同じ人達と暮らしてきた弊害か、こうして見知らぬ同世代とのやり取りに彼等は飢えているのかもしれん。そう思うと俺としては彼等に対する同情心も沸いてそんな態度を受け流す余裕も出てくるが、少し離れて座るメアは露骨にイライラとした態度を見せ始めていた。



『ねぇねぇ、メアはあの人と組んでるの?』


『違う……私はバハラのハンターだって言ったでしょ? アイツはヤウラ所属でしょうが……』



アイツとは多分、俺の事だろう。

メアは女子に囲まれ、小声で質問攻めにあっている様だ。



『だったら、どうして一緒にこうして今回の作戦に参加してるの?』


『それはアイツに借りがあるからよ。それを返す為に付き合ってるの、それだけよ』


『借りって何々!? まさか……テラノでロマンチックな出会い方でもしちゃったり!?』


『…………いい加減に黙らないと、殴るから』


『其処で怒るあたり、何だか怪しいなぁ……』



ロマンチックも何も、初めて会った時は碌な出会いじゃなかったけどな。

血塗れだったお陰で露骨に引かれてたし。


そんな脳内ツッコミをしつつ、その様子を眺める。

メアは貧乏揺すりを起こしながら淡々と言葉を返すだけだが、それを深読みして勝手に女子達は盛り上がっている様だ。


そんな風に横目で様子を伺ってると、サリアと呼ばれているロリ巨乳の女子が鋭い一言を発した。



『そもそもさ、昨日は何処で寝たの? トイレに行くって言ってから戻らなかったよね?』


『……そんなの言う必要ある? テントで泊まればこうして質問攻めにあうだろうと気付いて、予定を変更しただけよ』


『嘘ばっかり言って……私見たんだよ? あの人とメアが一緒に居る所を……ね?』


『はぁ!? だって、朝出る時にはあのヒューマノイドがセンサーに反応が無いって言うのを確認……して、から』



メアはそう驚愕した様に声を荒げたが、それは段々と小さくなる。

周囲の女子はその反応を見るとニンマリとした笑みを浮かべ、黄色い声を上げた。



『きゃ~~~!! やっぱりあの子の所に居たんだぁ!!』


『外の子はやっぱり"そういう面"でも進んでるんだぁ!! いいな、いいなぁ~』


『ッ……!!』



メアは騙された事に気付き、怒りと羞恥心で顔を真っ赤にしている。

確かに朝方、彼女は念を押しながらラビィに周囲の様子を探らせてた。

だが、そうした用心深さが実る事は無かった様である。



『や、やっぱり探索した後は昂ぶってさ……そういう雰囲気になったりするの!?』


「だからッ、アイツとは組んでないって言ってるでしょう!?」



遂に堪らずと言った具合で、メアはそう大声を上げた。

しかし、その声は必要以上に車内に響き渡り、運転席に居る正規兵の注意を惹いてしまった様だ。



『おい、ガキ共! あんまベラベラと喋るんじゃ……ッ!!』



と、そうお叱りの言葉が前から届いた時だった。

助手席に居た纏め役の教官が声を荒げると同時に、車内が突如として不自然に揺れる。


そして次に運転席方面に重力が傾き、車内の全員がそちらに転げる様にして倒れてきた。

俺は咄嗟に腰を上げ、此方に転げ落ちてくる訓練兵の何人かを捕まえる。



「な、なんだ?!」



直後に足元が浮き上がり、バランスが崩れる。

その際に荷台の入り口からチラリと外が覗き見え、驚愕した。

何故なら"太陽"が見えたからだ。


今の時刻は昼、太陽がある位置は丁度真上である筈だ。

それが荷台から見えるという事は――トラックの"正面は"今何処を向いている?



『きゃああああああああああああ!!』


『な、何だよ!?』



車内は一瞬で混乱に包まれる。

しかし、それも直ぐに終わった。

何故ならば、混乱を見せた直後に凄まじい衝撃音と共に訓練兵の大半が気絶したからである。


金属音、そして小気味の良い砕ける音、そして何かが"潰れる"嫌な音も聞こえた。

身体能力が強化された俺はちょっとした事じゃ気絶もできず、それ等全てを確認できてしまう。


最後にトラックは何処かを突き抜けた様な大音量を響かせると何処かに衝突、そのまま真横に車体を横転させてその勢いを止めた。



「ったく……一体なにが」



一人呟き、その場に立ち上がって確認する。

車内は滅茶苦茶に荒れ、訓練兵達は気絶しており、呻き声すら上げない。


とりあえず運転席の方を確認しようとして、俺は絶句する。

何故なら運転席方面は歪んで圧縮されており、その隙間からは赤い何かが染み渡って垂れているのが見えたからだ。



『おい、おい!! 大丈夫か!? 返事をしろ!!』


「っ……は、はい!! 大丈夫です!! ちょっと待って下さい!!」



そうこうしている内に、外から声が響いてきた。

俺は訓練兵を踏まない様にしながら歩を進め、荷台から転げ落ちる様にして抜け出す。

周囲を見渡すと、真っ暗闇に包まれていた。


唯一の光源は、見上げた所にある大きな穴から照らされる太陽の光だけ。

そしてその穴を覗く様にして、幾人かが此方に確認の声を飛ばしている。



『よかった、無事か!! 他の皆はどうした!?』


「えっと……大半は気絶してます!! ですが、運転席に居た人達は"落下時"の衝撃で潰されて……」



そう無意識に口にして、ようやく自覚した。

俺達は突如として何処かの閉鎖空間に車両ごと落ちてしまったのだ。

上の穴もよく見ると複数に分かれており、どうやら何階層かをぶち抜いて落ちてきてしまったらしい。


その認識を頭に置きながら再度周りを見渡し、俺は呟く。



「地下鉄……? いや、地下街……か?」



そう疑問符を付けた理由は、周りが広大であるからだ。

辛うじて太陽の光で周囲の状況は分かるのだが、近くにある壁等は見えない。

発した声もよく響くし、その事から考えると相当な広さだ。



『どうだ!? 出口はありそうか?!』


「いえ……此処からじゃ分かりません!!」


『そうか、参ったな……って!! 危ないぞ、下がれ下がれ!!』



穴を覗き込んでいた兵士の近くが崩落し始め、彼等は慌てて退避していく。

暫くその様子を眺めていると、今度は見知った顔がその穴を覗き込んでくる。



『沿矢様! ご無事でしたか!』


「ラビィ!! 丁度良い、教えてくれ! 俺達は何処かの地下施設に落ちたのか?」


『はい、この付近一帯には広大な地下施設が点在しています。恐らく、地下商業施設の密集地でしょう』


「やっぱそうだよな……。どうするか」


『とりあえず、ラビィも其方に参ります』


「……いやいや、待て!!」



此方に降りてこようとしたラビィに対し、俺は慌ててストップを掛ける。

すると彼女は瞬時に動きを止めたが、此方に向ける視線には不満がありありと浮かんでいた。



「とりあえず、他の人を呼んできてくれ。そしてロープでも下ろしてくれれば後は自力で上がっていけるだろ」


『了解です。少々お待……! ッ、こんな時に!!』


「ど、どうした!?」


『無人兵器が接近中です! 沿矢様、救助と戦闘、どちらを優先されますか?』



ラビィがそう問いを投げかけてくるが、答えなど勿論決まってる。

俺は腕を振り上げ、大きく声を響かせながらラビィに命令を伝えた。



「戦闘を優先してくれ!! いいか、ラビィ。俺達の今回の目的はテラノに着くまでの道中で訓練兵達や軍人達の負担を減らす事だ! それを忘れるな!!」


『了解です!』



そう力強く答えたのを最後に、ラビィは消えた。


一旦、其処で俺は車内に戻る。

そして車内に散らばっていた自身の装備を確保し、身に付けて行く。

M5を拾い上げ、YF-6を肩に掛け、最後にポーチから手探りで懐中電灯を取り出す。

一通りの準備を終えて外へ出て、上を見上げる。



―――!! ――!! ――!!



外からは銃撃音が絶えず聞こえる。

どうやら、相手は複数居るみたい……って!!


突如、穴の付近に何処からか飛んできた弾頭が着弾、爆発する。

慌てて穴の下から飛び退いたが、其処にガラガラと乾いた音をたてながら瓦礫が埋め尽くす。


周囲が暗闇に包まれ、俺は慌てて懐中電灯を取り出して灯りを照らした。

上を見上げると、日の光が零れ落ちる隙間もない程に穴が密閉されているではないか。



「は~……。ったく、何が何やら……」



そう愚痴を零しつつ、俺はトラックに歩み寄る。

荷台を覗き込むと、ようやく訓練兵達は目覚めつつあった。



『ぅ……あ? な、何だ? どうしてこんなに暗いんだ!? それに頭が……何だか痛い』


『なに、なに!? こ、怖いよ! 誰か教えて、此処は何処!?』


『教官、教官は居ますか!? 指示を下さい……どうか指示を!!』



等々、プチパニック化して彼等は困惑している。

俺はとりあえず荷台の中を懐中電灯で照らし、できるだけ陽気な声で話し掛けた。



「お~お目覚めか? 無事な奴は荷台から出るんだ、他の仲間を踏まない様にな」


「……ソウヤ? 一体何が起こった、の?」



メアもようやく目を覚ましたらしく、頭を抑えながら尋ねてくる。

俺は周囲に懐中電灯を向け、とりあえず簡潔に説明してみる。



「俺達は荒野を横断中に老朽化していたであろう地下の商業施設の天井をぶち抜き落下、今に至る、以上だ。ちなみに落ちてきた穴はさっき崩落して塞がった」


「はぁ……ムカつくくらい分かり易い説明をどうも。全く、最悪ね。けどまぁ……あのままで居るよりはマシだったかも」



メア最後にそう小声で呟き、安堵した表情を浮かべた。

彼女にしてみれば、先程の状況の方が地獄だった様である。



『痛い……骨が折れたかも……って、オイ! 触るなよ?』


『その程度の反応で済むなら、折れてないんだろ。我慢しろよな』


『あいたたた……もうやだぁ。帰りたいよぉ』



と、そうこうしている内に各々が目覚め始めた様だ。

幸運にも、訓練兵達は軽い打撲を受けた程度で済んだらしい。

それを確認し、此処から出るべく早速と口を開く。



「色々と不満や疑問はあるだろうが、まずは此処から抜け出そう。そういや……この班の纏め役は誰なんだ?」


「え? あ、ダナン教官だけど……」


「……助手席に居た人?」


「う、うん」


「そっか……少し此処で待機しててくれ」



そう伝え、俺だけでトラックに戻る。

横転した車両の正面に回るも、やはり地下に激突した際に圧縮されたのか、潰れていた。

割れたフロントガラスやドアの隙間からは血が流れ、その中に居た二人は既に人の形を成していない。



「……どうか安らかに眠って下さい」



そう祈りを捧げつつも、俺は歪んだドアを無理矢理に開け放つ。

すると鉄の匂いが付近に充満したが、構わずに内部に上半身を入れる。

そのまま遺体の胸元付近を探り、ドッグタグを引き千切った。

これだけでも持って帰らないと遺族に申し訳が立たない。


俺はそのまま訓練兵の下に戻り、ドッグタグを掲げて悲痛な事実を告げた。



「運転席に居た二人は既に亡くなってた。黙祷を捧げたい奴は今の内に済ませとけ、直ぐに此処から動くからな」


『そんな……』


『ダナン教官が……?』



あまりショックを与えない様にと淡々と告げたが、思ったより彼等の間に動揺は走らなかった。


周囲に血生臭い匂いは漂ってたし、荷台からは運転席から滲み出る血痕も見える。

その事を考えると、やはり彼等も薄々は感付いていたらしい。



『どうしよう……』


『どうするって、助けを待つしかないんじゃ……』


『助けを待つって、そもそもどうやって此処から助けてくれるって言うの?』



しかし、戸惑う様に視線を交し合うだけで彼等は動く気配を見せない。

仕方なく、続けて此方から指示を出す。



「とりあえず、装備を整えよう。トラックから各自必要な物を集めないか? それと……教官が居ない状態だと、誰が指揮を受け継ぐんだ?」


「ぁ……班長である、私です」



と、そう名乗りを上げたのはサリア・トレイターだ。

彼女はそう告げたはいいが、表情には明らかな不安が浮かび上がっている。

俺は一つ頷き、彼女に尋ねた。



「どうする、君が此処からの脱出の指揮を執るか? 何なら、俺かメアに任せてもいい。廃墟への侵入は経験済みだからな」


「ぃ、や……た、確かに。経験者が指揮を執るのが一番だと思いますので、二人に任せます」


「分かった、できるだけ頑張る。が、もし俺達と何かのトラブルで別れたり、問題があったら君が指揮を執るんだ。いいな?」


「そ、それは勿論分かってます。任せて下さい」



サリアは俺の話を聞くと、心底安堵した表情で了承した。

この様な状況下で指揮を執るなど、冗談ではないと思ったのだろう。

無論、俺もその気持ちは十分に分かる為、メアに向かって笑い掛ける。



「よし、メア! 君が指揮を執るかい!?」


「絶対に嫌!! 冗談じゃないわ、アンタが勝手にやって」


「……そうかい、まぁやれるだけやるさ」


「まぁ、サポート位はするわよ。でないと借りも返せないし」



そう折り合いを付け、各自装備をトラックから引っ張り出す。

幸運にも荷物に殆どダメージはなく、全員が満足な装備を揃える事ができそうだ。

俺はそれを横目で確認しつつ、一人で周囲を軽く歩き回る。


懐中電灯の光を受けて浮かび上がるのはシャッターが下りた店舗や、水の枯れた噴水、朽ちかけの柱、そして天井から垂れるボロボロの看板。


やはりラビィの言う通り、ここは地下商業施設の様だ。

ならば恐らくガードも居るに違いない。

しかし、商業施設なら居ても精々がOG式だろう。これなら何とかなりそうだな。


それ等を確認し終わりトラックに戻ると、彼等に此処がどんな場所かを伝える。



「ざっと周囲を見てきたが、確かに此処は地下にある商業施設だ。こういう所に居るのはOG式って言う弱い方のガードだからそう心配しなくていい。ちなみに見つかったら警告してくるが、其処で焦らず冷静に頭を狙うんだ。奴等のAIは其処にある」


『了解』



装備を整えてようやく動揺が取れたのか、彼等は頷いて返事を飛ばす。

彼等の数は……十六名か、俺とメアを合わせれば総勢で十八名が今の生存者数だ。

これほどの人数と装備が揃っているのだから、何とでもなるだろう。



「とりあえず何処に向かうかね……」



呟きつつ、PDAを操作する。

やはり通信は不可能であり、連絡は取れそうにない。そもそも誰に掛ければいいかも分からんが。


運転席にあった無線機も見てみたが、血に濡れており、何よりも普通に部品が飛び出て駄目になっていた。



「……よし、移動しよう。目指すは地上だ。だから階段を見付けよう」


『了解』


「うん、じゃあ俺が先導する。メア、お前は背後を頼むな」


「……ん」



メアの頷きも確認し、俺はM5を構えつつ先導を開始した。

時折に止まって耳を澄ますが、何も音が聞こえてこない。


普通ならガードが歩く音が聞こえてきてもいいのだが、配備されていないのだろうか?

それともスカベンジャーに排除されたか?

いや、周囲の店の大半がシャッターで閉じられており、探索者が来た形跡がない。



『何か……静かだよな。こんなもんなのか? 探索って』


『知らないよ、こんな所はじめて来たし……』


『あのね、喋らないで! 集中したいんだから』



そんな会話を小声でする程度には、彼等も調子を取り戻したらしい。

そんな折に、ふと俺は通路の途中で何かを見つけた。

懐中電灯の灯りを照らすと、闇に浮かび上がったのはボロボロになったガードの姿だ。



『が、ガードだ!』


「うぉ!! 馬鹿、撃つなよ。早い男は嫌われるぞ? 色んな意味でな」



背後から金属質な音が聞こえたので振り返ると、近くに居た訓練兵の一人が咄嗟に銃口を跳ね上げていたので、それを瞬時に片手で反らして静止した。



『し、死んでる……んですか?』


「ああいうのは停止してるって言うんだよ、覚えとけ。それと無闇に発砲しようとすんな。閉鎖空間では銃声で他の敵を誘き寄せやすい」



そう呆れた様に注意を飛ばし、俺はガードの傍らに膝を付いて注視する。

ガードは俺の予想通りOG型であった。


しかし、奇妙なのがこいつの破損状態だ。

AIがある頭部には破損は見当たらず、胴体の大部分にダメージを受けて停止している。

つまり、態々と一番装甲が厚いであろう腹部を狙ってバッテリーを破壊したみたいなのだ。

しかもその壊し方も妙だ、銃撃でできる様な穴は見当たらず、何かに押し潰される様にして破損している。



「……HA? いや、それ程の装備を着た人が来る場所か? 此処は」



どうにも不自然ではあるが、それ以上は何も調べられない。

そう残念に思いながら周囲を懐中電灯で照らし、思わず絶句する。

何故ならば、周囲には無数のガードが壊れた状態で散らばっていたからだ。


俺は慌ててそれ等に近寄り、状態を確かめる。

するとやはりどれも銃撃でやられた訳ではなく、打撃で倒された形跡が目立つ。

少し考えてOG型の腕のカバーを剥ぎ、銃の残弾数を確認する。

すると大半のOG型の銃弾は底を尽きているのが分かり、俺は冷や汗を浮かべた。



「間違いない、戦闘してやられてる。けど、何と戦った?」



もしも何処かのHA装着者が此処に来て戦闘したとしよう。

だとしても不自然だ、もしそうならば態々と銃弾を全部受けてから倒した事になる。

腕のカバーが外されていない所を見ると、倒して弾薬を剥ぎ取った訳でもないだろう。


どうにも嫌な予感がする。

俺は周囲を一瞥し、訓練兵達に告げた。



「すまん、一度トラックまで戻ろう。別の通路を行く」


「どうしたんですか? 何か問題が?」


「ガードの倒され方が不自然だ。それに周囲の店舗が荒らされた形跡もない。なら此処に来た奴は探索目的じゃなかった可能性がある」


「もしそうだとして……相手は何を目的でガードを倒したんですか?」


「分からない、自衛にしても奇妙だ。いいから戻ろう、未知は脅威だからな」


「りょ、了解しました」



俺は質問してきたサリアに素っ気無く答え、急かすようにしてその場を離れる。

幸いにも、トラックからまだそんなに離れていなかったので助かった。

数分でもと来た道を戻り、俺達は出発地点に辿り着けた。



「どうすっかな……。まぁ、無難に反対側の――」



呟きながら考えを纏め様として、失敗する。

何故なら向けた視線の先にあるトラックの運転席から、"外へと"血痕が続いていたからだ。


瞬時にM5を構え直し、俺は運転席に近寄る。


心臓が痛いほど波打ち、脳裏に何度も『まさか』の言葉が過ぎる。

運転席に辿り着くまでの数秒が数分に思える程の感覚が襲い、実際に辿り着くと思わず息が喉に絡まった。



「嘘だろ……」



そして、脳裏に浮かべていた予感は現実の物となった。

運転席に放置していた筈の遺体が消えている。

正確に言うと、遺体だった幾つかのパーツが全て消えているのだ。



「どうしたの? 何かあった?」


「……遺体が無くなってる」


「…………ガードが持ってったのかな?」



近寄ってきたメアに答えると、そう返答が返ってくる。

確かに、クースの廃病院でもガードが遺体を集めていた事があった。

今回もそうなのだろうか? それならそれでいいのだが……。



「ど、どうしたんですか?」


「あ、いや……遺体が無くなってるんだ。もしかしたらガードに運ばれたのかも」



今度は不安げに近寄ってきたサリアにそう答える。

すると、その後ろに付き添っていたマーケは瞬時に血相を変えて詰め寄ってきた。



「ガードに運ばれただぁ!? どうだか、もしかしたら二人は生きてたんじゃないのか!? それで俺達が置いていっちまったから、目覚めてどっか行ったんだよ!!」


「マーケ、それはない。二人はその……身体が欠損する程の衝撃を受けて亡くなってたんだ」



俺は訓練兵達にショックを受けさせまいと、自分だけで二人の死亡を確認した。

しかし、その行動がどうやら失敗だったらしい。



「けど、もし生きてたらどうするんだよ?! 二人を見捨てるってのか!?」


「いいから、黙れっての……!! 遺体はガードが持っていったかもしれないと、そう言ってるでしょう? それに此処に付着した血痕の量を見て、これで二人が生きてると思う?」



メアもそう言ってマーケを説得するが、その行動は彼を逆に苛立たせた様だ。

彼は軽蔑するかの様に此方を一瞥し、吐き捨てる。



「だから……もしそれでも生きてたらどうするのかって聞いてんだ!! もういい……ダナン教官!! 居ますか!? 俺達は戻ってきました!! 今、車両に居まーす!!」



俺とメアに向かってそう怒鳴りつけると、マーケは突如として大声で周囲に呼び掛けた。

すると瞬時にメアが彼の肩を掴み、注意を促す。



「馬鹿……!! 叫ぶとガードに気付かれるでしょう!?」


「ガードなんて破壊されてたじゃねーか!! もういねーよ!! おーい!! ダナン教官!!! 何処です!?」



その叫び声も空しく響き渡るだけで、何の返事も返ってこない。

しかし、俺は念の為にM5を周囲に構える。

すると突如、暗闇の奥から何かが聞こえてきた。



――……――!



最初は空耳かと思ったが、どうやら違うらしい。

徐々にその音は大きくなり、此方へと近寄ってくる。

まず最初に鮮明に聞こえたのはぺたぺたとした生々しい音、そして荒い呼吸。

そしてそれは"何重"にも重なって聞こえて来ている――!!



「何か来る!! 全員構えろ!!」


「え、あ……? え、えっ!?」



咄嗟にそう叫び、俺は訓練兵達に戦闘の用意を促す。

すると呆然としていた彼等は慌ててY6を構え、暗闇に向けた。



「一体何なの……!?」


「多分、お約束って奴だ……」



メアの呟きにそんな軽口で答えるも、浮かぶ冷や汗は隠せなかった。


気付くと周囲には悪臭が漂い始めていた。

懐中電灯の照らす先では、何かが走り去って周囲を駆け回る。

そうこうしている内に俺達は徐々に周囲を警戒しながら身を寄せ合って壁際に後ずさり、自然と追い詰められた形となった。



「ッ……うあああああああああああ!」



遂に耐え切れず、誰かが攻撃を開始した。

するとマズルフラッシュに照らされて暗闇に浮かび上がったのは無数の人影。

しかし、"ソレ"は人ではなかった。


窪みのある眼孔内には濁りの混じった白目が、浮かび上がる白い肌は鮮血と汚れに塗れ、細長い手足の先には奇妙に伸びた指が。


直感的に"こいつ等"は敵だと思った。

見た目で判断した訳じゃない、現に奴等は襲い掛かってきてる――!!



『ぇエアああああええああえああああああああ!!』


「ひっ!」


「く、来るなぁ!!」


「撃て撃て!! 何か知らんが、こいつ等を近寄らせるな!! 好みの顔じゃないだろ!?」


「好みで撃っていいなら、アンタも危ないわよ!?」


「どういう意味だよ!!」



瞬時に沸いてきた嫌悪感と恐怖を拭おうと冗談交じりで口を開くと、メアがそう軽口を叩く。

しかし、彼女のその声も震えていた。


一斉に銃火が放たれ、漆黒の地下を照らす。

巻き上がる鮮血と叫び、床に落ちた薬莢が奏でる軽快な音。

何故かそれ等だけが鮮明に記憶に残り、今目にしている現実を隅に追いやろうと脳が必死に拒否反応を起こす。


だが、恐怖と化した現実がそれで消える訳もない。

気付けば得体の知れない敵は四方から押し寄せ、俺達に迫ってくる。


体感能力の向上でM5が放つ銃弾の殆どが敵を捉えた。

一発掠めるだけでも生身である相手にはM5が放つ12.7×9mm弾は致命傷であり、死ぬか戦闘不能になる。


――だが、余りにも数が"多すぎる"!!



「ッ!! もう切れたか!?」



気付けばM5の弾は底を尽き、仕方なく地面に放棄する。

今の状況下で悠長に弾帯の交換はできないからだ。


何とか予備として肩から下げていたYF-6を構え、コッキングレバーを引くと直ぐに引き金も引いた。続けて弾が切れるとホルスターからDFを引き抜いて安全装置を解除、スライドを引いてそのまま構える間も惜しんで撃つ。その間に増設したパウチから左手でマガジンを抜き取り、YF-6のマガジンを装填する準備に入る。遂に全ての武器の弾が切れて銃撃が収まると、即座に一体がそれ見計らって間合いに踏み込んできた。



『ぁァアアッ!!』


「っ……! 離れろ!!」



相手の異質な姿に恐怖するよりも強く嫌悪感が浮かび上がり、俺は咄嗟に左腕を振り上げて迎撃する。


素直にソレが腹部に着弾すると、ゴム質な感触が武鮫越しに伝わってきて鳥肌が立つ。

それを一刻も早く振り払おうと左腕を打ち抜き、相手を背後に吹き飛ばす。

するとそれに巻き込まれ、何体かが一緒に地面に転がる様にして体勢を崩した。



「何!? 何なのこいつ等!?」


「知らないのか!?」


「知る訳ないでしょう!?」



メアもどうやらこの敵に見覚えがないらしい。

俺はYF-6にマガジンを装填しつつも、打開策を探る。


敵はとにかく多く、そして素早い。

しかも最初は此方にとにかく近付こうとしていた癖に、今は遠巻きに噴水や柱やトラックに身を隠す様にしながら細かく移動してやがる。


その事を考えると、まさか遠距離攻撃を警戒するくらいの知能は有しているのだろうか?



「うわ、うわああああ!」


「来ないで、来ないでよぉおおおおおおお!!」



いかん、このままでは拙い。

訓練兵達は闇雲に撃ちまくり、弾薬が湯水の如く消えていくのが分かる。

俺は一つ舌打ちすると、大きく叫ぶ。



「いいか!? 今から俺は車両に向かって突貫する!! だからそっちには撃つなよ!? あと灯りを向けててくれ!!」


「――はぁ!? アンタ、何を言って……!!」


「いいから見てろ――!!」



メアの驚きの声を無視し、YF-6を構えて俺は突撃する。

一人だけ突出した俺に対し、四方から敵が飛び掛ってきた。

俺は寸前でそれ等の攻撃を回避し、至近距離でYF-6の銃弾を頭に叩き込む。

返り血を浴びる暇も無い程の勢いを有したまま、俺は悠然と車両に近付いていく。



「ちっ!!」



あと少しと言う所でYF-6の弾が切れ、俺は仕方なくそれも放棄する。

するとそれをチャンスと見て突撃してきた相手に向かって、左拳を素早く打ち抜き、相手の頭部を弾き飛ばした。


そのまま脇を閉め、兎に角向かってくる相手に対してコンパクトに左右の拳を振るい続ける。

できるだけ隙を少なく、しかし休まずに拳を交互に振るい、その勢いで少しづつ俺は前進していく。



「っよし!! おい、お前等!! こっちに来い!!」



そしてようやく車両に到達すると、俺は大声を上げて奴等の注意を此方に向けさせる。

すると一人で孤立していた俺に向かって、周囲から奴等が押し寄せてきた。

俺はそれを確認するとトラックの端を掴み、ギリギリまで引き付けた所でそれを一気に振り回す――!!



『エゥアああああ……!!』



すると、俺に群がろうとしていた群れの大部分がそれに巻き込まれて弾け飛ぶ。

柱にぶつかって絶命する者も居れば、トラックに衝突した瞬間に五体を散らして死ぬ奴も居る。



「おら、どうした!? こいよ!! 野球しようぜ、お前等がボールな!!」



その攻撃を受けて怯んだ群れに対し、俺はそう吼える。

奴等は遠くで唸り声を上げつつ、此方を警戒していた。

相手の攻勢を今の攻撃で挫いたであろう事は、その警戒心から伺えた。


ならばと俺は一息吐くと、続けて右足を振り上げ、それを下に叩き付ける。

すると瞬時に床は砕け、フロア全体が僅かに揺れ、塵がパラパラと振ってきた。



『……エゥ!! エぅア!!』



それに怯んだ奴等は攻勢を取り止め、暗闇へと逃げ帰っていく。

しかし、俺はただ荒い息を吐きながらそれを見送る事しかできずにいる。

戦闘が終わって数十秒がたった所でようやく俺はトラックから手を離し、地面に落とす。



「くそ……何なんだよ、マジで」



全身は真夏日の炎天下の如く熱を放つも、流れる汗は冷たく凍えている。

見れば、訓練兵達も腰を抜かして地面に座り込んでいた。

戦闘から解放された緊張感からか、それとも単に恐怖に負けてか、嗚咽を零しながら泣き出す訓練兵までいる。



「"白いお化け"……白いお化けよ!! あれがそうなんだわ!! どうしよう、私達あいつ等に攫われちゃうよ!?」


「白いお化けぇ? 何だ、その何処ぞの連邦に居る悪魔みたいな呼び名は」



一人の女子訓練兵がそう叫ぶと、俺は僅かに興味を揺さぶられた。

早速と問いを投げかけると、彼女はポツポツと語り出す。



「こ、荒野では時偶に人が"消える"んです。過去の遠征演習でも何人かの訓練兵が消えた事があります。そして、人が消えた際に決まって目撃されるのが白い人影……それは白いお化けと呼ばれ、訓練兵の間では怪談話として語り継がれてきたんです」



そんな学校の怪談みたいなノリで言われてもな。

しかし、確かに興味深い内容ではある。


俺は一つ頷き、何時の間にか傍らに居たメアに話し掛ける。



「へぇ……メアは聞いた事があるか?」


「さぁ、どうかしら。そんなホラ話は荒野では腐るほど聞くし、今のは取り分け興味が引かれる内容でもないから」


「ホラ話ですって!? 今のを見てまだそんな事が言えるの!?」


「お、おいおい、落ち着けよ……。ホラー映画では真っ先に死ぬノリだぞ、それ」


「どうしよう、どうしよう。私達……一体どうなるの?」



血走った眼を向け、メアを睨み付けるその子に気圧されながらも何とか落ち着かせる。が、その女子訓練兵は下を向き、ブツブツと独り言を繰り返す。



「まったく、妙な状況になったな……」



俺は小さく愚痴を零しつつ、未知の敵の死体に近付き、膝を付く。

奴等は俺達と同じく五体があり、肌は全体的に白く、毛が生えてない。

しかもよく見ると奴等には生殖器が備わっており、細い男根が針の如く突き出している。


これ等の情報を考えるに、恐らくこいつ等は……。



「元は人間か……? 恐ろしいな」



何よりも驚きなのが、襲ってきたあいつ等の数だ。

周囲を見渡しても、軽く百体を超えるであろう死体の数を確認できる。


一人で考察を進めていると、何時の間にか近寄って来たメアが吐き気を堪える様に口を押さえ、絶句した様子で呟く。



「……本当に気持ち悪い。こんなの、見た事ない」


「そうなのか? こういうのは荒野に極稀に居るレア敵だったりしない?」


「こんなのが? 冗談やめてよ。凶暴化した"何か"がうろつく探索地があるってのは聞いた事があるけど、こいつ等は多分それとは別よ」


「さらっと気になる事を言うな……ったく」



俺は呼吸を整えつつ、放棄した装備を拾い上げる。

そのまま各種武器のリロードも済ませたが、M5は次の百発が連なる弾帯で最後だ。

できればコレが切れる前にこの地下から退避したいが……。



「皆、無事か? 頼むからさ……誰かが居ないとかベタな事は言うなよ?」



俺がそう声を掛けると、訓練兵は互いに顔を見合わせる。

そのまま誰かが疑問の声を発しない所を見ると、どうやら最悪の展開は避けられたらしい。



「な、何なんだよ……どうなってるんだ!?」


「落ち着きなさい!! 迂闊に叫ばないでよ!! マーケ、アンタが声を上げたからあいつ等が来たのよ!?」


「何だよ!? 俺の所為か!? 俺はただ、教官達が心配で……!!」


「だから、叫ばないでってばぁ!」



混乱したマーケを諌めようとサリアは注意を飛ばしたが、そんな彼女も混乱気味の様だ。

このまま大声で喧嘩を繰り広げられそうだと判断した所で間に入り、俺は両者を諌める。



「まぁまぁ、落ち着け。両者の言い分は分かる。まずマーケの主張だが……あんな怪物が彷徨ってたこんな場所で、怪我を負ったダナン教官達が無事で居られると思うか? もしお前の言う様に生きてたとしても、残念ながら手遅れだと俺は判断する。だから彼等の捜索はしない、分かったか?」


「……何だよ、偉そうに」



マーケはそう吐き捨て、視線を反らす。

まぁ、同世代の男子に冷静に諭されればそんな反発心も止むを得まい。



「次にサリアだが……君も落ち着こう、な? 冷静に呼吸をするんだ。まず大きく息を吸って……マジででけぇな」



サリアが大人しく俺の指示に従って深呼吸をすると、身に付けた防弾チョッキを上に押し上げる程の胸部が主張した。そのまま何度か呼吸を繰り返し、気分を落ち着けた所を見計らって口を開く。



「この二人だけじゃない、皆も冷静に頼むぞ。今度また奴等が襲ってきたら無事に済むか分からないからな」


『……』



俺がそう宥めると皆は大人しく首を縦に振ったが、その瞳には強い不安が渦巻いていた。

この様な状況下で落ち着けと言われても難しいかもだが、そうしなければ危うい状況なのだ。


とりあえず、俺は先程の敵の姿を脳裏に思い浮かべながら話を進める。



「あの敵に関する情報は不明。だけど、一つ分かった事はある。奴等は多分、元は人間だ。これからは分かりやすく"異人"と呼ぶ。だから急所も同じで、頭を狙えば死ぬし、手足を撃てば無力化もできる。だからそんなに焦る必要はないぞ」



俺は肩を竦め、気楽そうに言い放つ。

すると訓練兵達は戸惑いを見せるが、俺は続けて腰に手を当てながら説明する。



「いいか、もし今のがOG型の群れだとしたら俺達は銃撃で死んでたぞ? それに比べたら、あいつ等はただの雑魚だ。事実、俺達は誰も欠けてない、そうだろ? 攻撃手段は殴るか噛み付きくらいだし、遠距離から攻撃はしてこない。それを考えると異人は全然ッ弱いんだわ。お前等、ビビッて損したぞ?」



これは事実だ。

確かに異人の風貌に恐怖は覚えたが、落ち着いて考えれば脅威度はそうでもない。

俺に至っては殴れば一撃で殺せるし、あいつ等の攻撃手段は接近戦を用いてのソレしかないのだ。少なくとも俺は負ける気がしない。



『雑魚……? 今のが?』


『いや、けど確かにあいつ等簡単に死んでるし……』


『お、俺は異人を数体殺したぞ? これ……戦果って奴だよな!?』


『今のは……実戦だったのよね? けど、こうして無事に生きてる……私達やったのよ。やれたのよ!? 皆!』


『おぉ……!!』



と、訓練兵達は少し喜びの声を上げた。

今はこれでいい、これがいい。

下手に不穏な事を口にして、不安にさせない方がいいのだ。

此処でパニックになってしまえば、死者が出る可能性は極めて高い。



「そうだ、良くやった! この調子で先に進もう。なーに……この人数で射撃すれば敵は近づけないし、敵は既に痛い目を見たからな。滅多に近寄ってきたりしない筈だ」


『了解!』



この士気を固持したまま、この地下から抜け出したい。

俺はそう認識を新たにしつつ、未知の敵が潜む暗き先に向かって一歩を踏み出した。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ