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俺+UFO=崩壊世界   作者: にゃほにゃほタマ爪
第二章 荒野を駆ける日々
101/105

フルーティな幻想




「一機ダウン。運転手、左に寄って下さい」


「次は左だ!!」


『了解!!』



ラビィ・フルトの指示に従い、宮木伍長は運転手に指示を伝える。

すると素直にトラックは要望通りに動き、ラビィが狙い易い位置へと移った。



「に、してもスゲェな?! ばんばか当たるぞ!!」


「……撃破ではなく、撃退を主旨に攻撃してますからね。この位は当然です」



ラビィは無人兵器の脚部に狙いを集中し、その機動力を削ぐ事を最優先としていた。


極小であるAIを狙っての一撃必殺を狙う難易度は高く、並びにバッテリーの無力化もメインとサブを同時にしなければ意味がない。ならば容易に狙いを付けられ、且つ確実に戦力の低下が期待できる脚部に狙いを定めるのは、無数の敵が押し寄せるこの状況下では理に叶っていると言えるだろう。



「全く……あの人は」



最初のファーストダウンに加え、今ので四機目の無力化をラビィは既に成している。

しかし、ラビィの心中は穏やかではなかった。


不満気な呟きを吐いたラビィが向ける視線を追えば、三機の無人兵器に狙われ、その間で縦横無尽に飛び回りながら攻撃を回避し続ける彼女の主人の姿が確認できる。


沿矢が今相対しているのはウォードッグ型、スパイダー型、スコーピオン型の三機種だ。


スパイダー型は数多いる無人兵器の中でももっともポピュラーな型であり、其処から派生する機種も多い。機動力特化の跳び蜘蛛型、重武装特化のタランチュラ型等が代表的なソレだ。今、沿矢を追随しているのはその基本ベースとなるノーマルな型であり、特化機体ではない。


ウォードッグ型は直線距離での加速度が群を抜いており、送迎班がもっとも遭遇したくない機種に分類される。何せ彼の機体の出現に気付くのが数秒でも遅れれば、一気に接近を許してしまうからだ。近距離での撃ち合いともなれば送迎トラック程度の装甲は容易く撃ち抜かれ、その屍を荒野に晒す事になる。


スコーピオン型はその平たい体格を地面に伏せ、獲物を待ち伏せるのが得意な機種だ。一応としてその多脚を活かしての移動も可能ではあるが、上記の二機に比べればその速度は遥かに劣るのが欠点だ。代わりに、尾の先に備わったレイルキャノンは周囲三百六十度全てに素早く向ける事ができる。其処から放たれる必殺の一撃の破壊力は並外れており、原型となった蠍種の一撃必殺を再現するかの如くである。


無人兵器はどれも様々な特徴を備えているが、それ等が共通しているのはどれもが人類にとって最大の脅威を有する事だ。そんな三機種を相手にし攻防を繰り広げる沿矢の姿は、誰の目から見ても冗談の様な光景であった。



「にしても、アイツはとんでもねぇな!? えぇ!? 生身で無人兵器相手に並走しながら戦闘をこなす奴なんざ聞いた事ねぇぞ!!」


『各班へ通達!! 右翼で木津 沿矢が引き付けている無人兵器は無視し、彼に任せろ!! レイルガンでの誤射など洒落にならん!!』



宮木伍長がそう興奮気味に賞賛しているのとは対照的に、無線機からは武市の的確な指示が飛ぶ。


事実、ラビィも万が一の誤射を恐れて沿矢への援護を見送っている。

無論、彼が相当の危機に陥ってる場合はそうではないが、今はそれよりも周囲の敵の無力化を優先していた。



「ったく、誰よこんな設定にしたのは!? 見辛すぎ!!」



その頃、メア・ラダルはレイルガンの調整を自分好みにセットし、自身の命中率の向上を図っていた。つまみを弄り、ゴーグルに映る映像の大小を合わせ、直後に躊躇なく引き金を引いた。


放たれたレイルガンの一閃とした光、そしてそれは追随していた無人兵器の脚部を掠め、転倒させる。直後にその隙を狙い、他から放たれた二射のレイルガンの光が機体に突き刺さり、完全に止めを刺す。



「よし、これで……ん?」



安堵の息を零し、僅かに集中を切らせた所でメアは困惑する。

何故なら自身の背後には訓練兵が押し寄せており、彼女を凝視していたからだ。

彼女は舌打ちを鳴らし、そんな彼等を睨み付ける。



「なに……? 私は見世物じゃないわよ」


「め、メア。貴方と"彼"は一体……?」



真っ先にそう問いを投げ掛けたのはサリアだった。

彼女は混乱して戸惑う大半の訓練兵とは違い、既に沿矢とメアが只者ではない事を理解している口振りであった。その質問を受け、メアは彼女を一瞥しながら簡潔に答える。



「私達はハンターよ。だから、黙って見てなさい。邪魔しないで」


「は、ハンター?! な、何で組合の人が……」


「あんた等が頼りにならないからよ。いいから、大人しくしてなさい」



必要最低限の事を告げ、メアは再度としてレイルガンを構えた。

一見すると冷たくもあるが、戦闘の最中にそれ以上の説明もできないのは確かだった。



「ったく、何が"任せた"よ。私に面倒を押し付けないでよね……」



メアは苦々しそうにそう呟き、沿矢への愚痴を零した。


その間にも、戦闘は刻々と状況を変化させている。

隊列の中央を走る装甲指揮車の中で、武市は次から次に指示を飛ばしていた。



「Y2、聞け!! 貴様等が操る戦車は右往左往しすぎているぞ!! 足並みを揃え、盾の役割を果たせ!! でなければ、車列の内側を走る訓練兵達の車両が狙われる!!」


『此方Y2、それは分かっています!! ですが、敵が近付いてきたら離れるしかないでしょう!? 黙って攻撃を受け続けろと!?』


「そうせずして何の為の戦車か!! 幸いにも、随一の破壊力を持つレイルキャノンを備えたスコーピオン型は木津 沿矢が引き付けてくれている!! で、あればその他の機種で戦車の装甲を穿つ武器を持つ奴は居ない!! 分かったか!?」



追随する無人兵器の数は多く、また多数の機種も混合していた。

しかし、その中でも戦車の装甲を損傷たらしめる武器を持つ機種は、武市が言う様にスコーピオン型のみであった。


今作戦では、円陣を組む様にして走る車列の外側へ偵察戦闘車両、並びに戦車を盾の役割として固め、遊撃として組合に置いていた送迎班の六班が複数のレイルガンで対処にあたる陣形であった。無論、訓練兵達の車列にもレイルガンは配備されていたが、それはあくまで援護や自衛の意味合いが強く、戦力としてあまり期待されてはいない。


しかし、だ。

いざその時になって見れば、その盾の役割を放棄して右往左往する者が現れる始末。

武市が思わず憤り、そう激を飛ばすのも仕方ない事だろう。


だが、無線から返ってきた応答にはまだ反抗の響きが残っていた。



『奴等の武器はそれだけじゃない!! 数十トンもある奴等の機体に激突されて、履帯が損傷したらその時点でお仕舞いだ!! 無人兵器から距離を保つに越した事はないでしょう!?』


「Y2! "生身"で戦ってる彼に向かってそんな臆病な事が言えるのか!? 軍人として……いや、男としての誇りが僅かでもあるのならば、少しはその気概を見せてみないか!! それでも好きに動くと言うのであれば、私が直接その戦車に乗り込んで貴様を叩き出す!!! それが分かったのならば覚悟しておけよ貴様ぁ!!」



ゴクリと、装甲指揮車の中で誰かが唾を飲む音が響き渡る。

それ程までに武市の放つ言葉には熱が篭っており、浮かべる眼差しは殺気交じりであった。


最初は武市が指揮を執ると聞き、今作戦で集められた僅かな正規兵達は憂鬱だった。

ただでさえ訓練兵を引き連れた無謀な作戦、更に女性指揮官がその指揮を振るうともなれば、性差別主義者ではないとは言えど、その実力を不安視する流れは自然と言えた。


軍にも数多の女性兵士が居るとは言え、将校まで上り詰める者は僅かに限られる。

実力重視のヤウラ軍でも大成する女性はそう多くなく、また大成しても子供を身篭って引退するケースもそう珍しくなかった。しかし、数世紀に渡るヤウラの歴史には元帥の地位まで上り詰めた女性も存在しており、またそのカリスマ性と指揮能力は群を抜いていた。


――もしかしたら、彼女ならば……。


武市の今の姿を見つめ、指揮車内部に居る兵士数人は同じ想いを抱いた。

それ程までに、彼女の指示を出す速度と迫力が凄まじかったのだ。


無線機越しでもそれが伝わったのか、今度の返答に反抗の響きは混じってなかった。



『……了解しました、中尉殿!! ……死にに行くぞ、お前等ァ!!』



その返答が来た直後に戦車は陣形に戻り、砲塔を回転させて砲弾を放つ。

それを確認すると、武市は次の指示を飛ばす。



「S4!! 遊撃とは"好きに動け"との意味ではない!! 無駄に動いて味方の射線を塞ぐな、死にたいのかァ!!」



その怒声交じりの指示は絶えず続き、戦闘を繰り広げる兵士達の士気を保ち続けた。


そうしている間にも戦闘は続いており、沿矢は自身を囲む無人兵器に手を焼いていた。


彼は三機種に囲まれた状態で縦横無尽に飛び回り、攻撃を回避し続ける事には成功している。しかし、"それだけ"だ。彼を囲む三機種は上手く連携を取りつつ、残り少ない弾薬を効果的に使用して放ち、彼に反撃の機会を与えない様にしていた。



「ちっ!! チマチマとねちっこい……!!」



盾代わりになる右腕と優れた感覚があるとは言え、高速で走りながらの戦闘では状況判断は難しかった。M5を撃とうと一機に向けて構えれば、その向けた別方向の機体から銃弾が飛ばされ、それを阻害される。


放たれる銃弾を回避し、弾き、打ち落とす。

その行動だけで精一杯であり、沿矢は反撃の機会を作れない。

むしろそれだけでも驚愕に値する光景ではあるのだが、彼としては歯痒い状態でしかなった。


長々とその状態が続くかと思われたが、其処で事態は急転する。



「うぉ!? レイルガン……!?」



突如として、三機種の間をレイルガンの眩い一撃が駆け抜けた。


その一撃を警戒し、各々が瞬時に沿矢から距離を離す。が、その判断が間違いだった。彼は瞬時に内の一機に肉薄し、地面に罅が入る程の強さで蹴り上げて宙を舞う。



「ラビィ……助かった!」



宙に舞った際、レイルガンを飛んできた方向を一瞥して沿矢は頬を緩める。


送迎班の操るトラックの荷台で輝く銀髪を持つ乙女は、注視するまでもなく捉える事ができた。対するラビィも沿矢のその僅かな口元の動きを確認し、嬉しそうに口角の端を持ち上げた。



「うし……危ねっ!?」



沿矢は並走する無人兵器のウォードッグ型の一機に飛び乗ると、その背中にあった砲塔から放たれた砲弾を間近で回避し、即座に殴り壊す。続けて周囲にあった機銃を蹴り飛ばし、遠距離攻撃手段を全て奪った。



「よし、これで……!」



そのままの流れで止めを刺すと思いきや、何と沿矢はウォードック型の上でM5を構えて銃弾を放ち、追随する二機の無人兵器を迎撃する。


同士討ちしない様にプログラムを組み込まれている他の二機はその攻撃に混乱し、内の一機のスパイダー型が不幸にも攻撃を受け続けた際にAIを打ち抜かれて沈黙した。その光景を目撃した残りの一機であるスコーピオン型は状況が悪化するのを避ける為、背部に備わった機銃を打ち込んだ。


基本として、無人兵器は仲間がウィルスに侵された時や遠隔ハッキングを受けた等の特殊な事例に対し、仲間を攻撃する判断を下し始める。今回の例もその特殊な事例に分類し、スコーピオン型は一時的に基本命令を塗り替えて攻撃した。


沿矢に向かって放たれた機銃からの攻撃を彼は伏せてかわし、代わりにウォードッグ型の胴体に幾つか被弾した。するとウォードッグ型は堪らずと言った具合に身を捻り、沿矢が伏せた背の部分を銃撃を受けた方向に晒す。


自身の生存よりも敵の排除を優先としたその行動、その心意気を汲むが如く、追随するスコーピオン型は虎の子のレイルキャノンを起動し、構えた。



「やばっ!?」



物騒な光を放ちながら充填を開始し始めたソレを見て、沿矢は慌てた。

しかし、時既に遅く、向けられたレイルキャノンは僅か一秒にも満たないチャージ時間で発射される。



「ッ……――?!」



咄嗟に右腕を構えて盾にした瞬間、沿矢は今まで感じた事の無い衝撃を味わいながら瞬時にウォードッグ型の内部に押し込まれ、その反対側に突き抜けて散らばった部品と共に荒野を転がっていく。


ウォードッグ型はその攻撃を受けて胴体が真っ二つに分かれ、小規模の爆発を引き起こしながらその場に沈黙した。それを尻目にスコーピオン型はその屍を乗り越え、沿矢の追撃に向かう。



「おいおい、今のは流石に死んだんじゃ……!?」


「黙ってください」



ラビィは宮木伍長の不安に陰る言葉に対し、辛辣に言い放つ。


他の無人兵器の迎撃をしていた為にレイルガンのチャージが間に合わず、今の攻撃を阻止する事が叶わなかった。


しかし、それ以上は許さないとラビィはレイルガンを構え、迷わず撃った。


彼女の今度の狙いは脚部ではなく、AIを狙った必殺の一撃である。もしレイルキャノンの一撃で沿矢が重大なダメージを負っていて身動きが取れない場合、脚部を攻撃した程度では追撃の攻撃を阻止する事が叶わないからだ。



「仕損じた……!! 宮木、急いであの方面に向けて車両を移動させて下さい!!」



しかし、その一撃が着弾する前にラビィは失敗に気付き、そう指示を出した。

向けた視線の先ではスコーピオン型の左部分の鋏が弾け跳び、その衝撃で体勢を崩している。


一見すると上手く着弾したかの様にも見えるが、スコーピオン型はあえて自身の鋏を利用して攻撃を受け止め、その弾丸の軌道をAIがある胴体部分から僅かに反らす事に成功していた。


掠めた弾丸の一部は胴体を穿ってはいたが、機能停止になる程のダメージではない。

スコーピオン型は必死にダメージコントロールを実行し、沿矢の姿を探そうとして――意識を断ち切られた。



「沿矢様……!!」



歓喜の声を上げたラビィの視線の先、荒野に寝転ぶ沿矢はM5を構えており、ラビィが放った一撃で開いた胴体に銃弾を撃ち込んでいた。放たれた弾薬は内部に残っていた弾薬に着弾して引火、小爆発を起こしてAIごと機体を破壊される。



「やってくれる……ッ!」



それを見届けると、ふらつきながら沿矢は立ち上がる。


レイルキャノンの砲弾を右腕で受け止め、何とか軌道を反らしたはいいが、その衝撃までも防ぎ切れなかった様だ。お陰で各所に大小の擦り傷を負い、凄まじい速さで吹き飛ばされた所為で地面が揺れる様な感覚に襲われているのだろう。



「おい、木津!! 大丈……ぶ」



ダメージを負った沿矢の元へ車両を走らせて彼の元に辿り着くと、宮木伍長は荷台から気遣う声を上げた。が、その言葉は途中で止まり、その視線は沿矢の異質とも言える右腕に釘付けとなっている。


そんな彼を尻目にラビィは素早く主人の下へ駆け寄った。



「沿矢様、無事ですか!? レイルキャノンは何処に着弾を!?」


「大丈夫だ、何とか右腕で反らせた……っと」



其処で沿矢も右腕に巻いていた包帯が数多の攻撃を受けて解けているのに気付き、ローブの中にそっと隠した。宮木はそれを見ると瞼を細めたが、次の瞬間には破顔して沿矢に声を掛ける。



「やるじゃねぇか、木津!! ファン一号としては鼻が高いぜ!!」


「へ? あ……そういやそうでしたね。すっかり忘れてましたよ、その設定」



初めてクースで探索した際の事を思い出し、沿矢は苦笑する。

そのまま宮木は二人を手招きし、車両に飛び乗る様に指示を出す。



「ほら、とりあえず乗れ乗れ!! お前さん達の活躍で大分減ったが、無人兵器はまだ二、三機程残ってる!! 俺達も後を追うぞ!!」



軍の本隊はまだ残った無人兵器と並行戦を繰り広げており、足を止めた宮木達と距離を離していく。

それを確認すると沿矢は慌てて車両へと飛び乗り、続けてラビィもその後を追う。



「いいぞ、出せ!! 本隊を追うんだ!!」


『了解!!』



車両が走り出すと、沿矢は一息を零して荷台に腰を下ろした。

流石に無人兵器数機を相手に大立ち回りを繰り広げたのだから、その身を襲う疲れと心的疲労は大きいのだろう。


ラビィはそんな彼に寄り添おうと腰を浮かしかけるの、沿矢がそれに待ったを飛ばす。



「俺は大丈夫だ、ラビィ。お前はそのままレイルガンで援護を頼む」


「……了解しました、直ぐに終わらせます」



一刻も早く、主人を労わりたい。

そんな考えを実行すべく、ラビィは更に集中を高めてレイルガンを構える。


その後、宮木の班の車両が本隊に追いつくと一射一撃で残りの無人兵器をラビィが無力化し、戦闘が終わる。


戦闘を繰り広げた無人兵器の数は十七機、その内の七機をラビィが無力化し、五機を沿矢が無力化と撃破に成功、残りの五機を軍が撃破、或いは無力化に成功している。


戦闘が終わると武市の指示で本隊は行進を取り止め、被害状況の把握と応急処置等に時間を割く事を決めた。戦闘の最中に撃破された車両こそ存在しなかったが、受けた攻撃で深刻なダメージを負う車両は複数する。大小を問わなければ怪我人は十一名、死者は三名。


その怪我人と死者は矢面に立った送迎班と指導兵から出たものであった。

訓練兵が搭乗する車両は意図的に車列の内側を走らせたのだがら、それは当然と言える。


だが、十数機の無人兵器に襲われてこの程度の被害で済んだのならば幸運だ。

しかし、初めてこの様な任務で指揮を執る武市としては、その結果を幸運等と流す事ができないでいた。



「……クソ、早速と死者がでるとはな」



本来ならば、ヤウラから十分に離れた所で行進を取り止め、訓練兵に本当の作戦を伝える予定であった。が、予想以上に早く遭遇してしまった無人兵器と、十数機にも及ぶ群れとの戦闘を繰り広げてしまう破目になってしまった。


もっと早くに作戦目的を伝え、訓練兵達に身構えを促していたらこの様な結果は避けられたのでは……?


そんな後悔が武市の中で渦巻き、彼女を思考の渦に引き込んでいく。



「あの……大丈夫ですか?」



が、そんな思考は唐突に声を掛けられた事で打ち切られる。

部下に情けない姿を見られてしまったのかと慌てて身構える武市であったが、それは杞憂に終わった。



「あぁ……君か。すまん、少し考える事が多くてな……」


「まぁ、そうですよね。すみません、邪魔しちゃって……」



声を掛けたのは沿矢だった。

彼はそう謝罪し、頭を下げる。

しかし、武市は慌ててそんな沿矢の肩を掴み、謝罪を取り止めさせた。



「ま、待て待て! 君が謝る必要は無い。君やラダル、それにあのヒューマノイドのお陰で大幅に被害を軽減できたのは明らかだ。だから、感謝するぞ。……そういえば彼女は何処だ?」



何時も沿矢の傍らに居るであろうラビィの姿が確認できず、武市は周囲を見回した。

沿矢は気まずそうに後ろ頭を掻き、視線を反らす。



「いや、多くの怪我人と……死者も出たと聞きましたから。ラビィには治療を手伝う様にとお願いしました」


「そうか……本当に助かる。衛生兵の大半も訓練兵だからな……」



今回の作戦で構成された部隊はその殆どが訓練兵。

どう足掻いてもその錬度を補う事はできず、先の戦闘で早速と酷い有様を見せてしまった。

もしこれが正規兵で構成された部隊だったならば、もっと被害は少なかっただろう。



「すみません。力及ばず、申し訳ない気分です」



住民保護案の事を伝えた身としては、沿矢はそう謝罪を口にする事しかできなかった。人道的に正しい事をしたとは言えるかもしれないが、その結果として失われた命があるのは事実だからだ。


しかし、武市はそんな沿矢の謝罪に片方の眉を跳ね上げ、憮然とした口調で諭す。



「……その様な考えは関心しないぞ。個人でできる事なんぞ、限界があるに決まってる。その様な罪悪感は不要だ。でなければ、その想いに引きずられて君は死ぬぞ」


「はは……戦闘を生業とする本職の人にそう言われると怖いですね……。分かりました、そうできる様に努力します」



武市がそう警告すると、沿矢は素直に頷いて笑みを浮かべる。

元々、沿矢は前向きなタイプである為、彼女の助言は受け入れやすいモノではあった。

それを見届けると武市も笑みを浮かべたが、直ぐに表情を曇らせる。



「しかし、この流れで本来の目的を訓練兵に説明するとなると……気が引けるな。戦闘の後に、泣いてる訓練兵もチラホラ見掛けたのでな」


「えぇ、まぁ……俺も何人か見ましたね」



突然の実戦に放り込まれ、死者も出てしまった。

歳若いどうこう関係なく、悲観して涙する者が居ても可笑しくは無い。



「しかし、あまり情報開示を引き伸ばす事も良くないだろう……。十分後に各員を集め、話そうと思う」


「集める? 無線とかじゃ駄目なんですか?」



態々と人を集め、話している隙に無人兵器が襲ってきたら目も当てられない。

そんな予感を脳に描きながら沿矢が提案するも、武市は溜め息混じりに答える。



「それが、無線傍受を避ける為に作戦内容は肉声で伝えろとの上からのお達しでな。とことん警戒しているのさ」



「ハタシロとミシヅを……ですか。分かりました、俺も一緒にテラノの件を説明した方が良さそうですか?」


「あぁ、頼む。テラノの事件を解決した当事者が居れば、話もスムーズに済むからな」


「分かりました。近くに居ますんで、準備ができたら声を掛けて下さい。……それじゃ」



沿矢はそう断りを入れると、武市から離れていく。

それを見届けると、彼女はソッと背筋を伸ばして気合を入れる。



「これからだ……油断はできんぞ」



誰に告げる事も無いその言葉を自身に言い聞かせ、武市も準備をすべくその場を去った。








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武市が率いる本隊は今、物資を根こそぎ回収したとある探索地跡の廃墟街に身を寄せていた。

障害物が並ぶその場所でキャンプを張り、夜を明かす為だ。


しかし、流石に不安定な建物内で大勢が寝泊りする訳もなく、廃街の各所にテントを張っての布陣を広げている。当然、車列は何時でも発進できる位置に止めてあり、その周囲には見張りも置いていた。



「サリア、どう? そっちは張れた?」


「うん……これで最後、っと」



テントを維持する為の最後の杭をハンマーで打ち込み、サリアは額の汗を拭う。

それを確認すると、メアはテントに近寄ってゆさゆさと揺さぶり、頷いてみせる。



「うん、いいわ。これなら突発的な突風や爆風がきても容易に飛ばされたりはしないわ」


「はははは、爆風って、そんな……」



小気味の良いジョークと思い、笑みを浮かべかけるサリア。

しかし、対するメアは笑みを浮かべてはおらず、それを見てサリアは徐々に笑みを引っ込める。



「何が起きても、不思議じゃないのが荒野よ。安全だと思ってた場所で不意に襲われるとか、ね……」



過去の暗い記憶を呼び起こし、メアは吐き捨てた。

サリアはそんな相手の様子に暫く口を噤んでいたが、好奇心を抑えきれずに遂に尋ねてしまう。



「メアは……テラノで起きた事件に関わりがあるんだよね? どうだった?」



この質問は一見すると無神経だろう。

しかし、訓練兵達にはメアや沿矢達が事件に関わった当事者としか紹介されておらず、その詳細までは知らされていないのだ。ましてやメアが無法者に捕らわれ、暴行を受けていた等とは、彼女の精神面を考えれば大々的に口にできる訳も無い。


メアもそれが分かっている。

故に、サリアの好奇心が浮かぶ瞳の輝きを見ても、其処に悪感情が浮かんでいない事は確かだった。



「どうって言われてもね……私は脇役よ。活躍したのはヤウラの合同ハンターチームだから」



言葉少なめに、そう伝えて場を濁す。

しかし、それで歳若いサリアの好奇心を満たすには至らない。



「二百人の無法者を相手に、四十名ちょっとで立ち向かったんでしょう?! きゃー!! まるでコミックみたいな状況よね!!」



事件の詳細は教えられていないが、大まかな流れは伝えられている。


曰く、ヤウラのハンターチームが合同で護衛依頼を遂行中にテラノで事件に遭遇し、これを解決した。しかし、その事件でテラノの防衛力は大きく低下し、拠点の維持は困難とされ住民は放棄を決意。それを助ける為にヤウラ軍が救援を出す事を決めたが、北部の都市を刺激しない為、極秘の任務として訓練兵を野外演習と称して部隊を派遣した……。


簡易的ではあるが、これが武市から訓練兵に伝えられた話の流れだ。


クラスクまで助けを呼びに行く際の流れや、テラノで起きた戦闘内容の詳細は作戦の遂行に必要無しと軍上層部に判断されており、説明されていない。しかし、だからこそ二百人を相手に勝利して集落を解放せしめたハンターチームの活躍に興味を引かれ、訓練兵達は所構わずその話で話題を盛り上げていた。



『事件の首謀者はビッグネームだったのかな? だって二百人の無法者を纏め上げ、数百人規模の集落を制圧するなんてとんでもない話だよ!!』


『けどさ、それだけの事をしておいてたった四十名にやられたんだろ? こう言うのは何だけど、集落の制圧なんて偶々上手くいっただけなんじゃないか?』


『何言ってるんだよ。奴等は三ヶ月近くも集落を制圧してたんだぞ? その間に訪れた無人兵器の迎撃や、ハンターを始末したのは奴等だ。つまり最低限の錬度は備えていたって事さ』



無邪気に会話をかわし、笑みを浮かべる訓練兵達。

その言葉に悪意は潜んでおらず、だからこそメアは心をかき乱される。


自身やテラノの人達が受けた仕打ちを、彼等は知らない。

それが想像できる程の経験を積んでおらず、だからこそあんな風に笑みを浮かべて語るのだろう。


しかし、それを見て黙っていられる程にメアも大人ではなかった。

彼女は苛立ちを隠さない表情を浮かべ、小さく毒を吐く。



「"ガキ"め……」


「え? ……あ、何処に行くの?」


「用を足しにいくの。一緒に行く?」


「……ううん、大丈夫。いってらっしゃい」



メアの直接的な表現を聞くと、サリアは頬を紅く染めて断りを入れる。

それが狙いであったメアは静かに息を零し、キャンプ地から離れる為に足の動きを早くした。


簡易トイレとして数多の穴が掘られた荒野方面には向かわず、メアは街の奥へと向かう。

目的等なく、ただ気分を紛らわす為だ。

そのまま数分程彷徨った所で、とあるビル廃墟入り口に明かりを見つけ、彼女は思わず身構える。


しかし、街中の安全確認は到着した直後に軍が行った筈では……?


そんな疑問符を浮かべながら足音を殺し、メアは建物に近寄る。

そのまま静かに耳を澄ませようとした所で――鋭い警告が飛んできた。



『姿を現しなさい。貴方の接近は感知しています』



その警告を聞いてメアは心臓を大きく跳ね上がらせたが、次の瞬間には安堵の息を零していた。この物言いと神懸り的な察知能力に心当たりがあったからだ。



「あんた達……何してんの?」


「何って、見ての通り拠点として此処を利用してる。装備を詰め込んできたコンテナに、自分のテントまで用意してなくてさぁ……」



廃墟の中を覗き込んだメアが呆れた様に言うと、沿矢はそう愚痴りつつ、廃墟内で懐中電灯の灯りを頼りにM5のパーツを点検していた。対するラビィもバラバラにされたパーツを手に取り、瞼を細めている。



「探せばテントの空き位あるでしょ? 私はサリアの所に身を寄せたし」


「……まぁ、テントどうこうは建前だ。本音は訓練兵達に付き纏われたくないから、此処に逃げ込んだだけだし」



沿矢は疲れた様に息を零し、作業の手を止めた。



「あぁ……アンタは随分と人気者だったもんね。まぁ、あんな大立ち回りを繰り広げれば無理もないわ」



無人兵器に単身で挑み、勝利すると言う行為だけでも驚愕に値する。

なのに沿矢は複数の機種を相手取り、それを五機も撃破、或いは無力化した。

常識外れなその行為は恐怖を抱かれるか、英雄視されるかの二択でしかない。


今回の例では後者であり、沿矢はその時の光景を思い出して苦い表情を浮かべた。



「同世代だから遠慮がなくてさ、参ったよ。随分とアレな事を笑顔で聞いてくる奴も居たし……『テラノで無法者を何人殺したの~?』……とかさ、怖すぎだろ! 全く、軍でどういう教育されてんだが……」



無邪気そうな声真似を披露し、沿矢は呆れた様に呟いた。

メアはそれに同意する様に小さく頷いてみせ、廃墟の中に足を踏み入れて腰を下ろす。



「教育じゃなくて、洗脳されてんでしょ。ヤウラを含む三都市の情勢が緊張関係にある事はバハラでも有名だったわよ。何時戦争が起きても不思議ではないってね」


「戦争ねぇ……。機械相手じゃ物足りなくなってきたのか?」


「簡単に言えば、余裕が出てきたからよ。昔はそれこそ各都市は自分達が生き延びる為に精一杯だった。けれど前世界から数世紀が経ち、徐々に立ち直ってくると……人間の悪い部分である欲を出し始めたんじゃない?」



衣、住、食、が満たされただけでは、人間は満足できない。

無論、それ等三つの要素は人間の本能に根ざす根本的な欲である。


しかし、だ。人が罪深いのはその欲が満たされても其処で止まらず、次から次へと求めてしまう卑しさが内に潜んでいるからだ。


メアの悟った様な気取った口調に対し、沿矢は堪らずと言った具合に茶化す。



「随分と知った様な口振りですねぇ……本当に同世代か? ん? 本当はロリババアだったりしない?」


「何よその単語……私は十六よ。アンタは?」


「…………十五だよ。君はお姉さんだったか」



悔しげにそう告げると、沿矢は意気消沈してみせた。


メアの身長は155cm程であり、体格も小柄、且つ浮かべる表情にも幼さが残る。

それ故に沿矢は勝手に彼女を年下か同年代と認定していたが、それが裏切られた形となった。


対するメアは驚きの表情を浮かべ、首を捻る。



「アンタ、そんな若かったの? 度胸もあるし、妙に戦いなれてるから私と同じか、若しくは歳上だと思ってたわ」


「あぁ、だから偶に"お兄さん"呼ばわりしてたのか……」



メアは沿矢のテラノやクラスクでの活躍、並びに今日の戦闘での戦いぶりを目撃していた事で彼の年齢を誤解していた節が伺えた。互いに相手に抱いていた印象は噛み合わず、沿矢はソレに苦笑しつつ話を続ける。



「……まぁ、嫌でも慣れる必要があったからな。けど、今まで生き残ってきたカラクリはまた別にある。だからそう誇れるもんじゃない」



沿矢は自身の異常性をあくまで借り物の様な感覚で頼りにしている為、こうした賞賛は受け入れ難いモノがあった。この様にラビィと二人で廃墟に隠れているのも、そうした後ろめたさがあるからだろう。


メアは沿矢のそんな口振りに興味を引かれつつ、推測を飛ばす。



「カラクリねぇ……アンタの強さに秘密があるのは予測できるわ。五体全てを義体にコンバートしてもあんな戦い方は難しいし、そもそもするメリットも無いけどね」


「秘密も秘密だ。誰にも言えたもんじゃない。だから聞くなよ? 答えるつもりはないし、どう答えて良いかも分からない。そもそもその質問はさっき嫌と言う程聞いたからな」



沿矢はそう釘を刺し、話題を打ち切った。

暫く沈黙したまま時を過ごし、M5の点検が終わる。

そのままコンテナから他の装備を取り出して残弾数を確認し、簡易的なチェックも済ませた。


それ等全てが終わると手持ち無沙汰になり、妙な沈黙が流れ始める。



「あー……俺は正直、もう寝るつもりなんだが。お前はどうだ?」


「何? 追い出したいの? 寝るなら寝ればいいじゃない。私が怖い訳でもないでしょ」



ムッ、とした口振りで沿矢の呟きに答え、メアは睨み付ける。



「追い出すも何も……全面オールフリーだぞ、誰でもウェルカムだっつーの。鍵でも掛けてる様に見えるか?」



廃墟の中を見回し、沿矢もガンを飛ばす。

壁には穴が開き、吹き抜ける風は冷たく、周囲は暗い。

どう見てもキャンプ地のテントより寝付きが悪いのは確かだ。



「沿矢様、ご安心ください。周囲の状況は全てセンサーで確認できます。ラビィが居れば、この場所に潜入する輩は直ぐに拘束できます」


「……鍵なんかよりよっぽど頼りになるのが付いてるもんね。そりゃ何処で寝ようと安心でしょうね」



ラビィがそう言葉を述べると、つい嫉妬染みた言葉がメアの口から漏れる。


同業者であるが故に、ヒューマノイドと言う存在がどれ程の"レア物"であるかが嫌でも分かる。加えて今日の戦闘でのラビィの戦果は眼を見張るモノであり、その実力の高さも確認できたのだ。


そんな言葉を吐いた自身の嫉妬に気付き、メアは罰が悪そうに視線を下げたが、対する沿矢は気にした素振りも見せずに軽い口調で返す。



「羨ましいか? うへへ、悔しかったら何処ぞの秘密施……ッ……がッ、ごほ!! ん、んんっ!!」



言葉は咳の所為で途中で止まり、沿矢はサッと口元を拭う。

それを見るとラビィは腰を浮かしかけたが、対する彼は軽く片手を上げてそれを制す。



「何でもない、ラビィ。大丈夫だ」


「……了解しました」



短いそのやりとり。

しかし、その交わした視線と言葉で何かを察する事は十分だった。



「アンタ……病気なの? まさか感染したりしないわよね?」



瞼を細め、警戒を露にしながらメアが腰を浮かしかける。

対する沿矢は呆れた様にそれを眺めつつ、溜め息交じりで答えた。



「第一声がソレかよ……。まぁ安心しろ、病気じゃない。少し寒かったから風邪気味なんだろ」


「いや、風邪も病気でしょう……?」


「揚げ足を取るんじゃねぇ! まぁ、正直に言えばさっき言った秘密って奴に関係してる。だから安心しろ、これはうつらない」



そんな会話を交わしつつ、沿矢は静かに右腕へ視線を落とす。


右腕が劇的に変化を遂げてから、沿矢は時折に細かく吐血を繰り返している。

しかし、体内の何処かに痛みは感じず、頭痛も走らない。

その事から推測して、沿矢は自身の体が少しづつ変化していると予測している。


クラスクで気絶し、次に起きた時には目に見える程の過剰な肉体変化が成されていた。


しかし、もしもそれがまだ……"続いている"としたら?


今日一日の戦闘で、沿矢は自身の身体能力が飛躍的に上昇している事を確認している。


だが、クラスクで起こした大規模地震を思わせる程のあの衝撃。

あれを今再現しようとしても、それができる領域ではない事を心の何処かで彼は実感してもいた。


――異物がもたらす変化の"最終地点"が、あの光景を生み出す程の"何か"だとすれば……。


そう考えると不思議と辻褄が合ってしまい、沿矢に一株の不安を植え付けていた。

しかし、そんな彼の不安も知る由もなく、メアは沿矢の物言いを馬鹿にした様に鼻で笑う。



「……なぁにが秘密よ、格好付けてんの? 陰のある男なんて、今時モテないわよ」


「何だよ、駄目か? イケ面じゃない男はこういう設定で勝負するしか無いんだから、あまり責めるなよ。次はニヒルに笑おうか? ん?」



そう肩を竦めると、沿矢はいじけた様に寝袋の上に横になる。

上手く話を誤魔化したとは言えないが、そういう姿勢になると話を続ける事は難しい。

メアは二、三度口を開きかけたが、諦めて別の話題を振る。



「ねぇ……私も此処で寝ていい?」


「今の流れで!? 随分と図々しいな!? ってか、寝袋は俺とラビィのしかないぞ。悪いけど、俺は寒がりだから寝袋を貸すつもりもないぞ、床で寝るならどうぞご勝手に」



そう捲くし立てると、沿矢は再度横になって瞼を閉じる。

しかし、暫くしてもメアが立ち去る音は聞こえず、恐る恐る彼は横目を開いた。

するとメアは自身の纏っていたローブを床に敷き、その上で寝転ぼうとしているではないか。


堪らず、沿矢は身を起こして飽きれた口調で問い掛ける。



「おいおいおい、馬鹿なのお前? 風邪引くぞ。キャンプ地に戻ってテントで寝ればいいだろ」


「あの子達と一緒に居ると……疲れるのよ。価値観がずれてると言うか、話しててイライラするの」



ハンターである自分と、訓練兵である彼等。

どう足掻いてもその価値観が合う訳もない。

加えて言うならば、メア自身が彼等に合わせる気も無い為、どうしてもその苛立ちは募るばかりであった。


対する沿矢もそんな彼女の苛立ちは理解できたが故に、ニヤリとした笑みを浮かべて軽口を叩く。



「お、何々!? 裏を返せば、俺と居る時はそうじゃないって事か? やだ~……メアさんったら大胆」


「……あんたはまだ"マシ"ってだけよ。今ので大分イライラしたけどね」


「だったらテントへ戻れよ。なぁ……何もテント内で好きな人の暴露大会が開かれる訳でもないだろ?」



沿矢はそう言って諭そうとするが、今度は逆にメアがさっさと横になり瞼を閉じる。しかし、隙間風が廃墟内を通り過ぎると彼女は体を揺らす。



「頑固な奴だな……」



それを見て悠長に寝れる程、沿矢の価値観は黒に染まってはいない。


彼は寝床から這い出すと自身の着ていたローブを拾い上げ、それを彼女に被せ……様としてソレが穴だらけである事に気付く。度重なる戦闘でローブや衣服は直ぐに駄目になる流れを繰り返しており、沿矢のお洒落事情は切羽詰っているのが現状だ。



「……はぁ」



沿矢はボリボリと後頭部を掻き毟り、そして寝袋をメアに向かって無造作に投げ付ける。その衝撃で驚いた彼女は咄嗟に身を起こすが、投げられた物を見て困惑する。



「それを貸すから、お前のローブを貸せ。俺のは穴だらけで下に轢く位しか使えんが、お前のは毛布代わりになる」


「な……そ、それだったらアンタのローブを貸しなさいよ。それを下に轢いて寝るから」


「おい、人様のローブを尻に敷くつもりかよ!? それこそ冗談だろう、いいから貸せよ」



仏頂面でそう告げる沿矢の頬には薄い赤が浮かんでいた。

女性への慣れない気遣いでの緊張が滲み出ているのだろう。

対するメアもそんな相手の様子には気付いてはいたが、その優しさを嘲笑う程には彼女も愚かではなかった。



「分かったわ。ほら……これで変な事しないでよね」


「……すーはすーは!! ぶっ、意外と汗臭ぇ……」


「馬鹿!! デリカシーの無い奴ね!!」



メアが差し出したローブを嗅ぐと、沿矢は思わず咽た。

長く着用し、日が照らす荒野では当然ながらローブの中は蒸れる。

男女を問わず、勇士が身に纏うローブに染み付く匂いは汗と血と硝煙のソレでしかない。


しかし、流石に目の前で同世代の男子にその様に指摘されると、その羞恥心は嫌でも沸いてくる。


メアは堪らずと言った具合にそう罵声を飛ばし、赤みが差した頬を見られない様に、受け取った寝袋内に身を忍ばせて彼から背を向けた。



「沿矢様、よろしければラビィの寝袋を使用しますか?」



当然ながら、ラビィのそんな気遣いが飛んでくる。

対する沿矢は片手を振ってそれに断りの指示を出し、メアのローブに顔を埋めながら声を出す。



『大丈夫だ。他人のローブの匂いを嗅ぎながら眠れる体験なんてレアだから、堪能したい』


「だから、嗅ぐなってば!!」



沿矢の篭った声が聞こえると、直ぐにメアが過剰に反応する。

そんなやり取りを何度か交わしていたが、暫くすると寝息が聞こえ始めた。



「意外と、元気そうだよな……」



寝静まったメアの方を眺めながら、沿矢はポツリと呟いた。

メアが性的暴行をテラノで受けていた事は、事件に関わった当事者として沿矢もそれとなく知っていた。


しかし、今の様に同世代の男と難なくやり取りができた事を考えれば、彼女は相当タフな精神力の持ち主なのだろう。そう思うと自然と彼女に抱いていた同情心が尊敬のソレへと変わり、沿矢はこの世界の女性は強い人が多すぎだと静かに笑みを浮かべた。



「……やっぱり臭ぇ」



最後にもう一度ローブの匂いを嗅ぎ、沿矢は残念そうに呟いた。


女性が着ていた物はフルーティな香りしかしないだろうとの彼の幻想は、こうして打ち砕かれた。




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