動き出した運命ノ輪
目覚めると、俺は裸だった。
こう聞くと俺がリア充になったか又はただの変態になったか、それともとうとう狂い果てたのかで判断に悩むかもしれないが、別段深い意味はない。
いや、裸と言うのは少し違うかもしれないな。
何故なら『あ、じゃあ今から防腐処理しますね』ってな感じでミイラの様に体全体を包帯でグルグル巻きにされているからだ。
俺は今どこかの部屋の一室にいる。
壁の素材はコンクリっぽいが、もしかしたらコンクリの壁紙が貼られているだけかもしれん。
部屋の中には乱雑にガラクタが散らかっており、素足で歩けばいい感じに壷を刺激してくれそうだ。
色々と謎な状況だが、一番の謎は隣にベッドがあるのに、その隣で床に布団で寝かされている俺と言う存在だ。
何なの? 介抱してあげるけど、ベッドは渡さないよ! ってか? どんだけ縄張り意識強いんだ。
「痛……くない、痒い。あっ、すっげー痒い!! あっあっ! え? 何なの?! ノミに食われたか?!」
体を起こすと全身がむず痒さに襲われて俺は布団の上で悶え苦しむ。
堪らず無理矢理全身の包帯を解いていると部屋の扉が開かれた。
瞬間、俺は動きを止めた。
相手が一瞬誰だが分からなかった事もそうだが、何より相手が女性であった事が大きいかもしれない。
上はタンクトップ、下はジャージ姿で、青み懸かった黒いロングヘアーはぼさぼさで目付きの悪い女性だ。
「…………え? あの…………あー……さ、里津さん? ですよね?」
俺が恐る恐る声をかけると、里津さんと思われる人物は徐々に細めていた瞼を開いた。
「あ、アンタ起きたの? 運が悪かったら今夜辺りが峠だと思ってたのに」
声を聞いて里津さんと確信する。
眼鏡してないし、髪は下ろしてるわで判断が付かなかった。
里津さんはヅカヅカと床のガラクタを蹴り飛ばしながら此方にやってきて、俺の体をペタペタ躊躇なく触る。
俺は慌てて毛布で股間を隠しながらも、里津さんの漏らした不吉な言葉は聞き逃さなかった。
「ぅえ!? お、俺そんなに悪い状態でした?!」
「アンタねぇ……全身切り傷だらけ、胸骨は恐らく数本折れてたか皹が入ってて、右腕は裂傷と骨折のダブルで酷かったのよ?」
里津さんは指でツーっと俺の肌を撫で回す。
いかん、俺の一部も元気になりそうだ。
「あ、そうだ。歯、食い縛りなさい」
「ぅえ?」
次の瞬間俺の頬に衝撃が走り、視線が横になる。
慌てて視線を戻すと、里津さんが俺にビンタをかました事がわかった。
まぁ、ぶっちゃけ痛くなかったのだが、俺は何で殴られたのだろう?
「アンタねぇ、義手どうこう言ってたの嘘じゃないのよ!! 私の謝り損じゃない!」
「あ……あの時はすみませでした。はい、俺が全面的に悪いです」
まさか覚えていたとは、だが悪いのは俺なんで素直に頭を下げて心から謝る。
暫くすると、頭の上から里津さんの大きく息を零すのが聞こえてくる。
「よし、もういいわ。それと、教会の子供達に感謝しなさい? アンタ出血が酷くてね、そればっかりは私にもどうしようもないから。あの子達は血を集めるために、痛い注射を我慢して協力してくれたんだからね」
「教会……そうだ! ベニーは大丈夫でしたか? 俺は彼を迎えにいって……い…………さこ……た……を」
何故真っ先にその事を思い出さなかったのか、気絶する前に何があったかが脳裏を稲妻の如く記憶が駆け回る。
そうだ、俺は迫田と戦って……殺した。
間違いない、最後に放った一撃は確かに装甲を貫いた様に見えた。
仮にあの時点で生きていたとしても、ゴミ山に激突した瞬間に……。
瞬間、胸を込み上げる何かを押さえる様に口を押さえて蹲る。
目には涙が溜まり、瞼は目玉が飛び出すかと思うほど強く見開いたままで耐える。
少しでも動けば、何かが溢れ出しそうな気持ち悪さが自分の中で渦巻いている。
「ちょ、アンタやっぱまだ治ってないんじゃない? いいから寝てなさい。それと、ベニーは無事よ……。
ただ口数が少なくって元気がないの。アンタがゴロツキ共にリンチされた所でも見ちゃったのかしらね」
「リンチ……? いや……俺は…………っ」
弁解しようとして失敗する。
吐き気に似た気持ち悪さが酷く、口を閉ざしてしまう。
「色々聞きたい事はあるでしょうけど、大人しくしてなさい。じゃ、私は一階の店にいるから何か用があるなら呼んでね」
里津さんは俺の頭を一つ撫でると部屋から出て行った。
足音が遠ざかり、それが消えた所でようやく吐き気が収まってきた。
「っ…………はっ…………何で……微笑むんだよっ!」
最後に見せた迫田の穏やかな表情が、俺の脳裏から離れなかった。
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窓から差し込む光が赤くなった頃には、大分具合は良くなった。
ここで言う具合は気持ち悪さの方だ、怪我の方はまったく問題ない。
と、言うより傷跡一つなくて逆に気持ち悪い。
迫田との戦闘の記憶が蘇ったのだ、自分がどれ程の傷を負ったか俺が一番分かってる。
あれ程の傷が一瞬で消えるはずはないのだが、この世界では何かしらの方法があるのだろうか?
里津さんも、そんなに驚いてなかったと言うか……あー良かった的な感じだったし。
それとも宇宙生物共は俺に自動回復機能でもオマケしてくれたのだろうか。
大体あいつ等が俺に超強化を施した理由が分からん。お陰で助かってはいるが……そもそもこんな世界に放り込むなよ。
いや、でも俺が来なかったらルイとベニーが危ない目にあったままなのか……? なら、此処に来た意味はそれだけでも十分かもしれないが……。
俺が段々と思考を展開していると、一階から上ってくる足音が聞こえて来た。
一瞬里津さんかと思ったが複数聞こえるし、何より忙しない。
俺がノロノロと体を起こすと同時に扉が開かれた思ったら、次の瞬間には軽い衝撃を感じて俺は布団に押し倒された。
驚いて視線を下に向けると、金色の毛玉が俺の胸板で何やら轟いている。
何だ? ゴールデンレトリバーか?
「ぅーー……」
「あ……ルイ? それにブレナンさんも……」
一瞬混乱したが部屋にペネロさんが入ってきた瞬間、俺に縋りついているのがルイだとすぐに分かった。
ペネロさんは俺を見て胸を撫で下ろし、頭を下げた。
「大変……申し訳ございませんでした。あの時、やはり私がベニーを迎えに行くべきでした。まさか……こんな事になるなんて」
ペネロさんは声を震わせながら謝罪した。
俺はと言えばまったく予想外と言うか、そんな謝罪を受ける理由は無いはずだ。
全部俺が自分から申し出た事だもの、慌ててペネロさんに声をかける。
「いやいやいやいや! 寧ろこれが最善と言うか……いや、まぁ何が正しいとか俺にはわかんないですけど。そんな事しないで下さい。見ての通り大丈夫ですから。それにホラ、傷も塞がってて異常ないですし……。ルイ、俺の胸板すんげーヌルヌルしてるけど……アナタ鼻水拭いてなぁい?」
「ぅー……ゾーヤァ。もういだくない?」
ルイが顔を上げると涙と鼻水で酷い事になってた。
この子には笑ってて欲しいのだが……いつも泣かせてしまうな。
俺はルイの頭を撫で、安心させるために彼女を掴んで勢いよく立ち上がって持ち上げると、豪快に笑って見せた。
「ふははははははははは!! 見ての通りだ! 俺が元気ない時なんて爺ちゃんの命日ぐらいだ! そう、だからブレナンさん……も……あっ」
俺は今まさに全裸である事を忘れていた。
いや、だって服とか置いてなかったし……。
俺がその事に気付くも、まさかルイを使って俺のチャームポイントを隠す訳にもいかないし、仁王立ちの状態でぺネロさんと向き合ってしまう。
ぺネロさんの白い肌が赤く染まっていく、それが夕日の所為であればいいのだが、明らかに原因は俺だ。
「あっあああっあのあの……! け、怪我が治って良かったです! ご、ごごご後日また様子を見に来ますのでっ!! るるるるるいっ!? 私は下で待ってますから!」
早口で言葉を述べると、ペネロさんは部屋から出て行った。
来た時より盛大に足音を大きく立てながら遠ざかっていくのが分かる。
ペネロさんすんごい目を彷徨わせて動揺してた、不覚にも可愛いなどと思ってしまった。
ただ、彼女にトラウマを植え付けていないかが心配だ。
「ソーヤぁ……先生どうしたの?」
「うん……。まぁ、ルイもいつか分かる時が来るよ……」
ルイの純粋な眼差しを受けながら、俺はテンションをガタ落ちさせてそう言うしかなかった。
ゴメンね、爺ちゃん。今俺すんげー落ち込んでるわ、アナタの命日以上かもしれません。
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「あーーーー! 可笑しい! そうか~ぺネの様子が変だと思ったら……まさか、ねぇ? あはははははは」
夜の帳が下り、部屋の中でカンテラの乏しい光を浴びながら里津さんが作ってくれた豆スープを頂く。
里津さんは先程何があったのかニヤニヤしながら聞いてきたので、隠すのもあれだったし素直に話すと爆笑した。
里津さんと教会の人達は大分親しいみたいだ。
子供達がゴミ山で探してきた資源を、迫田達に妨害されるまでは買い取っていたからだ。
俺が此処に運び込まれたのは、今から二日前らしい。
ぺネロさん達が何故そうしたかと言うと、俺の怪我は既にこの町の医者ではどうにもできないと思ったそうだ。
そこで里津さんの店に医療用のナノマシンとやらが、商品で一つだけあった事を覚えていたのだ。
ただ、その医療用ナノマシンとやらは前世界の遺物だそうで、かなり貴重ですんごい高価らしい。
しかも、そのナノマシンとやらは昔の物なので正常に機能する確立が大体五分五分程との事。
俺が起きた時に感じた痒みはナノマシンの副作用みたいな物で、そのうち排泄物となって体から出て行くらしい。
つまり俺はすんごい貴重な物を投与され、さらに機能するかどうかの賭けに勝ち生還した模様。
震え声で『さぞかしお高いんでしょう?』と深夜のTVショッピングのヨイショ役の様に問うと、里津さんは笑顔で十万と答えてみせた。
俺が荒野で倒したロボ千体分である。
顔面蒼白ブルーレイとは正にこの事、俺は十五歳と言う若さで莫大な借金を抱えてしまったのである。
ふ、ふ~ん? と極めて平静を装いながらスープをスプーンで掬って口元に持っていく頃には、手の震えで全部零れ落ちて無くなる程に動揺してしまった。
そんな俺を見て里津さんはまた爆笑してベッドに倒れこむ。
色々と揺れたり、服が巻き上がって色々見えてるが、この人はどうやら俺を異性として見てないようで気にしてない様だ。
まぁ倍近く歳離れてるし、俺なんてガキ同然なのだろう。
「あの……なんでそんな高価な物を俺に? そ、そりゃ返せるよう努力しますよ? けど俺が無事に返せる保障は何も無いじゃないですか」
それともアレかな、こう若いツバメ的な……。
俺が馬鹿な事を考えてると、里津さんは笑顔を引っ込めて此方に向き直った。
「ん~? アンタはそりゃ覚えてないだろうけど、ロイやぺネでしょ? あとルイと……ベニーが懇願してきたの。『自分達も返せる様、一生を賭して払っていく』ってね。私としては友人の頼みでもあるし、商売人としての利益も合致したわ。ただそれだけよ」
里津さんは確実に思い出すように指を曲げながら、真剣に先程とは別の人間の様にハッキリとそう告げた。
俺は……彼等を助けたつもりでいたのが、急に恥ずかしくなって顔を背けてしまった。
何が大丈夫だ。何が元気だ。俺はこの世界に来てから助けられてばかりで、何も変われてはいやしない。
様々な感情が込み上げる。
情けなくて、悲しくて、悔しくて、だけど何よりも……嬉しくて堪らない。
自分の頬を次々に熱い物が流れ落ちていく。
それを堪えようと瞼を強く閉じると、代わりに口から嗚咽が漏れる。
どちらかを我慢しようと努力する度に、それを抑えられなくなり溢れ出していく。
不意に俺の頭を抱えるように暖かい物が優しく包み込む。
俺はその暖かさに縋るように、全てを吐き出して泣き喚いた。
数分後。
俺はすんごい気まずい顔をしながら、里津さんからようやく離れた。
里津さんは正に大人の余裕って感じでニヤニヤしている。
悔しい、けど泣いちゃう、ヒックヒック。
何とか涙を堪えながら、顔を拭う。
教会の人達には別に借金があるのだ。
いや、そうじゃなくてもこれは俺の責任だ。
俺一人で借金を完遂してみせるのだ。
ただ、それを伝えた所で鼻で笑われるのがオチだろう。
俺はどうしようもない程にガキで、此処でどうやって金を稼ぐかの方法すら分かってないのだ。
ふと、自分の中で疑問が沸き起こった。
迫田はどうなったのだろう? いや、死んだとは思うが死体はゴミ山に埋まったままなのだろうか?
里津さんに聞いてみようにも、本当の事を話して信じてくれるだろうか?
「里津さん。ゴミ山で何があったのか……聞かないんですか?」
「何があったかなんて、担ぎ込まれたアンタを見れば一目瞭然でしょ? 私は他人のトラウマを穿り返す趣味はないの。あー……けど、ゴミ山が崩壊した事にアンタが関係してたりするの? いや……そりゃないか」
里津さんが笑って場を取り持とうとしたが、俺は俯いて返事を返せない。
そんな俺を訝しげに思ったのか、里津さんは戸惑った様子で尋ねてくる。
「アンタ何か知ってるの? あそこは今軍が調べまわってて、誰も近づけないの。だから何か知ってるなら、軍に言えば情報代くらいはケチなあいつ等でも「人を殺しました」……は?」
話を遮って、自分がした事を話すと里津さんは目を見開いた。
次に眉を顰めると、溜め息を吐いて嗜めるように語り掛けてくる。
「アンタね……笑えないわよ? そもそもアンタが死にかけてたじゃない。仮に本当だとして死体は何処にあって、一体誰を殺したって言うのよ?」
「死体は……最後に見た時は、ゴミ山に埋まって行く所でした。現場に行けば、どこにあるか分かります。殺した相手は、迫田 甲と名乗っていました」
迫田の名を出すと、里津さんは口に手を当てて驚きを表した。
そしてそのまま視線を下げて、何かを思い出すように小さく呟きだした。
「迫田 甲……? 壊し屋?! まさか噂は本当で、ヤウラに来てた……? いやいやいや、アンタねぇ。迫田がどれほど凶悪か分かってるの!?アイツはHA-75型を所持してて、何の理由もなく有名なハンターやスカベンジャーを殺して来た狂人よ? あんたみたいなガキに何ができるのよ!? 大体ねぇ……」
迫田はどうやら……いや、分かっていたが大変に凶暴な奴だった様だ。
それは対峙した俺が一番分かっている。
今でも奴の狂気が混ざった笑みと声が忘れられない、だからこそ奴が最後に見せた微笑が際立って記憶に強く焼き付いているのだ。
俺は無造作に部屋に落ちていた金属質なガラクタを一つ掴むと、それを一瞬にして握りつぶしてみせた。
部屋に不快な音が響き渡り、里津さんの言葉を遮った。
「俺は気付いたら変な力が付いてて……。いや、それに気づいたのは迫田に襲われてから何ですが。それでどうにか迫田と戦って……あの、聞いてます?」
俺が神妙な面持ちで何があったか語ろうとするも、里津さんはワナワナと震えた指を此方に向けて何も反応しない。
ん? いや、よく見れば指が向けられているのは俺が握っているガラクタだ。
「一万」
「は?」
里津さんが短くそう告げた瞬間、ベッドの上から突然俺に飛び掛ってきた。
「ひぃ!! 何するんですか?!」
突然の自体に迫田戦でも上げなかった情けない悲鳴を漏らしてしまう。
だってめっちゃ目が血走ってるんだものこの人。
「あっ、アンタねぇ! これはRDタイプに使用可能な一万もする追加パーツなのよ!? それを何握りつぶしてくれてるわけ?! アンタの玉をお返しに握りつぶしてやるわ!! ほら、出しなさいよ!! 早く早く早く!! 玉を出せぇぇえええ!!」
こうして俺は里津さんに新たなトラウマを植え付けられた。
後日、ちゃんとそれの代金も借金に追加されました。
あと、里津さんの部屋の物には今後一切触れない様に誓わされました。
この人には絶対に逆らってはいけないって事を認識しました。はい。
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詩江は苛立っていた。
治そうとしていた爪を噛む癖は、既に完全に再発していた。
一旦落ち着きを取り戻すべく深呼吸したが、ゴミ山特有の濃厚な金属の臭いが肺に行き渡って咽る。
踏んだり蹴ったりである、詩江は憤慨しながら周りを見渡すと近くにいた兵士に手招きした。
「おい、貴様! こちらに来い!」
手招きされた兵士は、周りを見渡して同僚に助けを求めるが誰も彼と目線を合わせない。
仕方なく、気付かれない様に溜め息を吐いて小走りで詩江に近づいていく。
「……自分に御用でありますか! 大尉殿!!」
「……何故、何も見つからない? お前が無能だからか? 伍長」
完璧な言い掛かりである。
詩江達がゴミ山に調査隊を率いて調査を開始してから、もうすぐ丸二日が経つ。
最初はゴミ山の変貌具合と周囲に散らばる血痕に事件の臭いを嗅ぎ取って心躍る詩江であったが、調査は進まず時間ばかりが過ぎていくだけだ。
突然無能呼ばわりされた彼は、心の中で毒吐きながらもハキハキと返事を返す。
「申し訳ありません! しかし、大尉殿……ここは一旦壁に引いた方が宜しいのでは? 我々は外の住民に快く思われておりません。何時襲われてもおかしくないのです。しかも、ゴミ山は彼等の生活収入を手に入れる場所でもあります。このまま留まれば……その可能性はさらに高まります」
「そんな事は分かりきっている。だから早くゴミ山を変えた何かを見つけろと言っているのだ。そんな事もわからんのか?」
だったら呼ぶなよ。そう叫びだしたいのを堪え、伍長は胃を締め付けるストレスに耐える。
その後も詩江は伍長に愚痴を零し、その愚痴の量に比例して伍長は胃を痛めていく。
周囲の兵士は次に呼ばれるのが自分であるかもしれない可能性を考え、ゴミ山を掘り返す手の動きを早めた。
彼等にとって壁の外など一分一秒たりとも居たくない場所だ。
ゴミ山の調査など、完全に外れクジの作業だった。
適当に時間を潰して報告を済ませばいいだけの筈だったのに、詩江と言う存在がそれを許さない。
詩江への苛立ちと、こんな作業に送り込んだ上官への苛立ちで次第にゴミ山を掘り返す手に力が入る。
ふと、一人の兵士が己のグローブにこびり付く赤い何かに気がついた。
手を切ってしまったのか? そう思ってグローブを入念に見渡すが、異常はない。
不審に思いながらゴミ山に視線を戻したところで、彼は動きを止めた。
何かが、薄汚れた金属片の中から突き出ている。
ゆっくりソレをまた埋めてしまわない様に慎重に掘り返しながら、次第に兵士は恐怖に顔を染め上げた。
突き出ていたのは手だった。
しかも、指は幾つかが無くなっている。
知らず知らずのうちに後ろに下がると、急に足場が崩れてゴミ山から彼は転げ落ちた。
そして次の瞬間、彼を追う様にしてゴミ山から何かが崩れ落ちる。
詩江も流石に自体に気付き、すぐ現場に向かう。
伍長はようやく解放された事を天に感謝しながら、その後を追う。
「なっ……! あれは……」
「お、おい。大丈夫か?」
詩江はゴミ山から崩れ落ちた何かに目を見開き。
伍長は素早く、倒れた仲間の下に駆け寄る。
伍長が倒れた仲間に肩を貸し、腰を上げたところでその動きが止まる。
彼もようやく詩江が見ていたモノに気付いたのだ。
「死体……しかもHAを纏ってやがる」
「一体誰だ? どうしてゴミ山に埋まってんだ?」
「勿体ねぇ、ボロボロだな。見ろよ、胴体にあんな大きな穴が開いてやがる。戦車の砲撃でもくらったのか?」
集まってきた兵士が口々に騒ぎ出す。
ただ一人詩江だけが、沈黙を貫き通していた。
何故なら、彼女だけが彼の顔とその恐ろしさをハッキリ知っていたからだ。
「迫田……甲…………」
「え?」
詩江が喉を震わせながら言葉を搾り出す。
伍長は詩江に向き直り、首を捻る。
すると次の瞬間、詩江はあまりに無知な彼等の反応に苛立って、顔を怒りで真っ赤に染め上げて怒鳴り散らした。
「迫田 甲だと言ったんだ!! コイツはあの壊し屋だ!! この町に来ていたと言う噂は本当だったのか……!! しかし、一体何があったと言うんだ?」
詩江はそこで爪を噛んで深く考え込んだ。
周りの兵士達は詩江の発言に大きく浮き足立つ、迫田 甲と言う名は誰もが噂程度には聞いていた。
時にはハンターを殺し、時にはスカベンジャーを殺し、時には車を壊し、果てには戦車をも破壊せしめたと伝え聞いてはいた。
そんな怪物が、今目の前で無残な姿と成り果てている。
HA-75型は採掘現場や工事現場での機動性を高める為に装甲が薄くされた下肢とは別に、体幹部分は突然の事故に耐える様に設計されており、その装甲は生半可な事では損傷しない筈なのだ。
しかし、その最も耐久度が高い筈の胴体には穿ったような大きな穴が開いており、頭部装甲と右腕にいたっては全て無くなっている。
唯一無事に見える左腕も、先端から何かに押しつぶされた様に細かい皺ができて僅かに圧縮されている。
そしてその左腕から突き出ているブレードも先端が欠けている。
意外にも、この中で最も硬いのがそのブレード部分である。
貴重な特殊合金鉄を使って作られたそれは、前世界が崩壊した今となっては加工が不可能な代物だ。
その部分だけは既存のHA-75型に取り付けられていない装備であり、本来は軍事用のHAタイプに使われている。
迫田 甲がどこでそれを手に入れたのかは、今となっては知る術はない。
加工が不可能である以上、ブレードが欠けているのではもう使い物にはならない。
正に全て大破している状態だ。
何が起こってこうなったのか?
様々な疑問を抱く彼等だったが、最大の疑問は迫田の表情だった。
まるで親元の近くで眠りに付いた子供の様な、全てに安堵しきった顔。
彼が最後に何を思って逝ったかは、誰にも知る術はない。
見てて気付かれた方も多いかも知れないですが、私は迫田が結構好きです。
ただの悪人として切り捨てるのも味気ないかな? と思ってありきたりですが設定を追加したんですが、何か救われない男になってしまった。
まぁ普通にバンバン人をコロコロしてるんで最低なんですがね。