占い師と女の子
──そう、これはちょっと昔の物語。ある占い師と魔法使いに憧れた彼女が子供だった頃のお話だ──
日本と言う細長い国の少し北にあるその街は、昨夜から降り始めた雪がうっすらと積もり、街を白く包み込んでいました。
街の大きな通りから、ちょっと離れた場所にある古びた西洋風の建物。その館の一室では、暖炉の炎に照らされた二つの人影が床に伸び、向かい合っています。
一人は魔法使いのように黒く先の曲がったトンガリ帽子と黒のローブに身を包んだ大人の女性。この店〖占い館〗の主、占い師。もう一人はこの街の神社に住む白と緋色の着物に身を包む小さな少女。
雪が降り積もる音が聞こえる程の二人の沈黙は、赤く燃える暖炉の薪がパチリと跳ねる音と柱時計の振り子の音を部屋の中に響かせます。
占い師が両手で頬杖をつくテーブルの前には、巫女装束に身を包む少女が、堅く握った手を膝に乗せて悔しそうに俯き、時折響く薪の音にピクリと肩を震わせています。
大きな溜め息を吐き、黙り込んだ少女を見詰める占い師は、その姿を昔の自分に重ね、どうしたらこの少女が諦めてくれるか考えていました。
「……私を……弟子にしてください」
昼過ぎにこの館を訪れた少女は、占い師の前に来るとそう言って礼儀正しく頭を下げました。
「姉さん……お母さんには相談したの?」
小さく頷く少女の事を占い師は赤ん坊の頃から知っています。占い師にとって少女は大好きな姉の子供、姪なのです。偶に一緒に遊んだり、この店にも遊びに来ていました。
しかし、館に遊びに来るのと弟子にするのは話が違います。それに占い師には一つ気になる事もありました。緊張する少女をテーブルに着かせると、占い師も椅子に座り、微笑みながら少女に話し掛けました。
「どうして私の弟子になりたいの?」
椅子から立ち上がり、姿勢を正すと少女は緊張しながらも占い師をしっかりと見て、はっきりと答えます。
「私、“魔法使い”になりたいの!」
「面倒臭いから断るわ」
占い師は笑みを浮かべたまま、即答で少女の願いを拒否しました。
少女は少し頬を膨らませながらも、再び弟子入りを頼みます。何度も遊びに来ているので占い師のキツい言葉遣いや面倒臭さがりな性格を知っている少女は、一回のお願いで占い師が素直に頷いてくれるなんて思っていません。
そして、占い師も少女が一度決めた事を少し反対されたくらいで諦める物分かりのいい性格だなんて、今までの経験上、これっぽっちも思っていませんでした。
「お願いします。私、魔法使いになりたいの」
「断るわ」
そんなやりとりが暫く続くと、少女はムスッとして黙り込んでしまいました。占い師は頬杖をついたまま少女を眺めていると、お腹が鳴る音が静かな部屋に響きます。その音を聞いた占い師は、数度目の溜め息を吐くとテーブルから離れ、暖炉のそばの棚からカップを取り出し、お茶の準備を始めました。
室内に甘い香りが漂い、少女の前にクッキーとココアを置いた占い師は先程と同じ様に頬杖をつくと少女に話し掛けました。
「魔法使いになりたいと言うけれど、私は占い師。魔法使いじゃないわ。それにアンタは家の神社で占いが当たると評判の巫女でしょう? そのまま神社で巫女をやった方が良いのにどうして魔法使いになりたいの?」
占い師の言葉に少女は軽く唇を噛み、ボソボソと話し始めました。
「……だって、本当の事を言うと……みんな嫌な顔になって“信じない”って言うんだもん……」
少女の言葉を聞いて、占い師はまた一つ溜め息を吐きました。
確かに神社での巫女が行う占いは、“占い”と言うより“御告げ”です。神様に質問して答えを教えて貰うのです。その御告げを信じないと言う事は、“神様を信じない”と言っている事と同じです。少女は神様に教えて貰った事を相手に伝えているだけなのです。自分が伝えた事を、信じるものを否定されて気分がいいはずはありません。
「……だから姉さんは私の処でアンタを遊ばせてたのね……」
占い師も昔は少女と同じ巫女でした。神社にやって来る人達を占い、神様からの御告げを伝えていました。
しかし、ある日。神様からの御告げは、はずれました。
神様からの御告げでも、相手に伝える伝え方、本人の行動に因っては、はずれる事もあるのです。けれども、占った相手はそうは思いませんでした。激しい言葉で占い師を罵り、暴力を振るいました。姉が止めに入り、大きな怪我はしませんでしたが、占い師はそれから神様の御告げを聞く事を止めました。神様の御告げを人に伝える事が怖くなってしまったのです。
それから占い師は巫女を辞めて神様に頼らない占いを始めました。神様は今でも信じていますが、自分の占いで神様が嘘つきと呼ばれない様に、例え占いがはずれても自分の責任になる様にと、沢山の占いの知識と技術を学び、このお店を持つまでになりました。
そして、あの頃の自分と同じ悩みを抱えた少女が占い師の前に座っていました。
「……ほんと。面倒だわ」
占い師は少女を眺めながらポツリと呟きました。
少女がココアを飲み、少し落ち着いた様子を見せると占い師が少女を見詰めながらゆっくりと口を開きます。
「私の未来を占ってくれないかしら? その結果によってアンタを弟子にするか決めるわ」
その言葉を聞いて少女は笑顔になると懐から拳程の水晶玉を取り出し、占いを始めました。
水晶に映る占い師の未来をじっと見つめます。
しかし占い始めた真剣な顔が段々と悲しそうな顔に変わっていきました。占い師が見詰める少女は一度水晶から目をそらし、チラリと占い師を見ます。そして、もう一度、水晶を真剣に覗き始めました。水晶を覗き込む少女の頬から一筋の涙が流れ、遂にはわんわんと泣き出してしまいました。
「結果はどうだったんだい?」
占い師から優しく掛けられたその言葉を聞いた少女は、俯きながら首を振り、赤い袴に涙をこぼします。
少女の水晶玉に映し出されたのは占い師のそう遠くない未来の出来事。占い師が笑みを浮かべ、眠る様に死んでしまう未来でした。
「どうだったんだい? 言わなきゃ分からないよ?」
その言葉に少女は涙をこぼしながら首を振ります。
「どんな占いでも占ったらそれを相手に伝えるんだろ?」
少女は涙で濡れる顔を上げて占い師を見ると優しい顔で微笑む占い師が少女の答えを待っていました。
「魔法使いになりたいんだろ?」
占い師の言葉に少女は小さく頷きますが、何も言えないまま占い師を見詰めます。沈黙が部屋を包み、占い師は軽く溜め息を吐きます。
「まあ、オマケで合格か……いいかい? 巫女の御告げは神様から聞いた話だから聞いた通りにしっかりと伝えないといけないけど、占いは全部教えなくてもいいんだよ。占いに来る人が元気になって気分良く帰ってくれるようにするの。アンタの場合は顔を見ただけで、どんな結果か分かるから修行が必要ね」
そう言って占い師は指先をパチンと鳴らすと崩れ落ちる様にテーブルに倒れました。
少女は慌てて駆け寄ると占い師の顔を覗き込みます。その顔は先程、少女が占いで見た占い師の顔と同じです。微笑みを浮かべたまま動きません。
少女は占い師の身体を揺すり、声を掛けますが、占い師は動く事はありませんでした。
「……それは人形だから動かないわよ」
少女の背後から聞こえる声に驚いて振り向くと、そこにはテーブルに倒れている占い師と同じ姿の占い師がいました。
それはいつも占い師がやる不思議なイタズラでした。少女に魔法使いと思わせる占い師の不思議な魔法。
また騙されたと少女の顔が驚きから怒りに変わり始めた時、占い師はテーブルに倒れたそっくりな人形から帽子を掴み、少女の頭に載せました。
「アンタはその人形の未来を見たの。私じゃないから安心しなさい。明日から占いの修行を始めるわ。今日はもう帰りなさい」
そう言って少女を玄関へ送り出します。少しムスッとする少女を笑いながら店の前で見送ると、少女が振り向いて占い師に質問します。
「ねえ、どうして占いは全部教えちゃダメなの?」
占い師は帽子のツバを指先で押し上げてニヤリと笑いました。
「全部教えたら、店に来なくなるでしょ」
そう言って店の中へ入って行きました。少女は店の扉を見ながら明日から始まる修行を少し不安に思いながら夕暮れの道を家へと帰って行くのでした。
──── end ───