2
二日目:昼
旅人:マコト
小間使い:ナナ
衛士:リザード
音楽家:セリーヌ
物乞い:トロイ
楽天家:ジョン
人狼1狂人1占い師1狩人1村人2
『楽天家:ジョン』が無残な姿で発見された。
それは悲惨な光景だった。
病院暮らしを経験している自分でも、こうまで残酷な光景を見たことはない。大量の血液が放つ死臭の強烈なこと、俺は初めて思い知った。
「きゃぁああっ!」
叫んだのはセリーヌだった。顔を青くして、目の前の死体を指差してぶるぶると震えている。
「大丈夫? セリーヌさん」
トロイが倒れそうな彼女を後ろから支えた。ナナはそっとその死体の前ににじり寄ると、顔をしかめながらその死体の無数の傷口に視線を向けて
「……動物に食われてる。トラか……或いは狼か」
「エクセレーンツっ!」
そう叫んだのはモニターに表示された『初日』だった。
「初日犠牲者の死体を見て、村人達が真に自分達の危機を認識する。人狼ゲームなら鉄板の展開なのであるなっ! さあ、村人たちよ。ジョンをこんなにした『人狼』を見つけ出し、投票にて始末するのである。
「……酷いことをするね」
ナナが無表情で言った。
「酷い……酷いよ。この人は、どうしたの? あなたたちが殺したの?」
「うむ。先ほど別の場所でゲームをやった、その敗北者である。これを君たちに『初日犠牲者』として見せたのは、君たちに危機感を持ってもらうためであるな」
飄々として言う初日に、リザードが舌打ちをした。
「……負けたらおれたちもこうなる、ってことか?」
「運が悪ければ、そうなるであるな」
『初日』は言った。
「どういうことだ?」
「我々が求めているのは優れた頭脳を持つ高度な人狼プレイヤー、その数十五名っ! 今回行っているのはその選抜作業なのであるな。なので、勝者は当然生きてもらわなければならないが、敗北や引き分けであっても資質のあるものが含まれていれば、敗者復活を行う可能性もなきにしもあらずなのだ」
「……つまるところ。勝ち続けていれば殺される心配はない、ということでいいんだな?」
気がつけば、俺の口からそんな言葉があふれていた。
セリーヌが信じられないような目でこちらを見る。ナナも面食らっていた。一番驚いたのは自分自身だったが……その発言に気持ちの虚偽はないこともまた確かだった。
……生きる。死を乗り越えて……絶対に。
自分の頭がクリアになっていくのを感じていた。幼い頃、大きな手術を目の前にしたときの感覚に似ている。恐ろしい危機を目の前にして、なぜか酷く冷静になっていくこの感覚……。
「やっぱり君は頼もしいなぁ。マコトくん」
トロイが言った。
「君が人狼陣営でないことを願うよ。……さて、と。それで? 議論を始めるにしたって、こんな血なまぐさいところでやるつもりかい? とても落ち着いてやれそうにないんだけど」
言うと、『初日』はうなずいて
「では別の教室を手配しよう。それまで持ち時間は停めておくから安心するのだ」
「こ、こんな死体を目にして、すぐにゲームを始めろって言うの?」
セリーヌが叫んだ。うろたえているように見える。いたってふつうの反応ではあるが……。
「……どうしたの?」
何か気になったのか、と言いたげにナナは俺の方をじっと見上げる。
「いや」
俺は言った。ナナは俺の顔をじっとつぶらな目でうかがう。背は高めな部類に入る俺よりも、ナナは頭一つ分ほど小さい。なので見上げられる形となる。ほくろの位置が分かるくらい接近して神妙に見詰められ、俺は気まずくなって
「な。なんだよ?」
声をあげる。ナナは
「ごめんなさい。やっぱり、あなたのこと、思い出せないや」
そう言ってナナは首をかしげた。
○
『14:54』
移動を完了すると、教室の正面に備え付けられたモニターで、数字が一つずつ小さくなりはじめた。その下には、『楽天家:ジョンは無残な姿で発見された』という文章と、現在の生き残りメンバー、すなわち俺達五人の名前が表示されている。
「さて。おまえらよく聞け」
教室に入り、それぞれ思い思いの場所に身を落ち着けた後、間髪いれずにリザードが皆の視線を集めた。
「もうこうなったらゲームとやらを進めなくちゃいけないとおれは思っている。ゲームを有利に進めて、『人狼』を駆逐するんだ」
その表情や態度に違和感はない。しかし……と俺は思わずにはいられなかった。そのとおりのことを指摘する。
「随分な気持ちの変化だな。あんなにゲームに対して反発的だったおまえが」
「当然。誘拐犯の連中に従うわけじゃない。だが下手に逆らっても仕方がないことはさっきよく分かっただろう」
「それは、従うこととおんなじ意味じゃないかな?」
ナナはぼんやりした顔でそう言った。
「今は従う振りをしておくって意味だ。……そういうことで、おれはあくまでおまえらの身の安全の為にゲームに参加しているんだが、そういう訳で宣言させてもらうぞ」
言ってから、リザードは思わせぶりに一拍おいて
「『衛士:リザード』が『占い師』を宣言する。『物乞い:トロイ』は人間だった」
……占い師。夜パートごとに人物を一人選んで、『人狼』かどうかを知ることのできる役職者。
その言葉を聞いて、俺はトロイの方を一瞥する。トロイはいつものようにへらへらと笑いながらリザードに諮るような視線を向けた。
「一応。僕を占ってくれた理由も聞いておこうか?」
「おまえを占った理由? 簡単だ。この中でおまえが一番冷静に見えたからだよ。敵に回すと面倒くさそうだったっていうのが本音だな」
リザードのその占い理由は、一見すると納得できるものだ。
「それじゃ。人間と出たトロイは俺達の味方だということでいいんだな」
俺は言った。「そうかな」とナナは首を振る。
「……? どうして首を振るんだ?」
「簡単でしょう? そこのリザードが本当の『占い師』か、なんて、誰にも分からないじゃない」
セリーヌが言った。ナナがうなずいて
「わたしはこれと同じゲームをやったことが何度かあるけど、そんな簡単にはいかないんだ。たいていの場合、『人狼』か『狂人』が『占い師』の振りをしてでたらめな結果を出してくるんだよ。もし本物の『占い師』が『人狼』を見つけちゃった時、村陣営は誰もが真っ先にそこに投票しちゃうでしょ? 『占い師』が二人いて、二人ともが別々の相手を『人狼』って言ってたら、どっちを追放するか選ばなくちゃいけなくなる」
「なるほど……」
俺はそう言ってから、他の面子の顔を一人一人確認していく。……それから誰もが口を閉ざすのを確認して、ほっと胸をなでおろした。
「リザードのほかは、誰も出ないのか?」
「そのようだな」
リザードが勝ち誇った顔で言った。
「人狼陣営は全員がチキンみたいだぜ。はは、これなら迷うことはない。ゲーム中における『今夜』は、『狩人』はおれを護衛してくれれば良い」
……狩人は、確か夜ごとに一人村人を守れる職業だったか。この二日目昼パートに一人投票で処刑して残り四人、一人処刑されて三人。三人残れば明日を迎えられるから、狩人がリザードを守りさえすれば、リザードは二人分の『占い』結果を知らせてくれることになる。
「……なんだか。いけそうな気がしてきたな」
「だろう? ははは。占い師さまさまじゃないか」
そう言ってリザードは笑う。俺はうなずいてから言った。
「えっと……。整理するぞ。
まず、他に『占い師』を名乗る奴がいない以上、リザードは本物の『占い師』だ。
そのリザードが『シロ』の結果を出すんだから、トロイだって人間なんだろう。『狂人』の可能性もあるけれど、『狂人』は処刑しなくても村の勝利条件に影響はなかったはずだ。
となると。『人狼』でないことが確定していないのは、ナナ、セリーヌ、俺の三人だ。
それで、俺には俺が『人狼』でないことは分かっているから、『ナナ』、『セリーヌ』のどちらかが『人狼』ということになる訳だ」
「わたしから見たらナナかマコト、あなたが『人狼』ということね」
そう言ってセリーヌがメガネに手を触れる。
「ここまでは分かってもその先が分からないわ。あなたたち二人のうちのどちらが『人狼』なのか、話し合ってはっきりさせる必要がありそうね」
「その必要はないだろ」
俺は言った。
「今日は俺達三人の中から誰か一人を選んで『投票』して処分する。そして今夜『狩人』には『占い師』のリザードが死なないように護衛してもらって、明日、残った二人のうちどちらかをリザードに占ってもらえば、結果はどうあれ『人狼』の位置がはっきりする。そうだろう?」
そういうと、セリーヌは僅かに目を見開いた。あれ……? 俺は首をかしげる。
何か疑問があるのだろうか。俺は自分の発言を思い出す。何もおかしくない、完全な戦略のはずだ。そうは思うのだが……、セリーヌの動揺の意味がよく分からない。
そんな俺の迷いが伝わったのか、トロイが微笑んでフォローを入れてきた。
「初めての『人狼ゲーム』で、ほとんど間違いのないその勝ちパターンをすぐに思いつけるあたり、マコトくんは頭の回転の速い人なんだね。関心するよ。
だけれど、君の提示したその戦略には重要なことが二つ、抜けているんだ。その一つは、『リザード』が本当に『占い師』なのか。それはまだ確定していない情報だということ」
そういうトロイに、リザードが噛み付いた。
「待てよ。他に『占い師』を騙る奴がいないなら、俺が『占い師』で決まりじゃないか」
「信じてあげたいんだけれどね。そうも行かないんだ。まずこのゲームが始まった時、村にはどれだけの人がいたかな?」
その質問に、リザードはいぶかしげに答える。
「ここにいる全員だろ? マコト、ナナ、トロイ、セリーヌ、俺で五人だ」
「ううん。六人だよ。マコトくん、トロイくん、セリーヌさん、リザードくん、わたし……それにさっきご遺体で見せられた、『ジョン』。六人だ」
ナナが答える。トロイはにこやかに「正解」といって
「このゲームの参加者リストには、『初日犠牲者』こと『ジョン』の名前が含まれている。そして、そのジョンは一日目の夜に死んだ。そのジョンが『占い師』でなかったとは、限らないんだよね」
「……初日の犠牲者が役職を持っているっていうのか?」
俺が訪ねると、トロイはうなずいて
「この村の役職がどうなっているのか考えてみようか? 人狼1、狂人1、占い師1、狩人1、村人2、これでぴったり六人だ。当然『ジョン』もこの中のどれかだろう。『人狼』が自分自身を襲撃しないことを考えると、五分の三の確率で『村人』以外の能力者が消えていることになるんだ。そうやってゲームを複雑にしているんだね」
「ってことは……たとえば『リザード』が、『人狼』のトロイをかばいに『人間』の結果を騙っている、ということも考えられるわけだ」
俺のその懸念を、否定したのはナナだった。
「ううん。それはないと思う。もちろん『トロイ』くんが『人狼』ということがありえないっていう訳じゃない。けれど、『狂人』の『リザード』くんが意図的にそういう『囲い』を発生させたっていうことは、考えられないと思う」
「『狂人』は『人狼』が誰か分からないんだ。そして『人狼』も『狂人』が分からない。……分かると誰もいわなかったからきっと分からないんだろう」
トロイはそう涼しい顔で言ってから『リザード』を見た。
「ちなみに僕は、『ジョン』が持っていた役職は、『占い師』ないし『狂人』だと思ってる。『リザード』くんが本物の『占い師』として考えると、『人狼』も『狂人』も、『占い師』を騙りにでてこないことが、僕には疑問に思えて仕方ないんだ。『占い師』が本物と確定、まではしないまでも、一人しか出てこなかったら皆は当然その人を信じるよね? すると人狼陣営は一転して不利。なのに『占い師』を騙るものがいないということは、これはどう考えても『占い師』を宣言するのが濃厚な役職、『占い師』ないし『狂人』が欠けていると思うんだよ」
「おれが狂人だって言いたいのか?」
リザードが言うと、トロイはとりなすように
「いやいや。同じ確率で本物の『占い師』であるといいたいんだよ。まあ僕は君に『人間』認定をもらっている身分だ、どっちかっていうと信じてみたい気分ではあるけどね」
「気分って……」
セリーヌがあきれたように言った。トロイは涼しい顔で続ける。
「あともう一つ。マコトくんの説明した進行、勝ちパターンには欠陥があるんだ。それは、僕の直観が外れて『狂人』が生存していて、なおかつ『占い師』に出ていない可能性。
この場合。たとえばマコトくんの言うとおり、『人狼』の可能性がある三人の中から、そうだね、『セリーヌ』さんを吊る……処刑したとしようか? そして今日二日目の晩に僕が噛まれる、襲撃されてゲームから追放されたとしよう。
さて、残りは『ナナ』さん、『リザード』くん、そして『マコト』くんだ。マコトくんが村人ならこの時点で村の勝ちだ。リザードくんが本物なら、マコトくんが人間認定されるかナナさんが人狼認定されることで、誰を処刑するかがはっきりする。でも、もしマコトくんが『狂人』だったら?」
「俺が、『狂人』?」
「もちろんあくまでもシミュレーション、そういうパターンの話さ。
さて、『狂人』のマコトくんはどう行動するかな? マコトくんからしたらナナさんが『人狼』であることは分かっているよね。そして君は当然ナナさんに処刑されて欲しくない。じゃあどうするか?
君は自分が『狂人』であることを宣言するだろう。そして『ナナ』さんに持ちかけて投票を『リザード』くんに合わせる。これで『リザード』くんが吊れれば(最多得票で処刑されれば)人狼陣営の勝利となるわけだ」
「……人狼陣営が公に村陣営を処刑するのか?」
「このゲームではそういう展開もありうるね。こういうパワープレイも考慮に入れれば、君の提示したような進行は無敵の必勝法足りえない」
それを聞かされ……簡単に勝てそうな気分になっていた俺は愕然とした。上手い話なんてなかった、ということか。
「あなたの話は分かったわ、トロイ」
セリーヌがそう言って視線を向けてきた。
「私視点、マコトかナナが『人狼』だとは限らないということね。これは理解できたのだけれど……じゃあ今日は誰を処刑すればいいのかしら?」
「へ? 知らないよ。自分で考えれば?」
とぼけた顔でそういうトロイに、セリーヌは目を丸くした。
「人をバカにしているのかしら?」
「そうだね。ちょっとばかりセリーヌさんの評価が下がったのは否めないよ」
表情を変えずに言うトロイに、俺は驚いた。この誰にでも笑顔を向けていた青年が、こう人を突き放したようなことを言い始めたことに。
「いいかな? 僕は君が仲間かどうか分からない上に、君は僕が仲間かどうか分からない。それなのにどうしてそう、人に判断を頼りきったようなことが言えるのかな? 少し怪しいね」
「怪しいって……」
「『人狼』っぽく見えるってことだよ。わかんない?」
そう言ったトロイを俺は制止する。
「待てよ。意味が分からないぞ? セリーヌはおまえにただ相談を持ちかけただけじゃないか?」
「だからさ。どうして僕にそう簡単に相談なんか持ちかけられるのかな? 僕が『人狼』かもしれないのに?
そうやって安心して相談してくるなんて、それはセリーヌさんが『人狼』が僕じゃないことを知っているからじゃないのかな?」
「セリーヌさんを疑っているっていうのは、つまりこういうこと? なんだか用心深そうな彼女の性格なら、もしセリーヌさんが『村人』だとして、『人狼』の可能性のあるトロイくんを信用したりはしない……」
ナナはそう言ってトロイに視線を向ける。
「そうだね。いや。別に断定したわけじゃない。なんとなしに質問しただけっていうことも、もちろん考えているよ?」
「そうだとしても……ちょっと今のは追及が雑かなって、思うな。基本的な進行が分かっていない人もいる中で、そうやって失言をいちいち追い回しても仕方がないよ」
「そのとおりだね。追求が乱暴だったのは認めよう。けれどね、やり方にこだわらず、あっちこっちに疑いの目を向けていかないと、そろそろまずい時間なんだ。いや時間のかかりすぎは説明役をさせてもらった僕の責任なんだけど」
見ると、正面のデジタル時計は『8:34』をさしていた。確かにそろそろ時間がない。誰が敵なのか、それを見極める為の時間が。
「さて。本物が確定していないまでも『占い師』から人間判定をもらった僕としては、皆に一つ提案をさせてもらいたい。他の皆よりはほんのちょっと村人陣営の可能性が高い僕からの意見だ。気に入らなければもちろん反論するか、無視してくれていい。
『占い師』が本物で確定しないことなど、色々説明したけれど、それらを考慮した上で今日は『グレー』……『占い師』を宣言しておらず、人間判定も受けていない人から投票先を選ばないかな? すなわち、最初にマコトくんが言ったとおりの進行を取るってことだね」
トロイが言うと、セリーヌがいやそうな顔をした。
「さんざん否定しておいて……最後はそれ?」
「いや、確かにマコトくんには悪いことをしたと思っているよ? けど、村の皆には、すべての可能性を考慮した上で進行を選んで欲しかったんだ。
この進行を推す理由は二つ。一つは、『リザード』くんは悪くて『狂人』じゃないかと思えるということ。『占い師』に出ることは同時に疑われるリスクも背負い込むからね。迷わずに『占い師』を宣言した彼は本物か『狂人』だろう。この三人の中に『人狼』がいる可能性は高い。もちろん、リザードくんが本物ならそれでゲームが終わる、っていうもう一つの理由が一番だけれどね」
「トロイのそれで間違いないぜ。おれは本物の『占い師』だ。明日おれが襲撃されさえしなければそれで村が確実に勝てる」
リザードが請け負うようにして言った。
「最初に俺が提案したことだ。俺もそれで異論はない」
俺がそういうと、トロイは満足げにうなずいた。
「さて……残りの五分強で投票先を決めておかなければいけないんだけど。その前に一つ提案があるんだ。『狩人』がもしグレーの中にいたら間をおかずに出て欲しい」
「……なんでだよ?」
俺は尋ねた。
「『狩人』って村人を夜の襲撃から守る役職だろ? なんででるんだ? 位置が分かったら、『狩人』自身が襲撃されるじゃないか?」
狩人は自分自身を守れない。宣言すれば当然狙い撃ちにされる。当然、出るはずがないと思った。
だがしかし、そういう俺の言葉の直後……「はい」と無造作にてがあがった。
「……ナナ?」
「わたしが『狩人』だよ。宣言しちゃった以上、今夜噛まれるのはわたしだね。別にそれはかまわないんだけど、ねぇ、本当にそれってあなたが促すこと?」
いぶかしむナナの視線に、トロイは微笑んで答える。
「いや。もしかしたら、『狩人』がマコトくんみたいに人狼初経験の人の可能性もあると思ってね。彼が『狩人』なら出るかどうかの判断もできなかったでしょ?
出て欲しいと促した理由は……ナナさん。君が出たとおりだ。『グレー』を狭めて『人狼』を処刑できる確率を高める為だよ」
「待って。どうして、『狩人』が出ることが『人狼』の処刑を可能性を高めることになるの?」
セリーヌが言った。ナナが説明する。
「あのね。わたしが出た理由はね……。『人狼』の位置を、わたし達三人から、二人にするためなんだよ」
「『狩人』で出れば投票されなくなるってことかしら? それは甘いわね。『人狼』が『狩人』を騙っている可能性もあるわよ。ナナ、悪いけれど、私視点であなたが『人狼』の候補であることは間違いないわ」
「それはそのとおりだよ。だから、結局『人狼』候補はあまり絞れたとは言いがたいね。
けれどね、もしも私が偽者の『狩人』なら、別の本物の『狩人』が出てくる、よね? もしわたし以外にも『狩人』が出ていたら、『人狼』の居場所はわたしかその別の『狩人』宣言者、ってことになる。ほら、三択から二択に減っているでしょう? わたしが狙ったのは、そういうことなんだ」
それを聞いて、セリーヌは納得したように首を縦に振る。
「なるほどね。理解したわ。それが分かっているなら、『人狼』が『狩人』に出るメリットはあまりなさそうね。でもだからってあなたを盲信できる訳じゃない」
「うん。出るのが一概に正解とは言えないんだ。だからわたしはこれは、『狩人』を引いた人が自分で出るかどうか判断することだと思ってる」
「無理に促したことは謝るよ。けれど、これで一つ情報が明らかになった。『狩人』は欠けているか、『ナナ』さんかってことだ」
トロイが飄々と言った。
「なあ。セリーヌ。君は今『人狼』が『狩人』で出てくるメリットはないって言ったよな? それは裏返しで、うながされて『狩人』で出られた『ナナ』は本物らしく見えるということでもないのか?」
俺は自分の思ったことを言った。今の出方を見る限り、『ナナ』が嘘をついているようには思えなかった。
「そうね……。私もそれは感じている。つまり、あなたが人狼ね、『マコト』」
そう言われ、俺はびっくりとして目をむいた。
「ま、待てよ? どうしてそうなるんだ?」
「当然でしょう? 占い師の『リザード』を信頼するなら、人狼はナナかマコト、あなたのどちらかだということになる。そしてナナの『狩人』宣言を信用するなら、自然に残る人狼候補はあなたってことよ」
確かに。いわれてみればそうだ。
「でもそれは裏返しで俺視点で『人狼』が濃厚なのは、セリーヌ、あんただってことになるぞ?」
「それはそうでしょうね。あなたはあなた自身を疑わないんだから。そういうしかないはずよ」
セリーヌが反論する。彼女こそが『人狼』。今までの議論の中で、俺視点ではそれが濃厚になった。……なったのだけれど。本当にそれでいいのか?
……俺は『人狼』でも『狂人』でもない。ただの『村人』だ。宣言をすべて信じるのならば、『狩人』は『ナナ』で『占い師』が『リザード』。『狂人』が行方不明だが……残る『トロイ』なのか? だとすれば、村に有利な動きをしすぎていないか? ここまで村に有利な情報を落とす『狂人』が、いるのか?
……『狂人』は別のところにいる? 死んだ『ジョン』がそうだった? そんな都合の良い話があるか? 『ナナ』か『リザード』のどちらかが村の役職を騙っているのか? しかし『ナナ』はどことなく本物らしく見えるぞ? だとすれば偽者は『リザード』? いいのか? 『リザード』が偽者ならこれまでの推理がすべて崩壊するぞ?
「うん。この二人のどっちかに投票したので間違いなさそうだね。幸いに、僕が『人狼』だと思っている位置がきちんと残ってくれたしね」
トロイが満足そうにうなずく。さっきからこいつの余裕はいったいなんなんだ? どうしてこう、ゲームを楽しむみたいにしていられる? そもそもこいつの雄弁さはいったい……。
「悪いけど。『トロイ』くん。『狩人』のわたしはあなたの指示する進行には従えません」
そこでそう言ったのは、ナナだった。いつもはぼんやりさせているその表情を、背伸びした子供のような真剣さに引き締めて
「へえ。反論してくれるのかい?」
「反論じゃありません。無視です。だから説得してもわたしは投票先を変えないよ」
「待て。ナナ、なんでおまえは俺かセリーヌに投票しないんだ?」
俺が尋ねると、ナナは「うーん」と首をかしげてから、「ふんふん」と、鼻を引くつかせるような動作をする。
「なんかね……におうんだ」
「におう?」
俺が面食らうと、ナナは「うん」とうなずいて
「『リザード』くんの真を見ていない。これは、わたしの直観」
「おれは本物だぞ? 信じろよ」
リザードは憮然とした顔で応じる。
「うん。あなたの態度自体には問題はないと思う。ただ、あなたが本物なら、もっと尖出するような気もする……のはそうなんだけど。でも、トロイくん、わたしがにおうっていうのは、あなた」
「僕が臭うの? 女の子にそんなことを言われるのはショックだね。実は僕、ちょっと嘔吐癖っていうか、よく食べたものを吐いてしまう習慣があるんだけど。実はここに来て目を覚ました時もさ。起き抜けの気分の悪さで吐きそうになった、というか少し吐いたんだけどさ。それが原因かもしれないね」
飄々とそこまで言って、トロイは口元に手を当てて、そこに息を吹きかけてみせる。それから自分でそのにおいを確かめるように鼻をひくつかせる。
「うーん。自分じゃ分からないもんだな、口臭って。さっき吐きかけたもののにおいがついてないかと思ったんだけど……マコトくん、ちょっと嗅いでみてくれないかい?」
「トロイ……おまえは何を言っているんだ?」
俺は少し身を引いてそう言った。
「におう、っていうのは比喩だけど……なんだかあなたが『村人』には見えない。『狂人』にも見えない。あなたが『狂人』なら『占い師』を騙る仕事をしそうだから。雄弁なあなたなら、簡単にできるはずだよね?
だからね。あなたが『人狼』だと考えたら、つじつまがあうんだ。だから翻って『リザード』くんが偽者らしく見えるんだよ。あなたに『シロ』を出した『リザード』くんが『狂人』であることは、あなたにとっては分かっていること。だからあなたは自分でも『リザード』くんでもないところを処刑すればいい。だから、わたし達三人に誘導していたんじゃないかな?」
「村陣営で見ている君にそんなふうに言われるのは残念だけれど、僕は本当にただの『村人』なんだ。これについては、信じてくれとしか言いようがない」
「信じてあげたいよ? だけれどね、どうしてもそれができないの」
「その根拠は? 自分が『村人』であることを証明するのも『村人』の仕事だからね、一応は反論がしたいな。聞かせてもらえる?」
「…………それは」
そこで、ナナは口ごもって顔を伏せた。それからしばし沈黙した後で、ゆっくりと
「言葉には、できないよ? だけど、なんというか、あなたはとても……」
「胡散臭い、ってことかな? あはは、よく言われるんだ。この喋り方がよくないのかもね。ちょっと変えてみるよ」
おほん、とトロイは咳払いをして
「オッス。オラ、トロイっ! 正真正銘の村人だっぺっ! 信用してくれよなっ!」
「トロイ……おまえ本当にどうしたんだ?」
俺は少し身を引いてそんなことを言った。
「……そいつがどう見えるかは人によるとは思うが。だがトロイが『村人』であることは間違いないんだ。『占い師』のおれが保障する」
リザードがいう。
「そこの男も十分胡散臭いわね。けれど、わたしはマコトに票を入れるわよ? 理由は消去法ね、わたしはリザードを本物で見ているから、そこしか投票先がないの」
セリーヌが言った。俺は言い返すこともできずに黙りこくっていた。
「じゃあおれはその二人のどちらか、じっくり考えて選ぶとするさ……。『狩人』のナナがミスリードしちまってるのが気がかりだがな」
リザードがいぶかしむ。……ナナの言葉が頭の中で引っかかる。この占い師は本当に信用できるのか?
確かにトロイが『人狼』という可能性はある。ナナのいうことが本当なら、つじつまもあっている。もし本当にそうならこんなに恐ろしい話はない。こうも強弁に誘導してきて村陣営を吊ろうとする、発言の上手い人狼がいるのか? 順当に考えて『セリーヌ』が『人狼』なんじゃないか?
もし『トロイ』が人狼なら相手が悪すぎるし、『セリーヌ』ならあまりにもあっけない。『セリーヌ』は俺と同じく、今ある可能性について『トロイ』から教えてもらうので精一杯だった位置だ。こんなところが『人狼』なのか?
もし『トロイ』が人狼ならまずぼろは出さない。ぼろを出すとしたら『リザード』か『セリーヌ』。発言に何かおかしなものはなかったか? ……考えろ。
「投票の時間になりました」
そこで、モニターの時間が『0:00』を示す。
「各自、個室に移動してください。投票時間は五分間です」
俺は……。
二日目昼:投票結果
2『旅人:マコト』→『衛士:リザード』
0『小間使い:ナナ』→『物乞い:トロイ』
1『衛士:リザード』→『旅人:マコト』
1『音楽家:セリーヌ』→『旅人:マコト』
1『物乞い:トロイ』→『音楽家:セリーヌ』
投票の結果、『旅人:マコト』は処刑されました。