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15

 四章は14D猫又。

 今までがモード・イージーだとすると、こっから先はハードモード。

 誰にとってのハードだって? 書いた俺だよ。

 一日目:昼


 旅人:マコト

 小間使い:ナナ

 青年:ハンニバル

 ならず者:メアリー

 老婆:コーデリア

 盗賊:マスケラ

 芸人:エイプリル

 羊飼い:ドナ

 掃除婦:エリザベス

 シスター:アイリーン

 学生:チサト

 技術者:アンナ

 殺人鬼:ナイヤ

 楽天家:ジョン


 目を覚ます。

 知らない天井だ。天井だとは思えないほど近くて、驚く程平坦でただひたすらに灰色だ。

 体が痛む。どうやらコンクリートの上で寝ていたようだ。体を起こす。鎖を引きずるような音がする。じゃらじゃら。じゃらじゃらじゃら。

 視線を向けるなり、俺は自分の右腕に手錠がはまっていることに気がついた。手錠から伸びる錆色の鎖は、部屋の隅の柱に無造作に巻きつけられている。部屋を見回して、そこが牢獄であることに俺はとうとう気がついた。

 「……『学校』、『水族館』、『ホテルのパーティ会場』と来て……次は『刑務所』ってところか?」

 いや刑務所なんて上等なところなのだろうか。単に牢獄というのがふさわしいように思える。むき出しのコンクリートの、圧迫感のある狭い部屋。窓は一つしかなく、冷たい格子がはまっている。部屋の一面は鉄格子になっていて、そこから反対側の牢屋が見える。

 少女が一人、そこで横になっていた。俺が寝ていたのと同じ鉄製のベットで、寝苦しそうに体を丸めている。この公園のベンチほどもない小さなベットであれだけ自由な体勢を取れるのだから、相当に小柄であろうことはこの距離でもよく分かった。

 「なぁ……君」

 君もこのゲームの参加者か? そう続けて尋ねようとしたところで

 「招集を行う! 招集を行うっ! 囚人ナンバー59401から59413までの十三名は、速やかに第四作業室に集合するのであるっ! 繰り返すっ!」

 耳が痛くなるほどの大音量で、その放送は鳴り響いた。鼓膜が破れそうなほどの大音量に、俺は思わず耳を押さえる。

 反対の牢屋で、少女が仰天して目を覚ますのが見えた。少女はその拍子にベットを転がり落ち、硬いコンクリートの床にぶつけながら転倒する。

 「い……痛いよお」

 言いながら、少女はきょろきょろとあたりを見回す。額に汗を浮かべながら必死に今の状況を探るその姿は、警戒する小動物のようにも見えた。少女はあたりを見回して、それからとうとうこちらに気づいて目があう。

 「起きたか」

 俺は言った。

 「君も、このゲームの参加者?」

 尋ねると、少女はちょんとうなずいてから、体をさすりながら立ち上がり、ベットに腰掛ける。

 「……どうも。『学生:チサト』ですう。よろしくねえ」

 控えめに頭を下げた。


 「この鎖、外せるよ」 

 チサトは気づいて言った。

 「囚人ナンバーの、59401から59413っていうのに、私も入っているみたい。手錠に彫ってあるや、59411って。……マコトくんはどお?」

 「俺は59401らしいな……。ということは、うん。簡単にはずせた。それじゃあ」

 俺は目の前の鉄格子を探る。格子の途切れている箇所を一つ発見し、押してやる。ぎしぎしと音がしたので、どうやらここが扉になっていることに気がついた。体ごと力を込めて押してやると、扉は鈍く開かれた。

 「わあ。開くんだね」

 チサトは関心したように

 「ちょっと待っててね。私も出るから。うんしょ」

 言って、チサトは扉に向けて力を込める。「あれ?」チサトは首をかしげる。それから懸命に扉に向けて体をぶつけるが、むなしい音が響くだけで扉が開かれる様子はない。

 「……無理みたい。ごめんなさい、先に行っててね」

 チサトは潤んだ瞳でそう言ってうつむいた。俺は額をかいてから、その扉を外から強引に開けてやる。

 「あ……」

 チサトは外に出てきて、照れたような笑みを浮かべて俺の方をみた。

 「ありがとう。えへへ」

 そう言ってあどけなく微笑む。俺は思わず頬が緩むものを感じて、それを誤魔化すために微笑み返した。

 かわいらしい子だなぁ。

 エイプリルのように人を食ったような媚び方ではなく、なんというかもう少し素朴な、本当に庇護欲をそそられる感じの女の子だ。身長もこれまで見てきたどの参加者よりも低いだろう。表情のあどけなさから、中学生、いや小学生くらいだとしても通用してしまいそうだ。

 「君、いくつ?」

 俺はつい子供に尋ねるように言うと、チサトは小さな子供がするように無邪気に笑いながら申告する。

 「十五歳だよお。マコトくんは?」

 「俺? 俺は、十七だ。高校二年」

 「高校二年って……、あっちだと何学年だったかなあ? えっと……私より一つ上だね。先輩、ってことになるのかなあ? あ、えと、敬語使った方がいいのかなあ?」

 「いや気にするなよ。こんなところで……。俺はそういう、年功序列みたいなのは、その、面倒くさい」

 しかし意外だ。この子が俺より学年一つ下……とうていそうには見えない。

 「そうかな? ありがとう」

 チサトはあどけなく笑む。

 「それじゃ行こうか。問題は、その作業室っていうのがどこにあるかだが……」

 「道なりに歩けば、きっと着くんじゃないかなあ。あ、違ったらごめんねぇ」

 チサトはそういう。確かに一理ある。ここまで『初日』共は、俺達にゲーム意外で負担をかけるようなことはしてこなかった。いきなり道に迷わせたりするはずがない。まともに歩けばおおよそ辿り着くはずだ。

 「君もゲームに参加していたんだよな?」

 俺は尋ねる。「そうだよ」チサトは答えて

 「でも負けちゃって。……これからどうなるのか、すごく怖いです」

 そう言ってチサトは体をすくませる。俺は思わず

 「大丈夫だ。諦めなきゃなんとかなるって」

 「そ、そうかなあ」

 「ああ。俺がなんとかしてやるからさ。その……」

 なんとかする、という根拠のない自信はどこから来るのだろうか。自分で言って良く分からなかったが、チサトはそれで少しだけ楽になったように

 「あ、ありがとう。えへへ」

 そう言って微笑む。

 「そうだよね。まだこうして生きているんだし。がんばれば、ちゃんと考えて動けば……大丈夫だよね。うん、そうだよね」

 「ああ」

 つぶやくように言うチサトに、俺はうなずく。

 しっかりしなければ。そんな気分になる。こんな小さな子も巻き込まれている。そうでなくとも、俺は生きなければならない。

 大病を患っていた時、ナナと一緒に抜け出したあの公園で、俺は誓ったのだ。あらゆる死と理不尽から決して逃げずに、立ち向かって生き抜いてやるのだと。どんなことになっても決して生きることを諦めないと。

 「生きるんだ」

 俺は言った。自分でその一言で、これから自分のなすべきことが、前に開けたような気がした。


 はたして、作業室というのにはすぐに辿り着いた。

 中学の頃、技術の授業で使った部屋に少しばかり似ていなくもない。広々とした工場のような施設で、ずらりと並んだ作業台に整然と工具が散らばっている。

 「あんらららら。チサトちゃん、あんたも生きとったん? そういうことなら、ナイヤのあん畜生も生きとるいうことやなぁ」

 そう言ったのは、大きな工事用ヘルメットを頭にかぶり、黒い水中ゴーグルをその目に装着した女性だった。その奇怪な風体に、まずは目を奪われる。『技術者:アンナ』とあった。女性としては背が高く、立ち姿には妙な余裕のようなものも感じられる。

 「それであんたは……マコトくん? 別のゲームの生き残りっちゅうことかいな? チサトちゃんと一緒にいてくれたん?」

 「あ。ああ、たまたま牢屋が向かい同士でな」

 俺は答える。チサトは「えへへ」と笑って

 「私を牢屋から出してくれたんだあ。一人だと扉が開けられなくてさあ」

 「ほうかほうか。そりゃ素敵なボーイフレンド見つけたやないの。頼りになりそうな子やな。同じ陣営になれることを願うわ」

 水中ゴーグルをつけているのでその瞳までは伺えないが、口元は明るく笑んだようにゆがめられていた。整った顔をした若い女性なのに、こう妙な格好をされていては、その笑みも少し底知れない、気味の悪いものに感じられてしまう。

 老獪、とでも言おうか。

 「待てよ。別の陣営って……」

 「当然。人狼ゲームの話だろう」

 よく通るその声は、俺のよく知ったものだった。

 「どうも俺様たちにはまたチャンスが与えられたらしい。こうしてまた一箇所に集められたということは、そう考えるのが妥当だろうな」

 ハンニバルだった。神経質な表情を不愉快そうに歪ませ、吐き捨てるように口にする。

 「俺様たちを見限るのは早計と判断したのだろう。生かされたことは喜ぶべきだろうが、しかし腹立たしい。弄ばれ、選別されるというのは実に不愉快だ」

 「いいじゃない。死ぬよりはいいはずだよ」

 そう言ったのは、作業用の木製椅子に腰掛けたナナだった。

 「マコトくん。おっす」

 そう言ってこちらに手を振る。俺は「ナナ」と返事をして

 「生きていたのか?」

 「うん。妖狐陣営に負けたとなったら、セカンドチャンスは望めないと思ってたけど……幸運だったね」

 「他の連中は?」

 「まだ来てない人もいるけど……」

 「マスケラが来ている。ということは、先ほどトロイに負けた俺様たちは全員平等に敗者復活戦に乗れたと考えるべきだろう」

 ハンニバルが言った。マスケラは首をかしげて言った。

 「ハンニバルよ……。それはいったいどういう意味なのだ?」

 確かに。俺達の中でも人狼ゲームに対する理解の浅かったマスケラが残されているならば、先ほどトロイに負けた俺達全員にチャンスが与えられていると考えるのが妥当だろう。しかし、敗者復活戦は敗者復活戦ゆえに……。

 「負けたら、それまでということか」

 俺がつぶやいた、そのときだった。

 「ワーニングっ! ワーニングっ!」

 唐突に、アナウンスが鳴り響いた。「ワーニングっ! ワーニングっ!」緊急事態を知らせるアナウンスが作業室全体を揺らす。俺達が目を見合わせていると、しばらくして作業室のモニター一杯に『初日』の顔が表示された。

 「脱走であるっ! 脱走であるっ! 該当者は囚人番号59413の『殺人鬼:ナイヤ』なのであるっ! 捕獲できない場合諸君らの共同責任となるので、何か知っているものは至急獄卒に伝えるのであるっ! 繰り返すっ!」

 「まぁたあん畜生が何かやらかしたみたいやねぇ」

 アンナがため息がちに言った。

 「どういうことだ?」

 俺が尋ねると、アンナは首を振って

 「逃げ出したっちゅう『殺人鬼:ナイヤ』って輩はな。前の村での、うちらの『誇り高き主人』なんよ。といっても、試合前からヘイト稼ぎ過ぎて初日に占われて『溶けた』けどな」

 「どういうことだ……?」

 「あのね。前に私たちがやった村……九人村特殊役職、通称9Dなんだけど……」

 チサトがおずおずと

 「その役職だとね。妖狐陣営が三人もいるの。『妖狐』が一人に、『妖狐』バージョンの『狂人』に相当する『背徳者』っていう職業が二つ。ナイヤくんが『妖狐』で私たちが『背徳者』だったんだけど……ナイヤくんは『一日目:夜』の占い対象になっちゃってさあ。ゲーム中一言も発言することなく、私たち三人ともが負けちゃって……」

 「流石に温情が下ってか。うちらもこうして敗者復活戦に入ったいう訳や。それはええんやけど、あん畜生のクソガキはまた何かやらかしたみたいやで。簡便して欲しいわ」

 なんだそのナイヤという男は。いったいなにをやらかしたんだ……。

 そのときだった。作業室の隅で大きな爆発音が響き渡ったのは。

 『何かが爆発する』場合に発生する音を表す擬音に『どっかーん』というものがあるが、まったくそうとしかいえない爆発音だった。どかんという音と共に衝撃と風が肌に伝わってきて、もくもくと膨れるようにして立ち上る煙の向こうから、華奢な人影が現れる。

 「よーう。戻ってきたぜい人間共。間抜けな顔とっつき合わせてご苦労なこった」

 眠たそうにいって、ゾンビのような足取りで現れたその人物こそが『殺人鬼:ナイヤ』だった。せいぜい中背くらいの華奢な体格に合わない、巨大な薄いコートを体に引っ掛け、引きずるようにして歩いている。冬でもないのに大きなマフラーを首に巻き、顔を半分隠している。

 こちらを覗く瞳はどこかしらけだるげで、あらゆる感情がうかがえない。興味のないものを見詰める子供のような、どこか純粋で、しかしひたすらに冷たい目をした男だった。

 「ちょ……あんたなんて登場の仕方しとるんや? っていうか脱走って、なにしとったん?」

 アンナが面食らったような顔でいう。ナイヤは耳の穴に指を突き入れながら

 「べっつにぃ? そのあたりを散歩してただけだぜ。ここがどこかも知りたかったしな。でも歩けど歩けど荒野ばっかりで、退屈だったのとあと腹が減ってきちまってさ。ここに戻ればごはんくらい食べさせてくれるだろ? そう思ってちっと壁を破壊してやってきたって寸法さ。好都合におめーらが集まっているところに来られたみてーだけど」

 「囚人番号59413っ! なにをしておったのだ? どうして外に出た? というかどうやって出たのだ?」

 『初日』が身を乗り出して叫ぶ。流石に声が上ずっている。ナイヤは面倒くさそうにそれに応じる。

 「ああん? おめーらの警備がザルで出られそうだったから、なんとなしに出てみただけだよ。悪かったな」

 「さっきの爆発はどうやって起こしたのだ?」

 「おいおい。ぼくが最初のゲームをした場所は最初が『コンビニ』次が『研究所』最後が『デパート』だったじゃんさ。爆弾の材料くらいいくらでも置いてあったぜ。職業テロリストなぼくとしちゃー爆弾の一つや二つ朝飯前よ」

 「至急そいつの持ち物検査を行えっ! ケツの穴まで見るのだっ!」

 『初日』の指示で、作業室に大量の仮面の『初日』が集まってくる。そいつらは一糸乱れぬ動きでナイヤに肉薄すると、その抵抗なき肢体を瞬く間に連れ去っていく。

 「あんまさわんないでくれよ。そんなにぼくの体に興味があるのかい? ホモなのかおめーらは?」

 ナイヤはこんな捨て台詞を残して連れ去られていった。 

 「……癖の強い人みたいだね」

 ナナはぼんやりと首をかしげる。

 「今まででトップクラスにな。なんなんだ、あれは……?」

 俺が呆然としていると、チサトが少しだけ元気を失った表情で

 「ああいう人、なんだよお。言ってることよくわかんなくて、でもアタマはいいのかなあ。あの人ならここから逃げ出してくれるかなって、思ったんだけど……」

 アンナがそれに引き継ぐように、うんざりとした様子で言った。

 「あのとおりや。逃げ出してもすぐ戻ってきてみたり、考えとうことがよう分からん。まあ、ここから逃げ出したところで外は延々と続くただの荒野。流石のあの男でも戻ってくることしかできなかったちゅうことなんやろ」

 なるほど、確かに外に逃げ出せたところで、どうなるわけでもない。外に出たところでなにができるわけでもないから、連中は俺達が逃げ出したところで痛くはない。だからこそゆるい警備の中をナイヤは逃げ出せたのだろう。しかし流石の連中も、自分達の施設が爆破されるとは思っていなかったようだが……。

 「ところで君は……御尋木、いやここではチサトか」

 そう言ってチサトに声をかけたのは、ハンニバルだった。

 「あ。どうもお……。えっと、灰見くん、だよね? 君もなの?」

 「ああ。前後の記憶も曖昧だが……連れ去られたのはおそらく通学中だろうな。最初に言っておくが、ここでは俺様は自分の身を護ることを最優先に行動する。同じ大学のよしみはあるが、あてにできるとは思わないことだな」

 突き放すような中にも、侘びと割り切れなさのにじんだハンニバルの台詞だった。

 「え。う、うん……。そうだね。こんな状況だもん。仕方がないよ」

 チサトは縮こまるようにして言った。

 「おまえたち、知り合いなのか? 同じ大学って……」

 「ああ。そこのチサトは大学の同級生に当たる。たまたま同じ犯罪に巻き込まれたらしい。……いまいましい偶然だ」

 「この子はまだ十五歳のはずだろう?」

 「そのとおりだ。つまり飛び級だな」

 ハンニバルはこともなげに言った。俺が思わずチサトの方を見ると、チサトは恐縮したように

 「え。えっとお。小さい頃からね、アメリカにいて……。キャンバスにいける学歴もそこでとったんだ。それで……」

 「欧米では珍しいことではない。とは言え、この子供が学んでいるのが文化人類学だが、その分野にかかわるもの達の中では語り草だ。秀才ということでな」

 そんなすごい子だったのか……。俺がつい羨望めいた視線を向けると、チサトは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 ……すごいな。こんな小さな子が、俺よりも進んだ学業に励んでいるなんて。三年も飛び級している計算になる。

 ミヒロキ、ハイミ。二人はお互いのことをそう呼び合った。おそらくそれがチサトとハンニバルの本名の一部なのだろう。俺達は妙な仮名をつけられて管理されてはいるが、それぞれ本来の自分の生活があり、名前と立場と人間関係があるはずなのだ。

 しばらくすると、作業室に見知った顔が集まってくる。俺の知っているメンバーたちは、待つ間もなく全員がここに集まった。

 「ドナ……あの時はその、すまないな。俺の『クロで出ろ』の指示の所為であんなことさせて」

 怯えたようなドナにそう声をかけてやると、ドナはびくついて

 「そ、そのことはいわないでください。いやな思い出ですから」

 「あ。すまないな」

 「で、でもでもでも。その、マコトさんの責任じゃないですよ。あたしが自分でしたことだし……それで実際、何人か騙せたみたいですし、その」

 「本当だよ小便たれ。演技であんなことできるのあんたくらいじゃないのー? すっかり騙されちゃったー、このくそビッチにー」

 エイプリルがいちゃもんをつけるように言った。

 「あんなの反則でしょー? 信じるしかないじゃんさー。お陰で『妖狐』が死んだと思ってトロイのカス野郎に勝たせちゃうし。もー最悪―」

 「ご。ごめんなさい」

 ドナはますます怯えて言った。

 会話があるのはこことアンナ、チサト、それからハンニバルに絡むエリザベスくらいで。全体としてはお互いを警戒したような沈黙が流れている。ナナだけは能天気な風にぼんやりとした表情を保っていたが。

 しばらくすると、ナイヤがコートを引きづりながら部屋に戻ってくる。

 「裸に向かれたぜ。ここの連中はホモばっかみてーだな。あー気持ちわりぃ」

 けだるげにそう言って、ナイヤはそのあたりの椅子にどかんと腰かける。そして作業室の時計に目をやりながら

 「おい『初日』さんよー。そろそろ飯にしてくんねーの? さらった奴の世話をするのは誘拐犯の義務じゃねーのか? おい」

 「君はちょっと黙っているのだな」

 モニターに『初日』が現れて言った。

 「さて……諸君らは言うまでもなく、前回のゲームでみじめな敗北を喫した者達だ。本来なら即殺害が我々のセオリーなのであるが……。そちらのナイヤ、アンナ、チサトの場合はゲームに参加できずの事故のような敗北なので、このように温情的処置をとらせていただいた。しかしっ!」

 と、『初日』はこちらに指先を突きつけて

 「最低勝率の『妖狐』に敗北した十人は、いったいなにをしていたのであるか? 12Cで『妖狐』が勝つ確率など一割程度でしかないというのに……その程度の実力しかない貴様らには通常、チャンスなど与えない。だが……」

 『初日』は難しそうな顔をして

 「お嬢様はおっしゃられたのだ。『物乞い:トロイ』が他と比較にならない程に、プレイヤーとして強力すぎると。何かあるのではないかと思ったお嬢様はトロイについて調べろをおっしゃった。そこで我々はトロイに尋問をしたのだが……これが何も答えないのである」

 それはそうだろう。トロイは最初から自分の本名を名乗ることもしなかった。公に『自分の正体を明かしたくない』と宣言することさえした。そんな奴がそう簡単に自分について話す訳がない……訳がないのだ。

 「なにを尋ねてもはぐらかすので、お嬢様はトロイを拷問しろとまで仰った。電気椅子に縛り付けるところまでは、トロイはくすぐったいといって笑っていた。しかし一回電気ショックを浴びせると、涙を流しながら靴をなめさせてくれと申し出てきた。一蹴し、貴様の正体について話せと改めて問うと、やつはこちらの尋ねるままに答えてきた」

 ……なんだろう。情景が簡単に想像できる。しかし奴も気の毒だ。勝ったのに拷問を受ける羽目になるとは。

 「『物乞い:トロイ』ネットの人狼サーバーにおけるハンドルネームは、『ハムスター変化』」

 『初日』が言ったとき、俺達の中の何人かが思わずと言った具合に息を飲み込んだのが分かった。

 「うそ……そんな人までいたのお?」

 震えた声で言ったのはチサトだ。「どうしたんだ?」俺が尋ねると、チサトはおずおずと話し出す。

 「あのねえ。……『ハムスター変化』っていうのは、私が時々遊んでる人狼サーバーでは少し有名な人なんだけど」

 「少しどころではない」

 言ったのはハンニバルだった。

 「俺様はそこの子供に誘われてネットで人狼ゲームを何度かプレイしている。俺様はなにをやるにも一番を目指すから、優良なプレイヤーについては調べてもいる。『ハムスター変化』というのは100戦以上経験しているプレイヤーとしては、最高の勝率を持つプレイヤーだ」

 「ネット人狼の……猛者ってことか?」

 トロイにそんな一面があったのか? 奴がインターネットをやるような性格にはあまり見えないが、しかし『初日』が吐かせたのならおそらくそのとおりなのだろう。奴の強さがネット上でのゲーム経験に裏打ちされているのだとすると、確かに納得はできる。

 「そもそも人狼というのはチーム戦だ。どんなに個人の技術が高かろうが、他の味方メンバーの能力や相性によって勝敗が左右されてしまう。人狼陣営、村人陣営、妖狐陣営の三つ巴が基本ゆえ、プレイ回数を重ねれば勝率は自然と五割を割るのが基本だ。

 実際、勝率を量る基準であるといわれる100戦以上を経験しているプレイヤーの中で、もっとも勝率の高い者でも六割程度。200戦以上ならチサトの持つ57.7パーセント付近がトップグループの基準だろう。実際ベテラン層で55パーセントを超えるものは数えるほどしかいない。しかし『ハムスター変化』というハンドルネームの持ち主は、ちょうど200戦をプレイした時点で勝率七割超え……。破格の数字といっても良い」

 すらすらと解説するハンニバル。俺はついこう口出しした。

 「おまえ……妙に詳しいんだな?」

 「きゃはははーん。なになに? ハンニバルくん案外オタクっぽくなーい?」

 エイプリルがおもしろがるように言った。

 「俺様はなんでも調べてみる性質なのでな。もっとも、人狼についての知識はたいがいがそこの子供の受けおりだ」

 そう言ってハンニバルはチサトの方を見る。チサトは恐縮そうに

 「えへへ。好きなんだ。好きなんだけど……ちょっと嫌いになりそうかも」

 そう言ってチサトは暗い顔をする。その理屈はまあ、よく理解ができた。いくら好きなこととは言え、そのゲームで殺し合いをさせられてはたまらない。嫌いになるというのも無理はない。

 「『ハムスター変化』のすごいところは……、なんと言っても『妖狐』での勝率だよねえ。ふつう、妖狐の勝率はよほど偏った役職配分でもなかったら、一割を超えないのがふつうなんだあ。それなのにね、『ハムスター変化』って言う人の『妖狐』での勝率は、四割を超えているの」

 一回妖狐のいる役職をプレイをした俺でも、妖狐が如何に勝ちがたいのかくらいは把握ができる。それで四割の勝率。流石に半分以上勝利とは言わないだろうが、しかしとんでもない勝率だ。

 「ナナは……その『ハムスター変化』のことを知っていたのか?」

 俺が尋ねると、ナナは首を振るって

 「知らないよ。そんな変わったハンドルなら、会ったことがあればすぐに気づくと思うし……」

 「それはそうだろう。俺様とてそのプレイヤーとセッションを共にしたことは一度もない」

 ハンニバルは言った。

 「『ハムスター変化』はすでに過去のプレイヤーだ。二年前に現れて、ただの一ヶ月ほどで200戦ぴったりプレイし、勝率71.4パーセントの大記録をログに残して消えた。いわゆる伝説的なプレイヤーというところだ」

 「……そうなんだ。聞いたこともないや」

 ナナはすっとぼけたように言った。

 「えっとお。ナナさんは、人狼ゲームはネットでどのくらいやってたのお?」

 チサトが尋ねる。ナナは「うーん」と首をひねって

 「十回か、二十回くらい。だと思うよ。勝ったのと負けたので、半々くらいかな?」

 「ふん。まあ。ナナの程度ならそのくらいだろうな」

 ハンニバルは独自の尊大さでそう言った。

 ここに残ったメンバーのうち、何割かは人狼ゲームの経験者らしい。数度に渡って振るいにかけられたのだから、経験者が残るのも無理はないとは言える。

 「ふーははははっ! ネットゲームの話か? まるで訳が分からんぞっ!」

 そう叫ぶのはマスケラだ。こいつのように、たまたま勝利した陣営に残り続けたような奴もいるが。

 そしてそれは。俺も含めてのことなのだろう。ナナやハンニバル、そしてトロイに助けられてここまで来た。

 「ネットゲームの話はそこまででいいのであるか?」

 言ったのは『初日』だった。モニターの中で悶々とした様子で腕を組んでいる。

 「ワタクシから説明するまでもないようだったので黙っていたが……盛り上がりすぎだぞ諸君っ! まあとにかくこちらの言いたいことは伝わったであろう。

 感謝するがいいっ! お嬢様は、『トロイ』を規格外のプレイヤーであることを認め、それに敗北した君らを止むなしということでここに残し、チャンスを与えたのだ。なんと素晴らしい慈悲の心を持っておられるのであろう……。素晴らしいお嬢様に万歳っ!」

 そう言って、モニターの中の『初日』が万歳をする。「ばんざい」そっけなく言って、ナナがそっけなく手を挙げて見せる。

 「やるのかよ……」

 ナナは「なんとなく、その。のり、かな?」首をかしげる。

 「さて。という訳でお嬢様の温情で、諸君らはチャンスが与えられた。……敗者復活戦っ! これに負けるようであれば、諸君らを生かす意味はまるでない。最後のチャンスだと思って真剣にプレイするのであるっ!

 最後のチャンス……俺は息を呑んだ。今度こそ、負けは許されない。言い訳は許されない、蹴落としあい……殺し合いっ!

 「今回行うのは、『十四人特殊役職猫又あり村』通称が『14D猫』なのであるっ! その役職編成は……人狼三名、狂人一名、妖狐一名、『背徳者』一名、占い師一名、霊能者一名、狩人一名、『猫又』一名、共有者二名、村人二名となっているっ!」

 知らない役職が二つ出てきた。いや、『背徳者』についてはさっきチサトから聞いている。確か、『妖狐』にとっての狂人のような存在だったか。

 「『背徳者』は、『妖狐』に魅せられ、村が『妖狐』のものとなることを願っている裏切り者。簡単に言えば『狂人』の妖狐陣営バージョンなのである。狂人と同様、占い結果も、霊能結果も『人間』と出るし、襲撃にあえばふつうに死ぬ。……ただし、『狂人』とはいくつか違いがある。

 一つ。『妖狐』には背徳者は誰か分からないであるが、背徳者は『妖狐』を知っている。

 一つ。『妖狐』が死亡すると、『背徳者』もあとを追う形で死亡する。その際は、しっかりとアナウンスで『誰それは後を追って死亡した』と伝えるのであるな。これも推理の参考になるだろう」

 なるほど理解した。『妖狐』は『人狼』と違って、いなくなればその時点でゲームが終わるということはない。故に、主人である『妖狐』が死亡して自身の勝ち目がなくなった時点で死亡するという訳だ。

 「『妖狐』は人狼よりも脆弱だからね。その分、『背徳者』には確実に『妖狐』をサポートできるよう、『妖狐』がすぐに分かるようになっているんだね」

 ナナがそう言って解説をした。

 「これが加わることで、『妖狐』の勝ちづらさが少しだけ軽減されるよ。14D猫又村は、『妖狐』陣営の勝率が他より少しだけ高い配役だね」

 自分の知識を伝えられることが嬉しいのか、ナナは若干自信げな表情を浮かべている。いわゆるどや顔という奴だろう。このあたりの幼さが、彼女の冷静さや落ち着きを、どこかぼんやりとした性格に見せているのかもしれない。

 「そして今回のゲームでは重要なファクターとなるもう一つの新役職……それが『猫又』である。これは村人陣営に所属する役職で、おもしろい二つの性質を持っている。

 一つ。『人狼』に襲撃された場合、自分を襲撃した『人狼』を道連れにして死亡する。その場合は当然死体が二つになるな。

 一つ。村人によって処刑された場合、村にいるすべての人物から一人がランダムで選ばれ、それが道連れとなる。人狼ゲームにおいては珍しい……否、唯一といっていいランダム要素であるな」

 ランダム要素か。人狼ゲームはゼロサムゲームでこそないが、基本的に推理と考察によってのみ行われる心理ゲームだと思っていた。ここで加わる運の要素……。たとえば自分が死ねばそれで終わりな『妖狐』にそのランダムの道連れが飛べば、それだけで妖狐陣営は敗北してしまう。

 「村陣営の役職者に道連れが飛べばとても危険だから、『猫又』を言い出す人はなかなか処刑できないのがふつうだね。それだけに騙りもあるけど、基本的には潜伏して人狼に襲われるのを狙う役職だよ」

 ナナがそう言って解説した。

 「お嬢様はこの役職のことがお嫌いであってな。人狼はなるべくランダム要素を排除すべきゲームだと考えておられるが……。敗者復活戦ということで、試験的にこのルールを採用された。どの陣営も、猫又という特殊な要素を如何に活用するか、考えてプレイするのであるな」

 そう言って、『初日』はぱちんと指を鳴らす。

 「それではゲームを開始するのであるっ! 各自、スタッフの案内に従って個室に移動するのであるな。そして自分の役職を速やかに確認するのであるっ!」


 今回のゲームのプレイヤーは、初日犠牲者の『ジョン』を含めて十三人。

 一人ずつ、それぞれの個室に案内されていく。俺はふと、周囲の状況などまったく意に介していない風に、椅子に半ば眠るように腰掛けているナイヤの方を見た。トロイとは別の意味で飄々としたこの男。この施設から逃げ出して戻ってきたというこの男。

 「なあ……ナイヤ」

 俺が声をかけると、ナイヤはこちらの存在に気づいてもいない様子で目を閉じるだけだった。

 この態度に、特に悪意といったものは感じられない。ただ純粋に興味がないだけなのだろう。それだけにたいして腹が立ちもしなかった。俺はかまわず続ける。

 「おまえ。外に出てきたんだろう……? どうだ、些細なことでもいいから、ここから帰る手掛かりは見つからなかったか?」

 「……帰る、手掛かりだ?」

 ナイヤは軽く目を開けて、感情のない声で言った。

 「帰る、カエルって? はあー、帰る帰るかえるかえるカエルカエル。カエルってぇのはいったいなんだ? 日本人にとってもっともポピュラーな両生類のアイツのことか?」

 「ふざけてんなよ。おまえだって帰りたいんだろう?」

 「どこに帰るっていうんだ?」

 ナイヤはそれから退屈そうに首を振って

 「ぼくが外に出たのは、なんとなしに散歩がしたかったから。それだけさ。ここにいたってどこにいたって変わらねー。自分のいる座標にたいして興味はありゃあしないよ」

 「は……?」

 「おめーはハイスクールに通ってそうな見てくれだな。そんならあるんだろうさ。朝起きて授業受けてゲームして寝るだけの、取り戻したい平和な日常とやらがさ。ぼくにはありゃしねー。元いたところに戻ったってやることはたいして変わりはしない。こんなくだらないこと考える誘拐犯になんて、興味もない。好きにやらせてればいいさ。ぼくには関係ない」

 それから大きく欠伸をして、体をひねる。

 「ここから出たいのかい? プランクトン」

 「プランクトンって……。そりゃ、出たいに決まってるだろ」

 「そーかそーか。まーそりゃそうだろうな、うん」

 納得したようにナイヤはうなずいて、すぐに興味を失ったように目を閉じた。それっきり何も話さなくなる。

 ……なんだこいつは。

 俺が呆然としていると、背後から仮面の『初日』が声をかけてくる。どうやらもう俺達二人だけになっていたらしい。

 『初日』に連れられて、俺は個室へと連れられていく。ふと後ろを振り返ると、そこには生気のない表情のナイヤが死んだように椅子に腰掛けるのが見えた。

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