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神に告ぐ、幕は下りた  作者: 岸上ゲソ
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住居

 茶褐色に濁ったその湯の効能は、神経痛やリウマチだとか、疲労回復だとか健康増進だとか、とにかく体にいいものだった、と律は宿の温泉につかりながらぼんやり思った。そして、まさかこちらで温泉に入る事ができようとは、と感動の溜め息をつく。


 メイヴィフォール。己の故郷とは異なるこの世界に律が来たのは、これが初めてのことではない。故郷に帰る時にこちらで得た記憶は消されてしまうが、戻ってきてしまえばまた蘇る。それがこの世界の理らしい。こちら側へ引きずられる時、抜かれていた記憶や経験を一気に戻され、かなり気分が悪かった。召喚された大聖堂で、犯罪者の律が近衛騎士及び宮廷魔法士に囲まれた状態から逃げられたのは、そういった神の御意志的な裏事情による。ただあまりに気分が悪かったので、怒りのあまり剣を抜いた国王を一発殴り付けたのはやり過ぎた、と反省している。律の意志を無視する神に何一つ文句を言うことができない八つ当たりだったからだ。

 ―――自分の世界の事はよその世界に持ち込みたくない、ということなんだろう。

 メイヴィフォールの神に位置する存在を知る律は、だったら異界人など呼ぶなと思う。自分の世界で均衡を守るために他所から人を持ってくるのは良いが、こちらのものは一切他所にやらない。これがこの世界の神の考えだ。究極のケチと言えば可愛らしく聞こえない事もないが、実際は一切話の通じない単なる独りよがりの化け物だ。不快になるだけだから、二度と話したくなどないと思う。


「あれっ」


 がらり、と唐突に温泉の入り口が開いたと思ったら、昨日助けた騎士団の一人がそこにいた。挨拶代わりに湯から手を出して挙げると、リツさん、と声がよってくる。

「おはようございます、随分早起きですね。まだ六の入りですよ」

「おはようござーます、ヴォルフガングさん。少々夢見が悪くてね、疲れたんですよ」

「――え、だ、大丈夫ですか?あれほどの高位魔族を相手にされたんです、そう簡単に回復はしませんでしょう」

 心配そうに言いながら、さぶりと湯船に入ったヴォルフガングが律の近くへやってきた。昨夜、エヴァンジェリスタ―――エヴィに誘われ食堂で他騎士団五名とも夕食を共にしたが、その時に聞いた自己紹介で、確かまだ20歳になったばかりと言っていた。

 ヴォルフガング・アルベリィ・パウリルハラ。赤銅色の髪と瞳、日に焼けて飴のような色の肌を持つ彼が茶褐色の湯船にいると、保護色で若干その存在が溶けて見える。昨夜話した印象では、整ってはいるが優しげな風貌のせいで、あまり荒事に向かないように見えた。が。

 ―――そんな事はなかったな。

 側によって話しかけてくる彼の体は、湯から出ている肩だけでも解るほど鍛え上げられた筋肉を備えていた。これなら結構な重さの獲物でも扱えそうだ。己は心配は余計なものだったらしい、とまだ律の体を心配しているヴォルフガングに、大丈夫だと笑った。

「それならいいのですが。・・・それにしても、どうやってあの短時間で高位魔族を斬られたのですか?」

「あぁ、あれはまぁ―――ちょっとした反則技、かなぁ」

 聞きたくてたまらなかっただろう問いにそう答えると、ヴォルフガングはむむ、と考えるような顔をした。

「企業秘密ですか?」

「と、言うほどのものでもないんですけど・・・」

 がらり、とまた扉が開く。そこにエヴィの姿を認め、律は手を挙げた。

「おはよう、エヴィ。お先です」

「おはようございます、中隊長!」

「あぁ、風呂にいたのか、リツ。丁度良かった、リツの今後のことで提案があってな」

 あ、おはようヴォルフガング、と部下へ付け足しながらエヴィが湯船のふちに寄り、さぶ、と中のお湯を掬って体にかける。律はその体をまじまじと見ながら、これはダビデ像も裸足で逃げ出すなと思った。ここまでくると、もう嫉妬心も出てこない。

「あれ、腕の骨折は?」

 包帯もギプスもなく、綺麗になっているエヴィの腕に律が驚く。

「祝福を受けているからな。骨折くらいなら一日寝れば治るんだ」

「・・・そりゃ凄い」

 骨折が寝るだけで直るとは、まさかの展開に唖然とした。

 今まであまりこういう特殊能力者とは関わってこなかったため、律は彼らの特徴にあまり詳しくはない。もう少し、常識の範囲内を知らないとトラブルの元だな、と舌打ちした。旅を続ける上で、あまりの非常識さは目立つ。

「それで―――リツ?」

「ん?あ、あぁ失礼、何ですか」

「お前がもしよければだが。俺の治める領内に住んでみないか」

「え」

 申し出に、律は驚いて目を丸くし、近くに寄ってきたエヴィを見つめた。

 住む場所ができるというのは、とても嬉しい。旅を続けなくて良いということになるし、場所を提供してくれるというのならそれこそ、今はどんな黄金とも換えがたいものだ。

 が。

「・・・嬉しいけど、やめときましょう」

「何故?」

「エヴィ、私は指名手配犯ですよ。万一バレたらエヴィの責任問題でしょうよ。友を追い込むような事などしたくありません」

「――リ、」

 一瞬、何かに詰まったように言葉をとぎらせ、次いで緩くエヴィが微笑む。律は、おお、と内心思った。これはまた、凄い威力の表情だ。男の色気というものだろうか。

 ふと、隣でヴォルフガングが驚いているのが見え、律は何事かと口を開きかけたが、リツ、とエヴィに呼ばれ視線を向けた。

「大丈夫だ。そのあたりは問題ない。きちんと策を講じてある」

「―――もしや、ニールスの森ですか、中隊長」

 は、と思いついたように口にしたヴォルフガングに、エヴィがご名答、と口の端を引き上げた。なるほど、とヴォルフガングが明るい声を出す。

「ニールスの森?」

「ああ。かなり変わった森でな、来てみれば解る」

「ふむ」

「リツさん、是非行ってみてください。自分もそこなら大丈夫だと思います」

「うーん・・・」

 二人がかりでそういわれ、期待の眼差しで見つめられる。しばらくそれを抗うように見返していたが、退きそうにないことを見て「それじゃあ、見るだけでも」と頷いた。敗けである。

「そうと決まれば、自分は出発準備をして参ります!中隊長、リツさん、お先に失礼致します」

「え?あ、はい」

「あぁ頼んだ、ヴォルフガング」

 ざば、と勢いよく立ち上がると手だけで敬礼し、ヴォルフガングが早足で去ると温泉から姿を消した。

 それを半ば唖然とした顔で見た後、律は隣にいるエヴィに視線をよこす。

「エヴィ」

「何だ?」

「・・・本当にいいんですかね?」

「勿論。まぁ、それにリツのその反則的な実力も重要でな」

 実力?

 益々訳がわからない、といった顔で首をひねる律に笑い、そこでふと―――律の肩に手を触れた。

「!え、」

「リツは細いな。随分と筋肉がないように見えるが、大丈夫なのか?」

 そう言って肩に触れられる手に、若干慌ててエヴィを見る。それをあまり気にせず、のんびりとエヴィが肩から指を滑らせた。ぐ、と、律の二の腕を掴む。

「た、大丈夫ですエヴィ。あの、」

「鍛えられているのは解るが、これでは少々細すぎると思う。減量もスピードを上げる意味ではいいのだろうが、せめてここの―――」

「―――あ、ちょ、ま、っ・・・!」

 律は危機を悟り、体を引こうとした。


 が、一歩遅かった。



「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


 沈黙が落ちる中、律もエヴィも硬直していた。

 掴まれている。

 大きな手の平に、二つとも。

 ―――何が、というか、


「―――…………胸……………?」


 胸が。


 「……えーと……」


 その状態のまま、固まってしまっているエヴィを見、羞恥とか感触とか、確かめるようにちょっと動いている掴んでいる手とか、反応しそうになる自分とか、そういうものを一旦忘れて、律は言った。



「すいません、言い忘れてました。―――女なんです、私」








 その後、風呂から上がった律に切腹せんばかりの勢いで謝罪をしていたエヴィを見、騎士団部下五名が首をかしげていた。




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