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神に告ぐ、幕は下りた  作者: 岸上ゲソ
2/19

旅人

――ここまでか。


 左目から溢れる血液を肩口で拭いながら、エヴァンジェリスタは苦い思いで笑みを浮かべた。

 残された右目が映すのは、背筋が寒くなるほどの美貌に愉悦を浮かべる高位魔族。それも一体や二体でなく、ざっと数えただけで十体はいる。

(――最初からおかしいと思っていたんだ。たかだか大型肉食獣の討伐に中隊を派遣するなんざ)

 恐怖や絶望を通り越しておかしさがこみ上げ、衝動的な笑いがこみ上げた。エヴァンジリスタは思う。大型肉食獣の討伐の場合、普通ならば兵三名による一分隊を派遣する。そして高位魔族と戦うならば、世間一般の常識として、通常一体につき三分隊編成による一個小隊は必要になる。なのに現状は魔族十体に対し中隊長である己と、何度命令しても逃げなかった部下生き残り五名。加えてエヴァンジェリスタの左目は潰されて使い物にならないし、魔術刺青を織り込んでいた右腕は折れている。実に芳しくない。芳しくないどころか、あとは死ぬのを待つばかりである。


「・・・っとに、馬鹿野郎どもめが。生き残るチャンスをわざわざ潰してどうするんだ、自殺か?自殺したいのか?」

 ヤケクソ気味に両隣で剣を構える部下達に吐き捨てれば、何とでも仰って下さい、と涼しい顔で返された。

「馬鹿野郎は中隊長です。あんた犠牲に生き残ったところで俺らが良い人生送れると思ってんですか」

「あぁできるできる、さっさと忘れて送ってしまえ。我が人生に一片の悔いなし、とかいいながら皺まみれの爺さんになって大往生しろ」

「無茶をおっしゃる。つぅか罪悪感と無力感に苛まれて悪夢見放題な上、俺ら中隊長ファンのご令嬢方に闇討ちされてどのみち死にますって。生き残っても時間の問題ですよ、逃げてもムダムダ」

「だな。中隊長、俺中隊長ファンによる闇討ちより魔族戦闘により死亡、の方がいいっす」

「右に同じく」

「左に同じく」

「お前らはさぁ、もう」

 溜め息交じりの苦笑を零し、エヴァンジェリスタは肩をすくめた。視界には、いたぶりも飽いたらしい高位魔族が、手の平に己たちへ幕引きの魔力を集めだしたのが見えた。

エピローグだ、と知った。目を閉じ、次に凪いだ瞳で右を見た。

「ブレーズ、バートランド」

 はい、と返答。

 左を見る。

「ヴェルナー、エルンスト、ヴォルフガング」

 はい。応答。

 エヴァンジェリスタの束ねていた金髪が、目前の膨大な魔力による風圧でなびく。左目から新たに流れた血が飛び、その場にはまるでそぐわない穏やかな笑みを口に浮かべた。

「ありがとうな」

―――もう、その言葉だけで充分だ。

「、っ中・・・!?」

 部下が何か言うよりも早く、エヴァンジェリスタは握っていた剣ごと左腕を空に掲げた。

「【開放】」

 ぱん、と破裂音と共に剣が砕け、掲げた左腕から全身に赤い魔術文字が出現した。愉悦と余裕を浮かべていた高位魔族全員が、それを見て顔色を変える。

エルンストが、気付いた。気付いて蒼白になり叫ぶ。

「中―――待っ、やめてください!」

エヴァンジェリスタが笑った。


「悪い、頼まれてくれ」


―――どうか、生きろ。


「【封じの赤の代償を捧げる】」


ごう。


 衝撃波のような圧と光の洪水に耐えられず、五人皆が顔を庇い地に伏せた。伏せながら、皆エルンストが叫んだ意味を知った。エヴァンジェリスタは、祝福持ちだったのだと。


 ごく稀に体のどこかに目のような痣を持つものがいる。色は五色。赤、青、黄、緑、黒。その何れかの色の痣を宿した者を祝福持ちと呼び、彼らはその色に応じた力を解放する事ができた。ただその開放は祝福持ちの生涯に一度だけ。

 己が命を発動源とするが故に。

 エヴァンジェリスタが開放した祝福は赤。赤は、封じの色を示す。己が対象に指定したものを、それこそ有機物だろうが無機物だろうがこの世から封じる反則的な力技。


 ふざけんな、と誰かが叫んだ。

ふざけんな。呻く。こんな終わり方ってあるか。残される全員の肺が巻き上げられた粉塵を吸って軋む。ブレーズは叫ぶ。違う。こんな自爆をさせるために残ったんじゃない。エルンストが、バートランドが、ヴェルナーが、ヴォルフガングが叫ぶ。呼ぶ。中隊長。ごうごうと鳴る光の洪水と魔族の抗う声。開けられない目に、涙がにじむ。中隊長。何故ですか。

何故ですか。

あなた一人を犠牲にしてまで、俺達が生き残って何になると言うんですか。


「確かに。それは」


――――あんまりだと、思いますよ。


静かに声がそこに落ちた。

轟音に支配されていたその場を、一瞬のうちに静寂に戻す。


「・・・?」

「な、・・・?」

 圧が失せ、軽くなった身に目を開く。光が消えていた。

代わりに、驚きに目を見開くエヴァンジェリスタと、その左腕を掴む茶色のくたびれた旅装束を纏う細身の人間が立っていた。高位魔族は、一人残らず倒れていた。十体全員、鮮やかな切り口が血と共に添えられている。

「――――中隊長!」

 真っ先に立ち上がったブレーズが駆け寄った。エヴァンジェリスタは状況を理解できないといった顔で、腕を掴む相手を見ている。一体、とその口が動いた。

「い、一体、何が」

「祝福の発動を戻しました。魔族は斬ったのでご安心を」

「あなたは」

「んー、通りすがりの旅人です」

「・・・そう、か」

 自称旅人の言っている事はむちゃくちゃだ。ブレーズは唖然としている。一度発動した祝福を戻すなど聞いた事もないし、高位魔族十体を一人で、しかも気付かぬうちに斬ったというのもおかしな話だ。誰に話しても法螺話として笑うだろう。

だが、現実はエヴァンジェリスタの祝福発動は戻されているし、高位魔族十体は斬られて絶命している。

―――何なんだ、こいつ。

旅人を除くその場にいた全員が思った。

 けれども。

「あ、あの!」

「はい?」

「わ・・・我らを助けていただき、ま、誠に」

「いえいえ」

 つぶやく様に礼を口にしたエヴァンジェリスタの腕を、旅人がにこやかに首を振って離す。まるで、本当になんでもないことだ、と言わんばかりに。

力が抜けたのか、離されぐらついたその体を、ブレーズが支えた。他の四名もふらつきながら走り寄った。

「ほ、本当に!助かった!心から感謝する、旅の方!」

 再び、エヴァンジェリスタが言う。ブレーズとエルンスト、ヴェルナーがそれに習った。バートランド、ヴォルフガングは深く頭を下げる。旅人が何者なのかは気になる。けれどそれよりも、助かったのは事実なのだ。

 旅人はその対応が意外だったのか、苦笑しながら「不審がられるくらいで、こんなお礼の言葉を貰うだなんて吃驚しましたよ」と言った。

「それは…そうかもしれん。が、我らも見縊られたものだな」

「え?」

「―――俺はオンコォールォ・フィンディルカ国立騎士団第三中隊のエヴァンジェリスタ・プレディーオール・トリチェリー。恩人と不審者の区別くらいつく。・・・よければ恩人たる旅人殿の名前も、知る機会に恵まれることを願う」

「あっ・・・、」

 エヴァンジェリスタの名乗りと問いかけに、旅人が困ったような顔をした。その言い辛そうな顔に、騎士団の全員が目を瞬く。名乗るには言い難い身の上か、と訊こうとして、今更のようにその容姿に妙な既視感に似た引っ掛かりを覚えた。

 黒目、黒髪、平凡だが優しげな面差し。そして腰に挿す獲物は黒い鞘の――この国には珍しい、緩く曲線を描く細身の剣。確か、カタナと言う名称だった。

 この、明らかにこの旅人を指す特徴はどこで聞いたものだったか。

じぃっと見つめると、苦々しげな顔で旅人が頬を掻いた。

「ええと。少々お尋ねしますけども。ーーー騎士団って言うのは討伐や戦争の他に、お尋ね者も捕まえる集団で間違いございません?」

「あぁ、うむ。間違いない。それがどう、・・・あー、あ、あぁー」

 逆に尋ねられ、その特徴をどこで聞いたのか漸く思い出した。思わずぽんと無事な左手で膝を叩く。

「お気づきになりましたかね。見逃してくれるとありがたいんだけど、物事がそう簡単に行かないってことは私とて重々存じ上げてますよ」

 本当に、心底疲れ果てたような顔で笑い、旅人は溜め息混じりに言った。


「名乗ります。私の名はリツ・ムラカミ。あなた方がお探しの、聖女殺し第一級指名手配犯です。どうぞ、よしなに」


 特徴を訊いたのは、自分達の職場である騎士団だ。

 ―――なるほど。

 これは確かに言い辛いだろうな、と、中隊生き残り騎士団六名は思った。



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