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神に告ぐ、幕は下りた  作者: 岸上ゲソ
18/19

使者

 プレディーオール侯爵家別邸に王宮からの使者がやってきたのは、それから七日後の午後の事だった。晴れ渡った青空の下、麗らかな陽気に誘われるように庭をぶらついていた律の視界に王家の紋章が描かれた大きな旗を靡かせ、緋色で統一された美しい馬車が門の前に止まるのが見えた。律が足を止め眺めていると、すぐに慌ただしく屋敷へと走る門番の姿が目に入る。恐らく門番は屋敷の主人であるエヴィに来客を知らせに行っているのだろうが、今馬車がいるこの時に彼が門を開けず意向を聞きに持ち場を離れたと言うことは、この訪問は不意打ちであるということに他ならない。

「―――逃亡でも警戒してんのかね」

 ぼそりとつまらなそうに言いながらも、律は少し感心していた。政と言うものは一人で行うものではない。いかに組織の頂点に立ち強い権力を持つ者であろうが、何か行動を起こそうと思えばそれなりの準備や根回しが必要となる。つまりは時間という犠牲がどうしたって必要になる。

(エヴィを捕らえていた期間含めれば、…十日)

 ―――たったの十日。

 そう、たったの十日だ。それだけの日数で、容易くはないだろう議会の狸共を黙らせ聖女を殺害した人間の立場を指名手配犯から神の使者に変え、王宮から使者を出すまでの準備を整えた。驚く手腕だ。王たる器がどうであるかは知らないが、政治家としては間違いなく優れていると言っていい。王に対する評価が単なる短気だとしか思っていなかった律は、評価を改めながらこちらに来た時に一度だけ見た、王の姿を脳裏に描いた。


 ―――貴様ァァアア!

 美しく自信に溢れた美貌に激怒の情を浮かべ、一つに編まれた黄金に輝く長い髪を振り乱して律に剣を降り下ろしてきた男がいた。ゆるりと上げた視線が翡翠に似た色を宿す瞳と合い、そこに確かな憎しみを見つけて律は口角を上げた。込み上げたのは腹がよじれそうなほどの笑いの衝動。そして向かってくる男にそれ以上の憎しみを持って視線を合わせ、激怒など遥かに超えた憤怒を浮かべ拳をぶつけた。頬を押さえて転がった男に、周囲を固めていた者達から幾つもの殺気と怒声が向けられる。―――貴様、よくも王を!守り人ではないのか!?

 鋭い視線と刃、血の匂いを撒き散らす放り投げた聖女の遺体。彼らの言葉で、初めて殴った男が王であって事を知った。けれど緊迫したその中にあって、律は尚醜く笑みの形に歪んだ顔でただ一言だけを彼らに言った。「どけ」と。

 誰も律に反論せず睨みながらも言葉に従ったのは、その時まだ律は「神」の光に包まれていたからだろう。聖女を介して以外この世界とコンタクトが取れなかった「神」にはまだ状況が届いておらず、聖女を守らせるために摘み取った「守り人」が、その聖女を殺して逃亡しようとしていたなど知るはずも無かった。だから「神」は目覚めたばかりの律の体にご丁寧にも便宜を図ってくれていて、律は神のご意思の下、手を出せない彼らの前を堂々と歩いてその場を去った。王宮から律の指名手配がなされたのは、「神」が媒体たる聖女の存在が無いと気付くよりも多分早い段階だった。聖女を王妃に据える事ができなかった王は、そうする事で注目をその事実より事件として律に向けさせ、権威の安定を図ろうとした。それだけ聖女たる王妃の消失は信仰を糧にする彼らにとって大きなマイナス要因だった。


「―――あぁいた!リツさん!」

「はい?…あれ、どうしましたブレーズさん」

 じっと馬車を見ていたら名を呼ばれ、振り向くと転びそうな勢いで走ってくるブレーズが見えた。はて何か急ぎの用かなと目を瞬くと、目の前に辿りついたブレーズが少し身を屈め大きく息を吐き出す。

「…っど、どうしました、ではないですよ!探したんですから!…さ、早くこっちにきてください、裏口に中隊長が馬を用意しています」

 ちらちらと馬車を見ながら早口にそういい、のんびりしている律の左腕にブレーズが急かすように手をかけた。律は稲穂がよく実ったような優しい色彩の瞳を持つ男を見上げ、険しく固められた顔を隠せずにいる彼に一寸口を閉ざす。なるほど、と思った。納得をすると同時、律は瞠目する思いで内心に呟いた。連日、彼らが律に黙って夜話し合っていたことは知っていた。しかし何かを懸命に考えているのは解っても、その内容が何であるのかまであまり考えてはいなかった。けれどそれを今、理解させられた。

 自分が彼らの中で、思っていた以上に大切な友人として扱われている、その事実を。

 ふ、と苦笑して、律は腕を掴むブレーズの手をそっと右手で覆った。

「早く―――…リツさん?」

 律は眩しいものを見るかのように目を細め、ブレーズの手を優しく外させると視線を王宮の馬車へ戻した。そこには門番に連れられて貴族然とした衣装に身を包んだエヴィが執事のジェネンガと二人で立ち、厳しい顔立ちで馬車から現れた使者らしき男と何事か話していた。多少距離があるため内容までは解らないが、間違いなくそれは時間稼ぎであると理解できる。―――律が、ここから姿を消すまでの時間稼ぎであると。

(どうしてこう、好ましい人間というのは愚かなんだろ)

 律は軽く目を伏せ、吐息を零す。本当に呆れを通り越して笑えてくる。あまりに愚かで優しく、―――ありがたすぎてとても、失えない。

「!リツさん!そっちじゃないです、裏庭へ…」

「そんで馬で立ち去って、あなた方にその皺寄せが行くのを黙って見ていろって?」

 再び腕を掴もうとしたブレーズに、笑い混じりに律が言う。

 動きを止めたブレーズがぎくりとした姿を横目で捉え、律はふっと目を細めると今度は足を止めず馬車へ向かった。後ろから焦ったように追いかけてくる気配を感じ、相手が何かを口にするより早く首をふる。

「従えない」

「…しかし、―――しかしリツさん、」

「ダチを守りたい、そりゃお互い様だよブレーズさん」

 解るでしょ、と軽く振り向いて律が言えば、ブレーズの足が止まった。静かに立ち尽くし、両手の拳を握り締め顔をゆがめている。

 律は笑うと、そのまま馬車へ足を向けた。こちらに気付いたエヴィが顔色を変えて体を強張らせたのが解ったが、律は構うことなく歩き、同じようにこちらを見て何事かと眉を顰めている使者らしき男の前に立った。見上げると、不快そうな色をその瞳に乗せた。

「…失礼、今私はプレディーオール殿と話しているのだが?」

「そうですね。でも私にご用がおありになるのでは?ここには私の個人的な都合と意思でお世話になっていましたが、そろそろ出ようと思ってるんで。何かあるんでしたら伺いますよ―――申し遅れました、私はリツ・ムラカミと申します」

「リ―――!」

 何事か言いかけたエヴィを軽く上げた手で制し、律は見上げた使者の瞳が驚愕に見開かれるのを見詰めた。使者の瞳は一瞬怯えを過らせ、佇む律を確認し怯えが侮りへと変わる様を律はただ無言で見ていた。初老にさしかかった年頃の品のいい出で立ちの使者は、噂の殺人犯がシンプルな顔立ちの小柄で凡庸な女であると知りその評価を見たままに改めたのだろう。くす、と整えられた髭が乗る口に笑みが浮かんだ。

「…ほう、貴女が。それはそれは、失礼を致しました」

 うっそりと笑い、使者が嬉しそうな目で内心とは逆であろうことを言った。有り難いことに単純な男のようだ。律は使者に愛想よくしながらこれならば大丈夫だろうと思い、顔色悪く口を閉ざしているエヴィを振り返って言った。

「―――無理に逗留し迷惑をかけたね。もうこれ以後何の強制もしない。上にいた連中ももう解放してやったよ、あんたも自由の身だ」

「!?――リ…!」

「騎士のあんたを裏切らせるような真似して悪かったね。もういい、行きな」

「リツ!お前っ」

 意図を知り見開かれた右の若葉色、律は綺麗なその色に微笑み、微かに目を細めた。

「じゃあな、…ありがとう」

 蒼白とも言える顔で口を開きかけたエヴィに、律は発言を目で制してそれを言った。エヴィを見る使者の目が懐疑的で訝しげだったものが、律の言葉で納得の色を浮かべるのが解る。同時に律を見る目に再び怯えと警戒の色を滲ませた。

「…で、使者殿。ご用件は?ここで済む話ですか?」

「あ、あぁ、いえ、申し訳ありませんがそうも行かず…」

「ではどうすれば」

 最後の言葉だけは本心であることを悟ったらしいエヴィに律は微笑み、使者へ視線を向けた。エヴィの後ろに一様に顔を強張らせ立ち尽くす馴染んだ五人がこちらを凝視していることも気付いていたが、律は振り向かず使者のにこやかな笑みを見詰めた。

「王宮へご同行願えればと思っております。我らが王は貴女との面会を望んでおりますれば、是非に」

 恭しく腰を落として小首を傾げ、しかし決して頭は下げようとしない使者に律は笑う。ここまであからさまだといっそ気持ちがいい。だから律は、使者を見習って本音で肩を竦めた。

「そうですか。でもわざわざ来てもらって悪いが私は王になど会いたくもないし王宮は嫌いです。何かやりたいんなら私抜きでやってください、迷惑だ」

「―――!…そういう訳には参りません。我々は貴女を国賓として盛大に持て成し、逗留してもらわねばならないのですから。貴女には我々と共に来て頂きます」

 パチン、と威勢の良い指の音と同時に、門の向こうから素早い動きで十数名の兵士が現れた。皆全員顔まで覆った鎧に王宮の紋章が刻印されているのを見ると、王宮直属の部隊だろう。手に剣をもち、あっという間に律のみならずエヴィとジェネンガまで取り囲んだ。ただの執事である人間にまで武器を向けると言うことは、王が是が非でも、それこそ人質を取ってでも律をつれてこいと命じたのだろう。ここで暴れるのは容易いが、律は目を伏せると腰の刀には触れず両手を挙げた。

「…解りました、行きましょう。ただしその物騒なもん彼らに向けるの止めてください。この人らただでさえ私から散々脅されてたんですから可哀想でしょう」

 騎士であるエヴィはともかく、表情は変わらないが若干顔色の悪いジェネンガを見て律が言えば、使者がふん、と口角を上げ顎を反らせた。

「貴女に指図される謂れはない。王から既に許可は得ている、プレディーオールは貴女に毒された可能性がある為場合によっては扱いを考えろとね。神の夢見をなされた王妹たるフィールエンダ様のお言葉でもあ―――おぐぅ!?」

 使者の言葉が止まり、取り囲む王宮騎士とエヴィ達が息を飲んだ。使者の首は律の右手により絞められ、ぎちぎちと不気味な音を鳴らしている。

「…聞こえなかったらしいからもう一度だけ言ってやる。剣を下げろ、今すぐに」

「は、あ、あぁ!あ、ぐ!」

 苦しさにもがき、真っ赤に染まった顔と血走った目で使者が律の絞めている右手に爪を立てるが、手を緩ませることなく律は無表情に使者を見る。怯えきった顔の使者が、律の目を見た途端見開かれ、化け物を見たような顔になった。

「ぎ、ひ、い!?」

「おい聞こえたか。どうするのか解ったのか、え?」

「あ、が!きこ!きこえ、た!下げろ下げろ!けんを、さげっさげろおおおっ」

 使者の泡と涎まじりの絶叫に、王宮騎士達が慌てたように剣を下ろした。警護対象である使者に危害を加えられていたというのに、彼らは誰一人として動けなかった。王宮騎士が剣を下げた途端どしゃりと地に崩れ落ちた使者は、己の首を押さえて荒い呼吸を繰り返しながら律を見上げた。その両の瞳にうっすらと消え行く緑の蔦模様を見て、ぞっとした顔で身を震わせた。そして律が何食わぬ顔で左に持っていた抜き身の刀を鞘にかちりと戻したその時に、使者も王宮騎士もエヴィですらも、初めて律が刀を抜いていたことを知った。誰もかれも、律が一体いつ刀を抜いたのか気付く事ができなかった。

「…で、王宮に行くんでしょう。乗るのはそこの馬車でよろしいので?」

 地に伏しぜぇぜぇと咳き込みながら肩を上下させる使者に律が何食わぬ顔で問うと、びくりと震えた彼は慌てて首を上下させた。そしてザイオン!としゃがれた声で叫ぶように名を呼ぶと、一人の王宮騎士が律の前に進み出た。

「…王宮騎士のザイオン・マーベルロタ・ナフリだ。貴女を王宮まで護送させて頂く。―――こちらへ」

 目で示された馬車へ律が足を向けると、呟くような音でリツ、と声が聞こえた。誰の声なのか解っていて、律は振り返らなかった。

 馬車に乗る際手を貸そうとしたザイオンに首を振り、律はさっさと中へ乗り込んだ。座席に腰を下ろせば同じように中へ入った使者とザイオンが向かい側に座ったが、律は彼らに一瞥もくれることなくただ黙して、座席に背をもたれさせると目を閉じた。


 * * *


 がたん、と馬車が揺れ振動が止まり、律は閉じていた瞼を押し上げた。別に眠っていたわけではないので体はすぐに動き、立ち上がった使者とザイオンを見て腰を上げる。景色を見ていなかったのでどこをどう行ったのかは解らないが、開かれた扉から足を下ろせばそこは王城の正門だった。馬車と律たちに気付きこちらへと走ってきた兵士が、ザイオンに敬礼し律の刀を見て顔を険しくする。

「―――あぁ、そのカタナはいい。それは預かろうにもこの方以外扱う事ができんのだ。馬車の中で俺も一度試したが、持つことすらさせてもらえなかった。我々にはどうしようもない」

「、しかし…」

「…ご心配なようでしたら、両手を縛ってくださって構いませんよ」

 納得できない顔でザイオンと律の刀を交互に見る兵士に、律はほいと両手を突き出して見せた。正直なところ縛られようが縛られまいが抜ける事は可能なのであまり変わらないが、それで彼らが心理的に安心するというのならそれに越した事は無い。けれど律の提案は、ぎょっとした使者により却下された。

「―――とんでもない!王は貴女を『国賓』として招いたのです!手械をつけるなど言語道断!」

「…そういう事だ。納得してくれ」

 兵士にそう言うと、ザイオンは律を促し王城の中へ歩みを進めた。巨大な正門が兵の掛け声で重厚な音と共に開かれ、綺麗に並べられた白石による石畳が姿を現す。その上を使者に連れられる形で律は歩き、ようやく辿りついた白亜の建物の開かれた入り口で、ぴたりと使者は足を止めた。そこから投げた視線が捕らえたのは、広大なホールの中央で美しい姿勢で深々と頭を下げ待機している、紺のワンピースに身を包んだ一人の女性。

 けれどそれを見た使者の眉は、ぴくりと不快気に動いた。

「…仮にも国賓であるというのに、侍女が一名しかつかないのか。何故と問うたら答えは返ってくるのであろうな」

 馬車の中で怯えまくっていた様子など微塵も見せず、浪々とした声で言い放つ使者に侍女がはい、と言葉を返した。

「…皆、聖なるお方のお世話などとても恐れ多く身に余ると申しまして、王とご相談の末、侍女長であるわたくしが聖なるお方のお世話を任せていただく事になった次第でございます。行き届かない事がなきよう、身を粉にして役目に当たらせていただく所存です。―――王より、お会いになる前に聖なるお方の服を調えるよう指示されておりますれば、このまま聖なるお方をわたくしにお任せいただけますでしょうか」

 淀みない口調で頭を下げた姿勢のまま、侍女長と言った女性はそう言った。律は無表情にそれを聞いていたが、聖なるお方がどうも自分のことであると気付き思わず失笑した。呼び名のおかしさもそうだが、恐れ多く身に余るというのは謙遜や尊敬ではないそのままの意味で、怖くてとても世話などできないと言っているだけだと理解したからだ。王が律の体裁をどう整えようとも、律が人間を殺害し、王を殴って逃走した事実は変わらない。

 使者はしばし悩むような顔をしてザイオンに視線をやり頷き、ちらりと律を見ると解ったと言った。

「そういう話であるならば、このままムラカミ殿をお任せする。わが国にとって大切な身の上である、くれぐれも粗相なきように」

「かしこまりまして御座います」

「…ムラカミ殿、そういう訳ですのでこの後はこの者の案内にお任せください。王との面会前に一度部屋にて休憩をなさると宜しいかと」

「構いませんよ、あなたの言葉に従いましょう」

 律の言葉に、使者はあからさまにほっとした顔で頷いた。彼の両足がかすかに震えている事を思えば、侍女の前でのこの態度はかなり虚勢を張っている状態であるらしい。

「そして―――ザイオン」

「はい」

「お前は念の為、ムラカミ殿が部屋に入るまで侍女長と共に護衛として行きなさい。私はこれから王に報告して参る」

「承知致しました」

 かしゃん、と鎧を鳴らせて騎士が言えば、使者は律に深々と頭を下げ足早に建物から出て行った。律はそれを見送ると、未だ頭を下げたままである侍女長に視線を向ける。

「顔を上げて貰わないと私はとても話ができませんが」

「大変失礼を致しました、聖なるお方」

 すっと上げられた顔に真っ直ぐ見つめ返され、律は目を細めると溜め息を落とした。別に彼女と仲良くなろうとは思わないが、聖なるお方呼ばわりは正直かなり不愉快だ。

「その呼び方は不快なので、リツと呼んでもらえますか侍女長さん」

「大変失礼を致しました、リツ様。…わたくしはリレイアとお呼びくださいませ」

「はぁ―――で、これから何をするんですっけ?王は服を着替えろと?」

 さっさと用件を終わらせたい律がそう言えば、リレイアが頷き、部屋へご案内いたしますと歩き出した。傍らで静かに佇むザイオンもそれに習い、律は護衛としてつかされた、現実律の見張りである男を見て溜め息混じりに歩き始めた。鎧から覗く灰色がかった髪と瞳、容姿がどうであるかまでは解らないが悪い顔とも思えない目の形に、門の兵士の態度を見る限りそれなりに上であるだろう階級。だというのにこんなお使いのような役を押し付けられご苦労な事だ。前を凛として歩く長い栗色の髪を纏めたリレイアも

侍女長という立場であるのに、哀れとしか言い様がない。律は二人に若干の同情を抱きながら歩き続け、階段を上り廊下を抜けたあたりで、段々と部屋の内装や装飾が豪華になって行くのを見やりリレイアに足を止めるよう言った。

「はい、何でございましょうリツ様」

「ひとつ聞く。私が今から休憩するという部屋は、元々誰のために作られた部屋ですか」

 見据えた栗色の瞳が一瞬揺れたのを見逃さず、律は鋭い眼差しでリレイアに言った。

「言い難いなら言わなくていい。はいかいいえで答えなさい。今から向かう部屋、聖女の為に用意されていた部屋だったのではありませんか」

 はい、と。そう答えたリレイアの両手が白くなるまで握られているのを見つけ、律は刀に触れた手が感情に呼応するようにざわりと蔦を纏わせる感触に目を閉じた。

 ―――思った以上に政治家だな王。部屋に入った事実を吹聴し私を聖女として立て直そうとでも考えたか。

 ふざけた真似をしてくれる。

 律はうっすらと口元に笑みを浮かべ、リレイアを見ると徐に己の着ていた黒いシャツの前を引き裂いた。ぎょっとして律を見るリレイアとザイオンに笑みを向け、律は胸当ても何もつけていない素肌を彼らに晒した。

「――――胸、が」

 声を漏らしたのはリレイア。

 律は彼女の言葉に目を細め、呆然と立ち尽くしている二人に言った。


「部屋換えを所望します。この通りの体なので、女性用の部屋には入室できませんし女性の服も着られません」


 二人の視線が向かう律の胸元、そこには女性の象徴とも呼べる二つのふくらみが全く無く、無骨な傷跡と蔦の模様に覆われた平らな胸があるだけだった。

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