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歪-イビツ-

作者: 影千代

 朝起きたらすぐ 眼鏡をかける。

比喩でもなんでもなく、牛乳瓶の底のような重い眼鏡。かけなければ5m先も危うい。

アラームのスヌーズを止める。決して寝起きのいいほうじゃない。

ただ、寝坊は出来ない。わたしには、しなければいけないことがある。


洗顔等を済ませ、コンタクトを入れる。これだって見えたもんじゃない。

レーシックの手術も申し込んでみたものの、視力が悪すぎて断られた。仕方がない。


ベットサイドの引き出しの中から小箱を取り出す。

中には、小さく丸められたティッシュと、絆創膏と小ハサミが入っている。

これがわたしの必需品。一番必要なもの。

どんなに時間がなくても、これは済ませなければならない。化粧など二の次だ。

中学生のころからやっている。試行錯誤してこの方法に落ち着いた。


薬指あたりに丸めたティッシュを絆創膏で繋ぐ。余ったところはハサミで切る。

そしてストッキングを穿いて上から黒いソックスで覆う。


わたしの足には薬指がない。

厳密には薬指のあたりにイボのような突起があるだけ。爪はない。


小学生の頃からブ厚い眼鏡。教室では空気。むしろ嘲笑の対象だ。

プールの授業は出たことがない。何で泳がないの?と聞かれても本当のことなど言えない。

だから、泳げない。運動会などでハダシになることもない。

草履とセットである浴衣を着たこともない。

お祭りにいってカラフルな浴衣の同級生に会うのがつらい。だから行かない。


薬指がないことは、それらにまつわるすべて思い出ごと無くすということでもあるのだ。

随分沢山のことを諦めて過ごさざるを得なかった小学生時代。


小学生ながら親を恨んだ。なぜこんな不完全で産んだんだ。

中学生になると、なぜ小さいころに手術してくれなかったんだと増々恨んだ。


ただ、祖母だけは一緒にお風呂に入った時など、わたしの不細工な薬指を撫でて、

大きくなぁれ、長くなぁれ。と呪文のように唱えてくれた。嬉しかった。

その祖母も中学校に入学する頃、亡くなった。86歳だった。最後はわたしのことも

全部忘れて、コドモのようになってしまっていた。悲しかった。


後は一人でやっていくしかない。祖母という味方はもういないのだから。

不完全なイボを眺めては引っ張ったり、時に苛立ってカッターで刺したりもした。

イボには痛点はない。血が出ようとも、心が痛むばかりだった。


友達はいない。

出来たところで、関係が深まれば深まるほど、きっと足のことがバレるのではないかと自ら遠ざかった。


その代り沢山本を読んだ。片っ端から読んだ。一人で出来る最高の娯楽。


ある日一冊の本と出合う。『図説奇形全書』

これらの類は片っ端からは外れていた。魔が差したとしか思えない。

少々値段は張ったが、わたしは購入する。

いやな気持ちになることはわかっているのに。。


でも、もしかしたら。。

わたしのような人が沢山いたとしたら?

自分より劣った奇形を見てわたしは安心したいのかしら・・?

それとも共感して泣くのかしら・・。


ところが、予測は大きく外れた。ものすごく興味深い内容だった。

夢中で読んだ。読み終えてまた読んで、少し寝てまた読んだ。

その日から『図説奇形全書』はわたしのバイブルとなった。


有名な奇形の多くは見世物として一生を終える。ただ、救いはある。

彼らはどこへ行っても重宝された。

中世ヨーロッパでは、奇形を集めることが金持ちのステータスでもあったという。

また、かつての中国などは、骨を砕いた子供達を陶器の筒に入れ育てる。

寝かせるときは横にするなどし歪な子供を量産した。

そんな非人道的な記録も残されている。

なぜそんなことをするのか。それだけ需要があったからだ。



突飛だと言われればそれまでなのだけれど、わたしは神に選ばれた子なんだわ!そう思った。

だって、何万人何十万人に一人なのよ?

全書にはわたしと同じ症状の奇形はなかったけれど、もっと上の神々から選ばれた子がいる。


親への恨みも消えた。今なら産んでくれてありがとうと素直に言えるような気がする。

親だって好きでこんな子を産んだんじゃないんだもの。なのに責めてごめんなさいと言いたい。

本当に聖書だわ。浄化された気がした。かつて悲しかったこと、苦しかったこと。。



愛しいわたしの薬指。

見せびらかすのはもったいない。

だから今日も絆創膏で指を覆う。

いつか、これを外すときも来るだろう。笑われるかな? 嫌われるかな?

どっちでもいい。わたしの愛しい歪。


大切にしまっておこう。いつかこの歪を美しいと思ってくれる人が現れるまで。



図説奇形全書は実在します


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