最終話
「じゃあわたくしの合図でスタートですわ」
「3…2…1…スタート!」
秋奈の合図と共にみんな一斉に走り出す。かと思いきや、夏美と春貴は迷いなく陽牙を追いかけだした。帰り道と少しそれた方向へ。
「はあ〜?なんでこっちくんのさ〜」
「そんなの決まってんじゃんー」
驚く陽牙に春貴が走りながら解説する。
「だって明らかに俺ら不利だしー。一番遅いのは才花ちゃんだけど、案の定殺翁に担がれてるし」
「うるさいわね。私は参謀だからいいのよ」
担ぐというか私が殺翁の背中にしがみつく形になっているんだけど。
「ていうか才花ちゃんにしがみつかれるとかうらやましすぎー」
「いいから春貴は黙って陽牙追いかけてくれよ」
「はーい。冬弥も頑張れよー。蘭ちゃんとかもう見えなくなりそうだし」
「まじか」
前を見ると闇にまぎれて動く姿がかろうじて見える。
「声がしないと思ったら先に行ってたのね」
「……俺たちも行く」
そう言って加速する殺翁の背中にしがみつく。頬に触れる風の心地よさに自然と笑顔が浮かんだ。
【陽牙・春貴・夏美】
ぐるぐると走り回るうちに陽牙たちは先ほどの廃工場の隣にある廃材置き場に来ていた。
「夏美は分かるけど春貴もなんて珍しいね〜」
「まーな。嬉しいだろ」
けらけらと笑う春貴を視界の端にとらえながら全然嬉しくな〜いと呟く陽牙の顔には笑みが浮かんでいる。なんだかんだでこの状況を楽しんでいるのだ。
「それで〜?俺を追いかけてどうするつもり〜?」
「とりあえず捕まえてー拘束してやるから安心しろ」
「全く安心出来ないんだけど〜」
「陽牙を縛り上げるためには夏美だけだときついからな」
「むかつくけどそういうことだ」
「うわ〜物騒〜」
逃げ回るうちにコンクリートなどの瓦礫の山に囲まれた所に行き着く。道がないことを確認した陽牙はくるりと振り返ってへらりと笑う。
「追いつめたぞカス野郎」
「え〜ここでそんな暴言吐かなくても……」
「でももう逃げらんないだろ?」
「いやいや〜舐めないでくれる〜?」
そう言って陽牙は瓦礫の一山に飛び乗った。
「逃げ道なんていっぱいあるじゃ〜ん」
そのままとんとんと別の山に飛び移っていく。
「こっちこそ舐めんなよーこんな瓦礫の山くらい俺らにも……」
春貴の声はガラガラと崩れる瓦礫の山の音と共に落ちていった。
「ぎゃっ、春貴大丈夫か!?」
「いってー……いや、大丈夫だけど」
よろよろと起き上がるとフルフルと頭を振ってホコリを払う。
「なんでお前は大丈夫なんだよー?」
「本当だ。どんなトリック使ったんだこのにやけ面のペテン師が」
「夏美ちゃんは俺に暴言吐かないとしゃべれないの〜?」
睨む夏美に困ったなぁと笑う陽牙は明らかに余裕である。それがまた夏美の神経を逆撫でしているのだが。
「ここにある山ちょっと特殊でさ〜決まった場所に乗らないと崩れるように出来てるんだよね〜」
「あー…食堂で才花ちゃんと話してたのはこのことか」
「そうだよ〜。も〜これのせいで俺の仕事2倍!大変だったんだから〜」
へらへらと笑う陽牙とは対照的に夏美と春貴の表情は悔しそうだ。夏美が別の山に挑戦してあえなく崩れ落ちる。
「俺は先に学校行ってるね〜。ふたりは来た道を戻れば無事帰れるから〜安心していいよ」
じゃあね〜と手を振ったかと思えば軽快な足取りで離れていく。こちらを振り向きもしないその態度で春貴たちが追ってこないのを確信していることがわかる。
「ぐわー!やられたー!まじくやしい」
「あのへらへらピエロ……地獄に落ちればいいのに」
文句を言いながらも大人しく来た道を帰るふたり。もう勝ち目はないと分かっているのか急ぐこともなく楽しげに陽牙をけなしている。主に夏美が。
「作戦せいこ〜」
そんなふたりを背後から観察するのは陽牙だ。実は崩れやすくなっていたのはふたりの周りの山だけで他は至って普通の瓦礫だったのだ。計画を立てたのはもちろん才花。こっちの方が準備は少なくて済むし、その分ばれるリスクも減るというのが才花の意見だった。
”食堂で一芝居打っとけば十中八九信じるわよ、あの二人なら”
自信に満ちたあの笑顔は嘘をつかなかった訳である。
「さっすが才花だねぇ」
誰ともなしに呟くと、今度こそ陽牙は学園に向かったのだった。
案の定勝ったのは天使チームで。一日のテスト休みがあった次の日、食堂に集まった両チームはその話題で盛り上がっていた。
「今回は完全に僕の読みが甘かったよ…。まさか才花があそこまで用意してるとは……」
一生の不覚とばかりに落ち込む冬弥の肩を春貴がぽんぽんと叩く。
「まあそんなに落ち込むなって。俺らが才花ちゃんの作戦にあっさりはまりすぎちゃったせいでもあるしな」
「……ごめんな」
からからと笑う春貴とは比べ物にならないくらい暗い表情を浮かべる夏美。相当落ち込んでいるらしい。
「ちょっと暗いよ〜?一回負けただけでそんなに落ち込むようなよわっちいチームじゃないでしょ〜?」
やっぱりへらへらしている陽牙の顔に夏美の拳が飛ぶ。
「そうだな…お前を倒すのは今からでも遅くない…」
「ええ〜なんで俺倒されるわけ〜?」
壁から聞こえるぱらぱら何かが落ちる音に、ぎりぎりのところでそれを避けた陽牙の笑顔が引きつる。
「夏美ちゃん俺になんの恨みがあるの〜」
「存在そのものがイラつく。ゴキブリ並みに」
「うわぁいっそ清々しい〜」
夏美が二度目の攻撃を仕掛けようとしたとき、蘭があれ?と声をあげた。
「才花は?」
気がつけばチームのリーダーである才花の姿がない。
「……理事長に呼ばれてった」
とだけ言って無言でコーヒーを口に運ぶ殺翁はいつも通り影が薄い。隣に座っていた秋奈が驚かせるなと怒っている。
「ああ〜あの条件クリアしたもんね〜」
「条件?」
いぶかしげに尋ねる冬弥に陽牙はへらりと笑いかける。
「ちょっと理事長と勝負してたんだよ〜」
陽牙にそれ以上説明する気がないと分かると冬弥もう何も聞かなかった。人間誰しも秘密を持っているものだから、と。
「んーとりあえず!次は絶対俺たちが勝つから」
微妙な雰囲気を壊すように高らかに宣言する春貴。そこからは次のテスト内容についての議論になり……こうしてテストは幕を閉じたのだった。
ちなみに…海賊船チームは、やっぱり3位だった。
全然最終話っぽくないですが…一応これで一段落着きました!(というかテスト終わりました!)
話を終わらせるのって難しいですね…
チームの名前とか久々すぎてもう海賊船とか存在すら忘れかけてました←
彼らはきっと万年3位だと思います笑
一応エピローグもあるのですが、できればSAS2をかきたいなぁと思っております。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました!
感想などございましたら、どうかお願いします!