第二十話
あの「ターゲット争奪戦」なるものが終わり何日か経ち、今日は試験三日前の3月10日である。何故か理事長に呼ばれたわたしたちは理事長室に向かっていたのだが・・・。
「・・・やぁ、暗野。今日も無愛想だね」
「・・・・へらへら笑ってるやつよりましだ」
何故か睨み合う春貴と殺翁のせいで、廊下のど真ん中で立ち止まる羽目になっている。
喧嘩の始まりは簡単なことだった。廊下を歩いているときに偶然ASに会い、春貴がいつものように話しかけてきたのだが、今日の殺翁は朝から少し機嫌が悪かった。(その原因は寝ているところをいきなり起こされ、理事長室に行くことになったことなのだが)そんなときに普段からやたらテンションの高い春貴に出会ったせいか、わたしにいつもどおり冗談を言っている春貴に「・・・・少しは黙れ。才花に近づくな」と、わたしと春貴の間に割り込みながら言い放ったのだった。
案の定春貴も怒った。それで、先程の「無愛想」発言である。
だが春貴も殺翁も夏美や蘭のように怒りを表に出すことはしないので、空気が重い。居心地が悪い。早急に逃げ出したい。
「そんな無愛想だと、才花ちゃんに嫌われるよ?」
いや、何故そこでわたしの名前を出すんだ。
「・・・余計なお世話だ」
殺翁も普通に返すなよ。ていうかなんでそんなに怒ってるんだ。普段全然しゃべらないくせにこういうときだけしっかりしゃべるなよ。
戸惑うわたしをよそに、他のメンバーはこの喧嘩を楽しそうに見物している。さきほどまで軽く口ゲンカをしていた陽牙と蘭は顔を寄せ合い何かを楽しそうに話しているし、いつもだったらそんな光景を見た瞬間キレだしそうな夏美も、今は秋奈と一緒になって殺翁たちを眺めている。冬弥に至っては耐え切れないというように口に手をあて肩を震わせている。
しかも、何故か全員ちらちらとわたしの方を見るのだ。戸惑うわたしを見て面白がっているのだろうか。わたしだけが状況を理解できていない不思議。
はぁ・・・本気で居心地悪いんだけど・・・。
「・・・ねぇ、自分の方が有利だと思って油断してるんじゃない?」
そう言ってわたしの方をちらりと見る。
「・・・・・・」
「そんなこと考えてるんだったら、奪うよ?」
「・・・させはしない」
表情を変えないままに言い切る殺翁。
また少し沈黙が広がり、さすがに止めに入ろうかと思ったら、いつの間にか隣に来ていた冬弥に肩を抱かれた。
「・・・何?冬弥」
「いや、面白いなと、思ってね」
尋ねても意味あり気な笑みを浮かべるだけで、冬弥は肩を放してくれそうになかった。
「何が面白いのよ」
そう言って冬弥の視線の先を見ると、殺翁を春貴がこちらを睨み付けている。
「な、何・・・?ふたりとも」
わたしの声を華麗に無視して、ふたりは声をそろえて言った。
「冬弥、今すぐその手を放せ」
そんなふたりに怯むことなく、悪戯っぽい笑みを浮かべる冬弥。
「そんなに怖い顔しなくても大丈夫だよ。僕は才花をどうこうするつもりはないからね」
・・・何の話だ。
―――――――――
冬弥の謎の言動により何とか喧嘩は収まったが、喧嘩はそれなりに長く続いていたので、理事長室にたどり着いたのは寮を出てから30分も後のことだった。
「随分遅かったのね」
そう言って出迎えたのは、もちろん理事長である。
今日は女性の姿をしており、どこかに出掛けてきた帰りなのか黒いドレスを着ている。
「すみません。来る途中で少しトラブルがあったもので」
そう言って殺翁を見ると気まずそうに目を逸らされた。
「いいのよ。こっちこそいきなり呼び出して悪かったわね」
わたしたちのやりとりを見てクスクスと笑いながら言った。
「いえ、それは構いません。理事長は、どこかにお出かけだったのですか?」
「ええ、少し仕事が入っちゃったのよ」
そう言ってため息をつく。その面倒くさそうな顔から察するに、理事長でないと務まらない仕事だったのだろう。おそらく、腕の立つ暗殺者の暗殺。
それはいいのだが・・・。
「そのドレス着て仕事したんですか?ヒールまで履いて」
理事長の着ている黒い細身のドレスは理事長の綺麗なスタイルを際立たせており、ヒールの高い靴は理事長の長身をさらに高く見せている。
「あら?似合わないかしら」
そう言って首を傾げる仕草も魅力的だ。
「すごく似合ってますけど・・・。何でそれにしたんですか」
いくら似合っていても確実に仕事に向かない服だろう。
「だって着たかったんだもの」
駄々をこねる子どものような口調だ。
「服は着たいときに着るからこそ輝くのよ。それにただでさえ面倒な仕事なのに着ても楽しくない服で行くなんて、ありえないわ」
そう言って首を振る理事長を見ていると、殺された相手が可哀想になってくる。理事長に任されている時点でかなりの腕をもつ暗殺者だったのだろうが、まるで相手にされていない。
まぁ、理事長が本気出したところなんて見たことないけどね。一度も。
「・・・理事長、本題を」
呆れたように話の筋を戻した執事さん。
理事長にそんな態度をとっていいのかと思ったが、執事であっても理事長の執事だ。ただの執事ではないのだろうし、理事長は自分の信頼している人しかそばに置かない。気心の知れた仲なのだろう。
そんなことを思っていると、蘭が嬉しそうに執事さんに話しかける。
「伸子さん!この前言ってたゲーム、クリアできたぞ!」
「本当ですか?蘭さんもなかなかやりますね・・・」
控えめに驚きながら真剣な顔をして話す執事さん。
ふたりはゲーム友達だったらしい。それはいいけどさ・・・陽牙の視線に気付こうよ。めっちゃ睨んでるよ。ふたり揃って鈍感なのか。
蘭と話し込み始めた執事さんに、ため息をつく理事長。
「いい加減な執事はほっといて本題に入るわね」
さっきまでの自分は棚に上げ、何食わぬ顔で引き出しから何かを取り出した。
「・・・?何かするんですか?」
「・・・・・」
殺翁も僅かに首を傾げる。
「ばば抜きよ」
語尾にハートマークでも付きそうな感じで言われても・・・。
「何でいきなりばば抜き何ですか」
「・・・呼び出しといて」
殺翁が不機嫌さを隠そうともせず呟いた。いつの間にか執事さんとの会話を終えた蘭と陽牙も、訳が分からないという顔をしている。
そんなわたしたちを見て、理事長は挑発的な笑みを浮かべながら言う。
「わたし、ばば抜きで負けたこと、ないのよ?」
・・・やってやろうじゃない。
――――――――
執事さんを抜く五人でばば抜きを始めて、三十分。十回近く勝負をしたが、結果は完敗。無敗宣言を裏切ることなく、理事長は強かった。
鼻歌を歌いながら嬉しそうにトランプを片付ける理事長見ながら、聞く。
「それで理事長、本当の本題は、何ですか」
「あら、分かってたのね」
わざとらしく驚いてみせる理事長。
「分かりますよ、流石に。理事長がこの大切なテスト週間に、ばば抜きのためだけに呼び出すはずありません」
そう言って微笑むと、理事長が一瞬、悲しそうな顔をしたような気がした。それは本当に一瞬のことで、見間違いかと疑うよりも前に、真剣な表情に変わってしまった。
「・・・さっき、ばば抜きで負けたことはないって言ったけど・・・居たのよ。ひとりだけ。絶対に勝てなかった相手が」
理事長の細くて綺麗な指先が、懐かしむようにトランプ箱を撫でる。そのトランプの箱には十数年前に流行ったであろうキャラクターが描かれている。おそらく、理事長が子どもの頃から使っていたのだろう。薄くなったキャラクターが、それを示している。
その理事長の雰囲気に、何故か体が強張る。理事長は昔の話をしているだけなのに、その相手を、決して勝てなかったという相手を、聞いてはいけない気がする。
「・・・誰、ですか?」
硬い声で尋ねるわたしの目を見て、理事長は答える。
「天野 邦治。あなたの父であり、わたしの義兄にあたる人よ」
なんだかんだで一ヶ月ぶりの更新です・・・。
殺翁と春貴の攻防のシーンは入れようか迷いましたが、恋愛要素を入れたくなったので結局いれましたw
読んで下さっている方、ありがとうございます。
これからも頑張ります!