第十二話
会話が途切れたちょうどそのとき、観客がまた少し騒がしくなった。話している間に次の選手が決まったらしく、陽牙と夏美がステージに立っている。
腕を組み仁王立ちで陽牙睨んでいる夏美に対し、いつもどおりの胡散臭い笑顔を浮かべながら、陽牙は夏美を挑発するように話しかける。
「俺の対戦相手は夏美か~なるほどね~」
「何か文句でも?」
「全然、むしろ大歓迎だよ~」
「ほう、それは奇遇だな。あたしもお前を叩きのめすチャンスができて心底うれしいよ」
言ってる言葉とは裏腹に、睨み倒そうとするかのように陽牙にガンを飛ばしている。
「そのわりには血管浮いてるけどね~」
「血のめぐりが良過ぎてなぁ」
「血圧高いんじゃない?早死にするよ~」
「お前が死ぬまでは意地でも死なないから安心しろ、くそ野郎」
「何それ愛の告白?きゃ~」
「キモイ!どこをどう聞いたらそうなるんだアホ」
「あははっ、ほんと面白いよね~夏美。からかい甲斐があるって言うかさ~」
「少し黙りなさい君達」
終わりの見えない喧嘩のような会話に呆れた理事長が、仲裁に入った。さすがに黙るふたり。
「次のゲームを始めようか。ふたつ目のゲームは“鬼ごっこ”だ」
まあね、なんとなく予想はついていたけどそういう系統のやつだよね。
「鬼は時間内に人間を捕まえれば勝ち、人間は時間まで逃げ切れば勝ちとなる。制限時間は十分。鬼はじゃんけんで決めることとする」
今回は拍子抜けなほどあっさりとした説明だ。やはり“ばばぬき”での説明はわたしたちを騙すために意図的に行ったものなのだろう。
「じゃあ勝った方が人間ね~。最初はグー、じゃんけん」
半ば強引にじゃんけんを始める陽牙。
「ポン!」
結果は、陽牙がチョキで夏美がパー。陽牙の勝ちだ。
「俺の勝ち!てことで夏美が鬼ね~」
「うぐっ・・・仕方ないか」
悔しそうな夏美だが、こればかりはどうしようもないと分かっているのかおとなしく“鬼ごっこ”用のフィールドに移動する。
ふたりがスタート地点に立ったのを確認した理事長が、銃を持った左手を上げ、開始告げる。
「では、スタート!」
――パンッ!
合図が鳴った瞬間陽牙が走り出し、そのあとを夏美が追う。足の速さは五分五分と言ったところだろうか。ふたりの距離は縮まることも広がることもなく、障害物が立ち並ぶフィールドを縦横無尽に駆けていく。
しかしゲーム開始から五分が経ったころ、ふたりに変化が現れた。全くと言っていいほど息を切らしていない陽牙に対し、わずかだが息が荒くなっている夏美。
さっきから敵だというのに夏美ばかり応援していた蘭が少し黙り、口を開いた。
「なんで夏美の方が疲れてんだ?同じ速さで同じ距離を走ってるはずだろ」
目にもとまらぬという言葉がしっくりくるようなスピードで走り続けているふたりを見ながら、不思議そうに首を傾げる蘭。
「もちろん基礎体力の差もあるけど・・・」
わたしのセリフを蘭が引き継ぐ。
「たかが5分で変わらないだろ」
そうなのである。全力で走っているのなら話は別だが、ふたりは10分という時間を考え少し力を抜いて走っている。たかが5分で目に見えて差がでることはないはずだ。
「ええ、そうね。原因はいろいろあると思うけど・・・強いて挙げるなら“障害物”の使い方、かな」
少し目を細め再度ふたりを観察する。
「“障害物”・・・?」
「あの専用フィールド、いろんな大きさの“障害物”って言うか、“柱”みたいなものが置いてあるでしょ」
わたしの言葉に頷く蘭。
「その使い方がうまいのよ、陽牙は」
「そんなもんでこんなに差がでるのか?」
「信じられないって顔してるわね。でも、“そんなもん”よ」
一度言葉を切ったあと、それに、と続ける。
「使い方がうまいって、ただ単に蛇行してるとか、ぎりぎりでそれて相手がぶつかるように仕向けたりとか、そんなことだけじゃないのよ」
「他に何かあんのか?」
「そうね、例えば・・・、あ、ほら」
そう言って、専用フィールドにいる陽牙たちの方を指差す。
「陽牙のやつ・・・なんで“柱”の上に乗ってるんだ?」
蘭が不思議そうに言う。その視線の先には、楽しそうに“障害物”の上に立つ陽牙がいた。
「さっきから結構やってるわよ。気付かなかった?上ったり降りたり・・・そりゃあ夏美もばてるわよ」
「ちょくちょく視界から消えるとは思ってたけど・・・」
全然気付かなかった、と少し悔しそうに言う蘭。
「まあ、原因はこれだけじゃないと思うけどね」
「そうだな、なんかあんまりすごい感じしないよな」
うーん、陽牙が聞いたら落ち込みそうな台詞だわ。
確かに聞くだけではすごい感じはしないが、あれをやるには相当の運動量を伴うはずだ。生半可な体力では先に自分がばててしまうだろ。
「それにね、鬼は時間がなくなってくるとどうしても焦るのよ。今回のゲームは人間の方が有利ね」
「じゃあさ、陽牙が鬼だったらどうなってたと思う?」
「絶対に勝ってたわ」
自分の言葉に、信頼というより確信に近い響きを感じる。
「なんで言い切れるんだ?」
「いくら夏美の運動神経がよくても、専門は爆撃。対して陽牙の専門は陽動。つまり人を誘導して自分のやりたいように動かせるのよ。さっきは人間の方が有利なんて言ったけど、ゲームが“鬼ごっこ”だった時点で陽牙の勝ちは決まったようなものだったのよ」
一息に言い切って、またふたりの方を見る。夏美の息はさっきよりも荒くなっている。
「そういえば・・・あたし陽牙を捕まえれたことないや」
蘭は記憶を探るように少し眉をひそめ、妙に納得したように呟いた。と、そのとき、観客たちがカウントダウンを始めた。
「10………9……」
その声を聞いた夏美が焦ったようにスピードを上げた。陽牙との距離が縮まる。
陽牙は少し驚いたような顔をした後
「へぇ、意外とやるじゃ~ん」と、楽しそうに言った。
「8………7………6……」
カウントダウンが続いていく中、夏美はラストスパートだと言うようにどんどんスピードを上げていく。それにしたがって縮まる距離に、笑みをこぼしている。
「5………4……」
もう、すぐ後ろまで近づいている夏美を見ても、陽牙は余裕の笑みを浮かべている。
「3………2…」
“ゼロ”が近づいていくと、比例するように観客たちのテンションが上がっていき、自然と声も大きくなってくる。夏美の手が陽牙に向かって伸びていく。
「1……」
みんなが「1」カウントをしたそのとき、夏美がいきなり防御の体勢をとった。
次の瞬間、陽牙がわたしたちの視界から
消えた。
なんとなくしょぼい陽牙・・・
せっかくの見せ場のなのにw次回はちょっとかっこいいかもです・・・
この間初めて感想をいただきました。思っていたよりもずっと嬉しくてびっくりしました。テンションあがってしまいますよw
読んでくださってありがとうございます
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