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五話 後悔

 いつもとは違う温かく柔らかい感触に包まれてシャルルは目を覚ました。まるで母親に抱き締められているような優しい心持に自然と瞼がとろんと落ちてくる。

 知らない天井と見上げ心地よいまどろみの中、働かない頭で考える。昨日なにがあったのか、どうして自分がここにいるのか。

 首を捻ると目に入るのは部屋に置かれた趣味のいい調度品、客間なのかある程度広い室内。

 そして自分の手を握りながら眠る美咲の姿。真っ黒の髪が広がり天使の輪を作っている。

 カーテンの隙間から刺す太陽の光が眩しい。

 しっかりと握られている美咲の手をゆっくりと解く。ずっと付いて看病して疲れたのか相当疲れているようで、あまり抵抗はなくあっさりと解けた。自分の剣の握り過ぎで厚くなった手とは違う、瑞々しく白魚のような手。瑞々しく柔らかい肌に触れ、申し訳なく思う。

 美咲様はこの殺伐とした世界を逆行するような優しい性格をしていると聞く。ただ甘いだけだ、と言う人もいるかもしれない。私もその類いだと思う、しかし私の主は笑って言う。人間は色んな奴が居るから面白いんだと、その時の表情は今でも覚えている。笑っているのに達観したような寂しげな目は私たちとは違う景色を見ているようだった。

 主を同じ黒い髪を梳く。同じ色なのに手触りは全然違う、手の中を抵抗の無い絹のような髪がさらさらと滑る。しばらくその艶やかな感触を楽しんだ後、美咲の手をどけて身体を起こす。

「痛っ……」

 上半身を起こすと同時に腹部に鈍痛を覚えた。服を捲ると殴られたところが青くなっている。白にひとつぽつんと青があると少し気持ち悪い。忌々しく思いながらもなるべく触らないように服を降ろす。他に異常がないか隈なく確認するが、少し身体が重たいと感じるだけで傷などは見当たらなかった。身体の重さもちょっとの倦怠感みたいなものだろうと直ぐに捨て置いた。

 美咲を起こさないよう気を付けながら布団から抜けだす。掛かっていた布団をそのまま美咲に掛け直してから静かに部屋を出た。

 プルガトリアの王宮だろうか。綺麗に掃除された廊下を当てもなく歩く。侍女や使用人にすれ違う度に怪訝な表情を浮かべられたが、即座に侵入者として取り押さえられるという事態にはならないようだった。

 城の階段は敵の侵入を阻むために階段がバラバラに設置されている。なので階段を下りては廊下を歩き、また階段を下るといったことをした為に少し歩いた時点で元の寝ていた部屋は分からなくなっていた。

 適当に歩いていて中庭に出た。

 庭師が丹念に手入れしているのか色とりどりの季節の花が陽を浴びて輝いている。止まり木の小鳥楽しそうにおしゃべりしている。城の壁を背もたれに柔らかな芝生に腰を降ろして顔を膝の中に埋める。

「初めて、だったのに」

 初めての依頼だった。勿論今までにもお願いは沢山あった。でもそれは薪をおつかいだったりと雑用と言っていいほどのものでしかない。しっかり準備もしてもらって、抜け目ないように剣まで借りたのにこのざま。

 王国の騎士がそこらの魔獣に負けるわけないと高をくくり、見つけた時には美咲様が窮地に立っていて焦った。咄嗟に助けたのは良かったが無駄な犠牲を払った、私のせいだ。うまく助けることが出来なかった後ろめたさと人を助けた高揚感に、仲良くしてねと頼まれていた美咲様に高圧的な態度を取ってしまった。美咲様は素人で普通の人だということを失念していた。

 最初に倒した小物のせいで私は強者なのだと錯覚した。常に最強の近くにいたのが拍車を掛けた。妙な気分になっていた私はあまつさえ護衛する人である美咲様に剣を向けてしまった。そして私は強者だと錯覚したまま騎士隊に喧嘩を売り、負けた。自分が負ければ美咲様の身が危ないなんで微塵も考えなかった。

 最後には美咲様は負傷して寝ている私を心配してくれた。美咲様に負担を掛けてしまった。手を握っている姿を見た時、心が痛んだと同時に依頼に失敗したことを悟った。こんなささくれ立った気持ではいけないと部屋を出たはいいが、帰り道もわからない。置き手紙もしなかったので、美咲様は心配しているだろう。

 考えれば切りがない。

 何をやっているんだ。情けない。

「本当に、なにしてるんだろ」

 泣きそうになるのを下唇を噛む痛みで我慢する。顔を一層深く埋めた。あの人は怒るだろうか。

 それとも呆れたように絶望するのだろうか。

 溢れ出そうになる涙を必死に堪える。

 自分の直ぐ近くで青々とした芝生が踏まれて初めて傍に誰かが経っていることに気が付いた。

「探したぞ」

 その声に答える気がシャルルには毛頭なかった。自分を殴った、ましてや負けた相手の相手など死んでもしたくない。

 シャルルが口を効く気が無いのがわかったのか、ユーリは返答を求めずに問い掛ける。

「勇者さんが心配してたぞ」

 心の中が苦しくなる。また優しい勇者様に心配を掛けてしまったと。

「怪我とかがあったら直ぐに申し出て欲しい、準備はしている」

 膝に顔を大きく埋めているシャルルは、小さく横に振り反応を示すと。ユーリも小さく、そうかと答えた。

「隣、いいか?」

 前に会った時とは大分印象が違うな、と不思議に思うも肝心のユーリには何の反応も返さないよう心掛けた。

 それを肯定と取ったのかシャルルとは少しだけ間隔を開けて座った。

「俺は頭が良くない、だから単刀直入に言おう。あんた、隊長のなんだ?」

 この質問にシャルルが答える義理は全くない。そしてシャルルも答える気が全くない。

 そのことが当然かのようにユーリは言葉を続ける。

「あの剣は隊長の剣だ。見間違えるはずがない」

 ずっと傍で見てきた。と呟くと、あんな化物剣が二本もあってたまるか、とユーリは毒づいた。

「………」

「お前は何を望む?」

 その言葉にシャルルは聞き覚えがあった。むしろ聞き覚えがある所の話ではない。耳に残るほどにその言葉は脳裏に焼き付いている。

 びくりと明らかにシャルルは動揺したが、ユーリは咎めなかった。

「ホントに殴ってすまんかったな。後、勇者を助けてくれたことは感謝する」

 話は終わりだと立ち上がったユーリはズボンに付いた枯れ草を払うと、今思い出したとシャルルに言う。

「隊長に言っておいてくれ、俺たちはもう大丈夫だ。ってな」

 ユーリはそれだけ言うと、返事も聞かずに去っていった。

 歩くユーリの背中を見ていると、遠くから次第に勇者の、美咲の声が耳に届く。その声は心配しているようで、どこか怒って、安堵しているようにも聞こえる。

 シャルルも立つと美咲にどうやって謝罪しようか必死に頭を悩ませるのだった。



ーーーーーーーーーーーーー


  

「本当に申し訳ございません」

 美咲は焦っていた。

 看護していたはずの自分がいつのまにか眠って、部屋に怪我人のシャルルがいないことも焦ったが、それ以上に部屋に戻った途端シャルルが床を舐めるように土下座したことに最高に焦っていた。

「ど、どどど、どうしたんですか!?」

 美咲はシャルルの腕を持って止めさせようとしたが、鍛えられたその腕は美咲の細腕ごときではビクともしない。

「この度は勇者様に剣を向けるなどという愚行を犯した上、更に護衛である私が敵陣に突撃するなどと云う……」

 頭を下げたままシャルルの謝罪は続く。額を下げ過ぎて声がくぐもってしまっているが、そんなことは関係ないとばかりにシャルルは頭を下げ続ける。

「わかった! わかったから! 頭を上げてください」

 ひたすらぐいぐいと腕を引っ張る美咲に対し、頑なに拒み頭を下げるシャルル。

 そんな焦りまくりで涙目の美咲に救世主が現れる。

「にゃー」

「このままでは会わせる顔がありません。………って、にゃー?」

 思わず声の主を探して顔を上げると、美咲の後ろから真っ黒な猫がしっぽを揺らせながら現れる。

 黒の体毛は窓からの光を反射してオニキスのように輝いて、金色に光る瞳が真っ直ぐにシャルルを見つめて来る。黄金の瞳に吸い込まれそうになっているシャルルは気付かない、美咲がシャルルの「にゃー」に身を悶えるようにして萌えていることに。

「勇者様? この猫は?」

「かわいいでしょ」

 そういうことを聞いていることではないと心の中でツッコムのだが、美咲は黒猫の前足に両手を入れて持ち上げる。力が抜けてだるーんと無防備な身体を晒すその様子は非常に庇護欲をそそられる。さらには「うなー」と気だるそうに鳴くものだからもうたまらない。

 ふるふると垂れるしっぽがシャルルを誘っているようだ。

「抱いてもいいよ」

 視線が合う、シャルルは抗うことはできなかった。姿勢を正してから黒猫を受け取る。つやつやの毛は手触りが良く、命の温もりが温かい。

「この子どこで?」

 美咲は語り始めた。それはシャルルが眠っている時の話。美咲が現実を知った話。


自分でも遅いと思います。

申し訳ないです。

小説の難しさここに極めり・・


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