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三話 不思議な少女

 サラは騎士になってから日課になりつつある夕方からの自主練習を切り上げ自室に向かっていた。いつもはもう少し早く終わるのだが、暖かい気候につられつい長居してしまった。昼間の訓練からそのまま来てしまったので夜になり少し肌寒い。

 ぶるりと身体を震わせながらサラは何の気配も感じない夜の中を一人歩く。

 電気のないこの世界では昼間の唯一の光源である太陽が沈むと、辺りは暗黒と言っていいほどの暗闇に染まる。

 ぼんやりと光るのは魔力石を加工した淡い光を放つ灯のみ。その灯も高価なものなので廊下の概要を幽かに照らすだけに止まっている。

「幽霊でも出そうだな」

 お遊びのつもりで言ったことだったが、サラはふとエルナが言っていた戯言を思い出した。

 なんでも最近この夜の王宮に幽霊が出るらしい。それは昔小さい頃に亡くなった女の子の幽霊で今では寂しくなって遊ぶ友達を夜な夜な探しているんだとか。白いワンピースを身に纏ったそれはもう儚い少女であるという。

 なんでこんな時に思い出すのだろうと、自分の記憶に嫌気が差す。その原因である数秒の自分を殴りたくなる。歩調が少し早いのは気のせいではない。

 早足で帰っていると視線の端をふわりと何かが通り過ぎた、この先にあるのは十字路のはずで上へと続く階段がある。真っ先に思い浮かぶのは先ほど思い出した幽霊。あり得ない、嘘だ、と否定したい気持ちもあるが否定もできない。

 禁術に指定されている中には死体を兵として扱うものもあると聞くし、中には想像も出来ないような倫理的にぶっ飛んだのもあるらしいってもっぱらの噂だ。

 サラは臆病な自分に渇を入れると不審者の可能性を考慮して腰から剣を抜き、物音を立てないように慎重に壁に沿って移動してから、壁の端まで来ると覗き込むように左右を確認する。魔石灯に照らされて少女の姿が浮かぶ、真っ黒な外套に身を包み興味深そうに明りに手を伸ばしている。どくんどくんと自分の心臓の音がこれでもかと耳につく。一つ深く深呼吸してから呼吸を整えてからすばやく少女の後ろを取り、低い声をで首に剣を押し当てる。

「動かないで」

「ん?」

 少女は剣を押し当てられているというのにそれを構うこともなく振り返る。なんの躊躇もなく振り返るもんだから、ぴったりと付きつけていた剣でそのまま細い首を傷つけそうになり慌てて引く。ここまで戸惑いなく動かれると華奢な少女ということも手伝ってこちらも戸惑ってしまう。

 下から見上げるように真っ直ぐ琥珀色の瞳がこちらを見上げてくる。エルナの言った通り白いワンピースを纏ってはいるが少女は幽霊ではない。一瞬幻影魔術を警戒したが目の前にいる人物はちゃんとした温もりを持っている。純白のワンピースと対照的な漆黒の外套が映える、金の刺繍がされており魔術にそれほど詳しくないサラにでもわかるほどに強力な術式が編み込まれている。

 外套などの布に術式を編み込むのは並大抵のことではない。魔術術式は歪んだりすると直ぐに効力を失ってしまうので、それを考慮しながら一つ一つ魔力を込めた糸で手縫いの刺繍がされた外套はそれ自体が高価で芸術の品と言える。有名な魔具師や強力な魔術師の魔力が籠った魔具はそれ一つでちょっとの財産を築くことが出来るほどだ。少女の外套はそれほどまでに見事なものだった。

「あなた何者なの?」

 サラの呟きに答えたのは澄んだ声だった。

「これね、パパがね、夜は寒いから着て行けって」

 そう言って少女は外套に顔を埋め深く深呼吸をする。その表情は心底幸せそうで変態的だ。

 少女はふと思いついたように胸の前で止めていたボタンを外し、サラの方にその外套を差し出した。唐突に出されたものだから反射的に受け取ってしまう。途端に肌寒かった空気が遮断されサラの周りにふんわりと温かい昼間の優しい空気が戻ってくる。纏うだけでなく持つだけで、ここまでの効果を発揮するものをそんなに簡単に渡すこの少女のパパと呼ばれる人は魔具師としてとても優秀と思われる。

「それね、とってもパパの匂いがするの」

 サラは、え? と無意識に唸った。少女の期待した視線がこっちを見つめる。そんなことを言ってどうしろと言うのだろう。

 無言で見詰める少女に視線で問いかける。

「いい匂いだよ?」

 可愛らしげに小首を傾げながら言うが、言動と全くと言っていいほど合っていなかった。サラは確信する、この少女は変態だと。

 今まで生きてきて色んな人に会ったが、初対面で匂い嗅ぐなんて言われたのは初めてだった。インパクトもぶっちぎりで一位確定。しかし、どう答えていいかわからない。

「この魔具とっても凄い」

「うん」

 少女は自分が褒められたかのように嬉しそうに笑う。余程パパが好きなのだろう。

 突如少女は腕で身体を抱くとぶるり寒そうにと震える。夜の肌を刺すような寒さは幼い少女には堪える。ただでさえ少女を守っていた外套はサラの手の中だ、サラが慌てて返すと少女は慣れた手つきで外套を羽織る。

「お名前聞いていいかな」

「ルイーゼ」

「ルイーゼちゃん、私の部屋でお話しない?」

 サラはこの少女に興味があった。王宮にはそう簡単に入れる場所ではないし、この少女にパパの話も聞いてみたかった。それに彼女が害を成すとも思えない、事情聴取も兼ねるというものだ。

 普段生活している離れの寮ではなく、少女を先導しながら自室に向かう。こういう時に一人部屋なのは気兼ねしなくてほんとにいい。

 王宮の廊下を二人の気配、一人の足音が響く、足音は勿論サラのもの、しかし後ろを歩いてきているはずのルイーゼの足音はない。後ろを振り返ればそこには、にこにこした笑顔が確認できる。後ろに人がいるのに自分の足音しかしないのは言いようのない不安感がある。先ほどの会話が無ければエルナの言う幽霊だと思ってもしかたないだろう。

 ただ広いとしか言えない王宮の中を歩き見慣れた扉を開ける。

「あ、待っ……」

 少しの隙間が開くと淡い甘い独特の香りと入れ替わるようにサラの止める暇もなくルイーゼが入っていく。サラはしまったと頭を掻くがもう遅い。急いで後を追うように部屋に入る。

 一言でいうと簡素なという表現が似合いすぎる部屋だった。奥に置かれた執務机に、申し訳ない程度のテーブルを挟むように存在するソファー。そこに質素な本棚があるだけで他には何もない。

 確かに部屋を開けた時は甘い香りがしていた、しかし今は何の香りもしない、むしろ清々しい爽やかな香りさえするような気がする。その独特の薔薇のような甘い香りは睡魔を誘う魔術装具で、その効果は大人をも健やかな眠りに誘うほど。強力過ぎて犯罪などにも使用されたりする恐れがあり、おいそれとは入手できない代物で。大人でも我慢できない程のそれをルイーゼほどの幼い少女が耐えられるはずもない。

 だがルイーゼは辺りを観察するようにきょろきょろと見渡してばかりで睡魔の効果に掛かった気配は微塵もない。それどころかもう部屋中に漂っていた香りは感じられない。もちろんサラは何もしていないので原因はルイーゼということになる。

 一応安全のために窓を開けて。

「ごめんね。身体なんともない?」

 ルイーゼは何を言われたのかわからずにきょとんとしていたが、自分んで腕などを叩くと、うんと頷いて言った。

 サラはルイーゼに魔具の説明をしてから、ごめんねと謝る。ルイーゼはうんうんと首を横に振ってから、人差指を回転させてからと答えた。

「こう……、くるくるって」

「くるくる?」

 相変わらずよくわからないことを言うので深く考えないようにする。こういう人物を理解しようとするのはとても疲れることだと自分は知っている。サラは執務室の奥にある寝室などへ続く扉へ急ぐと、息を止めてから出窓に置いてある特徴的な小瓶の中身をを専用のごみ箱の中へとぶち込む。同じように窓を開けてからベッドに腰を掛け一息つく。

 冷や汗のかいた背中を涼しげな夜風が撫でる。こんこんと控えめなノックからルイーゼが入ってくる。部屋の中をぐるりと見渡してから指をくるくると回した、それだけで夜風で冷えていた部屋がふわっと温かく快適な温度になる。

「魔術師……?」

 ルイーゼは小首を傾げて、ちょっとだけと答えた。

 魔術は世界へ干渉を可能にする立派は学問である。式を立ち上げ魔力を鍵として解をはじき出す。その解が魔術として発動し世界の現状を改変して超常現象を引き起こす。しかし逆に言うと式がないと魔術は発動しない。それを今ルイーゼは式も何もなしで魔術を使用した。普通に考えてはあり得ない、その高級な魔術の外套に特別な、なにかの魔術が付加されている可能性もないわけではないが、目の前で使われてわからないほど節穴ではない。

 魔術は日進月歩で進歩しており日々研究者が効率的かつ威力の高い陣を開発している。魔術の質はそのまま国の戦力に直結するためどこの国でも魔術の開発費には多額の予算を組んでいる。

 近年で開発されたので有名なのは多陣式と呼ばれる、正式には多重回転円陣魔術術式だろうとサラは記憶している。現行で使われている魔術術式はどこの国でも標準となっていて、魔術騎士隊の質はその数だけの勝負になって来ている。

 しかし、新しい魔術術式はその現実を覆す。

 構築理論はどんなのなのか、詠唱はどうするのか、陣はどのように書くのか。

 それだけでも新しい魔術というのは優位に立てる。それに加え設置型の結界魔術を現行の術式で解除するには相当の労力を必要としてしまう。ここまでいくと新しい魔術を開発した国は戦争に置いて圧倒的なアドバンテージを誇る。魔術の開発もそれが目的だというのに、多重回転円陣魔術術式の開発者は国にではなく、あっさりと世界にその魔術構築の理論を公開してしまった。

 そんなことをされて所属している国の上層部が黙ってはいない。国の戦力を著しく上がるチャンスをむざむざ棒に振ることになる。魔法隊の強さは軍の戦力の大部分を占めるため、優秀な魔術術式と魔術師はどこの国でも重宝される。

 だが、実際に処罰などなにも下っていないし世界的な戦力も変わっていない。それは新しく開発された魔術術式が複雑かつ難解すぎて誰も使うことが出来ないことにある。そこで諦めないのが魔術師という世界の理を扱うものの信条であるが、三賢人と呼ばれるほどの実力者が無理と匙を投げたのだから、もう常人では使えないものと認識されている。

 この世界で多重回転円陣魔術術式を使えるのはただ一人、開発者のプレガトリア王国宮廷魔術師のフーのみであるというのがこの世界で常識となっている。

 多重回転円陣魔術術式の魔術構築理論の俗称である黒の書は誰にでも閲覧でき、言ってしまうと全く魔術と関係ない一般の村人でも正式な申請さえすれば国立の図書館で見ることが出来る。

 サラも一度読んだことがあるが、到底理解できなかった。あれは人が使うものだとは思えないほどの並列演算能力と魔力が必要だ。

「どうしたの? お姉ちゃん」

 そうとう考え込んでいたのだろうか。ルイーゼが心配そうに尋ねてくる。

 サラはごめんね、と一言謝ってからルイーゼにベッドに座るように勧め、自分は飲み物を用意する為に隣接している台所へと向かった。

 サラは一瞬迷ってから、やぎの新鮮なミルクがあったことを思い出す。寝る前にミルクを飲むと気分が落ち着いて良く寝れると昔、母に聞いたことがあった。ミルクを熱を発する魔石でいい具合に温めてからマグカップへ注いで部屋へ戻る。窓はもう閉められていてベッドの端にちょこんとルイーゼが座っていた。銀色の髪が月の光を受けて淡く輝く姿は神秘的は風貌を醸し出している。

 ルイーゼはミルクを受け取ると小さな喉をこくこくと鳴らして口を付ける。サラがルイーゼの隣に腰を掛けるとふわふわのベッドが柔らかく受け入れてくれた。ルイーゼの口の周りについた白い跡をハンカチで優しく拭ってやると、目を細めてされるがままになってくれるルイーゼがとても可愛い。

 綺麗な琥珀色の瞳に視線を合わせてからサラはゆっくりと口を開く。

「ルイーゼちゃんのパパって宮廷魔術師の……」

 サラが全てを言い終わる前に、うんと答えてからルイーゼはその小さい口を開く。本当はダメだって言わてれるけど特別ね、と断って。

「パパってばいっつも仕事ばっかりで全然遊んでくれないんだよ」

 頬を膨らませてルイーゼが言う。不思議な少女だったがそこら辺は小さい子供と一緒なんだなとサラは思ってしまう。

 先ほどの質問は半ば確信へと変わりつつあった疑問を確かめる為だけであったが、ここまであっさりと肯定されるとこちらも調子抜けしてしまう。

 ルイーゼは余程不満だったのかサラにたらたらと愚痴をこぼす。サラにとっては日頃の宮廷魔術師の日常が垣間見れて聞いてて非常に面白かった。

 いつも眠たそうだとか、怒ると怖いとか、頭を撫でてもらうのと気持ちいいとか。その様子を話すルイーゼはとても幸せそうで、自分の知らなかった時間を大切に過ごしてほしいと思う。

 和気藹々と話をしているといつの間にか時は過ぎているもので、寝むたくなってきたのかルイーゼがこくりこくりと船を漕ぎ始める。

 サラは飲み終わってテーブルに置かれていたマグカップを台所に持っていくと、帰って来たころにはベッドで足を抱えるようにして小さく丸くなっているルイーゼがいて、その様子は母親のお腹の胎児を連想させた。

 ルイーゼに布団を掛けて隣に寝ると独特の甘い香りが鼻を擽り、直ぐに睡魔がやってくる。ふと出窓を見ると片づけたはずの魔術礼装がその役割をきっちりと果たしていて、なんで、どうして、なんてことを思うながらサラは深い眠りへと落ちていった。

 

◇◆◇◆◇◆

 

 サラが寝息を立ててから数分後、まるで狸寝入りをしていたかのようにルイーゼの目がぱっちりと開く。もそもそと布団から這い出してから今もなお睡魔を誘い続ける魔術礼装をぱしぱしと叩く。吐き出された香りは避けるようにルイーゼの身体の周りで回転するように天井へと昇っていく。

 サラの頭をゆっくりと優しく撫でてからルイーゼは静かに寝室を出た。

 初めてサラと出会った廊下を通り過ぎてから長い階段を駆け上がる。曲がってから突当りまで一気に加速すると普通の部屋ではない豪華に装飾が施された扉が見えてくる。踵でブレーキを掛けて勢いを緩めると、そのままの勢いで扉を押し開ける。そこには大好きな人が座っていて、帰ってくる自分を待っていてくれた。

 ゆっくりと振り返って笑顔で、楽しかったかと腕を広げながら聞かれれば、ルイーゼには、うんと答えてその大きな胸の中に飛び込む以外の選択肢は存在しなかった。


遅くなって申し訳ございません。

なかなか筆が進まずこんなに経ってしまいました。


少し多めに書けたのでそれで許して欲しいです。

完成度は保障できませんが。

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