88 新たな予言《サディアス》
執務机に向かって書類に目を通していたサディアスは、扉をノックする音にゆっくりと顔を上げた。
「アイザック様がいらっしゃいました」
護衛の声に「入って良いぞ」と許可を出すと、見るからに不機嫌そうな顔のアイザックが入室して来る。
「そんな顔するなよ。
私は一応王太子なんだぞ」
「だから何ですか?
貴方の無茶振りのせいで、愛する婚約者との時間がいつも大幅に削られているんですよ。
学生の間は手加減してくれるって話は、一体どこへ行ってしまったんでしょうね?」
王太子に対してここまであからさまに文句を言う奴は滅多にいない。
自分も愛妻家の自覚があるがコイツも相当ヤバいな、とサディアスは苦笑する。
「悪かったよ。
今日は学園の授業が終わる頃には解放してやれると思うから、邸にでも会いに行けば良いんじゃないか?」
「言われなくてもそうするつもりです。
で、どんな御用ですか?」
『世間話を聞いている時間は無いからサッサと話せ』とでも言いた気な部下に、サディアスは再び苦笑いした。
「先ずはコレを読んでくれ」
お馴染みの金の蔦模様の封筒を差し出すと、アイザックはやっと側近モードの顔になった。
封筒から中身を取り出した瞬間、アイザックの眉が微かにピクリと跳ねる。
(何か気付く事でもあったのか?)
そう感じて、双眸を細めるサディアス。
だが、アイザックはそのまま何も言わずに便箋を開いた。
そして内容に視線を走らせた彼は、段々と険しい表情になっていく。
「コレはいつ届いたのです?」
読み終わって最初の質問がそれだった。
気になる部分はそこなのか?
「私の手元に届いたのは今朝だ。
投函されたのは少し前だったらしいが、担当した文官が新人だったから、気付くのに時間が掛かった」
アイザックの態度に妙な引っ掛かりを覚えつつも、サディアスは聞かれた事に答えた。
「……そうですか。
僕が呼ばれた理由は分かりました。
感染症の専門医をお探しなのですね?」
『新たな年を迎える頃。
リルハン王国から、彼の国独自の伝染病が流入し、北方の地域で猛威を振るうだろう』
それが今回の予言の内容である。
「確か、ヘーゼルダイン公爵家で抱え込んでる医師が、その分野の第一人者だったよな?」
サディアスの問いに、アイザックは神妙な顔で頷く。
「はい、ダドリー医師ですね。
早速事情を話して、協力してもらいましょう。
『独自の伝染病』とやらに該当する病があるかどうかの洗い出しから始めますか」
「ああ。
それから、ワクチンや治療薬がどの程度準備出来るかを確認して……。
予防策も幾つか立案してもらえると助かるが、出来そうか?」
「そういうのは得意な人なんで、大丈夫だと思います。
今から動けば、予防策の方は年末迄には充分間に合うでしょうね。
ワクチンと薬に関しては、調べてみないと分かりませんが」
アイザックの言葉に、サディアスは少しだけ安堵した。
「そうだな。
病気の洗い出しや薬の準備など、王宮の医師やウチの文官にも出来る事は協力させる。
先ずは早急にダドリー医師に連絡を」
「かしこまりました。
……ですが、その前に一つだけよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「今迄届いた予言の手紙は、勿論全て保管されているんですよね?
見せて頂けませんか?」
そう言えば、アイザックが側近に就いたのはごく最近なので、彼が実際に手に取ったのは、今回のと前回の二通だけだった。
(やっぱりコイツ、何かに気付いな?)
そう思いながらも何も言わずに、サディアスは執務机の引き出しから前回のも含めた四通の手紙を取り出した。
「お前が今手に持っているのと合わせて五通。
今の所はコレで全部だ」
「どうも」
アイザックは短い返事を残して自分の机に向かうと、手紙を全て広げて並べ、何かを見比べている。
彼の表情に変化がないかとサディアスは注意深く観察したが、何の変化も確認出来なかった。
(流石にもう顔には出さないか)
最初、僅かに眉が上がったのは、アイザックにとっても予想外の事態に直面したせいで思わず出てしまった反応だ。
その時点で何も言及しないという事は、それが彼にとって他人に知られたくない事実であった可能性が高い。
となれば、いくら聞いても何も話してはくれないだろう。
ただの例え話だが、イヴォルグ王国のスパイにやったみたいな拷問をしたとしても、本気で話したくない事柄に関しては絶対に口を割らない。
アイザックはそういう厄介なタイプである。
ならばせめて顔色だけでも読めれば良いのだが……、こちらもやはり難しい。
時々物凄いポンコツに見えるアイザックだが、そういう時は大体が最愛の婚約者との間に何らかの問題が生じている時で、それ以外はあまり表情が変わらないのだ。
「ありがとうございました」
アイザックは無表情のままに手紙の確認を終え、丁寧に封筒にしまって元の状態へ戻してからサディアスに返却した。
何か発見があったのか気になる所だが、サディアスは聞かない。
どうせ話してくれないのなら、時間の無駄だから。
「早速ダドリー医師の所へ行って参ります。
本日はそのまま帰宅してもよろしいでしょうか?」
「構わん。結果の報告は明日にでも」
「では、失礼致します」
少しだけ急いた足取りで執務室を後にするアイザック。
その背中を見送り、扉が閉まった後、サディアスは小さく息を吐き出す。
「一体何に気付いたと言うんだ?」
試しにアイザックと同じ様に手紙を並べ、じっくりと見比べてみるも、新たな発見は何も得られなかった。




