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死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く  作者: miniko


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71 穀蔵地帯へ《アイザック》

 ───ドクンッ。


 アイザックの心臓が、不穏な音を立てる。


(アレは、誰だ?)


 王都の街に降り立ったアイザックは、目の前の光景が信じられなかった。


 愛するオフィーリアが、見知らぬ男といる。

 しかもとても親し気に、優しく頭を撫でられたりして(勘違い)、頬を染めて見詰め合っている。


 いや、現実はそんなに甘い雰囲気など皆無なのだが、嫉妬で曇った彼の目には、その光景が仲の良い恋人同士のデートにしか見えなかった。


 アイザックは痛む胸を押さえて、クルリと踵を返した。






 話は二十日ほど前まで遡る。

 アイザックは王都を離れ、国内有数の穀蔵地帯へと向かうハメになった。

 王太子であるサディアスから、視察に同行しろと命じられたのだ。



 数年前から断続的にサディアスの意見箱に投函されているという、謎の予言。

 アイザックが初めてその手紙を見せられたのは、この視察への同行が決まった時だった。


『視察の目的は?』というアイザックの問いに、サディアスは『先ずはこれを読め』と白地に金の蔦模様の封書を手渡した。


 美しく読み易いその文字は、アイザックの最愛が綴る文字にかなり似ていた。


(……そう言えば、オフィーリアの文字、暫く見ていないな)


 現在彼女と微妙な関係になっている事を思い出し、アイザックの胸に微かな痛みが走る。


 ただ、冷静になって良く見れば、予言の手紙の方は所々にオフィーリアの文字には無い独特な癖が見られた。


(似てはいるけど別人だな。……だが、何かが引っ掛かる)


 微かな違和感の正体を掴めないまま、アイザックは手紙の内容に目を通した。

 国内の一部の地域で小麦の不作が起き、暴動に発展すると予言されている。

 しかし、不作の原因については『天候の不順』としか書かれておらず、具体的な根拠は何も示されていない。


「これ、本当に信じて良いのですか?」


 普通ならば即座に『悪戯だ』とゴミ箱行きになる様な内容に眉を顰めるていると、サディアスは軽く肩をすくめた。


「私にも分からん。

 だが、その手紙の主は、既に三度の予言を的中させている」


 その情報を聞き、アイザックも予言者に少しだけ興味を持ち始める。


「三度の予言とは?」


「先ず最初に指摘されたのが、父上の体調不良の原因。

 それから、私の妃が三月末に早産で姫を産む事。

 最後に、この前のイヴォルグ王国の事件」


「イヴォルグの件まで……。

 それにしても、三件とも全く情報の性質が違いますね」


「そうなんだよな」


 最初の二件は大きな括りで言えば医学的な話だが、一方は病への警告で、もう一方は出産という慶事である。

 しかも名指しされた二人を共通で診察していた医療関係者はいない。


 妃を溺愛しているサディアスは、優秀な女医を探し出して妃の専属医師として雇っていて、当然出産を担当したのもその女性医師だ。

 そもそも、早産で生まれる時期と子供の性別まで当てるのは、現在の医療技術では担当医であっても不可能だろう。


 一方、国王の健康管理は王宮医師の中の精鋭部隊がチームで当たっている。

 彼等は国王専属であり、余程な事がない限り他の者を診察したりはしない。


 そして一番毛色が違うのは、三つ目の予言。イヴォルグの愚かな王弟の暴走によって引き起こされた事件についてである。

 南の辺境伯ですら、隣接しているイヴォルグの動きには気付いていなかった。

 それなのに、一体どうやってそんな情報を入手したのか?


 予言者という存在を信じる気には到底なれないが、そうでなければ何なのかと問われると……。

 アイザックはその疑問に対する明確な答えを持ち合わせていなかった。


 渋面を作って考え込むアイザックに、サディアスは苦笑する。


「私だって、この手紙の主を盲信しているわけでは無いが、三度目の手紙には大いに助けられた事も事実だ。

 今回の小麦の不作についても、備えておくに越した事はないというだけの話だし、予言が外れた場合の対策も同時に考えるから問題ない」


 ポンと肩を叩かれたアイザックは、なんとなくモヤッとする気持ちを抱えながら「はあ」と曖昧に頷いた。


 もしも予言がされていなくとも、イヴォルグの王弟達が画策した穴だらけの作戦が成功したとは思えない。

 しかしながら、実際に戦となればこちらにも犠牲者が出たであろう事は想像に難くない。

 そう考えれば、手紙の差出人は多くの人命を救ったという事になるのだろう。

 だが、手紙を送った目的が全く見えない事が、なんとも気持ち悪かった。




 アイザックの気持ちはさて置き、視察の準備は急ピッチで進められ、直ぐに出発する運びとなった。


 不作を予言された地域も小麦の栽培が盛んだが、今回の視察先は予言されていた地域とは真逆の方向に位置し、広大な農地を有する場所である。

 そこは貴族の所領ではなく、王家が管理している土地だ。


 その地域の農地では、小麦だけでなく、大豆や芋など国内で消費される主要な作物を幾つか栽培している。

 国内全体における主要な作物の収穫量をほぼ一定に保つ事で、価格の安定を図るという役割を担っており、前年度の収穫量を基にしてどの作物をどれだけ作るかを毎年変えているのだ。


 我が国では、数年前から国内全体の小麦収穫量が増加傾向にあった。

 その為、バランスを取る目的で、件の地域には休耕している小麦畑が多く存在している。

 それを利用し、作付け面積を一時的に増やす事が出来ないかと管理者に相談して、実際の農地を見学するのが今回の視察の目的だ。

 問題点を洗い出して協議したり、もしも予言が外れた場合、大量に余った麦をどう処理するのか、どの程度の値段で国が買い取るべきかなどの話し合いも予定されている。


(管理者との話し合いなど、通信魔道具を使うだけでも良い様な気もするが……)


 労を厭わずに自ら動こうとするサディアスの支持率は、とても高い。

 彼には、『この人の役に立てる様に頑張ろう』と、何故か周囲に思わせてしまう不思議な魅力がある。


 だがその一方で、王族であるサディアスが動くとなれば厳重な警備計画を立てたり日程を調整したり、他にも様々な手続きや多方面への調整が必要で、護衛や側近の仕事はどんどん増える一方だ。

 即ち、アイザックの過労死への道も、着実に整備されつつあるのだった。


(何でも自分の目で確認したがるのは、サディアス殿下の良い所でもあり、悪い所でもあるよな。

 まあ、殿下を味方につける事で助かっている面もあるから、仕方がないけど)


 アイザックは心の中でため息をつきながら、王宮の馬車へと乗り込んだ。


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