64 様子がおかしい友人
翌朝、アイザックは学園に来ていなかった。
「昨日も早退してたし、例の仕事はやっぱり忙しいのでしょうね。
無理し過ぎていないと良いのだけど」
「そうですね」
ベアトリスの言う『例の仕事』とは、勿論、王太子殿下の側近の事だ。
本人の前では素っ気ない態度のベアトリスだが、実は結構心配しているらしい。
元婚約者の件をベアトリスとアイザックに相談しようか迷っていたが、やっぱり、ただでさえ忙しい二人を余計な厄介事に巻き込むのは憚られる。
話してしまえば、二人はきっと率先して動いてくれるとは思う。
だけど、いくら権力があっても、他家の縁談に無理矢理干渉すれば、周囲からあまり良い印象を持たれないだろう。
力を持った友人の存在は心強いけど、出来れば迷惑をかけない方向で解決したい。
頼ってばかりの現状では、対等な関係とは言い難いだろう。
いや、そもそも、高貴な存在である彼等と平凡な私が対等になりたいなどと考えるの自体が、烏滸がましい事なのかもしれない。
だが、せめて私は彼等を『便利な存在』として扱いたくないと思っている。
二人とは利害だけで繋がる関係ではなく『ちゃんとした友達』でいたいのだから。
ちょっと頼りないけど、お父様が断ってくれるって言ってたし、多分、再婚約の件は大丈夫だよね。
当のクレイグはと言えば、今日は遠巻きに私への意味深な気持ちの悪い視線を投げてきたくらいで、直接話し掛けてくる事はなかった。
そんなクレイグを見て、ベアトリスが「何あれ? ウザッ!!」と令嬢らしくない呟きを漏らしていたが、それについては聞かなかった事にしておいた。
クレイグからの接触がなかったのは良かったんだけど、警戒していた私はちょっとだけ肩透かしを食らった気分だ。
寧ろ、何か行動を起こしてくれた方が、こちらとしても反撃しやすいのに。
(あの暴走伯爵令嬢の時みたいに、煽ったら手を上げてくれないかしら?
そうしたら三倍返しで殴って差し上げるのに……あ、いや、ダメだったわ)
自分の脳裏に浮かんだ考えを、一瞬にして打ち消した。
そういう無謀な事はしないって決めたばっかりだったと思い出したから。
午後になって、やっと登校してきたアイザックは、疲れているせいなのか、いつもよりもやや機嫌が悪そうに見えた。
「あら、今日はもう来ないのかと思ったわ。
遅かったのね。アイザック」
ベアトリスが声を掛けると、「ああ、うん……」と素っ気ない返事が返された。
「かなりお疲れのご様子ですが、昨日のお仕事に手こずっているのですか?」
「あーー……、いや、それも確かに大変ではあるんだが……、まあ、他にも色々とあってね」
アイザックは言葉を濁した。
おそらくは『答えたくないのだから察して欲しい』という意思表示なのだろう。
私とベアトリスは『仕方がないわね』と視線だけで会話をしながら肩をすくめてそれ以上の追及を諦めた。
その後もアイザックは、窓の外をボーッと眺めたり、かと思えば、溜息をつきながら頭をガシガシと乱暴に掻いたりと、普段は絶対に見せない姿を無意識に披露している。
クラスメイト達も興味深そうにいつもと違う彼に注目しているし、なんなら他のクラスからも見物人が来るくらいだ。
有名人って大変だね。
「オフィーリアが側に居るのに、心ここに在らずみたいな態度を取るなんて、本当に珍しいわね」
ベアトリスの言葉に、私も頷いた。
「アイザック様は、傷痕のせいか、いつも私に気を使ってくれていますものね」
「それ、本気で言ってる?」
「? どういう意味です?」
「………分からないなら良いわ。
ちょっとアイザックが可哀想に思えてきた」
溜息を零しながら呟いたベアトリスの台詞の意味は、私には理解できなかった。
それにしても、アイザックは何か悩み事でもあるのだろうか?
完璧超人なアイザックの悩みなんて凡人には想像もつかないけど、彼だって一応人間なんだし、たまには悩む事くらいあるよね。
普段助けてもらってばかりなので、私に何か出来る事があるなら是非とも協力したいとは思うのだが……。
(残念ながら、私には相談したくないみたいだしなぁ……)
まあ、相談してくれたとて、私が出来る事なんて高が知れているんだけどね。
私が出来てアイザックに出来ない事なんてないのだから、私に相談するくらいなら、とっくに自分で解決してるか。
役立たずな自分が不甲斐無くて、ちょっと悔しい気持ちになった。
「オフィーリア、やっぱり僕達、婚約しよう」
何の前触れもなく、唐突にアイザックがそんな事を言い出した。
それはアイザックの様子が変わってから三日が経った頃の出来事だった。




