↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く  作者: miniko


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/118

44 大人の魅力

 授業で分からない部分があったので、休み時間に職員室へ質問しに来たのだが、目当ての教師は見当たらない。


(席を外しているのかしら? 我ながら運が悪いなぁ)


 諦めて教室へ戻ろうとした所で、これまた運悪く、背後から声が掛かる。


「おっ、エヴァレット嬢。丁度良い所にいた」


 声の主は、探していたのとは別の教師。


「……はい、なんでしょう?」


 面倒臭い事になりそうな予感がするが、無視する訳にもいかずに振り返った。


「この前提出してもらった課題のノート、返すの忘れててさぁ。

 A教室へ戻るなら、持って行って皆んなに返しておいてくれない?」


 教師は私の返事を待たずに、クラス全員分のノートの束を、なかば無理矢理に手渡してくる。


「ちょっ……、職務怠慢ではっ!?」


「まあまあ。固い事言わずに手伝ってよ。

 ああ、忙しい忙しいっ」


 ついさっきまでノンビリとお茶を飲んでいた癖に、急に書類を広げ出した教師に胡乱な視線を向けつつ、小さく溜息をついた。


「はぁ……。まあ、良いですけどね」


「ありがとう。よろしくな!」


 Aクラスは人数が少ないので、全員分のノートでも然程重くはないし、手間もそんなにかかる訳ではない。

 だが、この学園の生徒は貴族の子女ばかりなので、前世の学校と違って教師が生徒に雑用を頼む事は滅多にないのだ。

 とは言え、ああいう軽薄なキャラの人間は、何処にでも一人くらいはいるものだ。



 タイミングが悪かったなぁ、と思いながら廊下を歩いていると、開いていた窓から強い風が舞い込んだ。

 つい最近上げるのをやめた長めの前髪が、風に煽られて私の視界を塞ぐ。


「……ぅわっっ!!」


 驚いた拍子に体がバランスを崩した。


(ヤバい、転ぶっっ!)


 思わず目を瞑り、衝撃に備えて身構えたのだが───。


 ドサドサッとノートが床に落ちる音がしたと思ったら、白い手袋をはめた手がグッと私の手首を掴み、もう一本の力強い腕が私の背中を支えた。


 蜂蜜とシナモンみたいな香りが、ほんのりと鼻腔をくすぐる。


 恐る恐る目を開けると、深い青の瞳が至近距離から私を見詰めていた。


(あ、この人は……)


 私の心臓がドクンと大きく音を鳴らす。


 まるでダンスの決めポーズみたいな体勢で私を支えてくれた男性は、ヴィクター・リンメル。

 薬学を担当している教師で、乙女ゲームの攻略対象者の一人である。

 いつも白衣を着て白い手袋をはめているのが特徴だ。


 薬学は選択科目なので、私は彼の授業を受けていないけど、『格好良くて優しい!』と、女生徒達からの評判は上々だ。


 リンメル先生は掴んでいた私の手首を軽く引っ張り、崩れていた体勢を整えさせてから、ゆっくりと手を離した。

 少し癖のあるココアブラウンの髪を掻き上げながら、フゥッと軽く息を吐いたその仕草は、妙に艶っぽい。

 所謂、大人の魅力ってヤツだろうか?


「大丈夫か?」


 低く心地良い声で問われて、頬が微かに熱くなる。


「あ、はい。

 助けて頂いて、ありがとうございます」


 慌ててペコリと頭を下げると、フッと小さく笑われた。


 しゃがみ込んで足元に散らばったノートを拾い始めると、リンメル先生も手伝ってくれる。


「コレは数学のノートだな。

 あのぐうたら教師、また生徒に雑用をさせてるのか」


 彼は手に取った一冊をペラリと捲ると、微かに眉根を寄せて、呆れた様に呟いた。

 どう答えるべきなのか迷った私は、曖昧な笑みを浮かべる。


「全く……。女生徒に荷物運びをさせるなんて、けしからんな。

 悪いな、エヴァレット嬢。

 アイツには俺からもちゃんと言い聞かせおくから」


(……私の名前、知ってたんだ)


 授業を担当している生徒でもないのに、良く覚えているな。

 生徒達の間で囁かれている様々な噂話は、意外と教師の間にまで広がっているのかもしれない。


「エヴァレット嬢、どうかしたか?」


 黙り込んだ私を不審に思ったのか、リンメル先生が顔を覗き込んで呼び掛けてきた。


「……あ、はい…、いえ、大丈夫です」


 動揺が続いているせいか、よく分からない返事をしてしまった。

 恥ずかしくて益々頬に熱が上がる。


「エヴァレット嬢は、確かAクラスだったな?

 このノートは後で俺が配っておくよ」


「あ、いえっ、本当に大丈夫ですから!

 そんなに重い物でもないですし、お気持ちだけありがたく頂戴します」


 勢い良くブンブンと首を左右に振って、親切な提案を辞退する。


「……そうか?」


 リンメル先生は少し困った様な顔をしながら、拾い集めたノートを渡してくれた。



 気さくそうに見えるリンメル先生だが、実は心に闇を抱えているキャラクターだ。


 ヴィクターは若くしてリンメル伯爵家の当主となっているが、実は養子なのだ。

 前伯爵の姉が未婚のまま産んだヴィクターを、子が生まれなかった前伯爵夫妻が引き取った。

 前伯爵の姉は子供の父親の名を最後まで明かさず、出産の直後に自殺している。

 家庭環境が良好ではなかった為、後継から外された場合の保険として薬学を身に付けたらしいが、結局その道で才能を開花させ、伯爵位を継いだ今でも研究と後進の育成を続けているのだ。


 そんな出自を抱えていれば、拗らせてしまうのは必然だろう。

 ヴィクタールートに進んだ場合、勿論その心の闇はヒロインとの交流によって徐々に晴らされる。


 しかし、この世界のヒロインは、どうやら第二王子ルートを進んでいるっぽい。

 何度かプリシラとリンメル先生が話している所を見た事があるけど、もしかしたら先生の方は、既にプリシラに惹かれているのかもしれない。


(だとすると、リンメル先生はプリシラに振られて、ずっと心の闇を抱えたままで生きていくのかな?)


 そう考えると、ちょっとだけ可哀想な気がする。

 良い人っぽいのに。


(……まあ、私が心配するべき事じゃないか)


 少し親切にしてもらったからって、一々情を移していたら身が持たない。

 先生とヒロインとの間に愛が生まれなくても、別の素敵な女性と巡り合って救われるかもしれないし、友人に感化されて人生が変わる可能性だってあるだろう。



「じゃあ、気を付けてな」


「はい、ありがとうございました」


 立ち去るリンメル先生に手を振って見送った。

 その背中が見えなくなってから、ホゥッと息を吐き出す。


 先生が去った後には、微かな甘い香りだけが残っていた。


(女生徒に貰った焼き菓子でも持っていたのかな?

 ゲームのヴィクター・リンメルって、甘党とかいう設定あったっけ?)


 そんなどうでも良い事を考えていたら、背後から忙しない足音が近付いてきた。


「……オフィ、リア」


 聞き慣れた声に呼ばれて振り返ると、息を切らしたアイザックが、膝に手をついて苦しそうに立っている。

 どうやら全力で走ったみたいだ。


「そんなに急いで、どうしたのです?」


「ハァ……向こう…の、ハァ…校舎、から、見えた…から」


 私の質問に、アイザックは向かい側の校舎を指差しながら途切れ途切れに説明した。

 あちらの窓から私の姿が見えたらしいという事だけは分かったが、そんなに慌てて来るほどの用って、一体何だろう?


「ええ、それで?」


 話の先を促すと、アイザックは胸に手を当てて少し呼吸を整えてから、再び口を開いた。


「……リンメル、先生は?」


「ああ、なんだ。

 私じゃなくて、リンメル先生に用があったのですね?

 先生ならば彼方の方へ歩いて行きましたけど……。

 多分ですが、職員室か薬学実験室に帰られたんじゃないかしら?」


「……そうか。

 オフィーリアは、教室へ戻る所?」


「そうですが」


「じゃあ、一緒に戻ろう。

 そのノート、僕が持つから貸して」


 差し出された手に、素直にノートの束を渡す。


「ありがとうございます。

 ……でも、リンメル先生を追いかけなくて良いのですか?」


「うん。もう用事は済んだから」


 意味不明なアイザックの言葉に、私は大きく首を捻りながら、前を行く彼の背中を追って歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。