3 前世の記憶
意識を失っている間、長い長い夢を見た。
夢の中の私は、オフィーリアではなかった。
日本という国に住んでいた、百合子という名の女性。黒髪に黒い瞳の十八歳で、大学に通い始めたばかりの苦学生だった。
アルバイトをしながら、六畳一間のボロアパートで慎ましい暮らしをしていた。
趣味といえば、スマホのゲームアプリで遊んだり、漫画や小説を読んだりする位の、大人しくてパッとしない女。
そんな私は、ある日の深夜、寝苦しくて目が覚めた。
(暑、い……。冬なのに、どうして?)
夢と現を彷徨いながら、私はボンヤリと考えていた。
「ゲホッ……コホ……」
次の瞬間、大量の煙を吸い込んで咳込み、完全に目が覚めた。
その時私の視界に映ったのは、火の海に包まれて真っ赤に照らされた自分の部屋だった。
不眠症気味だった私は睡眠導入剤を飲んで就寝していた為、目が覚めるのが遅れてしまったらしい。
異変に気付いた時には、既に逃げ道が完全に塞がれた状態だった。
逃げ惑う人々や野次馬達の声が、遠くに聞こえる。
消防車のサイレンが近付いて来るけど、今にも天井が焼け落ちてしまいそうなこの状況を見れば、救助が間に合うとは到底思えなかった。
「え……うそ……。嫌……、助け、て……」
私の呟きに答えてくれる人は、誰もいない。
ただでさえ煙で息がし難いのに、次第に酸素も薄くなり、益々呼吸が苦しくなっていく。
意識が朦朧とする中で、迫り来る炎。
自分の髪や肉が焦げる、嫌な臭い。
熱い、痛い、苦しい。
誰か……、誰でも良いから、誰か、助けて。
こんな死に方は、
こんな悲惨な死に方だけは───、
「いやぁぁぁっっ!!!」
自分の叫び声で飛び起きると、見知らぬ豪華な部屋の中。
私が寝かされている大きなベッドには、肌触り抜群のシルクのシーツが掛けられていて、部屋の壁には大きな絵画が、チェストの上には立派過ぎる壺が飾られている。
家具も調度品も全てが高級そうだ。
ベッドの周りを無駄に煌びやかな容姿の人達が大勢で取り囲んでおり、皆心配そうにこちらを覗き込んでいた。
さっきまで見ていたリアル過ぎる夢と、物語の中みたいにファンタジーな現実がごっちゃになって、自分が誰なのかさえもあやふやになるくらいに混乱していた。
「……大丈夫、か?」
周囲にいた人物の中の一人が、おずおずと私に声を掛ける。
十二、三歳位の年齢の少年。
窓から差し込む日差しに、明るい金色の髪が輝いて、瞳の色は冬の湖面の様な冷たい水色。
私の周りを囲んでいる人達の中でも一際美しいその少年の顔には、なんとなく見覚えがある気がした。
───ああ、私は彼を知っている。
彼の名前は、アイザック・ヘーゼルダイン。
アイザック・ヘーゼルダインは、たった今見たばかりの夢の中の世界では、百合子が好んで遊んでいた乙女ゲームの二番手のヒーローだった。
そして、その婚約者は、確か……。
───嘘でしょ?
じゃあ、私は……。
考えようとすればする程、ズキズキと頭の芯が疼く。
突然視界が大きく揺れて、思わずギュッと瞼を閉じた。
取り戻したはずの意識が、再び急激に遠ざかって行くのを感じる。
「あ、おいっ! しっかりしろ!」
誰かが必死で私に呼び掛ける声を微かに聞きながら、暗闇の底へと転げる様に落ちて行った。
次に目が覚めた時は、エヴァレット伯爵家の自室のベッドの上だった。
見慣れた風景にホッと胸を撫で下ろす。
「あぁ、良かった……。お目覚めになったのですね。
ご気分は如何です?」
起きあがろうとした私の背を、心配そうな顔をした侍女のリーザが支えてくれた。
「ありがとう。気分は悪くないけど、お水が飲みたい」
「かしこまりました」
サイドテーブルに置いてあった水差しから、コップに水を注いで手渡してくれる。
喉がカラカラに乾いていた私は、それをグビグビと喉を鳴らして一気に飲み干す。
いつもならば『はしたない』と咎めるリーザも、今日は何も言わなかった。
「旦那様と奥様をお呼びして参りますね」
そう言い残して部屋を出て行くリーザの背中を、ベッドに座ったままで見送った。
私が気を失ってから、どの位の時間が経ったのだろう?
ゆっくりと眠ったせいか、少しだけ心の整理が出来ていた。
日本人の女子大生『百合子』とは私の前世で、現在の私の名前はオフィーリア。
エヴァレット伯爵家の長女であり、乙女ゲームの二番手悪役令嬢でもある。
───そして一番重要なのは、
このままゲーム通りにストーリーが進み、断罪されれば、私は火刑に処されるかもしれないという事。
「絶対に嫌よっ!!
何でよりによって火あぶりエンドなの? 前世も現世も焼け死ぬとか、呪われてるとしか思えないわ……!」
数ある処刑方法の中から火あぶりを選ばなくても良いじゃないか。
絞首刑とか斬首刑とか、他にも色々あるだろうに。
いや、別に、首を吊られたい訳でも斬られたい訳でもないのだけれど。




