153 もう一人の転生者?
一週間の休校措置が解除され、今日から久々に授業が再開される。
とは言っても、十日もすれば長い夏期休暇が始まってしまうのだけど。
貴族ばかりが通うウチの学園は、学業よりも社交に重きを置いているので、休みが多くなっても授業のスケジュールに問題はないらしい。
今朝も、アイザックは当たり前の様に、エヴァレット伯爵邸に私を迎えに来てくれた。
「おはよう。オフィーリア」
談話室で食後のお茶を楽しんでいた私とジョエルのもとへ、執事に案内されて来た彼は、爽やかな笑顔で朝の挨拶をする。
事件の関係者達の取り調べは佳境に入っている筈なのに、私の送り迎えなんてしていて大丈夫なのだろうか?
「こんなに頻繁に我が家へ顔をお見せになるなんて、随分とアイザック様には余裕がお有りなんですね。
王太子殿下に、『もっとお仕事を増やしても大丈夫そうですよ』とお伝えしましょうか?」
私との語らいを邪魔されたジョエルは、冷めた眼差しをアイザックに向けながら、盛大に嫌味を込めてそう言った。
「忙しいからこそ癒しが必要なんだよ。
毎日吸わないと、やってられない」
「吸う? 何を?」
「何をって、オフィーリアのせ…ムグッ」
咄嗟にアイザックの口を両手で塞ぐ。
「姉上の『せ』?」
お願いだから、弟の前で『成分』とか言わないでっっ!!
さっき迄の爽やかさは何処へ行ったのよ!?
「さぁ、アイザック様、そろそろ学園に参りましょう!」
まだ少し出発時間には早かったけど、私はアイザックを部屋の外へと押し出す。
振り返って「行ってきます」と手を振ると、ジョエルは怪訝な表情をしながらも手を振り返してくれた。
「ねぇ、オフィーリア」
馬車に乗ると、アイザックは私を膝に抱きかかえ、首筋へ顔を埋めた状態で話し始めた。
「やっ……!
擽ったいから、そこで喋らないでくださいよっ!」
身を捩りながら抗議すると、彼は微かに笑って「ごめん」と謝り、顔を上げてから再び口を開いた。
「オフィーリアは『レイラ』という名に聞き覚えはない?」
「初めて聞く名前ですね。どなたです?」
「ヴィクター・リンメルの供述に出て来た恋人の名前だ。
教皇の企みが成功する直前にその座を奪えって、ヴィクターを唆したらしい」
「教唆犯がいたんですか」
恋人ねぇ……。
リンメル先生が罪を犯す様に誘導したその女性も、その恋人の存在を取り調べで簡単に喋ってしまうリンメル先生も、相手を本当に想っている様には見えないわね。
まあ、恋愛の形なんて人それぞれなんだろうけどさ。
「でも、どうして私にそれを聞くのです?」
「その女、瞳の色が琥珀色らしいんだ」
「琥珀色って、もしかしたら乗馬クラブの事件の?」
「その可能性もあるんじゃないかと、僕は思っている。
何が目的なのかは分からないけどね」
「そうですね。
どうして私を狙ったりしたのか……」
態々私のファンを装って乗馬クラブに入り込み、私の馬に細工をしたのだ。
あの事件は、ただ騒ぎを起こしたかったとかではなく、明らかに私をターゲットにした物だった。
「クリスティアン達が使った香も、その女の差し金だったみたい。
まあ、レイラって名前は偽名の可能性も高いけどね」
「レイラ……」
無意識にその名を呟いていた。
初めて聞く名前なのに、なんとなく懐かしさを覚えるのは、日本人の女性名としても割とよく使われる名だからかもしれない。
人は咄嗟に偽名を名乗ろうとする時、知人の名前を拝借したり、自分の好きな花や好きな色なんかから連想したり、何かしら意味のある名を使ってしまうのだと聞いた事がある。
全く無関係な名前は、なかなか思い浮かばない物なのだ。
もしも、『レイラ』が偽名だとしたら、前世の名前を咄嗟に名乗った可能性もあるのではないだろうか?
つまり、転生者なのかもしれない。
だとすれば、私がクリスティアンやプリシラの邪魔をしていると気付いて、排除しようとしたのかしら?
『レイラ』の目的がリンメル先生を教皇にして、プリシラ達を使い思うままに国を動かす事だとしたら、ゲームと違う行動を取る私を疎ましく思ったのかも。
プリシラの周辺にも転生者の存在を感じていたが、もしかしたら同一人物?
「その女、他の事件関係者にも接触しているかもしれないですよ。
ウェブスター嬢とか、クリスティアン殿下とかにも、心当たりがないか聞いてみた方が良いかも」
「そうだな。
そういえば、あの二人、明後日の夕刻には王都に到着する予定なんだ。
現地でキッシンジャー辺境伯がある程度は事情聴取をしてくれたんだけど、こちらへ戻ったら改めて事情を聞く予定だから、『レイラ』についても確認する様に手配しよう」
「もう着くのですか?
随分早いのですね」
私が驚きの声を上げると、アイザックは苦笑いを浮かべる。
「殆ど休憩を取らせずに睡眠時間も最小限にしているらしいから。
まあ、緊急時はそれが普通なんだけどね」
「行きはかなりのんびりしてましたからね。
でも、あの二人が良く我慢してますね」
「最初はクリスティアンがブツブツ言ってたらしいけど、騎士達はサディアス殿下に『弟を王子として扱わなくて良い』って許可されてるから、厳しい態度を取ってるみたい」
「甘やかされてた王子様には良い薬ですね」
「かなり参ってるみたいだよ。
本当のお仕置きはこれからなのにね」
フフッと不穏な笑みを零すアイザックに、ちょっぴり背筋が冷たくなった。




