143 一進一退
午前中、プリシラがフォーガス伯爵領に向けて出発したらしい。
「言う事だけは、いつもご立派なんだよなぁ。
しかし、あのヘラヘラした顔はどうにかならないのか?
クリスティアンも浮かれていたし、二人とも旅行にでも行く気分でいるのかもな」
学園に私を迎えに来てくれたアイザックだが、その口からはプリシラとクリスティアンへの呪詛が止め処なく流れ続ける。
相当ストレスだったのだろうけど、あまりの辛辣ぶりに、私は苦笑いを浮かべた。
「思った以上にウェブスター嬢がお嫌いなのですね」
「当たり前だろう。
クリスティアンは彼女の何処が良かったのか、理解に苦しむ」
「理解する必要性も感じませんが、お顔はとても可愛らしいのでは?」
「え? 顔ならオフィーリアの方が百倍は可愛いだろ」
婚約者への欲目が酷い。
あまりに過剰な褒め言葉は、嫌味にも聞こえるのだから、気を付けて欲しいわ。
「目がどうかしてるんじゃないですか?」
胡乱な眼差しを向けると、アイザックは向かいに座って空気と化していた侍従さんに「お前もそう思うだろ?」と同意を求めた。
「私の口からは何とも……。
だって、それって『可愛い』と答えても『可愛くない』と答えても恨まれるヤツでは?」
面倒臭そうに返事をした侍従さんに、アイザックは「言われてみればそうだな」と妙に納得していた。
どう答えても恨まれるなんて、理不尽が過ぎる。
私は返事を拒否した従者さんの英断に、心の中で拍手を送った。
「まあ、あのお花畑カップルの事なんてどうでも良くて……」
仕切り直して話を続けるアイザック。
どうでも良い話、長くなかった?
「昼過ぎにはフォーガス伯爵領に最初の物資が届いたよ」
「隣国からの早馬ですか?」
「そう。船便の分も、既に陸路に切り替わってるから、もう直ぐ到着するだろう」
「あぁ、良かったぁ」
私は大きく息を吐き出して、胸を撫で下ろした。
思い付きで船の使用を提言してしまった事に関しては、内心ドキドキだったのだ。
この状況下で船が事故でも起こしたら、目も当てられないもの。
船ではかなり多くの物資が運ばれているので、まだ感染していない住民へのワクチン接種も、ある程度は可能になる。
ただ、人為的な可能性が高いとすると、自然発生とは違った形で感染が拡大を続けるかも。
「捜査の方はどうなっています?」
「分析結果が出たんだが、従来型の死斑病ウイルスだった。
感染力が強い変異型を疑っていたから、その点では良かったんだけど……」
「益々、人為的な感染の疑いが強くなりましたね」
「そうなんだよ。
今は家族や友人への聞き込みを中心に、患者の足取りを調査している。
だが、田舎町だから店舗などが少なくて、複数人が同じ店を訪れているなんて事は珍しくもないから、逆に感染場所の特定には苦労しているみたい。
不審者情報も集めているけど、そっちの方が手掛かりが掴みやすいかもね」
「田舎の農村なら、余所者は本人が思っている以上に目立ちますものね」
「ああ。既に何件か目撃情報が上がっている。
それから、南の辺境伯が捜査協力してくれるらしい」
「まあ!
ベアトリス様の為かしら?」
「だろうな。片想いかと思ったが、意外と愛されてるみたいだな」
「あんなにも可愛くて、美しくて、賢くて、格好良いんですもの。
愛さずにはいられないでしょう?」
「相手がベアトリスとはいえ、そこまでベタ褒めだと、ちょっと妬けるな。
それに、オフィーリアの方が……」
「そのくだりは、もう良いです!」
またしても小っ恥ずかしい事を言い出しそうになったので、ピシャリと言葉を遮った。
アイザックは一瞬不満そうな顔をした後、クスッと笑った。
その後も登下校時の送り迎え、別名アイザックからの報告会は、毎日続けられた。
予想通りあの日の夜には船便の荷物が届き、幸いにも患者全員に薬が行き渡ったらしい。
そして翌日には、キッシンジャー辺境伯も王都からの早馬も、現地に到着。
感染拡大の発覚から五日が経った頃には、初期の患者の一部が快癒し始めた。
今の所、早期に投薬を始めたお陰か重症化している患者はいないし、心配していた捜査員や医療関係者への感染も出ていない。
だが、届けられたのは良いニュースばかりでは無かった。
新たに隣の村でも感染者が確認されたのだ。
それは、最初の農村よりもアディンセル侯爵領に近い村だった。




