137 普通で悪かったわね
「お手紙をお読み頂いたら、王太子宮へお連れする様にと命じられております」
サディアス殿下の側近らしき彼は、恭しくも有無を言わさぬ声色でそう言った。
予想はしていたが、私に拒否権はないらしい。
「姉上、僕も一緒に……」
「申し訳ありませんが、殿下がお呼びになったのはエヴァレット嬢お一人のみです」
「そんなっ!!」
「良いのよ、ジョエル」
声を荒げそうになるジョエルの肩を掴んで制し、耳元でコソッと囁く。
「貴方はアイザック様にこの事を伝えてちょうだい」
ジョエルは私の顔を見上げて、小さく頷いた。
「ご意向は理解しましたが、流石にこのままで登城する訳にはいかないわ。
自邸に戻って身支度をする時間を頂きたいのですが?」
私は自分の服装を見下ろしながら、肩を竦めた。
「かしこまりました。先ずはエヴァレット伯爵邸までお送りしましょう」
許可を貰えてホッと胸を撫で下ろす。
乗馬服のままで王宮に行くなんて、サディアス殿下が気にしなかったとしても、周囲からどんな噂をされるか。
「ありがとう。それから、侍女くらいは伴っても構わないですよね?」
「お話中は部屋の外でお待ち頂く事になりますが」
「それで構いません」
まあ、物理的な攻撃を受ける心配は無いと思うけど、念の為ユーニスは連れて行かなきゃね。
「オフィーリア様、扉の前でお待ちしておりますので、何かあったら叫んでくださいませ」
グッと拳を握るユーニス。
扉を一枚隔てた場所に味方がいるというだけで、ほんの少し緊張感が和らぐ。
『王太子を信用出来ない』みたいな発言は不敬だと言われてもおかしくないが、サディアス殿下の側近は微かに苦笑しただけだった。
案内された小さめの応接室には、相変わらず胡散臭い笑みを浮かべたサディアス殿下がいた。
挨拶もそこそこに、向かいのソファーに座る様にと指示されて腰を下ろす。
先程の側近も席を外し、部屋の中には無表情な王宮侍女が一人控えているのみとなった。
「急に呼び出して悪かったね。
来てくれて良かった。
どうしても君と話がしてみたかったんだよ」
コッチは話す事なんて何も無いんだけど。
「王太子殿下からの光栄なお呼び出しを断るだなんて、そんな勿体無い事をする貴族などこの国には居りませんわ」
勿体無いなんて欠片も思っていないけど。
実際は、断る選択肢を与えられず、強制的に連行されただけだ。
私の嫌味に気付いたサディアス殿下は、瞳を細めて僅かに口角を上げる。
態々アイザックに用事を言い付けおいて、その隙に私を呼び出したのだから、ささやかな反撃くらいは我慢して受け入れるべきでしょう?
「初めて会った時にも思ったが、意外と普通のご令嬢なんだよな……。あぁ、勿論、良い意味でね」
『良い意味で』と付け加えれば何でも許されると思ったら大間違いだ。
ってゆーか、態々それを付け加えた時点で、絶対に良い意味じゃないからね。
「アイザック様と婚約している以外は、ごくごく平凡で地味な伯爵令嬢ですよ。
残念ながら、殿下に興味を持って頂ける要素など、何一つございませんわ」
(だから、早く帰してくれないかな?)
そんな本音は胸の奥に隠したまま、微笑みで武装しながらティーカップに口を付ける。
最高級の紅茶はこんな状況でなければきっと感動するほど美味しいのだろうけど、残念ながら今の私に味わう余裕などなかった。
「ご謙遜を。
君は、国難を解決出来る程の特殊な能力を、天から授かっているのだろう?」
何食わぬ顔をしてそう言ったサディアス殿下。
(やっぱり預言の話かよ。
まあ、いつかはバレるだろうと覚悟はしていたけど……)
鼓動が早くなったのを気付かれない様に、私は微笑みを浮かべ続けた。
大丈夫。
アイザックの任務が他国の使者の案内ならば、警備の関係上、宰相閣下や騎士団長様は移動ルートを把握しているはず。
ベアトリスかニコラスに協力を依頼すれば、アイザックに連絡を取る事は可能だ。
ジョエルならきっと上手くやるわ。
だから私は、もう少しだけ時間を稼げば良いの。
「さあ? 何のお話なのか、私にはさっぱり」
「フフッ。ポーカーフェイスは、あまり得意じゃないみたいだね。
まあ、良いや。その件は後でゆっくりと。
ところで、君みたいな一見すると普通の子がさぁ、何でアイザックと婚約したの?
やっぱり金目当てとか?」
見下す様にニヤリと嗤われて、ちょっとイラッとした。
急に核心をつく作戦の次は、怒らせてボロを出させる作戦かしら?
残念だけど、そんな安い手に乗ってあげるつもりはないわ。
「お金は嫌いじゃありませんが、贅沢は好みませんので、手持ちの個人資産だけでも充分に生きていけますわ。
過ぎた欲望は身を滅ぼしますもの」
「じゃあ何でアイザックを選んだの?」
人を苛立たせるのが得意なのね。
興味深そうに聞いてくるサディアス殿下の横っ面を思いっきりぶん殴ったら、少しはスッキリするかしら?
「分かりかねます。私は選ばれた側なので」
今でこそ私もアイザックを愛しているが、そもそも先に婚約を望んだのはアイザックの方である。
私みたいな凡人のどこをどう気に入ったのかなんて分からないし、婚約の理由を知りたいならばアイザックに聞けば良い。
そう考えてツンと取り澄まし、傲慢とも取れる台詞を言ったら、サディアス殿下が声を上げて笑い出した。
「クッ……アハハッ。
あ、いや済まない。まさかアイザックをそんな風に扱う令嬢がいるとは……。
失礼な事を言って申し訳なかった。
君がどんな人間なのか知りたかったんだよ」
「お抱えの諜報部にでも調べさせれば充分でしたでしょうに。
人を試す様な事ばかりなさっていると、その内誰も着いて来なくなりますわよ」
もう淑女の仮面を被るのも面倒になってしまい、普通に苦言を呈したが、殿下が気を悪くした様子はなかった。
「重要な事は自分の目で確かめたいんだ。
それに、こう見えても部下からの信頼は厚いんだよ。
自分で言うのもなんだが、結構善良な人間のつもりだしね」
「善良な人間は、くだらない兄弟喧嘩に周囲を巻き込んだりはしない物です」
「どういう意味かな?」
そう聞き返されて余計な事を口走ってしまったと気付き、短気な自分を恨んだが、後の祭りだ。
もうどうにでもなれ、と言葉を続ける。
「馬鹿なストーカーを唆して文化祭に侵入させたのは、王太子殿下ですよね?」
私がそう言ったら、部屋が一瞬だけ静寂に包まれた。




