133 選ばれし者
「星型の痣に、何か心当たりが?」
そう質問した私に、アイザックは渋面を作ったまま口を開く。
「うん。……いや、ここではちょっと。
帰りに馬車の中で話すよ。
取り敢えず、リンメル先生は思ったよりも危険かもしれないから、なるべく近寄らないで」
「分かりました。気を付けます」
真剣な表情で忠告され、緊張が走った。
「ベアトリスやフレデリカ達にも、後で僕から話しておくから」
「はい」
アイザックの視線の先には、少し離れた場所でドリンクチケットを販売しているベアトリスの姿がある。
その後は私もアイザックも、休む間もなくお茶を淹れ続けなければならない状況に陥った。
忙しく働いている間は、他の事を考える余裕など全く無くなり、そうこうしている内にいつの間にか祭りは終了した。
お茶マニアによるマニアックな商品ラインナップのお陰か、会計担当者によれば、我がクラスの売上はかなり高かったらしい。
準備期間も当日も慌ただしくて、とても大変な思いをした。
それでも終わってみれば、達成感の様な物を得る事が出来たし、認めたくはないが、私もちょっとだけ楽しんでいた部分があるかも。
非日常的なイベント特有の奇妙な高揚感を残しつつ、アイザックと共に帰りの馬車へと乗り込む。
「内密な話をするから、今日は御者の隣に乗ってくれ」
アイザックが侍従にそう言うと、意味あり気な笑みが返された。
「オフィーリア様、無体な事をされそうになったら、躊躇なく叫んでくださいね」
「……良いからサッサと行け」
射殺しそうな視線で睨まれた侍従は、「はいはい、退散しますよぉ」と肩を竦めて出て行った。
隣同士の座席に座り、馬車の扉が閉まると、アイザックは少し声を潜めて話し始めた。
「さっきの話の続きなんだけど、リンメル先生の星型の痣って、どの位の大きさだった?」
「二センチ位の小さな物でしたよ」
「濡れて張り付いた手袋越しに、透けて見えたんだよね?」
「はい」
「じゃあ、薄ぼんやりとしか見えてなかったかなぁ?
どんな形の星だったか、分かる?」
「うーん……、くっきり見えたわけじゃ無いんですが、八芒星って言うんでしょうか。
こんな風に、尖った角が八つ飛び出た形の……」
アイザックの掌に指で形を描きながら説明する。
同じ八芒星でも正方形を二つ重ねた形じゃなくて、もっとギザギザと尖った感じのマークに見えた。
「そうか、やっぱり……。
もしかしたら、リンメル先生は教皇の血筋なのかもしれないな」
「は?」
教皇って、あの教皇?
姫殿下事件の黒幕として、サディアス殿下も疑っている、あの教皇だよね?
「この国の教皇の座は世襲制で、建国以来ずっと同じ一族が守っているのは、オフィーリアも知っているよね?」
「あ、はい」
彼等は初代教皇の末裔である事に誇りを持っている。
もしかすると、王家以上に血筋を大切にしているかもしれない程だ。
「ここだけの話だけど、実は、初代教皇の直系の血族にのみ現れる、不思議な星型の痣がある。
彼等はそれを、神に選ばれし者の証だと主張しているんだ」
「……そんな話、聞いた事がありませんが」
「そうだろうね。
これは国の中枢を担う者達と、教会幹部にのみ知られている事実だから」
「何故公表しないのです?」
初代教皇の血族が教会トップを受け継ぐやり方に、堂々と異を唱える者はあまりいないが、密かに不満を抱いている者はかなり多いと思う。
王家に次ぐ権力をずっと独占しているのだから、反発する気持ちは理解出来る。
そんな不思議な痣があるなら、一族の正当性を訴えるのに効果的に利用しそうな気がするけど。
「それは、痣が彼等にとって『選ばれし者の証』であると同時に、直系血族を見分ける為の印でもあるからだよ。
その印を確認する事で、本当に教皇の血を引く子供なのかを確認しているんだ」
「あ、成る程。
偽造を防ぐ為に、痣の事は伏せられているんですね」
痣の存在を公表すれば、当然それを偽造して教皇の落とし胤を装う者が出て来るだろう。
ヘナみたいな染色剤や刺青なんかを利用して、それっぽい印を肌に描く事は可能かもしれない。
「そういう事。
痣を持って生まれた者達は、普段は洋服などでそれを隠しながら生きている。
三代前の教皇の絵姿を見た事が無いかな?
ほら、大きな額飾りをつけている……」
「ああ、あれって当時の流行りだったのかと思っていましたが……。
額に痣があったのですか?」
「そうらしいよ。隠すの大変そうだよね。
他にも顎先に痣があった教皇は長い顎髭を生やしていたりとか、色々と工夫するらしい」
もしもリンメル先生が隠しているのが、その痣だったとしたら……。
年齢的に見て、先生は今の教皇の次男になるのか。
歳が離れた教皇の弟って線は、ちょっと無理があるかな?
「リンメル先生の事は気になっていたから、既に調べてあったんだが、前伯爵夫妻の実子では無いらしい。
生みの母は前伯爵の姉で、父親は不明。
前伯爵はあまり評判の良く無い男だったが、体を患って数年前から領地で療養している。
その機会に、リンメル先生が正式に爵位を継いだらしい。
前伯爵の夫人は、随分前から公の場に姿を見せない。
心を病んでいるとか、実はもう死んでいるとか、色んな噂が飛び交っているよ」
前半はゲームの設定と同じなので知っていたが、義両親の情報については初耳だ。
「父親が不明という事は、教皇の血族である可能性も否定出来ないですね」
「ああ。
現教皇は、サディアス殿下を引き摺り下ろそうとしている危険人物かもしれない。
もしも先生との繋がりがあるのなら、先生の事ももっと警戒しなきゃならないし、調べ直した方が良いだろう。
香の件も含めて、サディアス殿下に報告しても構わないかな?」
サディアス殿下との情報共有は、必要かもしれない。
もしかしたら、姫殿下の事件にも何か関わっている可能性もあるし。
「構いませんよ。アイザックにお任せします」
そう言って頷いた私の頭を、アイザックは優しく撫でて、ニッコリと微笑んだ。
「大丈夫だよ。
そんなに不安そうな顔をしないで」
そう囁かれて初めて、自分がとても険しい表情をしていた事に気が付いた。




