131 不審な人物
そして迎えた文化祭当日。
登校した私達を待っていたのは、教室の扉の前で姿勢良く立っている、巨大な猫の着ぐるみだった。
え、着ぐるみ?
この世界にも着ぐるみってあるの?
マジで?
「…………ア、アイザック様、ウチのクラスの前に不審者がいます」
アイザックの制服の袖をギュッと掴んで、彼の背後に隠れた。
「オフィーリア、落ち着いて。
アレは多分ニコラスだ。そうだろう?」
アイザックが不審な猫に問い掛けると、猫は頷きながら凄いダミ声を返した。
「に゛ゃーーぉ」
こんなに可愛くない猫は初めて見た。
「鳴き真似の才能ゼロかよ。
ってゆーか、何で着ぐるみ?」
「…………フレデリカが、俺みたいな怖い顔のヤツがカフェの警備をしていたら、客足が遠のくからって。
それに、これなら俺だって分からないから、アイザック達の近くにいても迷惑かけないで済むし、祭り中なら着ぐるみを着ていても可笑しくないからって」
「いや、可笑しいだろ。
揶揄われてるんだよ。少しは疑えよ」
アイザックの隣で私も深く頷いた。
「…………そう、なのか」
シュンと背中を丸めた巨大猫から哀愁が漂う。
この人本当にポンコツだな。
でも悲しそうな背中を見ていると、なんか憎めない。
フレデリカが揶揄いたくなる気持ちも、ちょっとだけ分かる気がしてしまった。
「ニコラス様って、もっとしっかりしている方なのかと思っていました」
ついそう口走ってしまったら、アイザックに苦笑いされた。
「信じられないだろうけど、ベアトリスが関わらなければ、一応ちゃんとした判断が出来るヤツなんだよ」
取り敢えず、保安上の問題があるので着ぐるみは脱がせて、安全な場所に保管する事になった。
着ぐるみだと、本当の不審者と中身が入れ替わってても分からないからね。
剣術は強いのかもしれないけど、そーゆーのに気付かないって、騎士として大問題なんじゃないかな?
フェネリー伯爵に鍛え直してもらった方が良いと思う。
まあ、後でアイザックかメイナード辺りがお説教するだろうから、私は何も言わないけどさ。
……と、思っていたら、その直後に登校して事情を聞いたベアトリスに、しこたま怒られてたよ。
「え? なんでそんなに馬鹿なの?
そんなのフレデリカの冗談に決まってるじゃない。
何度騙されたら気が済むの?
着ぐるみ着てるヤツなんて、めちゃめちゃ怪しいじゃない。捕縛されても文句言えないわよ。
騎士が不審者扱いされるってどうなの?」
尤も過ぎる言葉を矢継ぎ早に浴びせられ、大きな体を縮こまらせて恐縮している姿を見ていたら、ちょっと可哀想になってきた。
こんこんと説教をされるニコラスを見て、フレデリカはケラケラ笑っていたのだが、アイザックはそんな妹の頭に、ゴツンと拳骨を落とした。
「イダッッ!」
「フレデリカも反省しなさい!
顔が見えないと警備に支障が出るって、少し考えれば分かっただろ?」
「……浅慮でした。ごめんなさい」
「分かればよろしい」
アイザックが妹に鉄拳制裁をしている間も、ベアトリスのお説教は続いていた。
いつの間にかニコラスは床に正座していて、廊下を行き交う生徒達の好奇の視線を集めている。
「大体にして、いつ誰が貴方の事を迷惑だなんて言ったのよ。
貴方が勝手にそう思い込んでいただけでしょう?
顔を隠したりしないでも、普通に一緒にいれば良いじゃないの。
噂なんて、放っといてもその内勝手に消えるわよ!」
「……」
「返事はっ?」
「……はい」
───と、いう訳で。
私達もニコラスも午前中は休憩時間の予定だったので、一緒に文化祭を回る事になった。
すっかり吹っ切れたらしいニコラスは、いつもと同じ無表情だが、心なしか嬉しそうに見える。
つい先程までベアトリスに叱られて、この世の終わりみたいな空気を放っていたのに、立ち直りが早い。
ベアトリスの婚約については気にならないのだろうか?
まあ、クリスティアンと結婚してもずっと仕えるつもりだったみたいだから、忠誠心みたいな気持ちの方が強いのかな?
「フレデリカ様の演奏には、まだ時間がありますよね」
「そうだね。メイナードの教室を先に回ろうか」
メイナードのクラスは研究発表の展示をしている。
気象災害の予測についての研究らしいけど、残念ながら難解過ぎて私には半分も分からなかった。
生徒の来場は少ないが、学園側に招待された役人っぽい人達が大勢訪れていて、興味深そうな様子でメイナード達に色々と質問をしている。
私達に気付いたメイナードは、来客の質問に答えながらもこちらへ一瞬だけ笑みを向けた。
グルリと展示を見て回ったが、まだメイナードは解放されそうもないので、声を掛けるのを諦めて教室を出る。
「好評みたいで良かったですね」
「そうみたいねぇ。小難しくて良く分からなかったけど」
ベアトリスはフフッと小さく笑った。
(彼女が分からないなら、私が分からないのも当然よね)
そう考えてちょっと安心していると、前を歩いていたニコラスが急に足を止めた。
アイザックが手を引いてくれたので、なんとか背中にぶつからずに済んだ。
「どうしたんですか?」
私の呼び掛けを無視して、ニコラスはすれ違った男の腕を掴む。
「……ちょっと待て」
「な、なんでしょう」
帽子を目深に被って砂糖の袋を抱えたその男は、食材を納入しに来た業者に見えた。
「オフィーリアとベアトリスは、念の為少し離れててね」
アイザックはコソッとそう言うと、一歩前に出てニコラスの隣へ並んだ。




