125 電光石火の
私とアイザックの婚約パーティーの少し後から、ベアトリスはずっと学園を欠席していた。
そんな彼女が、一ヶ月振りに学園に顔を出した。
「あ、ベアトリス様。おはようございま……」
「ねぇ聞いて! オフィーリア。
私ね、婚約したのっ!」
挨拶を遮ったベアトリスは、私の両手をギュッと握り締め、満面の笑みでそう言った。
突然過ぎる宣言に、教室内の空気がザワッと大きく揺れる。
いや、展開が早い。早過ぎる。
流石のアイザックもこのスピード感には驚いたらしく、ポカンとした表情でベアトリスを見ていた。
「お、おめでとう、ございます。
因みに、お相手を伺ってもよろしいですか?」
勢いに押されつつ、なんとかお祝いの言葉を述べ、相手の男性について尋ねた。
まあ、大方の予想はついているけれど。
「ハロルド・キッシンジャー辺境伯よ」
ウフフと頬を染めながら、ベアトリスは嬉しそうに私の予想通りの名を口にした。
「かなりの急展開ですね」
「ふふっ。
ハロルド様はオフィーリア達の婚約パーティーに出席した後も、サディアス殿下とお仕事のお話があったらしくて暫く王都に滞在していらしたから、その間にお見合いをセッティングしてもらったの」
「それで、辺境伯の同意は得られたのか?」
「失礼ね、アイザック。
正式に婚約の手続きも済ませたのだから、同意を得られたに決まってるでしょ?
まあ、最初は『私みたいなオジサンを選ばなくても、貴女なら素敵な男性が現れます』って、やんわり断られそうになったけど……」
「けど?」
「『私は貴方が良いのです』ってハッキリ言ったら、困った顔をしながらも『娘の許可を得られれば』って条件付きで頷いてくれたわ」
そう、『娘』。
辺境伯には娘さんが一人いらっしゃるのよね。
あのパーティーの後、ベアトリスの恋のお相手がどんな方なのか気になった私は、ユーニスに知っている範囲で辺境伯の事を教えてもらった。
ハロルド・キッシンジャー。二十七歳。
私達よりも十歳年上だが、貴族の結婚としては許容範囲だし、パーティーで見た印象は強面だけど精悍な顔立ちで、格好良い大人の男性って感じだった。
ただ、彼は若い頃に一度結婚を経験しており、何故かたったの一年半で離縁している。
先妻との間には現在八歳になるご息女がいて、辺境伯はその子をとても可愛がっているらしい。
離婚後になかなか再婚しない理由として、先妻を忘れられないからだとか、ご息女を後継者にしたいから他に子供は要らないのだとか、社交界では真偽不明の様々な噂が飛び交っているという。
「頷いたって言うか、頷かせたんだろ。
完全に押し掛け女房じゃないか」
「煩いわね」
いつもの様に、アイザックとベアトリスは口喧嘩みたいなやり取りを始めた。
「……あの、つかぬ事を伺いますが、辺境伯様の離婚歴とかお子様の存在は気にならないのでしょうか?」
余計なお世話かと思いつつ、どうにも気になってしまい質問をすると、ベアトリスは少し考えてから再び口を開いた。
「うーん、過去の事は変えられないし、私は自分の子供を絶対に後継にさせたいとは思わないから、別に気にならないわね。
まあ、逆にあちらに受け入れてもらえるかは心配だったけど……。
だからね、お休みしている間に、ちょこっと会いに行ってみたの」
「え? 南の辺境に行ってらっしゃったのですか?」
『ちょこっと』だなんて、気軽に行ける距離ではないと思うのだけど。
「ええ。
時間がかかるから本当は馬で行きたかったんだけど、『危ないから』ってハロルド様に止められて馬車で行くことになったから、ちょっと会って帰ってくるだけで一ヵ月もかかっちゃったわ」
いや、無謀かよ!!
ベアトリスもそれなりに乗馬は上手い方だと思うけど、それにしたって初の遠出が辺境って……。
アグレッシブが過ぎるでしょ。
辺境伯様が常識人で良かったよ。
「それで、辺境伯の娘はどんな子だったんだ?」
「ちょっと冷めてて、頭の良い子だったわ。
私が『貴方のお父様と結婚したいんだけど、どうかしら?』って聞いたら、『二人の人生だから好きにすれば良い。婿を取って辺境伯家を継ぐのは重荷だったから、弟が出来るかもしれないなら嬉しい。でも、物心ついた時から母親が居なかったから、貴女を母と思えるかは分からない』ですって」
「なんか、達観してますね」
生まれて直ぐに母親が家を出て、父親は愛情はあったかもしれないが、とても忙しい身だ。
彼女は早く大人にならざるを得なかったのかもしれない。
だとしたら、ベアトリスとは結構境遇が似ている気がする。
ベアトリスは母親に冷遇されていたので、母なんて居ないも同然……というか、居ない方がマシだったかも?
そして父親が忙しいのは娘ちゃんと同じだ。
もしかすると、二人は分かり合える存在になれるかもしれない。
「年齢の割に大人びてるわよね。
でも、お土産のビスクドールを渡した時の笑顔は、年相応でとても可愛かったわ」
「上手くやって行けそうですか?」
「んー。まあ、私だってちゃんとした母親になれるかなんて、やってみないと分からないじゃない?
しかも夫より一つ歳が近い娘よ?
でも良い子そうだし、お友達にならなれるかもしれないと思ったわ」
「友達と母親は全然違うだろ」
アイザックが納得行かなそうに口を挟む。
「そりゃあそうだけど、別に父親の配偶者になるからって、無理に母親だなんて思う必要はないんじゃないかしら?
姉みたいだと思ってもらっても良いし、親戚のおば様みたいでも良いし……。
要するに、お互いに仲良く出来て、同じ邸に住んでも気持ち良く過ごせるのなら、名称なんて何だって良いのよ」
そんなベアトリスの持論を聞いて、娘ちゃんは『変な人……』と呟いた後、『名称が何だって良いのなら、やっぱりお母様だと思う事にします』と、ちょっとはにかんだ様な顔で言ったそうだ。
娘ちゃんのその一言で、辺境伯とベアトリスの婚約は正式に決定した。
教室中が驚愕に包まれた衝撃発表の後、ベアトリスが私にだけコッソリ教えてくれた事がある。
なんと、南の辺境伯様は、ベアトリスの初恋の相手だったそうだ。
二人の出会いは、あのパーティーの時ではなかったのだ。
ベアトリスが子供の頃に、前辺境伯様がご子息を連れてアディンセル侯爵邸を訪れた事が一度だけあったという。
その際に少しだけ交流した子息に惹かれたが、既にベアトリスには王子との婚約話が持ち上がっていた。
それに、子供の頃の十歳差は今よりもずっと大きい。
だから彼女は、その想いを胸の奥に閉じ込めて、無かった事にしたのだ。
「貴女達の婚約パーティーでハロルド様のお姿を見た途端、子供の頃の想いが一気に蘇ったの。
大人になった彼も、やっぱり素敵だった。
今は妹みたいにしか思われてなくても、時間を掛けてゆっくり振り向いてもらうわ」
頬を染めながらそう言ったベアトリスは、まるで少女の様に愛らしく、そして凛々しくも見えた。




