12 不機嫌な弟
アイザックとの婚約を回避した結果、何故か友人枠に収まってしまった私には、彼からの贈り物や手紙が頻繁に届く様になった。
……と、言っても婚約者ではないので、勿論ドレスや高価な宝飾品などが届く訳ではない。
小さな花束や、流行りのお菓子、可愛らしい置き物、珍しい文具など、絶妙に受け取り易い(逆に言えば、断り難い)プレゼントを贈って来るところ辺り、流石だなと思う。
その日も、庭に散歩に出ようとしたら『アイザック様から贈り物が届いております』と執事に呼び止められた。
上品な装飾が施されたクッキーの缶には、最近話題になっているお店のロゴが入っていた。
添えられていたメッセージカードを開くと、小さな文字でびっしりと埋まっている。
メッセージと言うよりも、短めの手紙だね。
『幼馴染であるクリスティアン殿下の城下散策に付き合わされたので、人気の菓子店で君に土産を買った。
わざわざ王都の街を散策するなんて面倒だと最初は少し思っていたのだが、その菓子店の他にも素敵な店を沢山見つけたので、行って良かったかもしれない。
君を連れて行きたい場所が増えた。今度一緒に出掛けてくれないか』
なんだかデートの誘いみたいな内容にも思えるが、これが同性の友人からのものだと考えれば違和感は無い気もする。
(友人って、どんな距離感でいるのが正解だったっけ?)
そんな疑問を持ちながら、自室へ戻る途中。
廊下ですれ違ったジョエルが私の手の中の缶をチラリと一瞥すると、不機嫌そうに目を細める。
「また、ヤツからですか?」
「ジョエル」
咎める様に名前を呼ぶが、ジョエルは軽く肩をすくめただけだった。
「ただの友達にしては、贈り物の頻度が高過ぎやしませんか?
婚約はキッパリ断ったんですよね?」
「そうよ」
「なら良いのですが……。
姉上に怪我をさせたあの女の家にお嫁に行ってしまうなんて、僕は絶対に反対ですからね!」
プクッと頬を膨らませたジョエルが可愛くて内心悶絶しつつも、きちんと窘めなければいけないと心を鬼にして口を開いた。
「私とアイザック様が結婚する事は無いわ。
そんな事よりも、ジョエル、ちゃんと格上の方を敬いなさい。
フレデリカ様だって、わざと私に怪我をさせた訳ではないのよ」
「外ではちゃんとしていますよ。
わざとじゃ無くてもあの女の我儘が発端だった事に変わりはありません。
仮にわざとだったら、今頃あの女の顔にも同じ傷を負わせているところです」
「物騒な事言わないで。
それに、外では気を付けているつもりでも、ふとした瞬間に普段の言動が出てしまう事もあるのよ。
可愛い弟が不敬に問われるんじゃないかと思うと、心配で気が休まらないわ」
ヘーゼルダイン家の兄妹を毛嫌いしているのは私の怪我のせいだって事は分かるけれど、不遜な態度は改めさせなければ、ジョエル自身がいつか破滅してしまう。
「……分かりました。
姉上がそう言うなら……、普段から気を付ける様にします」
渋々ながらも頷いてくれたジョエルの頭を優しく撫でながら苦笑する。
ちょっとシスコンが暴走しているだけで、基本的には素直な良い子なのだ。
「さあ、機嫌を直して。
ヘーゼルダイン様に頂いたクッキーを食べながら、一緒にお茶を飲みましょう」
「…………はい。
では、テラスに参りましょうか?」
ジョエルは複雑な表情で私をエスコートしてくれた。
きっと、お茶菓子がアイザックからのプレゼントなのは気に食わないが、私とのティータイムは嬉しいのだろう。
でも、このお店のクッキーはきっとジョエルも好きな味だと思うんだよな。
前世の頃は私も良く食べていた、薄い生地をクルッと丸めて筒状にしたラングドシャクッキー。
確か、巻きタバコに似ているから、シガレットクッキーって呼ぶのよね。
この世界ではまだ珍しいみたいで、お店には連日行列が出来ているらしい。
「ほら、ここのクッキーはバターがたっぷり使われていて、軽い食感が人気らしいわ。
ジョエルが好きそうでしょう?」
「ええ、まあ……」
素っ気ない返事だが、「はい、あーん」と、私がクッキーを摘んで差し出せば、素直に口を開いた。
モグモグと咀嚼する口元は、少しだけ緩んでしまっている。
(ふふっ。可愛いな)
生意気な台詞ばかり言っているが、ジョエルはまだ七歳。
お菓子に釣られてしまうお子ちゃまな部分も残っているのである。
(少しはアイザックへの態度を軟化させてくれると良いのだけれど……)
最初は私もヘーゼルダイン家には関わらない方が賢明だと思っていたのだが、今では友人というポジションを上手く使おうと考えていた。
友人になって欲しいと言われた時は少々戸惑ったけれど、アイザックは未だに額の傷を負い目に感じているのか、こちらが恐縮するくらい気遣ってくれている。
ハッキリと婚約を断っているので、ヒロインが現れても『嫉妬から虐めた』なんて誤解を生む確率は限りなく低いだろう。
どうせなら権力を持った人を沢山味方に付けておいた方が断罪回避に役立つかと思い、公爵夫人ともお手紙で連絡を取ったりして仲良くさせていただいている。
私を好意的に思ってくださる方達を、目的の為に利用しているみたいな気がして申し訳ないけれど、火あぶりだけは絶対に回避したいので手段は選んでいられない。
可愛いジョエルを罪人の弟にする訳にはいかないのだ。
「どう? 美味しい?」
「悪くないですね」
相変わらずの仏頂面と素っ気ない返事だが、ジョエルはクッキーの味がお気に召したみたい。
「気に入ったのなら、今度一緒に買いに行きましょうか。
カフェも併設されていて、色んな国のお茶が飲めるんですって」
「姉上と一緒なら何処でも行きますよ」
クッキーを頬張る度に、ジョエルの口角が微妙に上がる。
それを微笑ましく眺めながら、暖かな日差しの中で束の間の平穏を楽しんだ。




