114 祝う会
あれからニコラスの地道な聞き込みにより、『紅葉を愛でる会』の会場で犯人を目撃した人物が見付かった。
『知り合いの女子生徒が赤毛の鬘を被っているのを見たが、一瞬しか顔が見えなかったので、自信がなくて名乗り出られなかった』との事。
そしてその証言を受け、ニコラスは当該女子生徒の似顔絵を片手に、鬘を取り扱っているお店を片っ端から回って聞き込みをしたらしい。
結果、真犯人が特定され、ベアトリスの容疑は完全に晴らされた。
クリスティアンは『勘違いにより、婚約者を公の場で断罪しようとした愚か者である』と学園内に広く周知された。
おそらく学生の親の耳にまでその噂は届いている事だろう。
彼の評判は地に落ちたどころか、今や地底深くに埋まっていると言っても過言ではない。
ベアトリスとの婚約は、勿論クリスティアンの有責で破棄され、慰謝料などの手続きも進んでいるという。
流石に国王も今回の件では息子を庇いきれなかったみたいね。
クリスティアンは現在無期限謹慎中。
その間もプリシラの方は学園に登校しているけど、珍しく落ち込んでいるらしく、大人しくしている。
多分、クリスティアンが婚約破棄を渋ったのが衝撃的だったのだと思う。
週末。
仲間内でベアトリスの婚約破棄を祝う会をささやかに開催する為、王都の中心にある小さなカフェを貸し切った。
集まったのは、アディンセルの姉弟にヘーゼルダインの兄妹、そして私とジョエルの六人。
『本当なら盛大なパーティーでも開いて、大々的に祝いたいくらいだわ』
そう言ってベアトリスはウフフと上機嫌に笑っていたが、相手は一応王子なので、あまり大っぴらに喜ぶ姿は見せられない。
なので、ごく親しい者のみで祝う事にしたのだ。
「ベアトリス様、婚約破棄おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「ありがとう」
私達が口々に祝いの言葉を贈ると、ベアトリスは女性の私でも見惚れてしまう位の麗しい微笑みを浮かべた。
うん。やっぱりクリスティアンには勿体無いわ。
「相手は王家だからもっと時間がかかるかと思ったが、案外あっけなかったな。
アディンセル侯爵が頑張ったのか?」
「ええ、今回は流石にお父様も積極的に動いてくれたわ。
お母様がショックを受けて倒れてしまったせいで、変な邪魔が入らなかったのも良かったみたい。
それに、サディアス殿下も王妃殿下も口添えして下さったらしいわ」
侯爵夫人、倒れたのか。
回復するとまたベアトリスに辛く当たりそうだから、出来る事ならずっとそのまま寝込んでいて頂きたい。
まあ、今のメイナードなら、ベアトリスを守ってくれるとは思うけど。
「ついに王妃殿下も見放したか。
今の状況だと、王族に留まるのは無理だろう。
卒業後は臣籍降下で、一代限りの伯爵位が貰えれば良い方だろうな」
「『光の乙女』が聖女に認定されなかったら、王子との婚約は難しいかと思っていたけど……。
王子の方が堕ちてくれたから、身分の差が縮まりそうだし、割と簡単に決まるかもしれないわね」
不敬のオンパレードみたいなアイザックとベアトリスの会話に、カフェのオーナーが密かに震えている。
可哀想に。
因みにここはヘーゼルダイン公爵家が出資している店で、オーナーも口が固いので安心して自由に会話を楽しんで良いそうだ。
いや、それにしたって自由が過ぎる。
「姉上は、あの二人がくっ付いても良いのですか?」
不服そうに口を挟んだのはメイナードだ。
「どうでも良いかな。
辛うじて爵位を授かったとしても、必要以上に裕福な暮らしはサディアス殿下が許さないだろうし、どうせ社交界にも居場所はないだろうから、幸せになれるかどうかは微妙よ?
それでも良いなら、お好きにどうぞって感じ」
「確かに、結婚しても幸せとは程遠いかもしれないですね」
本気で興味なさそうなベアトリスの言葉に、メイナードも納得したらしい。
「ねぇ、折角お祝いに集まったんだから、ポンコツ王子の話はそれくらいにしましょうよ。
ほら、美味しそうなケーキが沢山あるんだから、楽しみましょう!」
空気を変える様にフレデリカがポンと手を叩く。
「フレデリカの言う通りね。
辛気臭くなるから、もうあんな奴の話はやめましょう。
ところでオフィーリア、今日はなんだか無口ね」
「いえ、皆さんの会話が際どいので、ちょっと圧倒されてました」
苦笑しながらベアトリスの問いに答えると、豪快に笑い飛ばされた。
「何言ってるの!
紅葉を愛でる会の時のオフィーリアだって、結構ギリギリの発言をしてたじゃない」
「……そう、でしたっけ?」
否定し切れないところが辛いわ。
「良いなぁ、僕も姉上の勇姿を見たかったです」
キラキラした眼差しを向けるジョエル。
「私も見たかった。
メイナードみたいに前倒しで入学すれば良かったわ」
「フレデリカは、前倒しで入学するには学力が足りない」
「酷いわ、お兄様!!」
「悔しかったら、もっと勉強を頑張れ。
……このクッキー、オフィーリアが好きそうな味だな」
アイザックは妹を激励しながら、私の口元に紅茶味のクッキーを差し出した。
条件反射でパクッと食べると、ジョエルがアイザックを憎々し気に睨み付けた。
そしてベアトリスも、私達にジトッとした視線を投げる。
「貴方達、婚約破棄したばかりの私の前でイチャつかないでくれない?」
「……済みません。つい癖で」
「いや、傷心中なら少しは遠慮するけど、寧ろ喜んでるくらいなんだから別に良いだろ」
「ソレとコレとは話が別なのよぉ!
あーあ、私にも運命的な出会いとか起きないかしら?」
ベアトリスのこの発言が切っ掛けで、女子三人は恋バナタイムに突入した。
男性陣は生温かい眼差しで私達を見ていた。
大いに盛り上がった『婚約破棄を祝う会』が終了し、店を出た私達を木枯らしが襲う。
「寒っっ!!」
反射的に砂埃から顔を背けて、ギュッと目を閉じた。
少しすると風が弱まったので、肩の力を抜いて瞼を開く。
その瞬間、ベアトリスが「あっ」と小さく声を上げた。
丸く見開かれた瞳は、道の向こうに固定されている。
その視線の先にいた人物も、どうやらこちらに気付いたらしい。
「こんな所で会うなんて、奇遇だな」
私達に歩み寄って来たのは、ニコラスだった。




