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第2章:ジャルハ公の憂鬱

1.導火線


テムゲルの火薬の実演を見て、事務官の表情が変わった。

湿気に強い火薬は、それだけで戦場の扱いやすさが段違いだ。

目の前の若者が持ち込んだのは、兵站を変える技術だった。


「……貴様、名は」


「デレイン使節団の事務員、テムゲルと申します。……僕たちはこの火薬をジャルハ家領にご提供したい。そうでなければこの『技術』は他所へ流れることになる。……ジャルハ公は、その損失を許容されるでしょうか?どうかお取次ぎを」


2.亡霊


ジャルハ家領二代目当主、バァトル・ジャルハは、叔父であり、エルデネ家領の当主、エルデネから届いた書状を投げ捨てた。


書状には、ボルド家領との戦が泥沼化していることへの不満と、

『ジャルハの火薬は湿気た砂も同然だ。そなたの父である亡き先代ジャルハ公であれば、このようなものを送りつけてはこなかったはずだ』と、提供した火薬への辛辣な苦情が記されていた。


「またか……何をしてもあの死人と比較される」

吐き捨てたが、その声は力なく震えていた。


3.石ころとの邂逅


翌日。謁見の間でデレイン使節団を見下ろしながら、バァトルは毒づいた。

「我々に敗れて辺境に逃げ込んだ残党どもがいまさら何の用だ」

使節団長は、緊張で背筋を伸ばし、精一杯の外交辞令を並べるが、

バァトルは気だるげにそれを遮る


「無駄な口上はいらぬ、我々に滅ぼされたくないから許しを請いに来た、見返りに火薬をもってきた、そんなところであろう。話だけは聞いてやるが価値のないものに意味はない、貴様らになんの価値がある」


「はっ。今回お見せしたい火薬に配合されている我が国の硝石は、半島の恵みにより、従来のものとは一線を画す……」


「なにがどう違うのだ簡潔に申せ。」

バァトルはイライラしながら遮る


団長は冷や汗を拭い、背後に控える若者に目配せをした。


「……恐れながら公、詳細は我が団の事務員より説明させます。」


一歩前へ出た若者は持参した小瓶を恭しく提示した。

「公。我々が持ち込んだのは、単なる火薬ではなく『燃焼の確約』です。


通常の硝石は、精製過程で取り除けなかった不純物が湿気を呼び、火薬としての性能を不安定にします。燃えるか燃えないか、その不確実性こそが戦場における最大の負債ではないでしょうか」

テムゲルは淡々と言葉を続けた。


「我々は高度な再結晶を繰り返し、不純物を排除した硝石を生成し、更に赤松の木炭を使い火薬を製造します。これにより貯蔵、運搬時や多少の雨でも湿気を含むことが少なくなります。火薬は強力な武器ですが戦場で燃えずにその力を十分に発揮できないことが多くございます……不確実を確実に置き換える。それが、この火薬の価値でございます」


バァトルは初めて使節団の話に興味を示した。


「……不確実を確実に置き換えるか、面白いことを言う。……おい、お前。名は」


「テムゲルと申します」


「……テムゲル? エルテ古語でいう鉱石か石ころか、宝石になれと急かされるばかりの私とは真逆だな、お前の父は宝石になれとは言わないのか?」


テムゲルは感情の読めない瞳で当主を見つめ返し、静かに首を振った。


「父は私が生まれる前に死んでおりますので…ただ、母によれば、父にとってのテムゲルとは、ただの『鉱石(素材)』という意味だったそうです。宝石のような輝きも、装飾としての価値もない。ただそこにあるだけで、使い道だけが決まっている……無機質な素材にすぎないと」


バァトルは弾かれたように乾いた笑い声を上げた。


「ただの素材か!宝石になれと言われる私に比べれば身軽でよいな。しかし、お前を見ていると磨き上げられた宝石よりも、ただの石ころの方がよほど価値があるように思えてくるぞ」


自分とは対照的に「期待」という呪縛を切り捨て、ただ目の前の現実を淡々と積み重ねていくような青年に、強烈な興味と、一種の救いのようなものを覚えた。


「団長。この男……テムゲルをしばらく城に留めろ。そして我が領の火薬を見直し、デレインの品をどう組み込むのが最適か提示させてみろ」


「さて石ころのお前の言う『不確実を確実に置き換える』ことが本当にできるのか見極めてやろうではないか」

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