第1章:石ころの始まり エルテ歴998年
どっ、と大地が震えた。
吶喊する騎馬の群れが、土煙を巻き上げて迫る。
風切り音。
どこからともなく飛来した一本の矢が、騎馬へ吸い込まれる。
――轟音。
閃光とともに馬が崩れ、騎士が宙を舞った。
矢を放った男は、低くつぶやく。
「……鉄と火薬の時代だ」
1.国境にて
英雄王、雷光のアルウェンよって建国された大陸初の統一帝国、ファムト・フォールスは彼の死後、4人の息子たちによって分割統治された。
西北のボルド家領
東北のエルデネ家領
西南のハサル家領
東南のジャルハ家領
それはいま大きな火種となって大陸全土を焼き尽くそうとしている。
エルテ歴997年から勃発したボルド家とエルデネ家との戦争は大陸全土を揺るがせていた。
ファムト・フォールスに追われた国々が集まり設立した亡命政府、デレイン・ホシュ・フォールスは旧領の奪還と再興をあきらめ、この戦争を機会に隣接するジャルハ領に停戦と交易を求めて使節団を派遣した。
国境関所の粗末な待機所。 デレイン・ホシュの使節団長は、机を叩いて声を荒らげていた。
「もう十日だ! ジャルハ領の役人は『確認中』の一点張りで、我々を家畜のように閉じ込めている。……そもそも無理な注文だ。ジャルハ領が我々と停戦する理由などないであろう。」
団長はこの足止めが、亡命政府の弱さを証明しているようで、耐え難い屈辱を感じていた。
荷物の整理をしていたテムゲルが静かに口を開く。
「通行の許可が出ないのはジャルハ領にとって『我々と会うことで得られる利益』が無いとおもわれているだけです。それをひっくり返せばいい。」
痩せた体躯。
背丈だけが、場違いなほど高い。
感情が欠けているのではないかと思わせる、無表情。
滅多に口を利かない帳簿係。
低く、抑えた声。
それなのに、不思議と耳に残る。
その青年が珍しく大言を吐いたことに、周囲はぎょっとした。
「……何だと」
団長の声が低く沈む。
「貴様に何ができる、ただの帳簿係の若造が――」
1.国境にて
最後まで聞かず、テムゲルは歩き出した。
団長の罵声を背に受けながら、関所の事務官のもとへ向かう。
「事務官殿。お見せしたいものがあります」
2.実演
宿舎の土間に二つの導火線を引いた。 一つはジャルハ領で一般的に使われる火薬。もう一つには、テムゲルが懐から取り出した小瓶に入った深い黒色の粉
テムゲルは、あえて湿らせた布で両方の導火線を一度拭った。
「火を……違いはすぐわかります」
事務官が半信半疑で火を近づける。 ジャルハ領製の火薬は、ジリジリと黒い煙を上げるだけで、途中で火が消えた。 一方、テムゲルの火薬は、湿り気をものともせず、鋭い音と共に眩い白光を放って一気に燃え抜けた。
「……なっ、火が消えないだと?」
「湿気を吸う成分が少ない火薬です。うちの商会のものですね。」
テムゲルは事務的に答えた。
「雨でも燃えます。」




