第8話 青い鳥。
「ねえねえ、あのお話の終わり方はどうなのかしら?」
俺の家に挨拶に行くというフランを乗せて、馬車の中だ。
「え?」
「本当のことを話してくれても、受け入れられたんじゃないかしら?女って思ったより強いのよ?」
ああ、あの大衆オペラの話か…。
「いい暮らししてたお嬢さんが、いきなりその辺のごろつきと?愛だけじゃ暮らせないだろう?夢見てんじゃないよ。」
「えーだって、違う人と思い違いで結婚して、あとで真実に気が付いたら、傷つかないかしら?もちろん、知らないままなら勘違いしたまま幸せになるかもだけど。」
ぷんっ、と怒った顔もかわいらしいね、フラン。
「じゃあ、お前…あのままあの赤毛と結婚してたら?」
「……そんなこと、今頃言われてもわからないわよ!意地悪ね!アドリアン!」
あのまま行ったら…財産食いつぶされてただろうけどね。それでもこいつは笑っていたかも、と思うと赤毛を絞め殺したくなるな。
フランは今日は、髪を下ろして、コートの中は綺麗な緑色のワンピースを着ている。
緑は…俺の瞳の色だ。薬指には先日俺が贈った婚約指輪。
「でもね、大丈夫。あなたの家がどんなところでも決心は変わらない。」
「ん?」
…今度は何の話?
「家が傾いて…荒んだんでしょう?つらかったのね。でも、だからと言って女の人を…その…食い散らかすのは納得できないわ。」
「…どこで…そんな下品な言葉を?フラン?」
「あら、あなたのオペラよ。食い散らかす、って表現、すごいわね…」
「……」
「次から次、ってことよね…」
「フラン?」
向かい合って座っていたが、どんどん深く考えていくフランの横に座りなおして手を握る。
「本当にごめん。もうしない。絶対しない。見て、お揃いの婚約指輪してるでしょ?もう誰もよってこないから。ね?」
手袋をはずして、自分の薬指にはまった指輪を見せる。
「へえ…でも世の中には、人様の物が好きな人もいるんでしょ?」
「い?どこでそんなこと…」
「…あなたの書いたオペラよ。」
「……フラン?」
フランは何か勘違いしているようだが、俺の家もフール国の侯爵家だ。母が再婚して、弟妹もできた。
俺はアカデミアに残ることにしたので、弟が家を継ぐ予定だ。義祖父が持っていた子爵位を貰ったから、一応貴族だし。フランと結婚するのに支障はないかな。
寒いな、と思ったら、ちらちらと雪が降り始めた。
あの日、ヴァイオリンを諦めた時も、雪だったな。
降ってくる雪の中を歩きながら、自分のちっぽけさに腹が立った。何もかもあきらめて、ヴァイオリンも音楽も捨てて、家に帰ろうかと本気で思った。
…けど、捨てきれなかった。
隣で…雪を見ながら外れた調子でクリスマスの讃美歌を鼻歌で歌うフラン。相変わらず、音痴だな。
小さかった夏のあの日も、鼻歌を歌っていた。音が外れているのも気にしないで、俺の作った曲を楽しそうに歌っていたフラン。
俺がヴァイオリンを諦めたザラリとした劣等感も、醜いと思っていた音楽への執着も…フランの鼻歌が、許してくれているような気がする。いいのよって。
通りのクリスマスマーケットの灯りがにじんで見える。
…雪も、綺麗なものだな、と気が付く。フランがいてくれたからかな。
繋いだフランチェスカの手が温かい。
どうしよう…俺、泣きたくなるほど幸せだ。
いつも読んでいただきありがとうございます。
皆様も、穏やかな、暖かなクリスマスをお迎えください!




