表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

静寂の終戦

薄暗い山の斜面で、俺は銃口を覗いていた。

土にまみれた迷彩服の袖を捲り、冷たいスコープの感触を確かめる。遠く、麓の谷間にいる獲物―いや、敵を、俺は辛抱強く待っていた。

もう何年、こうしているだろうか。仲間は皆、とっくに死んだ。最期に見たのは、俺の目の前で、腹から血を流して倒れるディックの姿だった。あいつは「俺はまだ、生きてるぞ…」と、掠れた声で呟いた。だが、俺は知っていた。あいつの目が、もう光を失っていることを。


それから、俺は一人になった。

戦争は激化し、山中まで敵の影が迫っていた。俺はスナイパーとして、ただひたすらに、敵を、標的を排除し続けた。


いつしか、激しい銃声や、空を切り裂く轟音は消え、世界は静寂に包まれた。

だが、山を降りる気にはなれなかった。いつ敵が来るか分からない。いや、それよりも、この静寂が、何よりも恐ろしかった。この戦争が、本当に終わったのか、誰も教えてはくれなかった。俺はただ、生きるためだけに、獣を狩り、魚を釣り、山菜を摘んで、もう何年経ったか分からない時間を過ごした。


ある日、俺は決意を固めた。

もう、このままではいけない。もし戦争が本当に終わったのなら、街には人がいるはずだ。


俺は、何年も住み慣れた山を降りた。

道すがら、見慣れた景色が目に飛び込んでくる。川を越え、橋を渡る。この川で、昔、ディックと魚釣りの勝負をしたな。そんなことを考えていると、懐かしさと、ひどく胸が締め付けられるような感覚が同時に襲ってきた。


そして、街に着いた。

俺の故郷だった場所は、瓦礫の山と化していた。家も、店も、学校も、何もかもが、灰色の終焉を迎えていた。

愕然と立ち尽くす俺の視界の隅に、人影が映った。

安堵が、全身を駆け巡った。よかった、一人じゃなかった。声をかけようと、一歩足を踏み出した、その時だった。


「…ッ!」


向こうの人物が、いきなりこちらに何かを放ってきた。

光線のような、緑色の光が俺の横を掠めて、後方の壁に焦げ跡を残す。

咄嗟に身を隠し、ライフルを構える。長年の訓練が、体が、勝手に動いた。

相手は、こちらの様子を伺っている。

俺は一呼吸置いて、スコープを覗く。

急所は外した。命までは奪いたくなかった。

銃声が、静寂を破って響く。相手は胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。


俺は、瓦礫の陰からゆっくりと歩み寄る。

「おい、大丈夫か…?」

息を潜めて、声をかける。


倒れた相手は、身じろぎ一つしない。

俺は、倒れているその人物をよく見ようと、さらに近づいた。


それは、人間ではなかった。

金属の皮膚に、緑色の目が埋め込まれている。倒れた胸からは、電子部品が露出し、火花を散らしている。

俺は、その場で立ち尽くした。

一体、この何年で、世界に何が起きていたんだ。


俺は再び、一人になった。

静寂に包まれた瓦礫の街で、俺はライフルを握り直し、ゆっくりと歩き出す。

俺の「孤独な戦い」は、まだ、終わっていなかったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ