静寂の終戦
薄暗い山の斜面で、俺は銃口を覗いていた。
土にまみれた迷彩服の袖を捲り、冷たいスコープの感触を確かめる。遠く、麓の谷間にいる獲物―いや、敵を、俺は辛抱強く待っていた。
もう何年、こうしているだろうか。仲間は皆、とっくに死んだ。最期に見たのは、俺の目の前で、腹から血を流して倒れるディックの姿だった。あいつは「俺はまだ、生きてるぞ…」と、掠れた声で呟いた。だが、俺は知っていた。あいつの目が、もう光を失っていることを。
それから、俺は一人になった。
戦争は激化し、山中まで敵の影が迫っていた。俺はスナイパーとして、ただひたすらに、敵を、標的を排除し続けた。
いつしか、激しい銃声や、空を切り裂く轟音は消え、世界は静寂に包まれた。
だが、山を降りる気にはなれなかった。いつ敵が来るか分からない。いや、それよりも、この静寂が、何よりも恐ろしかった。この戦争が、本当に終わったのか、誰も教えてはくれなかった。俺はただ、生きるためだけに、獣を狩り、魚を釣り、山菜を摘んで、もう何年経ったか分からない時間を過ごした。
ある日、俺は決意を固めた。
もう、このままではいけない。もし戦争が本当に終わったのなら、街には人がいるはずだ。
俺は、何年も住み慣れた山を降りた。
道すがら、見慣れた景色が目に飛び込んでくる。川を越え、橋を渡る。この川で、昔、ディックと魚釣りの勝負をしたな。そんなことを考えていると、懐かしさと、ひどく胸が締め付けられるような感覚が同時に襲ってきた。
そして、街に着いた。
俺の故郷だった場所は、瓦礫の山と化していた。家も、店も、学校も、何もかもが、灰色の終焉を迎えていた。
愕然と立ち尽くす俺の視界の隅に、人影が映った。
安堵が、全身を駆け巡った。よかった、一人じゃなかった。声をかけようと、一歩足を踏み出した、その時だった。
「…ッ!」
向こうの人物が、いきなりこちらに何かを放ってきた。
光線のような、緑色の光が俺の横を掠めて、後方の壁に焦げ跡を残す。
咄嗟に身を隠し、ライフルを構える。長年の訓練が、体が、勝手に動いた。
相手は、こちらの様子を伺っている。
俺は一呼吸置いて、スコープを覗く。
急所は外した。命までは奪いたくなかった。
銃声が、静寂を破って響く。相手は胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。
俺は、瓦礫の陰からゆっくりと歩み寄る。
「おい、大丈夫か…?」
息を潜めて、声をかける。
倒れた相手は、身じろぎ一つしない。
俺は、倒れているその人物をよく見ようと、さらに近づいた。
それは、人間ではなかった。
金属の皮膚に、緑色の目が埋め込まれている。倒れた胸からは、電子部品が露出し、火花を散らしている。
俺は、その場で立ち尽くした。
一体、この何年で、世界に何が起きていたんだ。
俺は再び、一人になった。
静寂に包まれた瓦礫の街で、俺はライフルを握り直し、ゆっくりと歩き出す。
俺の「孤独な戦い」は、まだ、終わっていなかったのだ。




