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いなくなった君の教室で


それは、教室が静かに消えてしまった日の後――。




 (みお)は、それまでとまったく違う人間のようになった。

日常の輪郭が淡くぼやけたように、無表情で、ほとんど誰とも話さず、

授業中も給食の時間も、ただ静かに座っているだけ。

周囲の声も、風景も自分とは遠くかかわりのないもののように見つめていた。


そんな澪の変化に、誰より先に気づいたのは親友の真琴だった。



「澪、最近、どこか変だよ」


心配が募る。だが澪は、真琴がどんなに話しかけても、目を見てくれることさえなくなった。



 ある日の放課後、真琴は意を決して澪のあとを追うことにした。澪の歩みだけが廊下に響き、校舎の出口を出て、坂道を下ってゆく。


 真琴は後を追いながら、すこし驚いていた。彼女の目的地は、真琴と澪の二人だけが知っている、思い出の場所だったからだ。


旧校舎の裏、竹林の影にぽっかりあいた小さな公園。

そこは友達になったばかりの頃、二人だけの秘密基地にしていた場所だった。


澪は錆びたベンチに腰を下ろし、小さく体を丸めて、世界から遠ざかるように座っている。


「澪……」


真琴はそばに腰を下ろし、やさしく声をかける。

けれど澪は何も言わず、目もあわせず、まるでその声さえも届かない場所にいるみたいだった。


重たい沈黙。

真琴はふと、澪のカバンが足元で大きく開いているのに気づく。その中に、小さなノートが見えた。明らかに長い間使っている痕跡が残っている――

真琴は迷いながらも、そっとノートを手に取った。


それは、澪の日記帳だった。

ページをめくると、そこには、吐き出しきれなかった痛みや悩みの言葉が切れ切れに並んでいた。


「私は本当の自分がわからなくなくなってきた」

「心の中にもう一人の自分がいる気がする」

「迷惑をかけてごめんなさい」

「嫌われたくない」

「"教室"がなくなってから、何も感じなくなった」


ページの端にはにじんだ涙の跡。

どれだけの苦しみの中で書いたのか、真琴には痛いほど伝わった。


言葉にできなかった澪の絶望と孤独が、日記を通して真琴の胸に鋭く流れ込んでくる。

真琴は後悔で胸が苦しくなった。

どうしてもっと早く気づいてやれなかったのだろう。

なんで自分だけでも、しっかりと「大丈夫?」と、心から向き合えなかったのだろう。


目の前で小さくなっている澪の背中に、何度も「ごめん」と心の中で叫びながら、

真琴は日記帳をぎゅっと抱きしめた。













その夜、真琴は不思議な夢を見た。


夢の中、彼女は学校の教室にいた。

けれどそれは、普段の教室とはどこか違っていた。壁の色はくすんで見え、窓の外は嵐。

横殴りの雨が窓を激しく叩いているが、教室の中にはうっすら薄暗い静寂が満ちていた。


「あれ……ここは……」


初めて来たはずの場所なのに、真琴は、温度も空気も、なぜかよく知っているような感覚があった。

思い出す。あの時読んだ澪の日記のことを。


(……日記に書いてあった、澪の“教室”だ)


心臓が高鳴る。


真琴はとっさに扉を開けて、教室を飛び出した。






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