57 ルイーザの真意
「どうして怯えていらっしゃるんでしょう?」
「え、ええっと、それはですねえ……」
あなたに殺されたらどうしよう、って考えて警戒してます。
って言っても大丈夫な状況かなあ、これ。大会で勝つとかそれ以前の問題で命は大事である。さっきソウビのためなら――みたいな格好いいこと言ったけど、別に死にたいわけじゃないんだよね。
私は死に急いでいるわけではありません。大事な事なのでもう一度言いました。
じりじりと後退する私の踵が、先ほど床にばらまいた書類を踏んで滑った。
どわ、っと情けない悲鳴を上げて尻もちをつく。これヒロインとして大丈夫かな、おばさんっぽすぎましたか……?
いや、でもこのぺたんと座ったポーズからの「いたたぁ……(涙目)」はアリよりのアリ!
そんな現実逃避をしているあいだに、ルイーザが私の目の前に立ち――散らばっていた書類を拾った。
「やはり、そうでしたか……」
「ルイーザ?」
ぺたんと、ルイーザが私の前に座り込んだ。動くたびに美しい金の巻き毛がぴょこんと跳ねるのが可愛らしい。
「……少し、お話をしてもよろしいでしょうか」
「え、あ、はい」
いやしかし可愛いな声。
美少女と語らう機会なんて滅多にないことだし、ルイーザの表情が私などとは違って真剣そのものだったので思わずうなずいていた。あれ、これバトルしなくていい感じのやつ? 数年にわたる血のにじむような修業は?
「プリムローズ家は……あなたもご存知かもしれませんが、古い家なのです。迷信深く、今時では考えられないようなしきたりなどがございます」
存じ上げてないのでそこんとこ詳しくどうぞ。神妙な顔でとりあえず頷く。
「そのひとつに『予言書』の存在がありました」
「予言書って……あれ、なんか前にも聞いたような」
聖書とかに出てくる「預言」とはなんか別っぽいけど、意味合いはそっちに近しい気がする。ああ、そうだ、あの氷結結界の中でルイーザが「予言書」がどうのって話していたんだった。
「この書物は、プリムローズ家に伝わる未来を予知する不思議な書物なのです」
「お、おう……」
いちおう言っとくけどアシカではありません。まあ魔法学院だしどんな設定が出てきても別に驚かないんだけれどさ――いかにも、すぎて若干引いてしまう。
「プリムローズの者はこの予言書に従って、行動するようにしています。昔も、いまも。さすれば成功が約束されたのです。もとはしがない平民でしかなかった我がプリムローズ家が叙勲され、領地を与えられ――伯爵にまでなったのはこの本のおかげだと言われております」
「確かにものすごい成り上がりではあるけど……あ、ごめん」
構いません、と涼しい顔でルイーザは答えた。
「私もそう思っております。この本の言いなりになる、そのように思考停止した結果がいまなのですから」
「……ルイーザ」
なんだよいい子じゃん。頭いいし可愛いし非の打ち所がないじゃん。悪役令嬢だけど、中身転生者と入れ替わったのかってぐらい素直な子じゃん。
あ、それは私だった。
そして中身は本物よりあかんことになっている気がする。それは素直にごめんなさい。
「で、もしかするとその予言書のせいで私に……」
「はい。プリムローズ家に生まれた娘は、必ず『エリュシオン魔法学院』に入学しなければならない。そして、主人公を打倒せねばならない、と記されているのです」
ヒロイン、打倒。すごいパワーワードなんですが。悪役令嬢家の家訓ってそんなふうになってんだ、面白。いや面白がっている場合じゃないんだけれども。
「こちらの書類には私の名前、そしてあなたの名前が書いてありますね」
「あ……」
ルイーザが拾い上げた書類を私に見せた。
それは乙女ゲーム「薔薇の誇り」の会議資料だった。ちょうど同僚――坂野がメール添付してきたデータを印刷したもので、悪役令嬢を主役した場合のストーリーと、キャラクターの名前が記されている。
『悪役令嬢:ルイーザ・プリムローズ』
『ヒロイン:ローゼル・ベネット』
最初から、この子は私のデスクの上にいたのだ――目にも留めなかっただけで。
申し訳ございません、と言ってルイーザが目を伏せたので、私はびくっと後退った。
「あなたも予言書を持っておられたのですね……」
「い、いえっ、そういうわけではなくてね?」
製作側の人間なのに、あなたのことさえすっかり頭から抜け落ちていたわけで……かえって申し訳なくなってしまう。
「私はあなたを罠に嵌め、陥れ――意図的に権威を失墜させました。ただ我が家の掟を守るためだけのために、です。本当にごめんなさい」
「え、ああ、うん……って、えぇ⁉」
私、いま悪役令嬢に謝罪を受けている――んだよね、この展開は予想してなかった。てっきり暴力による解決しか許されていないのか、と。思っていたのだけれど――。
「私は決して許されないことをしてしまいました……ずっと謝らねばと思っていたのです。しかも私はあなたにくちづけまで――」
「いや、もういいですっ、その件も気にしなくていいからね!」
しかし、悪女だと思っていた子が殊勝に謝って来るとどうしていいかわからなくなるな。ええっとでも、どうしたものか。
「うーん、ちなみにいま戦闘魔法競技会の真っ最中なわけなのだけれど」
「私はあなたとゆっくりお話がしたかっただけですので……エリアスには悪いですが、棄権いたしま……」
そのとき、ごおん、と建物が大きく揺れた。まるで何かが横っ腹に突っ込んで来たかのような衝撃が走る。
なんだ何があったんだOJIRO社――轟音の中、ルイーザが私を呼ぶ声が聞こえた気がした。
「……えっ?」
ふわっと身体が浮いた気がした。
次の瞬間、落下が始まる――床が抜けたのだと気づいた。
ええっと「スカーレット・ブルーム」があるのは7階だから……何も手を講じないと滅茶苦茶痛いな。でも頭がぼうっとして。
「ローゼル様!」
ルイーザの悲鳴が凄まじい地響きと共に崩れていくOJIRO社の中に埋もれていった。




