48 私と乙女ゲーム。そして坂野トモという女 -2-
後輩女子、坂野トモが最初から気に食わなかった――というわけではない。
私も立派な社会人。絶望的に合わないと思った相手とでもそれなりにやっていける程度の愛想を持ち合わせてはいた。
「坂野さん。次の打ち合わせなんだけど」
「そうですね」
上の空で相槌を打ちながら、スマートフォンを触っていた。業務時間だよ、と注意をすれば市場調査ですよ、と唇をひきつらせる。そんなこと、やろうと思ったこともなさそうなんでわからないかもですけど、と肩をすくめてスマートフォンをデスクに放り投げた。
「あの……坂野さん。今度ね、和風世界観で鬼と絡めた乙女ゲームを作りたいなと思ってて。確か坂野さん大学で日本史専攻だったよね。実在の人物も絡めるとしたらどこがいいかな? やっぱり新選組とか?」
「ハッ」
坂野は鼻で笑う癖があった。
「日本史で新選組とかベタ中のベタじゃないですか。オリジナリティの欠片もないです。そんな浅はかな知識で和風ファンタジー?とかいってなんでもありの世界観に逃げるのって、恥ずかしくないですか?」
はっきり言おう、私は坂野が嫌いだった。
そりが合わなかった。それは相手もそうだろう。だが仕事は早かったし、指示を待たずに動いて結果を出したので私のさらに上――室長や部長も何も言えなかった。
根本的な話をするとすれば、坂野は乙女ゲームに興味がないのだ。
OJIRO株式会社の乙女ゲームブランド「スカーレット・ブルーム」は彼女が得意な歴史アクションゲーム部門に行くまでの繋ぎであり、ステップアップのための踏み台でしかなかった。
定期的に行われる意向調査でも部署の異動を何度も願い出ていた。上司に「どうして異動させてもらえないんですか」と廊下で大声で話しているのを聞いた。
それが如実に表れたのが「悪役令嬢」だったように私は感じた。
いくらOJIROが、「スカーレット・ブルーム」が老舗とはいえ製作する乙女ゲームに新しさは必要だ。当然のことである。
だが、悪役令嬢という手垢のついた題材をいまさら「乙女ゲーム」に持ち込むことの意義が坂野の企画書からはまったく感じられなかった。ライトノベルや漫画やアニメ――ありとあらゆる媒体で「乙女ゲームの悪役令嬢」は一世を風靡した。
けれど、乙女ゲームに「悪役令嬢」はいない。
乙女ゲームはヒロインのものであり、攻略対象であるヒーローたちのものだ。
意地悪な貴族令嬢や婚約破棄の場面を織り込まなくていいシナリオこそが、私たちはいままで製作してきた乙女ゲームなのだという自負がある。
坂野は知っているのだろうか。
OJIROの、「スカーレット・ブルーム」のユーザーたちが「乙女ゲーム」を騙っているだけだといま隆盛しているその「乙女ゲーム転生、悪役令嬢」というジャンルを毛嫌いし、憤慨していることを。
いま迎合するように「悪役令嬢」のゲームを「スカーレット・ブルーム」が製作したとなればユーザーが「裏切られた」と失望するのは目に見えていた。
文句を言わせないほどの内容であればチーフディレクターである私も一考の余地ありとした。
流行っているから取り入れた――それ以上の思い入れを、プランやキャラクターから感じ取れなかったのだ。
だから却下した――それが間違っているとは私はこんな状態になったいまでも思わないのだ。
もし、私が元の世界に、戻れなかったとしても。
私はこのシナリオを元の方向に戻したい。いや、戻してみせる。
必ず。




