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01 いざエリュシオン魔法学院、入学式へ。

 私は、鏡の前で奇跡のピンク髪デビューした己(実際の自分じゃなくて、ローゼルの姿かたちでよかった)を茫然と見つめながら記憶を整理し始めた。これは夢だ、夢なのだとしてもこの現実感がありすぎる手触りが私の願望を否定している。


 確か昨晩は夜遅くまで会社に残って、新作ゲーム「薔薇の誇り」に発見されたバグのチェックをプログラムチームと一緒に行っていたはずだ。12時が回った頃にようやく帰宅のめどが立った。そうだった、そうだったよね……終わらない! とパニックになりかけていたけど無事に完了したんだ。

 ふらふらになりながら「お疲れ様」を言い合い、駅に向かう最中……良い雰囲気のバーを見かけて酒を四杯。そこまでは思い出したが、そこから先の記憶がまるでなかった。なに、私もしかして急性アルコール中毒で死んだの? それともただの悪夢?


 仕方ないので、いま「ローゼル」が置かれている状況を考えてみよう。

 どうやらこの場所が高級ホテルであることは間違いない。可愛らしいサイズのサッチェルバッグには「入学許可証」と財布、通信端末である「Eフォン」が入っていた。

 入学許可証と一緒に同封されてきたこの端末、Eフォンはエリュシオン魔法学院の学生専用スマートフォン、みたいなものだ。埋め込まれている魔力電池を自身の魔力でチャージすることにより使用が可能となる。

 新着メッセージを確認すると、明日の入学式に参加するための転移魔法用コードが送信されていた。これを掌で読み込んで魔法を発動すると、一瞬で目的地に到着できる。

 おそらくいまは田舎町から出てきたローレルが、入学式に備えて学院が指定したホテルに宿泊しているという場面だ――ゲーム中、細かく描いてはいないが「泊まったホテルが場違いすぎてよく眠れなかった……」みたいなモノローグを挿入したことを覚えている。


「とりあえず入学式に参加すれば、ゲームスタートってわけね……」


 エリュシオン魔法学院アカデメイアは、この乙女ゲームの世界観において最高峰の魔法学校であり物語の主な舞台となる場所だ。深い山奥にあるということしか公には公表されておらず、何処の国にあるのかさえも外部には知らされていない。

 訪れる者は皆、一日ごとに変わる転移魔法用の座標を利用して出入りしている。


 ゆえに無断で逃げ出すことは困難を極め、ひとたび入学すれば卒業か退学まで逃げ出すことの叶わない牢獄とまで言われている(という設定だ)。キャラクターとして、何十年も留年を繰り返した結果、否応なく校務員となった老人なども登場するくらい厳格な場所だった。


「いやまじで夢ならいますぐにでも醒めてほしいんですけども! やだよ、そんな危険な場所生身で行くの……」


 クローゼットを開けると、いま着ている部屋着じゃなくてエリュシオン魔法学院指定の制服がハンガーに掛けられていた。淡いブルーのシャツに、紺のネクタイ。それに女子は膝丈のジャンパースカートを合わせる。

 魔法学院らしいアイテムとしては、フード付きのマントだろうか。裏地は光を反射してきらきらと輝く不思議な素材を使っているようだ。

 でも――何故か、変な感じがした。いまさら学生服を着用する羽目になるという、後ろめたさがあるせいだろうか。


「これ着るのか……私、アラサーなんだが。いやローゼル本人は16歳だし良いってことにしてほしい……」


 コスプレイヤーさんのように節制しているわけでもない自分が制服を着ることに抵抗をおぼえたが、そういえばエリュシオン魔法学院には私の実年齢と同じくらいの生徒が在籍している可能性が設定上、十分にありえる。いい、だから大丈夫と必死に言い聞かせた。


「これが夢なのか何なのかわからないけど、ゲームさえクリアできれば脱出が出来ちゃったりするんじゃない? それにこのまま街をさまよっても路頭に迷っちゃいそうだしねっ。てか独り言多っ!」


 虚しくツッコミを入れたが当然のように誰からも返事はなかった。


 シナリオや世界観設定はディレクターである私がしているわけだが、結局この乙女ゲームの舞台はエリュシオン魔法学院を中心に繰り広げられている。

 学院内部の事情は或る程度理解しているし細かく組み立ててはいるが、この世界の構造、各国の情勢などまですべて自分の考えが反映されているのかもわからない。

 なんならこのホテルがある場所もいまいち理解していない。そもそもこの「夢」が何なのかも、現状わからないのだ。夢は夢と自覚していても目覚めるまでは現実と同じ。出来る限り、痛い思いも辛い思いもしたくはなかった。


 ――ひとまずは、敷かれたストーリーのレールに乗っていく方が無難かな。


「よし」


 意を決してバスルームで顔を洗って、用意されていたホテルのアメニティをたっぷり使ってお肌を保湿。ピンク髪に櫛を通して寝ぐせを直し、ローゼルのトレードマークである赤いリボンを使ってハーフアップに結わえた。

 掛けられていた制服に袖を通し、みだしなみを整えてからE-フォンを起動した。

 

『魔力認証OK――ローゼル・ベネット本人であることを確認』


 いや本人じゃないんですけど、と内心指摘しながらフリック操作で届いていたメッセージを開く。転移魔法のコードに右手をかざしてスキャンした。


「っ」


 ぱあっとE-フォンの画面が輝きはじめ、部屋全体が真っ白な光に包まれる。


「こ、これが転移魔法……っ、うわぁ!」

 

 激しい風が巻き起こり、私の身体を巨大な光が呑み込んだ。その瞬間、眩い光の中にぱくりと大きな口を開けた竜が見えたような気がした。

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