09 ようこそネーベル寮へ!
今回は、ちょっとした欧風貴族の邸宅に見える外観のネーベル寮――つまりは私が所属している青色がイメージカラーの学生寮について、簡単にご紹介しよう。
寮の振り分けというのは入学試験で測定した魔力適正値によって行われる。
適正とは、よくある五角形の能力パラメーターグラフがあるとして、攻撃魔法・防御魔法・補助魔法・創造魔法・魅了魔法――どれが成長しやすいのか、というものを示している。その測定に使用する機器は、学院出身の創造魔法の名手が発明したものである。
我らがネーベル寮は、すべての適正値が平均。線で繋げば五角形に近い図を描けてしまうバランス型の生徒が集められている。
ちなみに他の三つの寮は保有魔力量そのものが尋常じゃないエリート連中、何らかが突き抜けてよくて他は全部適性ゼロの不思議ちゃん、唯一無二の完全体(寮生はたった一名)といった具合。
ネーベル寮は一部例外はあるにしても凡人の集まり……と言っても過言ではなかった。
魔力の質によって、結構相性の良し悪しがあるので寮生たちは大体気の合う子が多い。みんな親切で、気のいいモブばかりで、すっかりモブになり果てている主人公、ローゼルもひじょうに過ごしやすかった。
ネーベル寮の内部は、玄関ホールから向かって右手の階段を上ると男子寮、左の階段を上ると女子寮になっていて、一階が寮生共有のスペースという構造だ。
基本的に男女間の寮室の行き来は禁止。性別判定魔法が入り口に仕掛けられているので不埒な真似は許されない。
共有スペースには、優しい寮母さんたちがごはんを用意してくれる食堂とか、自室じゃないところの方が勉強捗るタイプの子が使う自習室、寮生たちが雑談したりちょっとしたゲームをしたりとなんでも自由に使っていい談話室という部屋がある。
「とりあえず、雑魚はほっといて……あのドブスとエリアスの攻略法を考えないとね」
その談話室で私は、魔法学院の実技科目である「魔法戦闘」のパートナーであるソウビとおしゃべりしていた。
消灯時刻は十時なので、そのあたりまではみんな自室に帰らずだらだら友達といる子も多い。ソウビは「作戦会議するからさっさと談話室に来い!」と、自室でルームメイトの恋バナを聞いていた私をE-フォンで呼び出したのだった。ちぇー。盛り上がってきたとこだったのにな。
「あんな可愛い子をドブス呼ばわりできるのは、ソウビぐらいだよねえ……私なんかとてもとても」
「へらへらすんなっ! あんただってあの女よりは見れた顔面してるんだからっ」
言い終えてからソウビはしまった、という顔をした。
「へええ、ふうん、ソウビってばそんなふうに思ってくれてたんだあ……愛いやつ!」
「べたべたすんな、暑苦しいっ。こっちは真剣なんだから真面目にやれ!」
自習室だったら追い出されるところだが、談話室では誰もかれもが好き勝手やっている混沌とした状態だったので、この程度のじゃれあいなど気にも留められていなかった。
「で……とりあえず、俺が主に攻撃。あんたが防除と補助で俺を最大限輝かせる、それでOKってことでいいでしょ」
「自信満々に言い切るねえ。私は構わないよん、いまさら目立ちたいとも思ってないし?」
私は肩を竦めてソウビをちらっと見れば、高慢が制服を着て歩いているような美少年がふふん、とにんまり笑って嬉しそうだった。
「あっちはエリアスが攻撃役、補助がルイーザの線が濃厚かな?」
エリアスもルイーザ(の方は元モブなのでよく知らなかったけど)も魔法使いの名家の出身、時代が時代なら貴族みたいなものだ。この世界における特権階級にある連中と言ってもいい。
エリアスのお家であるオーキッド家は攻撃魔法に優れた血筋だ――その反面、創造魔法が不得手で、ゲーム内でもエリアスは、かなり……アレな絵を描くなどする場面が描かれているため製作スタッフ内でも「画伯」の称号を得ていた。
「いや……俺はエリアスは補助、防御担当を引き受ける気がする。心底気に入らないけどね」
「ってことは、ルイーザが攻撃かあ……情報がない分、不利かもだ」
「――ああ、あんたもそうなの? 俺もエリアスのことはよく知ってるけど、あのビッチの名家とやらについては心当たりがないんだよねえ。プリムローズ家? みんな騒いでるけど、どこの田舎魔法使いだ、っての」
話していてはたと気づいた。
「ソウビってさ、エリアスの何なの?」
「……はぁ⁉」
明らかな動揺を見せたソウビに、私はにやりとした。
「ほれほれ、何かあるんじゃろ? 悪いこた言わないからお姉さんに言うてみなさい?」
「同い年のくせに年上ぶるな! ていうかその口調はただのババアだしっ」
口が悪いなあ。薄気味悪い笑みを浮かべ続けている自覚はあったので、自分で頬っぺたをつまんで調整していると「……ただの幼馴染」と自白した。
「へえ~、ふうん……?」
「ああもううるさいうるさいっ!」
「何も言ってないけど?」
「あんたのその顔がうるさいのっ!」
かわゆいやつだ、ソウビ。そうかそうか、大事な幼馴染があの謎多き美少女にくっついてばかりいるからヤキモチ焼いているんだね。
「よっし、私と一緒にエリアスの目を醒まさせてあげようね♪」
「だから違うって言ってるでしょ⁉」
バンっ、と激しく机を叩いたがどんちゃん騒ぎ(みんな未成年者なので飲酒無)が繰り広げられている談話室でも目立たなかった……はずなのだが。
「いやぁ先ほどから随分興味深い話をしているじゃないかァ、そこの卵チャンたち」
その声を聞いた瞬間に、肌がぞわっとした。非常にねっとりした声質は耳の奥に張り付くようだ。こ、このお声は――乙女スイッチを強制的にONすると評判のおっそろしい低音ボイスがヤバすぎて、聞くだけで腰がふにゃふにゃに砕けてしまうと噂されている伝説のCV。
「か、カデンツァ……!」
思わず指さして立ち上がってしまった私を、ソウビが怪訝そうに見ていた。
紫の長髪、眼鏡に白衣という性癖を詰め込んだルックス。目は細め、眸のツヤがなくていかにもぶっ飛んでる感じで、と指示書を出したこの男。
乙女ゲーム「薔薇の誇り」攻略対象の一人、マッドサイエンティストであり魔法薬学略して魔薬の申し子、ネーベル寮二年生、カデンツァ・ウィステリアである。
「先輩、をつけようねえ、おチビちゃん?」
ようこそネーベル寮へ。
そう言って私たちの目の前の三人掛けソファに座っていた寮生たちを追い出すと、どっか、と長い脚を組んで我が物顔で座ったのだった。