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00 私の乙女ゲームには、悪役令嬢などいない。

玲奈(レナ)さんはご存じないかもしれないでしょうけど……いまは悪役令嬢の時代です。昔ながらの、ありがちな、そう! 善人しか出てこない低刺激の乙女ゲームなんてみんな飽き飽きなんですから。このままでは誰からも見向きもされませんよ?』


 同僚は勝ち誇ったような表情で私に冷たく言い放った。


 前から折り合いは悪かったが関係性は悪化し続け、お互い顔を見るのも嫌なくらい。そんな状態が続けば仕事に行くことすら億劫になるところだが、私は自分の仕事が大好きだった。「好き」を仕事にしたことによって、仕事に行きたくなくなってしまえば「好き」を失うことになってしまう。


 ――どうしてわたしが退かないといけないのよ、そんなの有り得ないでしょう⁉


 それに私にはゲームクリエイター【玲奈レナ】として、多くの乙女ゲームを手掛けてきたプライドがある。

 老舗ゲームメーカー、OJIROの女性向けブランド「スカーレット・ブルーム」。ずっと大好きだったこの部門に配属されてから、ついに私、飯野玲奈いいのれなは必死に働き続けた。

 メインシナリオを手掛けた作品がじわじわと人気が出て、いまでは私がプロデュースしたゲームだから……そう言って買ってくれるユーザーもいる。いままで培った経験と、市場の読み――何より、誰よりも「スカーレット・ブルーム」のことを理解しているというプライドがあった。


 新作「薔薇の刻印」は魔法学院を舞台にしたオーソドックスな乙女ゲームだ。

 健気で可愛い主人公が仲間たちと魔法使いになるために勉強しながら、恋を育むストーリーとなっている。

 恋のライバルキャラクターにリソースを裂くよりは、攻略対象たちのバックボーンに重みをもたせたい――そう言い続けてきた私に、同僚は何度も反対してきた。


 このままでは売れない。むしろ、ライバルキャラクターを主人公にした作品を作るべきだ。ヒットしたライトノベルやアニメを例に熱弁した彼女を、私は醒めた目で見ていた。

 それは、いままで弊社の乙女ゲームを実際に楽しんでくれたユーザーが望むことなのか。そう問いかけた私に、彼女は既存のユーザーではなく新規ユーザーを取り込むべきだと言い放った。


 それではただの迎合だ。逆輸入とは言わない。


 彼女の「売れない」発言を私は侮辱だと受け取った。いままでのやり方を頑固に通そうとする老害だと言い放つに等しいものだと感じたのだ。


『いいえ――坂野さん。いまのままで進めます。あなたの提案した新規キャラクターは《《私の》》ゲームに必要ありません』


 私は用意されていた設定資料を宙に放り投げた。クリップがはじけ飛び、ばらばらとテーブルの下に落ちていく。

 製作チーム内での意見対立により私と同僚のあいだの板挟みになった子たちが気の毒ではあったが、よりよい作品を作るためには仕方がない。ミーティングルームの空気が凍り付いていることに気付いてはいたが私は気にせず同僚に言い返した。


『私は、悪役令嬢などという大衆に媚びた流行をこのゲームには出さないわ。いままでうちのレーベルを愛してくれたユーザーに背を向ける気はないの』

『玲奈さんの時代はもう終わりですよ。新規ユーザーの取り込みをあきらめたらこの業界は必ず衰退します。前作の売上、ひどかったですよね』


 同僚は私を見下すような嘲笑を浮かべる。


『ふっ、部長からも、次の企画は玲奈さんからディレクターを変えようって話も出てるみたいで……ああ、もしかして知らないんですか?』

『出て行って』

『は……?』

『いまのあなたは、うちのチームには要らないわ。意見出しならともかく、私の批判をして邪魔をしたいだけならミーティングに参加しなくても結構よ――わかったら出て行きなさい』


 ばんっ、と威嚇でもするように派手に机を叩いて同僚はミーティングルームを出て行った。すっかり委縮しきったメンバーの顔を見ながら、私はにっこりと微笑んだ。


『さあ、始めましょうか』



❖❖❖



 嫌な夢を見た。


「なーにが、悪役令嬢の時代、よ……」


 くそ坂野。チーフディレクターの私の意見を無視して生意気言いやがって。


 机で寝たはずなのに、なんだかベッドで寝ているらしく妙に居心地がいい。自宅に帰る余裕などなかったはずなのに……私は欠伸をしながら手足を思う存分伸ばした。

 あれ、こんなにうちのワンルームのベッドって大きかったっけ。もしかしてホテルにでも泊まったのだろうか。今月、ストレス発散と称してカード使いすぎちゃったから厳しいのに……眠すぎて馬鹿になっていたのかな。それにしても、あー気持ちいいなあ、極楽極楽。


「……あれ?」


 ぱっと目を開けて気が付いた。

 ただのビジネスホテルの部屋にしては華美な装飾かつ広い部屋だ。さながらスイートルーム仕様だった。薄給の身で一晩に何十万飛ばしてしまったのか……考えるだけで背筋が寒くなる。まさか調子に乗ってホストクラブにでも行ってないだろうな。

 チーフディレクターというとやたら偉そうだが、うちの部署はかなりの斜陽だ。同僚の言うとおりテコ入れが必要なのも事実だった――それを、どうしても私が認めたくなかっただけで。


「うー、頭いったぁ……飲みすぎたかな……ん? んんんん?」


 あー、と顔をしかめながら声を出してみる。なんかいつもより声が高い。子供みたい……若い女子の声だ。アラサーの自分ではひっくり返っても裏返しにしても出せそうにない。


「ていうか此処、どこなんだろ……でもなんか見覚えがあるというか」


 ふらつきながらベッドから下りて鏡台の前に立ち――気付いた。


「は……?」


 思わずあてがった頬はすべすべで、ふっくらもちもちしている。このきめ細やかな肌は十代の少女にしかないハリ感だ。

 髪の色は淡い桃色、二次元でしか見かけないピンク髪。ロリータモデルさんとかなら有り得る、かもだけれどこちとらいい年したゲーム会社勤務のしがないOLには無理めの明るさ。

 プリズムがかったようなきらめきがある虹彩は、ベースが髪色と同じ淡いピンクだった。思わず目を逸らしたくなるような少女趣味の権化みたいなルックスの「少女」が鏡の中に立っている。


「ローゼル……?」


 ローゼル・ベネット――私が手がけ、リリース間近だった乙女ゲーム「薔薇の誇り」の主人公(名前変更可)だった。

 長年組んできたイラストレーターにキャラクターデザインを頼み、私【玲奈】のシナリオと合わせて「最強タッグ」とユーザーたちに言わしめた、自慢のゲーム。その主人公の顔を見間違うはずがない。


「はああああああああああああああああ!?」


 寝起きながらも甲高いハイトーンボイスの私の絶叫が、豪華な客室に響き渡った。

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