08 クリスマス休暇:中(保護者の許可が一番の難関でした)
用意周到。
回る視界の中、思い浮かんだのはそんな言葉。
当たり前の様に担架で運ばれ、なぜか準備万端に待ち構えていた馬車に積まれ。
姿勢は右を下にして横向き。さらにロープで固定。
え? いつから計画を練ってたの? 家の馬車に固定する機構なんてなかったよね?
気分の悪さで時間は長く感じるはずなのだけれど、そんなに早く着きましたっけ? と思うほどの速さで病院に到着。
ここから先の用意はアデライードの中にあるだけみたい。
「○○を使用した菓子が原因だと思います。○○していなかったので○○○たら○○だと思ったのですが、うっかり○○も○○○しまった様で」
なにか特殊な自主規制でもかかっているのだろうか、聞き取れなかった。
グズグズになっている私は担架の上からアデライードを見上げるしかない。
すでに取り乱した後ですと言わんばかりに目を赤くし、それでも冷静に話をする優秀なご令嬢。そんな雰囲気を出していて腹が立つ。
目的はカトリーヌだろうけれど、久々に激しく巻き込まれたなぁと思いながら応急処置を受けた。
もう夜も遅い。
この時間に聖女がいる訳もなく、一晩泊まって様子を見ましょう、と入院する羽目に。
羽目に?
アデライード的には予定通りなんだろうけれど。
「家は?」
ベッドからかすれた声で聞けば、
「双方とも許可済みです。ご心配なさらず」
と、返ってくる。
アデライードの家は大丈夫かって質問だったんだけどね。
まぁ、わが家にも話が通っているならいいか。
回る視界は速度が落ちた程度で、まだまだ気分は悪い。
両手で目を塞ぐ様にして息を吐けば、
「分量を見誤りました。ごめんなさい」
だって。行為自体に反省はしていない様子。
ああ、そう、と力なく返す。
「……先日購入した鉄扇をお渡ししておきますね」
手を取って握らされる鉄扇。
訳が分からない。
そのままおなかの辺りまで手を降ろし、布団を口元までかけなおす。
抵抗する気も起きずになすがままだ。
「まぁ、眠っていれば問題ないですよ」
アデライードが廊下へ耳を向けながら、ランプを足元に移動する。
暗くなり、疲弊していた私はあっさりと眠りについた。
***
深夜と早朝の間。
騒がしくなった部屋の外。音で目が覚めた。
バタバタと走り回る音と、指示を出す声と、子供の泣き声。
アデライードは不在。
めまいは収まっていたけれど、倦怠感と気分の悪さは残っている。
ゆっくりと起き上がって、眠った時と同じ場所に留まっていた鉄扇を握り直す。
アデライードは鉄扇を置いていったけれど、自分の分の何かは持っているのかな?
愚問、と一笑されそうだから聞かないけど。
扉に身を寄せて廊下の向こうでなにが起きているのかをうかがう。
「ハリエット様はまだ?」
「わぁぁぁぁっ、痛いよっ、ひっ、うっ」
叫びに似た声色が聞こえてくる。
子供のケガ人? 何人も? 火事や事故だろうか?
「出血量の少ない子は待合室でいいわ!」
「すでに死んでいる子は三号室!」
ドキリと心臓が跳ねた。死亡者?
思わず扉に伸びた手を押しとどめる。
自分が出たところで何かできるわけでもない。
「あなた! どうしたの?」
「入院の付き添いです。今はお水をいただきに廊下へ。……なにかお手伝いをしましょうか?」
アデライードの声だ。
「子供が苦手でないなら待合室の子供を励ましてくれると助かるわ!」
「水を置いたらすぐに」
パタパタと足音が近づいて来るので扉から離れる。
ほどなくして扉は開き、アデライードが入って来た。
「この騒動では寝られませんよね」
苦笑いを浮かべつつ水を手渡してくるので、受け取って一口飲む。
「渡されてすぐに口にするなんて学習能力がないのですか?」
そんな軽口をたたいて、椅子にかけてあったコートを手に取った。
少々むっとして睨んでみたが、アデライードは気にした様子もなく説明を始める。
「児童養護施設が襲撃されたそうです。誘拐目的の様で数名の子供の姿が消えました。目的外の子供で目を覚ました子、声を出した子、それぞれが暴力を振るわれて病院に運びこまれています」
「襲撃犯と消えた子供は?」
「夜間巡回をしていた父の警備隊が後を追っています。炊き出しの関係で第三王子の護衛部隊が近隣の住居を借りて宿泊しており、確認した時点で合流予定でした。指揮は第一王子の護衛でチェッキー・チャップリン様」
私も入院着の上から、当たり前に持ち込まれていたコートを羽織る。
「児童養護施設の人数は? 責任者はシモンだよね?」
「平常時二十名ですが、冬季の一時預かりで現在五十二名だったそうです。行方不明者六名。二十八名が搬送されて来ました。シモン様はいわゆる首トンをされて気絶していたそうです。それからシスターも一名。残りの十八名の子供たちと三名のシスターが児童養護施設で待機。護衛はケヴィン様とタチアナ様です」
「ケヴィンって第三王子の? なんだってまた……」
「タチアナ様のご希望で護衛部隊と近隣の住居にお泊まりになっていたそうです。指揮はタチアナ様ですが立場上ケヴィン様が残ったかたちかと」
連れだって部屋を出ようとして、急に動いたせいか少しだけめまいがぶり返した。
ベッドに押し戻されるかと思ったが、アデライードは腰を引き寄せて支えてくれる。
「どうも」
さすがにありがとうとは言いにくい。
はい、とアデライードは短く返事をして歩き出す。
目指す待合室はすぐそこだ。
「おにぃいぢゃ、ん、ん、ふぇぇぇぇぇぇ」
「ラスロは? ねぇ、ラスロはどこにいるの!?」
「痛い痛い痛い……!」
「誰か! ラシェルが! ねぇ! 誰か!」
地獄みたいな光景だった。
十歳以下だろうとは思っていたが、五歳にもみたない子供が多い。
不安なのかひと固まりに集まる子供たちは血まみれで、顔には涙の痕もある。
夜番で人手が足りないのだろう、看護師が一人、桶に水を運んでいるところだった。
「アデライード」
私では水運びを手伝うのは無理そうだ。アデライードに声をかければ、心得たとばかりに看護師の方へ向かって行く。
ワゴンに清潔な布や綿、消毒液が置かれていた。数枚の布と消毒液を持って子供たちに近づく。
小柄なのが幸いしたのか、怯えずに、けれど驚いた様に見上げる子供たちの中から、痛がっている子供を確認して頭をなでる。
「きちんと自分の状況を伝えて偉いね。さぁ、血を止めようか。切れたところをぎゅっと押さえるよ? ちょっと痛いかもしれないけれど、血が流れたままだともっと悪くなるからね?」
六歳位だろうか、肘の辺りからぱっくりと傷が開いている。ナイフでも振り回されて顔をかばったのかな。一番深いところからの出血以外は止まっている。
後ろから抱きしめて、一番年上に見える女の子に使わない布を渡し、よく見える様に患部を消毒してから押さえる。
消毒液にびくりと体が跳ねたが、意外と圧迫を始めると痛みは感じにくい。
小さな声で言う。
「へえ、君は強いんだね。私なら痛くて飛び上がったな。もう少し頑張ってね。血が止まったら水を運んできてくれているから、綺麗にしようね」
布を渡した子も、別の子供に布と消毒液を回し、各々自分の傷を自分で押さえながら、年下の子供を抱きしめている。これで痛がる言葉以外は止まっただろうか。
隣で瞳を潤ませてこちらを見上げている子にも笑顔を向ける。
「君も強いね。さあ、看護師さんが戻って来たよ」
看護師さんはコート下の入院着に少々驚いたが、無理はしないでくださいね、と言い置いて、次々と手当を済ませていく。
縫う様なケガは痛がるほどきつく包帯を巻いてからアデライードに託して処置室へ移動させる。治療する人手が足りず、時間稼ぎの処置だろう。
その間に私とアデライードは、子供たちの服以外に付いた血を拭く。
そんな風に過ごしている内にハリエットが到着し、待合室を走って通り過ぎた。
「後で来るからまっててね!」
通り過ぎながら子供に声をかけるのも忘れない。彼女にしては珍しい砕けた口調。
そのまま一度死亡者を運び入れた病室に入り、すぐに出て来た。
「一名存命! 治療済みです!」
看護師が一人、ハリエットと交代して入室する。
ハリエットは続いて重傷者の部屋へ。
カトリーヌとは別行動なんだな、と思ってアデライードを見ると、
「ご自宅に早馬は出していました」
短く教えてくれた。
家がどこにあるのかは知らないけれど、到着がまだなだけか。
次々と重傷者を癒し、ハリエットが青い顔で待合室に来る頃にはすっかり朝の時間帯。
ギフトを使う様なケガでなくとも、ハリエットは丁寧に癒していく。
一人一人に手を触れるので、毎回消毒液で手を拭く。だからかその手は赤い。
着ている服は血まみれだけれど、それは私たちも同じ。
目が合って一瞬驚かれ、それから笑む。
いくら私の存在感が薄くとも今回はさすがに気がついたかな。
入院着にも気がついたらしく、私ではなくアデライードにいくつか頼みごとをしながら次々と子供へ声をかけていった。
最後になぜか私にも。
「アデライード様からお聞きしました。わざわざこちらの病院に来ていただいたのに、申し訳ありませんでした。顔色がよくありませんね、疲れは取れませんが、内臓のダメージには有効だと思うので……」
自宅近くには貴族御用達みたいな病院もある。わざわざこの病院へ運んだのはカトリーヌ目当てのアデライードの希望だ。ハリエットに治してほしくて来たわけではない。
言えないけどね。
そして自分こそ青い顔でギフトを使おうとするので、慌てて止める。
「もう大丈夫です。今は疲れているだけなので。ハリエット様こそ顔色が悪いですよ」
眉を下げてハリエットはさっとギフトを使う。
「本来なら養護施設の子供の治癒は最後に回されます。体裁を保つためにご協力くださいませ」
気持ち悪さがさっと消えた。
あれ? 私は思ったより回復してなかったのか?
なんだか釈然としないままお礼を口にする。
「ありがとうございます。楽になりました」
ハリエットは淡く笑んで、両手でワキワキと空をかく。前もやっていたな。なんなんだろう、この身体表現。
「あ、の。以前から気に、なっていたのですが。身長、きちんと伸びていますか? 体格も細いようですし、なにか、不調があるようでしたら……」
うん? 私もそれ程大きくはないが、ハリエットよりは背が高い。
「いいえ。特に不調はありません。これから成長期だと思います。私はまだ十三なので」
ハリエットはパッと明るく笑う。
「そうなんですね! それなら良かったです! アデライード様とつい比較してしまい……」
アデライードが大きすぎるのだ。
「アタクシの身長は伸び止まりましてよ?」
自分の名前に反応してアデライードが話に入って来た。
「アデライード様! 先程はありがとうございました。お体に不調はございませんか?」
「どういたしまして。健康ですよ。ただの付き添いですから。それよりも、カトリーヌ様はまだいらっしゃいませんのね?」
三人で思わず入り口へ顔を向ける。
ハリエットから愚痴でも出るかと思ったが、そんな事もなく。
「一般的なご家庭です。夜番の方もいらっしゃらないでしょう。扉下から手紙でのお知らせですと、気が付かれないかと」
使えない女! 程度の愚痴を漏らしても罰は当たらないと思うんだけどな。
聖女で青い人は格が違うな、などと感心する。
ハリエットはへらりと笑って続けた。
「私も午前中の治癒はお役に立てそうもないので、カトリーヌ様がいらっしゃって良かったです」
「っまぶしい!!」
アデライードが顔を覆って叫んだが気にしてはいけないし、ちょっと反省してほしい。
ハリエットと顔を見合わせて苦笑い。
「おはようございまーす! わぁ、なんだか殺伐と……ひゃあ!」
そしてタイミングよく現れるカトリーヌと、
「退いてください! 場所を空けて!」
その後ろからバタバタと警備兵と護衛兵の服装をした血まみれの人々が走ってきた。
担架を待つ余裕もなかったのだろう、コートやマントで包む様に固定された血まみれの人が運びこまれる。
ポタポタと床に血の跡を残しながら、病院職員が処置室へ先導していった。
「ハリエット様、お願いします!」
「はい! カトリーヌ様、ご同行、お願いできますか?」
ハリエットが立ち上がって、来たばかりのカトリーヌへ声をかける。
カトリーヌはきょとんとした顔で、
「大丈夫! ちょっと待って! コートを脱いで預けて来るわ! あ、お手洗いにも寄っていい? なんか至急病院にってお手紙があったから、アタシ急いで……」
などとのたまう。
一応早口ではあるが、状況は理解できていない様子。
転々と床に続く血の跡を見てもなにも思わないらしい。
アデライードがいつの間にかカトリーヌの背後に回ってマフラーを取って、コートを脱がせて、背中を押した。
「ひょっ! ああ! え? アデライードさん?」
驚いて振り返るカトリーヌへ、
「ハリエット様は体力の限界近くまで能力をお使いになってます。けれど先程運び込まれたのは第一王子護衛のチェッキー様。失敗してはコトですわ。ご尽力くださいませ」
冷ややかに告げて視線を逸らして剥ぎ取ったコートを丁寧に畳む。
カトリーヌははくはくと口を動かしてからハリエットへ顔を向け、
「早く言ってよ!」
と走って行った。
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次回 クリスマス休暇:後
12/24 23時更新予定です。