05 秋季休暇:後(どちらも正しい事ってありますよね)
来訪者が来ると教会が賑やかになった。
入ってすぐの広いエントランスを仕切り、右側の三分の二は炊き出し場、左側の三分の一は簡易治療院。
奥には廊下をはさんで礼拝堂があるけれど、今は一時的に立入禁止。
廊下を右で厨房。その先に扉があって、別の建物、児童養護施設と教会関係者の住居がある。
左は強いて言うなら管理棟? 祭事で使用する物品の倉庫や会議室。
今日は玄関から入って治療や食事を終えたら、管理棟側の搬入口から帰ってもらう一方通行方式。
食事は普通に食器に入れて渡し、その場で何とかしてもらう。
自分で器を用意して持ち帰る人もいれば、その場で食べる人もいた。量の平等とか容器代の節約かな。
治療の列が落ち着いてきた頃に炊き出しも開始。
治療後に炊き出しも利用する人を案内する係にされたので間に立っている。
案内しつつ聞き耳を立てれば、カトリーヌは認知されているだけあって、やはり癒しの能力は使えるみたいだ。
ただずっと落ち着きなく騒いではいる。
「怖くて! 患部が! 見れなっっ! え? あ? 治りました?」
だとか。
「悪いトコなさそ……ひゃうっ! なんか! なんか! 凄いずっしりきたんだけど!」
だとか。
目視確認はできないけれど、その度にハリエットが布越しに励ましていた。
能力とは別の方向に疲れそうだけど、あれで本当に助かっているのだろうか?
まぁ、ある意味聞き込み通りではあるか。
癒しの能力自体は素晴らしい能力に違いなく、来訪者は感動を零しながら炊き出しの列に移動してきた。
お優しいとか、嘘みたいに軽くなったとか、素直な感想は担当がハリエットだった方々かな。
最初は不安だったけど治ったとか、見ないでも治せるもんだな、とかは多分カトリーヌ。
貧困層の方々はなかなか病院に行く事もできない。物々交換で診てもらえるなら病院に行けるけれどと、服や布、食料を置いていく人もいた。
服や布はそのまま出口に置いて希望者へ。食料は一度調理班に回すけれど、大体は量や日持ちの関係で運営側の差し入れになる。後で奉仕活動参加者で食べるか持ち帰り。
奉仕活動としては当たり前かもしれないけれど、知らなかったので知れて良かった。
この国で学校に通っている様な家の人間は、服は新品が当たり前で、食べきれなければ残すし、捨てる。
「ね? 使えてるでしょう? やっぱり使いたい! って思ったら使える様になるんだってば!」
聞こえた言葉に思考が霧散した。真面目にあれこれ考えていたんですが。
治癒班の仕事を終えたカトリーヌが歩きながら騒いでいた。
「ああ、聖女様。先程はありがとうございました」
「ありがとうございました。これで安心して冬を迎える事ができます」
勿論目立つのですれ違う来訪者が声をかける。
カトリーヌは聖女と言われても否定せず、
「全然! 能力が使えるんだもん! 出し惜しみしたら罰が当たっちゃう!」
と笑顔で返していた。
まだ正式に聖女認定されているわけでもなし。
認定されているハリエットなら、とんでもありませんとか、お大事にしてくださいと返すはず。
「あたしも使える様になるかしら?」
一緒に歩いている女性が自身の手のひらを見ながら聞けば、
「アタシにも使えるんだもん。気合よ気合」
とひらひらと手を振って少々見下した顔。
ギフトが努力で手に入るなんて見た事も聞いた事もない。
無責任な事を言うなと、あきれが顔に出そうになって、慌てて背を向けて距離を取る。
「無責任な事を言いますのね」
不意に横から低い声で話しかけらた。見上げればアデライードだ。
「入り口は締めました。ここに並んでいる方々で最後です」
すでに運搬班は休憩を取り終えて出口誘導へ、治療班は片付けを終えてこれから休憩だと教えてくれる。会場整備班と調理班は交代で休憩をとりつつだった。私は疲れても空腹でもないので休憩は不要。
で、カトリーヌがいるのかと納得。
「ニコラス様とハリエット様は?」
「責任者は最後まで見届ける義務がございます。ハリエット様はお召し替えに」
ハリエットは対象が不潔でも血塗れでも、必ず一度は手で触れて治すそうだ。
なるほど。カトリーヌに着替えが不要なのは、触れずに能力を使うからか。見もしないっぽかったしね。
「……話だけ聞くとカトリーヌの方が優秀そうに聞こえるね」
アデライードも同意を示す。
「ええ。触れず汚さず煩わせずと言えますわね。ハリエット様は聖女様ですから、相手を安心させるために手をお取りになるのでしょうけれど」
「カトリーヌも聖女かもよ?」
「鼻血色が? ありえませんよ。あれは悪役令嬢です」
入学から今日まで二ヶ月観察した結果です、と自信満々に言い切るけれど、国がどう判断するかはまた別の話だ。
カトリーヌが一緒にいた女性と炊き出しの鍋をのぞきこんでいる。配る側に回りたいのだろうか?
アデライードが私の腕を引いて耳元で囁いた。
「ナタリー様を呼んでいただけますか?」
意味が分からないが急ぎなのだろう、ポンポンと背中を叩いて押し出される。
こういう時に歯向かうと後が面倒なのだ。
なんだか分からないけれど、ナタリーなら対応ができる何かが起こる、気がするのだろう。やれやれ。
押された惰性で歩きながら、そういえばナタリーを見ていない。それなら厨房かと見当をつけたが、その前にアデライードが危惧した状況に陥った様だ。
「ええ? 具材が少なくありません? もっと食材を運んでましたよね?」
カトリーヌの大きな声が響き渡る。
「りんごとか、そのまま食べられるやつも運んでたよね?」
普通は静まりかえるところだけれど、カトリーヌが言葉を続けるので、一緒にいた女性が曖昧に返答。なんだなんだとその場にいる数人が騒ぎ始めてしまった。
騒ぎは気になるがナタリーを呼ばねば。止まってしまった足を動かし、振り返ればニコラスがいる。
「あっ」
思わず声が出た。ニコラスはカトリーヌを見ながら聞いてきた。
「どうされました?」
帽子にズレもないし大丈夫、大丈夫。なんなら同じクラスだけど気付いてない。大丈夫。それもどうかと思うけど。
いつもより少しだけ高めの声を意識する。
「分かりません。ナタリー様をお呼びした方が宜しいかと」
「ああ、厨房にいると思います。お願いしても?」
軽く腰を落として、
「かしこまりました」
と告げて足早に厨房へ向かう。
ニコラスは、
「なにか問題でも?」
と、思ったよりも怒気をはらんだ声色でカトリーヌへ。
アデライードはニコラスの名前を出さなかったから恐らく力不足。まぁ頑張れ。
ナタリーはまさしく話題になっている残り食材を確認しつつ調理班の人とお話し中だった。
入り口から話の切れ目を待たずに声をかける。
「失礼します! ナタリー様! 炊き出し場でカトリーヌ様が騒いでいらっしゃいます!」
簡潔に伝えれば、
「すぐに行きます」
と、ナタリーは横を通り過ぎて行った。素早い。
見送る私に調理班の人が教えてくれた。
残りをさらに下層となる貧民街に届けるべく調整していたらしい。
貧民街は治安が悪く、聖女の派遣も炊き出しも行われないそうだ。
奉仕活動ではなく、警護として人員を増やさなければならない。予算的に厳しいのだろう。
調理場の確保も難しい。置いてくるだけならできる。
だからそのまま食せる食材、つまりパンや果物を残した。
見れば分かる程度に残ったそれらが人目に触れれば騒ぎになる。
配って終わらせるか、予定通り届けるか、どっちが正解かは分からないけれど。
「騒ぎが広がる前に食材を荷馬車に運びましょう。仕切り布をかぶせて見ても分からない様にすればまだ間に合う。それから在庫表がありますよね? ナタリー様の援護になると思います。詳しい方はナタリー様の方へ」
そう言って、一度仕切り布を回収するために会場に戻る。
単純に、今から配っては次回以降持ち帰りの食材があったと誤解を生みかねない。すでに帰った人から苦情が上がる可能性もある。貧民街の様子は分からないが、説明してくれた調理班の人は納得しているのだから、状況は悪いのだろう。今日明日で餓死者が出る状態なら、折角残したのだ、届けた方がいい。
後方ではガタガタと調理班の方々が動き始めた音が聞こえた。
急がないと。
会場は盛り上がっていてとても気になったけれど、立ち止まって聞くわけにも行かない。アデライードも観察に忙しいから手伝ってはくれないだろうな。
上の方は背が足りずに届かない。着慣れない大きいサイズのコートドレスにも足を取られ、まごついた。そうしていたら治癒班にいた騎士団員と魚屋さんが手伝ってくれた。
「ありがとうございます!」
一緒に厨房に戻ると、運搬班にも話が通り、先に片付けが済んでいた分の仕切り布も運び込まれて、食材を隠し始めている。
仕切り布を取りにいったのは無意味だったかと己の愚鈍さを呪いそうになったけど。
騎士団員と魚屋さんはざっくりと説明を聞いて、
「では護衛につくのでそのまま運んでしまいましょう」
「魚のアラなんかをくれてやってんだ。顔見知りもいるからついてってやらぁ」
と申し出てくれたので、手伝って貰って良かったと安堵。頼もしい。
そしてここまで全員一致で貧民街へ食料を届ける方向。大丈夫なのかな、貧民街。
見送って手が空いたので会場へ戻る。
もう肉体的に疲れたしこれ以上巻き込まれたくないので、存在感をなくす能力を発動してこっそりと。
なんというかさらに盛り上がっていた。
「第一王子のご命令だと全部この炊き出しで使うって事でしょう? ニコラス様、そうですよね?」
カトリーヌがニコラスに向かって言えば、
「書類上は」
と、ニコラスが無表情に短く返す。返事なんてしなければいいのに。
「ご命令に背くのって不敬じゃないんですかぁ?」
今度はナタリーを睨んで言う。
「全部出してみんながお腹いっぱいになるべきよ! だから王子もこの量でって! なんだか難しい書類を書いてくれたんでしょう!?」
なんだか難しい書類ってなんだ? 企画書とか、運営方針とか?
「結局ナタリーさんはみんなを助けるつもりなんかなくて、いろんな人に言い顔をしたいだけなんだわ!」
大きな身ぶり手ぶりでカトリーヌが目に涙をためて騒ぐ。
ナタリーだって黙ってはいない。
「貴女こそきちんと先を考えているの? 今日だけお腹いっぱいになっても意味がないのよ?」
反応は半々かな。
お腹いっぱい食べたかったとか、食費が浮けば毛布が買えたのにだとか、横領だとか叫ぶのはカトリーヌ派。
ナタリー派は考えてる人が多いのか声はあまり上がらない。細く長く続けてくれれば餓死者が減るとか、貧困層への支援なら逆に手伝うぞとか、そういう雰囲気。話がまとまらない。
そこにアデライードがハリエットと神官服を着た男性を連れて割り込んだ。
「お待ちください!」
声を出したのはハリエットだ。
「お話は伺いました。ナタリー様。わたくしだけであれば護衛の人数も減らせます。個人的な活動になりますし、治癒しかできませんが、お手伝いさせてください」
神官服の男性も一歩前にでる。
「孤児は可能な限り引き取ります。どうかお一人で抱えこまずにご相談ください」
後で聞いたら児童養護施設長だった。シモン・ディ・シャントローさん。
どんな染み汚れも落とすギフトをお持ちだそうで、ハリエットの洋服を綺麗にしていたんだとか。
流れはなんとなくカトリーヌに傾いて、勝ち誇った様に胸をはっている。
「相談すれば解決する様な話じゃない! なにか後ろめたい事があるからコソコソ隠しているんでしょう? 本当に貧困層に届けるために食料を避けたのかしら?」
は? パンとかりんごの残りで行う後ろめたい事ってなに?
「はぁ? あなた、その予算がどこから捻出されて、分配されているかご存じ?」
頭に血が上っているのか、ナタリーは声を荒らげている。
冷静に後ろめたい事とはなにか問えば勝てたと思うんだけれど。
この場は多分黙った方が負けになる。のに。
「姉さん……」
ニコラスがナタリーの肩に手を置いて止めに入ってしまったんだよね。
カトリーヌは一般民衆からの話で、ナタリーは国営の話で、かみ合うはずもない。
ナタリーが、秘匿が必要な内容を言う前にってこと? キレてても言わないと思うけどね、ナタリーなら。
「ニコラス様!」
嬉しそうにカトリーヌがニコラスに祈りのポーズ。
いつの間にか私の背後に回っていたアデライードが舌打ちをした。
「やっぱりニコラス様は役に立ちませんでしたね」
うん、それよりも、存在感をなくしていたのになんで私の後ろにいるの?
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次回 学期末試験
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