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04 秋季休暇:前(到着は待ちません)

「サブリナ様。残念ながらカトリーヌ様には、クレマン殿下を守ろうとなさる姿がとても冷たく見えていた様ですわ」


 不幸な行き違いでしたねと告げるアデライードに、サブリナは沈黙で答える。

 強いて言語化するならば、それで? と言った顔。

 ふらり、とアデライードがよろけて、


「美人の無表情……彫刻的美しさ……」


とか言っている。

 隣で動揺したサブリナが、視線をこちらに寄こす。

 何か申し訳ない気持ちになったので目は反対の方向へ逸らしておいた。

 アデライードはサブリナの動揺した顔には興味が湧かなかったらしい。すん、と表情を戻し、こめかみに指を当てて考える素振り。


「ああ。お立場がありますものね。些細な事でも揚げ足をとられない様に表情を隠しますよね。それで接触も必要最小限に抑える。失礼ですが、そう言った状況には多く遭遇されるのではございませんか?」


 アデライードはサブリナではなくクレマンへ声をかけた。


「そうだな」


 クレマンはうなずいて、こちらも少し考える素振りを見せてから言う。


「多いと思う。だから俺も忘れていて二学期の半ばを初対面だと思っていた」


 公衆の面前で俺とか言って教育係に怒られませんかね、王子さま。

 じろりと視線はサブリナへ向けていた。

 それだけの事を根に持っていたのか、と言わんばかりである。


「ニコラス様……いえ、ナヴァール家からのご報告には目を通されませんでしたの?」


 視線を受けてサブリナが返すが、クレマンには心当たりがない様だ。会場にいるであろうニコラスを探す様に視線を泳がせている。

 どうやらニコラスは王子兄弟へ事業報告の任も仰せつかっているらしい。報告先が多くて大変そうだ。王子にとっては帝王学の一環ぽいけど。婚約者にまで目を通させるのは王妃教育か、クレマンが期待されていないか、把握して手綱を握れって線もありか。こっちも大変そう。

 そうこうする間にカトリーヌがポンと手を打った。


「秋季休暇中のお話ですか? キリアン殿下がニコラスさんたちに頼んだっていう、下層区画の炊き出しと治癒の話ですよね?」


 第一王子もキリアン殿下呼び。対して顔も合わせた事がないだろうに親しさアピールだろうか。

 ニコラスさんたちとは、姉のナタリーと合わせて言っているとして。

 国王から財務大臣に一任された貧困層の救済・支援活動は、第一王子と財務大臣の姉弟が勉強を兼ねて運営している。勿論それは大々的に国民にも周知されているし、奉仕活動人員も募集していた。

 さすがにキリアンが現場で指揮を執る事はないが、替わりに財務大臣の姉弟どちらかが必ず参加している。

 そういう事業を取りまわしているご姉弟を”さんたち”ねぇ。


「ニコラスさんのお姉さんがケチケチして食料を出し渋ったの。アタシなんてひどい事をするんだろうと思って、その場で注意したのよ!」


 誇らしげにカトリーヌは言う。

 ケチケチって。少しは言い方とか取り繕うつもりはないのだろうか。

 クレマンは内容に心当たりがあったのか、軽くうなずいて見せた。


「ニコラスから分配に不備があったとは聞いたが、カトリーヌの話は出なかったな。カトリーヌが指摘してくれていたのか。まさかそれを不満にでも思ったのか?」


 冷たくサブリナに向けて言っているけれど。

 どういう不備なのか、どうして発覚したのか、どう終結させたのか、そういう部分を聞いていない、と言ったも同然。

 少なくともサブリナは、カトリーヌの事が書かれていない報告書から、カトリーヌの存在にたどり着いている。

 どうして気が付いたのか確認もせず、カトリーヌに指摘されて不満にでも? ひどい発言だ。想像力が豊かなのかな。私みたいな想像力が貧相な人間にはちょっと意味が分からない。

 後方から生徒をかき分けて進んでくるニコラスに気が付いて、アデライードはにたりと笑っている。

 そしてニコラスが到着する前に話を始めるのだ。




***




 秋季休暇中、私は家庭教師を付けられ、学校がある日常と変わらない日常を過ごしていた。

 アデライードも一日に一度、通学時間分はお茶にしましょうと顔を出す。

 昨日は夕方、今日は朝食後。

 実に楽しそうに語る内容は、休みに入ってからも追いまわしているカトリーヌの話なんだけどね。

 なんでもハリエットと教会へ通い、癒しの能力が使える様になっているらしい。

 聖女の能力はギフトのはずで、努力で習得できるものとは思えない。

 カトリーヌのギフトが国の管理下に置かれているとは聞かないし、話を聞いただけではどうも納得がいかなかった。

 本当に同じ能力が使えているのだろうか?

 アデライードもその辺りが興味深く、見過ごせないそうだ。

 休みも折り返し。そろそろ面白い事が起こる頃。休暇の思い出に支援活動に行かないかと誘いに来たらしい。


「今日も家庭教師が……」


「帰っていただきました! 帽子とコートを持って来ましたので軽く変装していきましょう!」


 もうそれはお誘いではなく連行だと思う。

 いつも一つに結んでいる髪を解かれて帽子を目深にかぶらされ、部屋着の上から大きいサイズのコートドレスに包まれた。

 コルセットが必要なドレスでなかっただけマシかと思ったのもつかの間。

 仕上げにぎゅっと胸の下辺りをリボンで結ばれて、


「うぐっっ」


苦しさのあまり思わずうめき声が出てしまった。

 アデライードが嬉しそうで何よりです。本当に。

 落ち着いた色合いのオレンジ色は自分では選ばない色。

 ちなみにアデライードはオリーブ色。色違いのおそろいだ。

 それで二人で教会へ向かう。

 本日は下層区画と呼ばれている貧民街向けの炊き出しと治癒が、中層区画との境界にある教会で行われるらしい。

 昼食の炊き出しなので集合時間を過ぎての到着になった。

 昨日言えばいいのにと睨めば、


「驚かせようと思いまして」


と、笑っている。

 目が半分隠れているだけで普段の印象と変わるなと、思わず感心してしまった。

 どうやら普段アデライードの目は笑っていないらしい。いつもより不気味さが減っている。

 集合場所ではすでにあいさつが始まっていた。

 第一王子キリアンが計画した活動だと説明があり、調理班、治癒班、会場整備班の三班に分かれて、と。

 ここまでの話の流れだと治癒班かと思えば、会場整備班。


「治癒班じゃなくて?」


「それだと近過ぎます。離れて観察するのがイイんです」


 ああ、うん。人の趣味にとやかく言うまい。私は普通に奉仕活動に精を出そう。

 会場整備班の班長は財務大臣の娘でナタリー・ナヴァールと名乗った。

 荷運び組、食卓誘導組、治療者誘導組と、さらに三つの組に分ける。ナタリーが手早く分けた後、移動したい人はいますかと確認したが、誰からも声は上がらなかった。

 最適解が分かっているみたいな手際の良さ。

 私たちは食卓誘導組だが、始まるまでは治療者誘導組と作業は一緒。仕切り布を張ったり椅子を動かしたりだ。

 仕切りを作ろうと布を持って配置につけばニコラスを発見。

 治癒班を取り仕切っており、聖女とはずっと一緒に居た様だ。当たり前の顔でその隣にカトリーヌ。

 おそろいのヘッドドレスとエプロンは治癒者の見分けに用意された物かな。何人かいる。

 私たちを見てカトリーヌが言った。


「お部屋みたいに区切るの? アタシまだ自信がない! ハリエットと同じ場所にして!」


 ニコラスに詰め寄るのが忙しく、こちらには気が向かなかったみたい。同級生なんですけど。

 仕切り布を持っている私たちを指差して態度で止めにかかる。

 他人には見えない方が安心だろうと配慮されてる第一王子が考えた仕切りですよ? と思いながら取りあえず動きは止めた。

 ニコラスは困った顔で、


「でしたら重症者はハリエット様にお任せして、軽症者を見て頂けますか?」


と答えるが、カトリーヌは譲らない。


「聖女の能力があるのに、どうしてよ? 見殺しにしたいの?」


 相変わらず声が大きいので、不穏な単語にそこはかとなく嫌な空気になった。

 まだ患者も来てないのにね。

 すぐにハリエットが間に入る。


「布で仕切るだけです。壁際ではなく仕切り布側に。わたくしたちが背中合わせに座ればどうでしょう?」


 ニコラスに提案してからカトリーヌに顔を向け、


「お姿は見えませんが、合図を戴ければお話もできます。ご不安、減りませんか?」


と確認した。ハリエットも困った顔。

 アデライードがニコラスに向かって仕切り布をふんふんと持ち上げて早くしろと追撃。

 早くした方がいいとは思うけどそれはちょっと待ってあげて。

 他の人たちも、ニコラスがなにか悪い事をした、みたいな雰囲気になっているし。


「……パンが二百五十でしょう? 足りない場合を考えて生で食べられる物は人数を見てから……どうしたの?」


 ナタリーは調理班も担当していたらしい。

 エプロン姿の男性と、食料を運ぶ男性の三人で通りかかり、不穏な空気に足を止めた。

 話は途中だったが男性二人には通じていたらしく、そのままナタリーだけが残る。

 ニコラスが状況を説明して、ハリエットが再度提案を口にし、カトリーヌが一人なんて無理ですと泣きだした。

 最悪だ。

 ナタリーは腕を組んで瞳を閉じて考える。眉間にシワも寄っているから、いつもと違う状況なのだろう。

 アデライードがにじり寄って教えてくれた。

 最近はカトリーヌの後ろにハリエットが付いて指導する形。今日は人数が多いので個別に対応してほしい旨を前回打診、了承済み。

 それはカトリーヌが悪くない?

 私にも心当たりがありますよ。まさにさっき。

 せめて前日。前日には教えてほしいですよね。分かります。

 勝手に共感していたら結論が出たらしい。


「カトリーヌ様の再鑑定にはナヴァールも期待しておりますの。本日の行動がカトリーヌ様の自信につながるのでしたら、応援いたしますわ」


 カトリーヌも聖女認定されたら財務大臣としては得になるって話かな。

 逆に認定されなかったら財務大臣は黙ってないよと。そんな意味を込めての家名出し。なかなか気が強い。

 次こそ一人でやるなら今日は見逃してやってもいい、そういう譲歩。

 ニコラスとハリエットには通じたけれど、カトリーヌには全く通じなかった様で、首を傾げて結局どうなの? とニコラスに尋ねていた。

 仮に聖女認定されたとして不安な性格をしていらっしゃいる。

 アデライードと視線を合わせて、無言のまま仕切り布を設置。

 本人たちが背中合わせになればいいので、仕切り位置は変わらない。

 カトリーヌ以外からお礼を頂戴して無事完了。

 疑われる事も、顔を確認される事もなくそのまま次の作業に進む。


「別々は問題あり。布越しの背中合わせは問題なし」


 アデライードが言うので、作業をしながら会話に応じる。

 声は二人の間でぎりぎり聞こえる位。


「遮蔽物はどちらも布だよ」


「……つまり布は関係ない? ああ、視界には入らなくともいい、かもしれませんね」


「普通は顔が見えると安心だけれど。背中合わせはハリエット様のご提案でしょう?」


「そうですわ。あれで騒ぎませんでしたから、問題なしの範囲はもう少し広い可能性があります」


「だと、距離? 小声で話をするのは難しいかもしれないけれど、声はかけられる距離だよね?」


「それなりに騒がしいので、お名前を呼んで近づく必要はあるかと思います」


 通っているだけあって詳しい。


「なら、話せない距離が問題ありなのかな。話せる距離、手が届く距離」


「ええ」


 アデライードはなにか思いついたのかそれから黙っていた。


 会場の準備が終わると炊き出しの前に治療希望者がやってくるので、その前に会場整備班で治癒班に軽食を配る。

 みなさん奉仕活動として参加しているので、全員が医療関係者という訳ではないそうだ。

 治癒班はほぼギフト対応で、治癒が可能なのはハリエットとカトリーヌの二人で、他はちょっと違う。

 アデライードが能力を聞き出しつつ、今日は聖女が二人もいて心強いですね、などと声をかける。

 痛みを軽減する能力を持った方、普段は騎士団員。


「いつもハリエットちゃんにはお世話になってるからねぇ。無理はしないでほしいから、カトリーヌさんが参加してくれてちょっと安心」


 殺菌する能力を持った方は魚屋さん。


「子供の擦り傷なんて殺菌しときゃあ膿まねぇからな。聖女の手を煩わせるほどでもないってもんよ」


 割れたものを元に戻す能力の方は何と陶芸家。


「これから寒くなりますから病気の方が増えますでしょう? 次回からは不参加ですかね。骨折にしか役に立ちませんから。カトリーヌさんが育つといいのですが……」


 割れたものってそういう?

---

次回 第5話 秋季休暇:後

12/11更新予定です。

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