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03 新入生説明会(羨ましかったので後日購入しました)

 カトリーヌはアデライードの発言に嬉しげにうなずいている。

 よくぞ聞いてくださいましたとばかりに声を張り上げた。


「ええ! 乗合馬車に忘れ物をしてしまって急いでいたの!」


 物凄い言い訳だと会場の四分の一程は思ってくれてる、よね?

 傍らでサブリナがまた半眼になっている。美人が台無しだ。


 乗合馬車とは生徒向けに学校が用意した通学手段だ。学校を中心にぐるりと街を回る巡回馬車で、通学時間に合わせて朝と夕方に用意されている。

 王族や一部の生徒が家の馬車を使用するので、正門付近に馬車が集中しない様に、停留所は正門から少し離れた場所にあるのだ。

 到着した馬車は次の馬車が到着するまで停留所に停まっているので、言い分としては通るかもしれない。だがしかし。


「正門から校舎に向かって右に急転回……いやだわ、キティったら生垣を越えるつもりだったの?」


 アデライードは少しの間考えるそぶりを見せてから笑ってカトリーヌへ顔を向けた。

 そうなのだ。

 正門に戻らなければ停留所までの正式な道がない。

 停留所は確かに右転回した方向の学校敷地内にはあるが、生垣に阻まれている。

 プラタナスと同様、日々念入りに手入れをされた生垣は、多分乗れば刺さるし折れる。想像して少しゾッとした。痛そう。

 カトリーヌは目を丸くしてクスクスと笑う。


「アデリーったら。こんな時に冗談はやめてよ? 急に立ち止まったり、流れに逆らって走ったら危ないでしょう? だから余裕を持って大きく回って方向を変えようと思ったのに転んじゃったの!」


 アデライードは目を細めて改めて笑顔を作ると、


「キティは運動があまり得意じゃないものね」


などとワザとではなかったと肯定する様に無理矢理まとめ、それからサブリナへ視線を向けた。

 私としては乗合馬車の忘れ物がどうなったのか確認してほしかったので残念だ。


「まぁ、王族への印象付けにワザと転んだと、そう受け取っても仕方がない出来事だったとも言えますわね。カトリーヌ様がどういう人物なのか知らなければ当然の事ですわ」


 続いたアデライードの言葉は、運動が苦手という前い情報がなければ当然だと、サブリナの考えも肯定する。

 サブリナは傍観している生徒たちをぐるりと見渡してから答えた。


「発言してくださった皆さま、ありがとうございました。転ばれたのは故意ではなかったのかもしれません。それでも私は殿下の前を横切る必要はなかったと思うのです。カトリーヌ様は謝りながらも突然自己紹介をされました。縁を作りたかったと、そう思っても仕方がないと思われませんか? ですから最初の印象は確かに悪かったです。否定はしませんわ。殿下に関わらないでいただきたいとも思いました」


 最後は伏し目がちに頬を染めて、まるで婚約者としての嫉妬を恥じる様だ。

 違うと思うけど。

 クレマンは何やら複雑な顔でサブリナを見ている。

 覚えてもいない事で婚約者を不安にさせていた罪悪感とか? 今日ここに至るまでに考えて来た色々と、現状と、残りはなんですかね?

 あれで王族とは嘆かわしい限りである。


「それでカトリーヌ様は新入生説明会でお泣きになった、と」


 アデライードは先程も告げた言葉を繰り返した。




***




 新入生説明会は式典用の会場で行われる。

 生徒会主導で行われ、司会は副会長のサブリナだった。

 先生方の紹介は名前を読み上げるだけ。先生が会場にいれば手で方向を示し、先生も軽く手を上げるだけで挨拶はない。

 学校内設備の説明、課外活動の説明、と、サブリナが項目を上げ、生徒会長のクレマンが話す。

 本当にただの説明会。

 それでも二人とも華があり、新入生たちは些細な事で囁きあう。


「サブリナ様、細っ! なにあの腰!」


「王子様優しそう!」


「困った事があれば生徒会室……困ってなくても行きたい……」


 用事もないのに行くのはどうかと思うよ?

 配布された校内地図を見ながら周囲の声に聞き耳を立てていると、


「うふふふふふふふ」


とアデライードが笑いだした。

 嫌な予感しかしない。そして既視感。私は小さな頃から何度も同じ状況に居合わせている。

 案の定肘の辺りを掴まれて、アデライードにとっての最良の場所へじりじりと連れて行かれた。


「……ハリエットは聖女だから王子とも知り合い?」


 遅れて来たのか、会場の後方でカトリーヌがハリエットへ話しかけている。

 声が大きいので周辺に立っていた生徒から、


「え? 聖女?」


などと注目されてしまっていた。

 ハリエットも気が付いているだろうに、淡く微笑んで気にした素振りは見せない。慣れてるのかな。


「ご挨拶はいたしました。けれどそれは……恐れ多いと思います」


 カトリーヌは言葉を選ぶ様にゆっくりと返すと、クレマンが続けている説明へと耳を戻した。


「ええー! あいさつしたなら知り合いじゃない!? どこで会ったの?」


 カトリーヌは空気を読まないのか読めないのか、続けて質問している。

 私の横ではアデライードが最高に楽しそうに笑っていた。


「ですから、恐れ多いと思うのです。ギフトの性質上、登城する機会も頂きますので、その時に」


 カトリーヌに聞こえるギリギリの音量でハリエットは返事をする。

 まだ説明会の最中なのだから当たり前だ。

 それでもカトリーヌは諦めない。

 さらに音量を上げて驚いて見せる。


「登城って事は王宮? 謁見てやつ? 聖女って凄いのね!」


 ハリエットも困ったのだろう、カトリーヌへ視線を向けて言った。


「カトリーヌ様。不敬ではと、思います」


 カトリーヌはさっと顔色を青くする。


「不敬罪に問われちゃう感じ? アタシ捕まるの?」


 ハリエットは慌てて首を横に振った。


「申し訳ございません。言葉が強かったでしょうか。まだ説明会の途中です。あまり大きなお声で、私的なお話しは、遠慮すべきかと、思いました。……クレマン殿下はお優しい方ですから、許してくださると思いますよ」


 落ち着いた声で優しく諭す言葉と慰めの言葉。

 私ならうるさいの一単語で片付けてしまいそうな場面である。

 ちょっと感動してしまった。

 カトリーヌはぐしゃりと顔を歪めて目を潤ませている。

 感動、ではないだろうな。と思えば案の定。


「そうなの? アタシさっき怪我をしていたでしょう? 王子の前で転んだんだけど、全然助けてくれなかったし、あの司会の、副会長? あの人が割って入ってきて話も出来なかった!」


 ハリエットは驚いて目を丸くしている。

 周囲の生徒も話が気になるのか耳がカトリーヌの方を向いていた。


「ええと。クレマン殿下にはお立場もありますし、仕方がないかと」


 ハリエットは動揺しつつも懸命に言葉を探す。


「付き添ってくださった、ニコラス様、も。殿下からの命でと、おっしゃっていましたよね? それだけでも、過分なご配慮かと」


 うん。王子命令だからクレマンに対しては上手い言い方かもしれない。けれどこれだとサブリナに関しては弱いかな。

 想定通り、カトリーヌは潤ませた瞳を瞬かせ、ぽたりと涙を流して言うのだ。


「副会長の手前、王子はああいう態度しか取れなかったって事? あの人まるで羽虫でも見る様な目つきだった! きっと王子はとんでもない弱みを握られてるんだわ!」


 物凄く頭の痛い発言をするご令嬢である。

 それでもハリエットは、困った顔はすれど、呆れたり憤ったりする様子は見せなかった。

 その替わりにワキワキと両手の指を動かしている。変わった身体表現だ。


「わたくしは、現場を見ておりません。サブリナ様は殿下の、ご婚約者ですから。間に入って話をしてくださっただけかと、思いますよ?」


 そうですよね。他にも人が居たわけだし、クレマンにこだわらず、誰に話しかけても良かった。サブリナの発言や行動には無駄がなく、手際良くさばいた様にも見えたし。

 カトリーヌは驚いた様に再び声量を上げる。


「婚約者!? まだ結婚したわけでもないのにあの態度? だって生徒会長さんでもあるんでしょ? 一般生徒が声をかける機会だって多いでしょう? なのにあの態度?」


 ハリエットが暴れる馬でも鎮める様にどうどうと両手を上下させているが収まらない。

 アデライードがふふ、と笑い声を漏らしながら腕を引いてきた。

 顔を見れば別の方向を見ているので視線を追う。


「パンッ」


 手にした扇を広げながら、アデライードと同じ背丈の女子生徒が近付いてきていた。

 タチアナ・タグリオーニ。確か第三王子ケヴィンの婚約者で同学年だったはず。

 後ろから友人が関わらない方がいいと止めているが、ずんずんと向かってくる。

 それにしても。


「扇ってあんなに大きな音がする?」


 小声でアデライードに聞けば、


「骨組みが鉄製の扇子なんですよ。防御にも使えるって流行ってます」


と返って来た。

 武闘派なんだろうか。ほぼ同じ背丈でもアデライードは長い印象で、タチアナは大きい印象。

 なにから防御するんだろう。そんな思考を読み取ったのかアデライードが付け加える。


「第三王子の護衛も兼ねたいと護身術を体得しているそうです」


 その情報ってどこから仕入れているの?

 思えど聞くまい。きっとろくでもないのだ。

 タチアナはカトリーヌの、本当に目の前まで距離を詰め、扇で口元を隠しながら言う。


「ちょっと貴女。静かになさい?」


 カトリーヌはその身長差に首を上に傾けながら一歩後退した。


「説明会の最中。王子に対する不敬。王子の婚約者に対する不敬。周りの迷惑を考えない態度」


 まっすぐに切り揃えた前髪の下、眼光鋭く、睨み、見下げている。

 カトリーヌはもう二歩ほど後退しながら視線を逸らした。


「ッパンッ」


 ビシッと扇をカトリーヌに向かって畳み、


「わきまえなさい」


と低く一言。

 カトリーヌは逸らしていた視線を扇に向けて震えている。扇の見過ぎで黒目が顔の中心に寄っているな。

 タチアナにとってはそれが話終わりの合図なのか、後ろを追っていた友人たちは安堵の色を見せた。タチアナを先に歩かせるために道を開けて、


「お騒がせいたしました」


と、他の生徒ににこやかに非礼を詫びている。


「失礼いたしました。さあ、皆さま。説明の続きを聞きましょう」


 タチアナもまた非礼を詫び、カトリーヌから少し離れた位置に移動した。

 こういった場面のお約束とも言える、優等生ぶって、などの言葉は上がらない。

 あまりにも強そうだからだろう。

 さっぱり、きっぱり、言うだけ言った。格好いい。

 残されたカトリーヌは顔を青くして立ちすくんでいる。あまり格好よくない。


「平気ですか?」


 ハリエットがそっと寄り添った。


「少しお声が大きかったようですね。皆さまも申し訳ございません」


 周囲に非礼を詫びるハリエットへ、カトリーヌは涙をこぼしながら言う。


「目の前で誰かが怪我をしたらアタシはその誰かに優しくするのよ」


 今度の音量は先程よりも小さい。怖かったんだろうな。

 ハリエットは自分のハンカチを握らせながら穏やかに返した。


「それは素晴らしい心がけだと思います。そのお話は説明会が終わった後にお聞かせください。ね?」


 まぁ、今どうしてもその話をしなければならない状況ではない。

 それはそう。当たり前。

 けれど、見た事を面白おかしく憶測と真実を織り交ぜてうわさはできるのだ。

 空気が嫌な方向に揺れる。

 後ろの女生徒が言った。


「ああ、びっくりした。……副会長ってやっぱりキツイ性格なのかしらね?」


「あー、見た目そんな感じよね?」


 前では男子生徒。


「あんだけデカい女に見下ろされたら怖ぇよな」


「貴族の間じゃ流行ってるらしいけど、あの扇もなぁ」


 まだ控えめな方だろう。

 休憩時間に、学校が終われば下校時に、家の夕食の席で、そういえば今日ね、と、これから話が大きくなっていくのだ。




***




 アデライードは説明会が終わるまでじっくりとカトリーヌを観察していたが、その後は特になにもなかった。ハリエットとカトリーヌが行動をともにするきっかけにはなったと思う。

 仕方がないので存在感をなくせる能力は発動しておいたけれど、疲れたしいい迷惑だったな。


「可哀そうなキティ。足が痛かったから優しくしてもらいたかったのよね? ハリエットは優しくてケガも治してくれたから仲良くなったのかしら? 姉妹みたいでとても可愛らしくて、あなたたちが二人でいるところはアタクシの癒しだわ」


 アデライードは物憂げに話を区切る。

 赤くて青くて並ばないでほしいって言ってたくせに。


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次回 秋季休暇:前

12/7 23時更新予定です。

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