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02 入学の日(眺めが良かったです)

「初めてお二人を同時に目撃したのは……先輩方にとっては新年度、アタクシたちにとっては入学の日の朝ですわ」


 アデライードはまるで読み聞かせの様に話始めた。




***




 キルグバトリー王国の入学時期は九月。

 朝晩の寒暖差こそ激しいが、この日は良く晴れた過ごしやすい一日だったと記憶している。

 アデライードと私は、私の家の馬車で登校した。

 正門前で下ろしてもらい、校舎まで続くプラタナス並木を見上げては時折立ち止まる。


「ずいぶんと高さも横幅もそろっていますのね。お手入れが丁寧なのかしら。下の方も枝が処理されて木登りは難しそうです」


「登らないでね?」


「実は拾えると思いますか? 着色してリースに入れると可愛らしいでしょう?」


 登りませんと言質を取りたかったが話を逸らされてしまった。

 登るなら私の知らないところで行ってほしい。

 そんな事を考えていたら、正門の辺りで歓声が上がった。

 一度アデライードと顔を見合わせてから正門の方を見れば、道の中央を歩いていた生徒たちが道の端に避けている。


「イノシシですかね?」


 私たちは道の端にいたのでそのまま立ち止まったままだ。

 イノシシや他の動物であれば歓声ではなく悲鳴が上がるよと、正門に目をやれば、人だかりができている。

 同学年に第三王子と、最終学年に第二王子が在籍しているのは周知されていた。状況から考えてどちらかが登校してきたのだろう。

 校内では同世代の護衛が付いているはずだが、生徒をさばききれていない。

 それなら慣れていない新入生の第三王子ケヴィンか。

 隣で背の高いアデライードが目の上に手をかざして言った。


「第二王子のクレマン殿下ですね。護衛の人が押さえているのに王子スマイルで女子生徒の心をわしづかみです。後ろで財務大臣の息子さんがキレてますよ。顔に出てます」


 私の考査能力は低いらしい。外れたかと思いながら一団が近付いてきているので、このまま道の端を通って校舎に向かおうとアデライードの袖を引く。


「お待ちくださいな。物凄い赤い人が走ってきます」


 その言葉に思わず集団の後ろを注視した。


 キルグバトリー王国にはギフトと呼ばれる能力がある。

 産まれた時から神の加護として備わっている能力で、四百年位前の王様が能力が分かる能力を持っていたために発覚した。

 研究されて今では出産時の検査項目に入っている。

 能力は様々で、たとえば私は存在感をなくせる能力を持っている。もっとも何もしなくとも存在感が薄いので能力の恩恵を感じた事はない。

 人前であくびが出ないなどの問題を感じない能力から、触れた物の過去が分かるなどの問題を感じる能力まで幅が広い。

 アデライードの能力は後者。

 善人と悪人の区別がつく能力で、体の周りに色付きの霧が見えているらしい。青から赤のグラデーションで段階が分かるそうだ。

 しかし善悪の区別とは曖昧で、アデライードは大抵の人間は紫色だと言った。

 市場で評判のおばさんも、頻繁に逮捕されるスリも、紫色。

 騙し誤魔化し売上重視、家族の為に犯罪に走る、そんな感じなのかな。

 私は? と尋ねた時、にこりと笑んで、綺麗なスミレ色! と言われて以来、騙されない様に気を付けて生きている。

 ところでこのギフト、常時発動と、意識的発動の二種類にも分けられ、私たちは後者の意識的発動ギフトだ。

 発動していれば、長距離走や集中して勉強した程度には疲労が残る。

 だから意識的発動ギフトの持ち主はあまり使わないのだが、アデライードはほとんど常時発動。

 体力と精神力が人外である。怖い。


 閑話休題。


 物凄い赤い人が極悪人とは限らないと理解はしているが、


「大丈夫なの?」


思わずもう一度袖を引いた。

 アデライードは首をかしげて言う。


「先日出した鼻血の色と似ています」


 大丈夫ではなさそうだ。


「お胸がたゆんたゆんしている暗めの栗毛」


 指をさした先に、両腕で胸を挟み、両手を猫の様に丸めて走っている生徒がいる。

 他の生徒を押しのけているが、運動神経はなさそうだ。

 のんびりと歩き進んでいるクレマンとその取り巻きの左側を通り過ぎるかと思えた。

 のに。

 右に急転回してクレマンの前で転んだ。


「っ!」


 護衛が即座に女子生徒とクレマンの間に割って入る。

 素晴らしい身体能力だ。感動した。


「すみません! 新入生のカトリーヌ・マルグリット・カルマです! 慌てていました! すみません!」


 威圧感に耐えられなかったのか、両手を頭の上まで上げて、なぜか自己紹介も挟む。

 クレマンがなにか言葉を発しようとするのを、隣にいた婚約者のサブリナが手で制した。


「ミゲル様、彼女を立たせてさしあげて」


 サブリナは女子生徒、カトリーヌではなく、護衛のミゲルに声をかける。

 完全に全員の足が止まっている状態だ。

 ミゲルが手を差し出してカトリーヌを立たせようとすると、


「痛っ」


と悲鳴を上げてカトリーヌは浮かせた腰を落とした。


「あら? ケガをされたの? ミゲル様、医務室までお願いできますかしら?」


 サブリナが次の指示を口にすると、ミゲルは首を振った。


「申し訳ありませんが護衛の任がございます」


 それはそうだろう。

 アデライードが耳元でささやいてくる。


「興味もありますし、お手伝いを申し出てもかまいませんか?」


 鼻血色にはできれば近寄りたくないと思ったのが顔に出ていたのだろう、アデライードは残念そうに視線を集団へ戻す。

 他の生徒が手伝いを申し出ないのは、王族が関わるからだけではないだろう。

 明らかに接触の仕方が不自然だ。

 縁でも作りたいのかもしれないが悪手。


「ニコラス。彼女のエスコートをお願いしてもいいかい? 新入生同士そのまま教室まで付き添えるだろう?」


 黙っていたクレマンが振り返り、後ろに立っていた男子生徒に声をかけた。


「あれが財務大臣の息子のニコラス・ナヴァール様ですわ。さっきまでキレてましたのに取り繕うのが早い事」


 こそりとアデライードが教えてくれる。


「知り合い?」


 少なくとも私は知らなかった。


「教会や児童養護施設の奉仕活動で見かけますよ。今度一緒にどうです?」


「へぇ」


 感心したが今は成り行きが気になっているので曖昧に返答する。

 ニコラスは了承を告げ、カトリーヌに肩を貸そうとしたが、力が入らないと泣かれていた。

 時間がかかりそうだと判断したのか、ニコラスはミゲルに目配せし、ミゲルはうなずいてクレマンを促している。

 クレマンはカトリーヌにほほ笑んで、


「お大事に」


と告げて歩き出し、サブリナは目も向けずに歩き出し、ミゲルだけが警戒する様に一度カトリーヌを確認してから後を追った。

 他にも何人かの取り巻きもいるがそれは割愛。全員驚きはしたけれど問題は感じなかったのだと思う。

 要するに全くもってカトリーヌは相手にされていなかったのだ。

 案外よくある事なのかもしれない。王子なりの苦労があるのだろう。

 カトリーヌは絶望的な顔でそれを見送っている。


「さすがにニコラス様が気の毒ですし、手を貸しましょうか」


 アデライードがそう言って辺りを見回し、体格のよい上級生を捕まえた。

 申し訳ない……!


「お手伝いしたいのですが、肩を貸しても立てないようですし、アタクシでは力不足そうなのです。お力をお貸しいただけませんか?」


 筋肉量的にまんざらでもないのだろう、上級生は快く引き受けてくれた。

 ニコラスに声をかけ、カトリーヌを肩に載せてもうひと悶着。

 荷物ではないのだからと肩担ぎを拒否し、背担ぎは体が密着しすぎると拒否し、結局横抱きで決着。カトリーヌには感謝の念などなさそうだ。

 腕がしびれたら肩担ぎにするからと条件を付けてはいたが、上級生も人が好い。

 殿下からの命なので最後までと、ニコラスも付き添いを申し出た。

 アデライードも同性がいた方が安心でしょうと申し出る。

 流れで私も付き添うしかなさそうだ。

 上級生は友人に荷物を託したので、私たち三人は本当に付いて行くだけになってしまったが、医務室へと向かった。


 ちなみに、医務室には聖女と呼ばれている癒しの能力を持った新入生のハリエット・ハイメがいて、すぐに治してくれた。軽いねん挫という診断。

 すごい能力だわ! アタシも覚えたい! と無邪気に笑うカトリーヌに、ハリエットは恥ずかしそうに礼を告げた。

 そういえばカトリーヌからハリエットへは礼はなかったな。医務室を出る時に気が付いた。

 すでに二人は仲良く話をしているが、なるほど、やはりアデライードの見立て通り鼻血色なのだろう。


「ハリエット様は青すぎるし、カトリーヌ様は真っ赤だし、あまり並ばないでほしい……」


 などとアデライードが眉間にシワを寄せるので、ハリエット、全力で逃げて! と思った。




***




「確かにサブリナ様はあの時少々冷たい態度だったと感じましたが……クレマン殿下、記憶にございますか?」


 アデライードに訪ねられ、クレマンはバツが悪そうに目を伏せる。

 カトリーヌがお二人とも冷たかったですよ、と目を潤ませて主張するが、少々焦っている印象。

 話は始まってしまい、主導権がアデライードにあるからだろうか。


「お気持ちは分かりますわ。殿下のお立場では、縁を持とうと手段を選ばない方が多いと思いますもの」


 そこで言葉を区切って、


「たとえば目の前でワザと転んだり物を落としたり」


と、続けた。


「アデリー! ひどいわ! それじゃアタシがワザと転んだみたいじゃない!」


 カトリーヌまでアデライードを愛称で呼ぶとは。

 私が呼ぶと縮めないでくださいますかと怒るのに。少しイラっとする。


「キティ、どう見えていたかって話よ」


 アデライードはカトリーヌを安心させる様にほほ笑んだ。


「だからクレマン殿下は覚えていないし、サブリナ様はカトリーヌ様に対してあまりよい感情をお持ちでなかった。そう思いましたの」


 隣でサブリナが息を吸い込んだのが分かる。

 立ち上がって大きな声で言った。


「そうです! 私にはワザと転ばれた様に見えました! どなたかあの場に居合わせた方はいらっしゃいませんか? クレマン殿下は覚えていらっしゃらないようですし、第三者のご意見を聞かせて頂きたいわ!」


 騒めきはしたが発言する者はいない。王族への不敬を恐れているのか、記憶が曖昧でためらっているのか。

 アデライードがぐるりと会場を見渡して手で数人の生徒を指名する。


「三列目の緑のタイピンの、そう、あなたです。集団の後方にいらっしゃいましたよね? それから、そちらのオレンジの、そう、あなたですわ。校舎から見て集団の左側にいらっしゃいましたよね? お隣の方もご一緒でしたかしら? 右側にいらっしゃったのは……ええ、そちらの。ありがとうございます」


 指名された生徒の周りが避けてるので、空間ができて見やすくなった。

 クレマンからも忌憚ない意見が聞きたいと言われて覚悟を決めたのか、指名した順に証言する。

 彼らから見た真実だ。


 後方にいた生徒。


「後ろから押されましたが謝りも、こちらを見もしませんでしたね。ずいぶん急いでいるのだろうとは思いました。その後すぐに転ばれたのは騒めきで分かりましたが、ボクの位置からは見えませんでした」


 左側にいた生徒二人。


「早い時間の登校で余裕がありましたので、殿下を拝見したく立ち止まっておりました。ちょうど道の中央を見る向きでしたので、カトリーヌ様がこちらに向かってきている様に見えました」


「正面にいたんです。左に傾いて見えたので、ええっと、右に急転回したせいと思います。見るからに転びそうな角度でした」


 右側にいた生徒。


「追いかけっこで対象を見つけた時に急に軌道を変えるみたいな挙動? 勢いが付きすぎたとか? そーゆー感じだっ……でした」


 アデライードはそれぞれにありがとうございますと声をかけてからクレマンを見た。


「クレマン殿下、どうやらワザと転ばれたわけではなさそうですわ」


 クレマンは何を言われたのか分からないという顔をしたが、カトリーヌはぱっと表情を明るくする。


「けれどもいつ転んでもおかしくない様なお急ぎ具合。目的地は校舎ではなかったのかしら? なにをそんなに急いでいましたの?」


 こてり、と首をかしげてカトリーヌを見たアデライードは、それはもう楽しそうに笑っていた。


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次回 新入生説明会

12/4 23時更新予定です。

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